Nostalgia
◇
時は遡る──。
あの大戦の日、悪魔達による虐殺から辛うじて逃げ出したエリカとユリィは見知らぬ男と遭遇していた。
「──お前ら、災難だったな。まあ命があっただけ儲けもんだ。とりあえずついて来な」
何故なのかは分からないが、その男の様相はまるで海賊のイメージのそれだった。
長い髪に髭面、三角形の黒い帽子に羽織るのはボロボロのマント。
「……貴方、誰?」
あからさまに怪しい格好の男を不信に思いながら、エリカは疑問をそのまま口にした。
男はそれに対して豪快な笑みと共に応じる。
「俺か?俺はな、──救世主様だ!!」
◆
大戦から半年が過ぎた。
無様な自分を初めて呪った忌まわしき戦地へと戻って来たのは、元ルベール王ことエリカ・ルベール。
エリカにとって元は自身の住処であったルベール城は、今はもう悪魔達に占拠されてしまっている。
なので比較的安全な赤を象徴するクリム共和国を合流場所とし、その中央に位置する城へと向かっていた。
「──見えてきたわよ」
「──……。」
そしてここにもう一人。
懐かしく感じているのだろうか、少しだけ目を細めながらユリィ・パーファシーはかつての故郷を見渡していた。
脳裏を過るのは、この国で得られた沢山の出会い。
年老いた国王や、慕ってくれた部下達。
活気付いた商店街の人々。
優しく育ててくれた両親。
そして自身が追い掛け続けていた上官、シーラ・トリニティーの凛とした背中。
「……ねぇ、エリカさん。シーラ様が生きてたら……」
中々続きが来ないユリィの言葉を、エリカはそっと促す。
「……なぁに?」
「……ううん、何でもない」
わざわざ口に出す必要もないと思い、ユリィは途中で言うのをやめた。
自分とエリカを繋げてくれたのは他でもないシーラだ。
彼女を認め合った者同士だからこそ、言わんとする事は自ずと理解できるだろうと。
なので心の内にだけ彼女を思い浮かべる。
(……シーラ様ならこう言うのかな。俯くなって、前を向けって)
何処か懐かしくなる口調を思い出して、ユリィは少しだけ心が軽くなった気がした。
(あとこれも言うだろうな。……すまない、って)
あれからユリィは、ひたすら泣いて過ごした。
自分を責めて、責め続けて。
シンと同様、塞ぎ込んだまま何もせずにただ日々を費やして。
そんなユリィを見兼ねたのがエリカだった。
それはかつての彼女には似つかわしくない優しい叱咤。
『シーラが貴女に期待をしたのは何?泣いて疲れて眠って、そんな幼児みたいな事しか出来ない貴女なの?彼女は自らの命を犠牲にしてまで貴女を守ったのよ。この意味を、しっかりと考えなさい』と。
「あのね、今更なんだけど。……ありがとう。エリカさんがいてくれなかったら私、きっと何も出来なかった。シーラ様の想いにも向き合えなかった」
ユリィの素直な言葉に耳を傾けるも、何処と無く居心地の悪くなるエリカ。
かつての自分では理解すら出来ないような、不思議な感覚を彼女は得ていた。
だからエリカはあえて言葉を選んだ。
「何の事?わたくしは我慢するのが嫌いなの。ただ貴女が鬱陶しかっただけよ」
「ぷっ。エリカさんらしいね。けどそんな時、処刑だとか拷問だとか物騒な事ばかりしてたのは、どこの国の王様だったかなー?」
笑いながら言うユリィに対し、ハァっとため息をつきながらエリカが返す。
「貴女は本当に、わたくしをからかうのが得意だわ」
そう、かつての国王はもういない。
自身の過ちを受け入れて尚、そこから何が出来るのか。
人はそうそう変われないと言われている中で、今のエリカと言う人間には強い感情が芽生えている。
それはきっと本来の在るべき心情。
「まあいいわ。それで、お墓参りの方は済ませたの?」
「うん。ちゃんとお礼を言っておいたよ、エリカさんの分もね。“あの子”はまだ来てなかったみたいだから、多分擦れ違いだろうけど」
海岸沿いにひっそりと建てられた小さな墓石。
シーラに限ってと言う訳ではなく、生存者らが各々で小さな弔いをしていた。
そしてシーラの墓は、虐殺から唯一逃れられた彼女の身内が建てた物だった。
「わたくしはいいの。元々は敵対した間柄。だからわたくしが貴女達の冥福を祈ってはいけないのよ。……なら問題はあの二人ね。まだ来ないみたいだけど?」
目的地であるクリム国の中央。
既に外壁は崩れており、何とか倒壊せずに建っている廃れた城の前にて。
予定時刻を大分過ぎたにも関わらず、まだ姿を見せていない二人に多少の不安が過る。
「交戦中、ではないでしょうね?」
エリカの言葉に良からぬ想像をしたユリィが返す。
「一度、様子を見に行った方がいいのかな……?」
重くなってきた場の空気。
しかしそんな中に突然爽やかな、けれどぎこちないような声が響いた。
「お、お待たせー!いや~、色々あってさー!奴らと遭遇するわ、レオがのんびりするわ!いやーほんと、しょうがないなー、レオは!」
「っ!?シンっ!?」
この場の空気を強引に破ろうとやって来たシン。
だが言い訳の通じる相手ではない。
そもそも誠意がない。
そして遅刻の常習犯ともなる二人では、言葉に重みを感じられない。
故に彼女の怒りを買うには十分だった。
「……二人共、大変だったようね。さぞ疲れが溜まっているでしょうから、わたくしが労ってあげるわ。さあ二人共、……ここに座りなさい?」
そう言って艶やかに微笑むのは、元国王陛下。
「まあまあエリカさん、その辺にしといてあげて?二人だって何も、“悪気”があった訳じゃないんだから」
ユリィがフォローに入るも、なぜだが二人の顔は余計に青ざめていく。
「?何でそんなに怯えてるの?あ、そっか!悪気はなくても“悪い気”はしてたから誤魔化しちゃったんだね!」
こんなにも血の気が引くのは世界で唯一、この人物に対してだけだと二人は思った。
「……いや……あの」
「せやから……傲慢が……」
彼女の澄みきった笑顔が一旦下を向き、次に顔を上げた表情、それは。
「うん!だからそもそもさー。……言い訳する必要なんて、あったのかなぁ……?」
言葉で表すならば、それは狂気の顔。
その眼は瞳孔が開き、口元はニマァ……とした笑い顔で、怒り狂った様な、愉しげな様な表情だ。
何とも形容し難いのだが、とにかくとっても怖いのだ。
「……ほ、ほんと……ごめんなさいっ……!」
二人は同時に謝罪をした。
しかし謝って済むならば、これだけの恐怖を覚えはしない。
「あははっ!やだなー、聞き飽きたよそのセリフ!あ、そーだ!身体に覚えさせてみるのはどうかな?……試しにどっか、切り落としてみよっかぁ……?」
そう言って彼女は腰に携えた剣を抜き出し、ニタァとした笑みを浮かべて二人へと歩み寄る。
「ひ、やめ──」
遅刻に対して 怒られる。
とてもそんな内容には見て取れない殺伐とした絵面。
毎度の事ではあるのだが、ひたすら怯えている二人にエリカは救いの手を差し伸べる。
「はぁ……。その辺にしておきなさい。話が進まないわ」
「……はーい」
あれから何が起きて、どうしてこうなったのか。
それもたったの半年で、だ。
とにかくユリィと言う人間の人格には狂気と言うジャンルが大きく含まれてしまい、それは特にシンとレオに対してフル稼働するのであった。
珍しくもない、実際は他愛もないやり取り。
けれど今はそれがユリィの心を軽くさせるのではないかとエリカは思った。
だがこの地はもう自分達の安息を簡単に許してはくれない。
なので思考を切り替えさせるようにエリカは話を振る。
「それで?悪魔と戦ったの?」
「……え、ええ……。まあ、そうっすね。直ぐに別の悪魔が来て、ほんの一瞬やり合ったってだけっすけど」
まだ恐怖で震えていたシンは言葉を振り絞るように言う。
そこにエリカが質問を付け加える。
「で、貴方の感触は?」
「……うーん、どうなんだろうな。こっちも向こうも探り合いだけだったからな」
「……そう、わかったわ」
エリカは一度シンの所有する剣に目を向けるも直ぐにそれから視線を外し、皆を代表して自分達の意志を口にする。
この地に集った理由はただ一つ。
「それじゃあ三人共。悪魔を打ち払い、わたくし達の故郷を取り戻すわよ。……と、その前に──」
ここでエリカが言葉を区切り周囲に視線を向けた。
皆も不思議に思い、同じようにして視線を巡らせる。
「えっと、エリカさん?どうしたの?」
代表してユリィが疑問を口にした。
そして当の本人からは、誰も知らなかった情報を聞かされる。
「……聞いた話なのだけれど。どうやらこの大陸にいるみたいなのよね、彼女」
「彼女、とは?」
ユリィの問いにエリカは躊躇なく言う。
「決まってるじゃない。──『白の聖女』よ」




