Diabolic ability
◆
一陣の風が吹き抜ける。
刹那、飛び交う火花の応酬。
白と黒を羽織る両者は殺意を形にして向け合う。
「カ、カレン様っ!!加勢します!!」
そう言ってシンが割って入ろうとするも、戦闘を繰り広げているカレンにより介入する手前で突き飛ばされてしまう。
「ぐっ!?何故ですかっ!?」
「……。」
転倒するシンには目もくれず、カレンはただ目の前の敵へと攻撃を繰り返すだけだった。
二人の激闘は凄まじい。
カレンの両手には黒い手袋が付けられており、それによって繰り出される糸は正に“アーシェの能力そのもの”であった。
その鋭利な糸は自由自在に出現させる事ができ、至る所までも伸縮自在。
それが敵の前方、後方、あらゆる角度から向かって来るだけでなく、彼女が手を振り払えばしなる鞭のように迫り来る。
(は、速過ぎる……!俺じゃ追いつけない……!それに──)
仮面の男の方はと言うと、未だに掠り傷一つ負っていない。
回避、或いは刀で断ち切る。
これだけの数の糸を綺麗に捌ききるのだから、剣の達人を遥かに凌駕したもはや戦闘の達人とでも言うべきか。
用いるのは剣術だけではなく類い稀なるセンス、瞬時の認識力、危機感への嗅覚など。
それはまごうことなき天賦の才。
(……けど俺だってもう、半年前の俺じゃない!今は俺に出来る事をするだけだ──)
突然の両者の戦い。
戦局が有利に傾いたと判断しグリードが動き出す。
「ヘヘッ!これで終いだなァ、死神ィ!!」
彼に加勢すべく、グリードが威圧的なオーラを強めて飛び出す。
しかしそれを阻むようにしてシンがグリードの進路を塞いだ。
「させねーよ!」
「チィッ!邪魔すんなァ!!」
苛立ちを隠そうともしないグリードに対し、シンは畳みかけるようにして言い放つ。
「カレン様にとっちゃ俺もお前も邪魔みたいだからな。暇だし遊んでやるよ。ほら、さっさと来い」
「……調子乗んなよ?下等生物がァァ!!」
挑発にあっさりと乗ったグリードが爆発的な突進からシンへと手を突き出す。
その一連の動きをシンはあたかも知っていたかの様に、難なく避けながら攻撃に転じる。
「ぐァッ!!」
瞬時に敵の背後に回ってシンが剣を振るうも、その一閃は掠り傷にしかならなかった。
しかし斬撃ではなく、打撃として多少のダメージを与える結果となる。
「何だよ、手応えねーな。六番目じゃその程度か」
「何だとテメー!?クソッ、どいつもこいつもコケにしやがって!調子づくんじゃねェ!!」
シンは念押しの挑発をかまし、再び交戦が始まる。
けれどそれはシンの一方的な攻撃からなる戦いであった。
グリードの攻撃はいくら繰り出しても当たらず、一方シンの斬撃はすべてヒットしていた。
シンの能力とは、驚異的な『視力』である。
敵の素早い動きを正確に捉えること。
その上で相手の腕や足、身体の角度や方向から全体の動きまで予測できるという高性能な力だ。
しかしながら当時のシンには扱いきれなかった。
それは見え過ぎる代わりにピントの調節が困難極まりなかったからだ。
だが今は視界がぼやけることなくグリードの動きがはっきりと目に映り、それに合わせて的確に剣を振るえている。
カレン達の戦いも目では追えていたのだが、恐らく自身の動きが着いていけないと感じた。
けれどこの戦闘では完全に自分のペースを維持しているとシンは確信する。
しかし悪魔もまた、それが悪魔たる所以なのか。
幾つもの斬撃を食らって尚、動きは全く鈍らない。
悪魔には基本、物理的な攻撃があまり有効ではない。
先の大戦ではそういった特徴を誰も理解していなかった為、あれだけの惨事となった。
当然ながら今のシンはそれを知った上で戦っている。
だがそれでもこのまま押し切れば倒せるだろう。
端から見てもそう取れる戦況の中で、グリードの取り巻く雰囲気が変わり始める。
「……あー、もういい、メンドクセー。テメーに見せてやるよ。……これが悪魔の──力だァァ!!」
「っ!?何だ!?」
グリードの両目が緋色に染まる。
それは悪魔の『覚醒』を意味する。
グリードは右の掌をこちらに突きだしてきた。
けれどそこには何もない、筈なのだが。
「まずはテメーの手足、引き千切ってやんヨォォ!!」
やがてシンの目には、はっきりと異変が映った。
自分へと向けていたグリードの右腕から、ニュルニュルと三本ほど腕が生え始めた。
計四本になったそれらが一直線にシン目掛けて伸びて来たのだ。
とても歪な光景であろうそれは数メートルの距離を軽々と越え、物凄い速度で此方へ飛んで来る。
その内の一本を咄嗟に剣で受け止めるも、勢い余って後方に飛ばされるシン。
さながら視界に入ったのは、受けた衝撃でヒビの入っていた剣が折れてしまった映像だった。
「ギャハハ!!これがお前らとの差だァ!!もうテメーに勝ち目はねーゾ!!」
(っ!やばっ!)
容赦ない追撃がシンの目前まで迫った。
「終いだコラァァ!!」
「──ほらね。だから言ったじゃない」
その言葉と同時に、グリードの動きが止まった。
すべての腕の躍動が、ピタリとその場で停止する。
救援に駆け付けたエリカの能力によって。
「いいこと?貴方は少し自重を覚えなさい。過信は単なる傲りよ?それと、一人で抱え込まない事。──頼りなさい。その為のチームなのでしょう?」
「……すみません」
敵には目もくれずに説教するエリカ。
粛々と素直にシンが謝る中、一方の動けなくなったグリードはエリカを視界に収めた途端、激昂を全身で露にした。
「テメーはあの時の!?殺ス……殺スッ!!ガアァァァァア!!」
グリードが最も屈辱を味わった記憶。
それが半年前の、エリカが下した『動くな』という脳への命令であった。
エリカの能力には発動する為の三つの制約がある。
一つ目は、対象の神経系に異常がない事。
二つ目は、対象の脳細胞に阻害要素がない事。
三つ目は、対象を視界内に収めている事。
これらの条件が揃って初めて命令が実行されるのだ。
だがそれも完璧ではなく、命令には必ずタイムリミットが生じる。
その時間は相手の実力にもよるので、悪魔という驚異的な者であるならば本来維持は難しい。
だがグリードに対しては、脳への命令が潤滑に行き届く。
それはこの悪魔が単純な性格である為に真っ向から指示を受け止めて素直に従ってしまうという、あまりにも稚拙な理由でだった。
なので制約以前に、グリードにとってエリカの能力は相性が悪過ぎるのだ。
「……エリカさん、随分と好かれてるみたいっすけど」
「そのようね。でもアレはあの子達の獲物なのよね。それに──」
エリカの向けた視線の先では、カレン達による激闘の場面が繰り広げられていた。
「……そうね。シン、コレはこのまま止めて置くから、あの二人を一旦引き剥がすわよ。……何か嫌な予感がするわ」
そう言うなり乱入に向かおうとするエリカ。
「えっ?能力使ったままで戦えるんですか?」
「大丈夫よ。ずっと温存していた“切り札”があるもの。分かっているとは思うけど、貴方こそ気を抜かない事。いいわね?」
エリカはそう言いながら念のため所持していた二本の短剣をシンへと渡す。
(俺にどうこう出来る相手なのか?それにカレン様の邪魔をしに行くって事だよな。……すみません)
なんて思いながらも、渋々エリカに付いていくシンだった──。




