Enchanted
◇
この世界には特殊な力がある。
それが能力保持者の能力であり、または悪魔の持つ力だ。
そして付け加えるならば、禁忌とされる手法が存在する。
それは魔法の様な素晴らしいものであると同時に、とても恐ろしい方法でもあるのだ。
即ち、代償。
けれど対比してなお等価になり得ぬ取引。
そう、この世界はやはり。
少しだけ、歪んでしまっているのだ──。
◆
広大な草原は所々が抉れており、それが広範囲にまで及んでいる。
白と黒による殺意と殺意のぶつかり合いはまるで、終わりが来ないかのような均衡状態を未だに保っていた。
お互い何も語る事もなく、只々攻撃を緩めずに激しい戦闘音を鳴らすばかりである。
けれどそんな状況が一変する。
飛び交っていたカレンの操る糸が突然、一本残らず地面へと落ちた。
その一瞬の隙を狙い、エリカはカレン目掛けて細身の剣を突き出す。
しかし彼女の身に付けている黒い手袋により、キィン!と音を鳴らせて弾かれてしまう。
「あら。それ、金属製なの?」
「……邪魔をしないで」
ようやく言葉を発したカレン。
そんな様相を見て取ったエリカは、それをそのまま言葉にする。
「まさかこの大陸に居続けていたなんてね。それと貴女、疲弊しきってるじゃない。何をしていたのかは知らないけど、少しは休んだらどうなの?」
「あなたには関係ないわ」
鋭いような虚のような、何とも形容し難い視線で拒む様に答えるカレン。
それを聞いたエリカは剣の握る力を強くした。
「はぁ。わたくしはただ、貴女とお喋りがしたかっただけなのだけれど──ね!」
言いながらエリカが細剣による刺突を繰り出す。
それは速度を上げながら、徐々に林道の方へとカレンを追い込んでいった。
「……!」
これ以上受けきれないと判断したカレンは大きく距離を取る。
高木を何本か隔てた間隔を置いてエリカを見やるカレンは、この時何より強い違和感を覚えていた。
「あら、どうしたの?この程度、遊び半分ではなくて?」
感じ取った違和感。
その正体をカレンは知っている。
「……そういう事。どうやら私の糸は、完全に制限されてしまったみたいね。けれどあなたの能力は、脳の操作ではなかったかしら?」
そう言いながら自身の全ての糸を解除するカレン。
無数の糸は綺麗さっぱり消え去り、残った武器は金属が埋め込まれた黒い手袋と、本来の自身の能力だ。
「わたくしだって学習するわよ。脳信号は電気信号の一種。電撃使いの貴女に効くなんて思ってないわ。だから切り札を使ったのよ。それがコレ、──能力が付与された細剣。貴女の糸と同じね」
エリカの持つ剣には物質同士を引き付ける力、『引力』が備わっていた。
結果からして、もちろんそれは能力によって出現された物も含まれている。
そして、それはつまり。
「貴女もそうしたのでしょう?“死者の能力を武器に付与させる方法”。今思えばとても惨い事よね。わざわざその者の血肉を、何度も塗りたくるのだから」
「……。」
倫理に反した禁断の行為。
それが死者からの能力付与である。
これは能力保持者でなくとも能力を使えるようになるという、魔法のような手法だ。
しかし実際には成功例など殆どない。
そもそも作り出す行為そのものが正気を保てなくなる様な作業であり、実際に付与される事も稀。
更には成功したとて、当人に危険な災いが襲い掛かるのだ。
災いとはある種の呪いで、自我を失ってしまうというありふれた代償の事である。
だがそういった失敗例なら多数あり、そのすべてが凄惨な話だ。
けれどこの世界では、そんな能力付与に成功した武器が幾つか存在しているのもまた確かであった。
エリカは愛用の細剣に、カレンは金属製の手袋に。
ただ両者には違う点がある。
エリカは当時配下にやらせた事であり、その呪いの類いはその者に下った。
そのせいなのか運が良いのか、今も尚そういった症状は当人に現れていない。
その一方で。
カレンは自らの手で最愛とも言えるアーシェの死体を解体した結果がこの糸である。
それは正真正銘、残酷なまでの覚悟の差。
「……私は、アーシェを殺したあなたが憎い。けれど私自身もまた、あの子が死んでもなお利用してしまった罪人。……もう後には引けないの。だから──邪魔をしないで」
それはゆっくりと、或いは一瞬の刹那に。
カレンの両の瞳が、神々しく煌めく金色を宿した。
「……そう。もしも貴女が未だ復讐に囚われているのなら、わたくしも考えを改めないといけないわね」
そしてエリカもまた、その瞳に金色を宿す。
「でも本当に、貴女と戦う日が来るなんてね。それはそれで──楽しめそうじゃない?」
悦楽にも取れる表情のエリカ。
一時足りとも表情を変えないカレン。
真逆の温度差を纏う二人は、神に選ばれた証を持つ者達であり。
その両者が今、衝突する──。




