Resurrection
◇
「なあ、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?お前は一体、それだけの知識を何処から仕入れてる?」
「ふっ。とある書物から、とだけ言っておくよ」
「またそれか……。さぞ貴重な本なんだろうな」
「くくっ。それはもう、ね。……そうだな。せっかくだから一つ、大事なことを教えようか。以前、悪魔は七体存在していると言ったね?」
「ああ。七つの大罪だろ?」
「そう。でもね、本当は八つあるのさ。七つの大罪とは後期の名称で、古くは“八つの枢要罪”と言われていたんだ。憤怒、色欲、怠惰、傲慢、嫉妬、強欲、暴食、それに加えて『幽鬱』(ゆううつ)が存在していた」
「幽鬱?それはまた、随分と脆弱そうな大罪だな」
「そう思うかい?けれど実は、大罪の中で最も危険視されていた罪なのさ」
「そんなにか?」
「自身の感情を主体に考えれば分かる。少なくとも七つに対しては抗う意思くらい持てるだろう?けれど幽鬱は違う。抗う意思そのものを奪われてしまうんだ。だからこの書物には“幽”と記されているのさ。幽閉、幽囚、幽界と、すべて隔絶される意味合いの言葉だから、その文字を取ってね」
「つまり大罪そのものは感情が大元であり、その中でも幽鬱とやらは異例の感情。ってことか?」
「そうだね。大罪とはそもそも人間の醜悪な心理を投影したものだ。人は無意識に楽な選択をしてしまい、そのまま身を任せることで己の是正を忘れ、罪を犯してしまう起因となり得る感情。だから悪魔は人間にとって最も忌むべき存在であり、それと同じくらい囚われてしまうものでもある」
「……。」
「いいかい?ここで幽鬱の危険性を提唱するのであれば、それは心理の枠組みから外れているということだ。あらゆる負の感情の終着点。真っ当な人間の心理状態ではいられなくなった、もはや秩序そのものを乱しかねない大罪。だからそれが開花されてしまうのは、……あまり良くない事、なのだろうね──」
◆
高木が敷き詰められた広大な森の先には、見渡す限りの草原が広がる。
交錯する両者はそんな草花を宙へと撒き散らしながら、縦横無尽に戦闘を繰り広げていた。
「クソ、ガッ……!!」
「……。」
グリードが文句の様な声を発しながら、素手による乱雑な動きで戦うのに対し。
カレンは無言でそれらを軽やかにかわしながら糸を放ち応戦する。
「シャラクセー!これでもくらい──」
そう言って地面に手を着こうとしたグリードの腕を、カレンが蹴りで阻害する。
「グッ!テんメェェ!!さっきからずっと、知っててやってんなァ!?」
「……。」
グリードの能力は、掌で触れた物を破壊する力である。
正確に言うと、物質が形を成す為の分子配列を意図的に乱す、という能力だ。
時には人体の水分組成を掻き乱して破裂させたり。
時には大地を構成する幾つかの成分に働きかけ、連鎖的な破壊を繰り返して巨大な穴を開けたりと。
多岐に渡り力を発揮するのだが、その代わり対象物に触れなければどうにもならない。
壊す事に関しては一級品、故に致命的な弱点を代償とした能力であった。
そして空かさず攻防を繰り広げる両者。
そんなやり取りを木陰から見ていたシンは、どうするべきか迷っていた。
(……加勢したいのは山々だけど、カレン様の使ってるあの糸がな。俺が引っ掛かってたら世話ねーし)
広範囲にも及ぶ無数の糸は、不規則かつ動きが速い。
それに見れば見るほど過去の隊の訓練でさんざん痛い目に合った、自身の上官のそれと酷似している事に気付いていく。
(しっかしカレン様は、何で隊長の能力を──っ!?)
そんな疑問を抱いていたシンは、またも別の何者かの動きを察知した。
ルベール側の森の方角から、もの凄いスピードで近づいて来る気配。
感じるのは、こちらもあからさまな敵意と殺意。
そして矛先は──。
「カレン様っ!!」
キィィン!!
咄嗟に飛び出したシンが間一髪、カレンに向けられた刃を自身の剣で受け止める。
突如現れたその人物は何も言わず、ただ異質で異様なオーラを放っていた。
今まで出くわしてきたどの悪魔とも、何かが違う。
(何だ、こいつ……!?)
一旦、大きく距離を取ったシン。
何より近付くのが躊躇われる。
直感が危険信号を送ってくる。
そんな嫌な感覚を覚えながらも、シンは一先ずカレンの安否を確認する為声を掛ける。
「遅くなってすいません!カレン様、大丈夫ですか!?」
「……。」
彼女に言うも応答がない。
その視線はただ真っ直ぐ、突如として現れた何者かに向けられたままだ。
なのでシンは疑問をそのまま口にする。
「……知り合いっすか?」
やはり応答がない。
けれど数秒の時間差を置いて、視線は変えないままカレンが応じる。
「……シン、下がって」
「え?は、はい……」
戸惑うシンを他所にそう一言だけ言い、表情一つ変えずに見つめる彼女の先には、奇妙な仮面を付けた男が立っていた。
右手には漆黒の光沢を見せる刀と、反対側の左腕は中身がないのか着用している黒いコートの袖がブラブラと揺れている。
そう、彼はまたしても現れたのだ。
人間が最も忌むべき、『禁忌の悪魔』として──。




