Rise up
◇
「──じゃあ、そろそろ行くか!」
目元まで伸びる茶色の髪を揺らしながら、少年は大きく背筋を伸ばして身体をほぐす。
気合い十分だと言わんばかりの目線は、燦々とした日差しに照らされた目の前の海のずっと先へと向けられていた。
「──あー……ちょい待ちぃ」
促されてなお気だるげに靴紐を結ぶのは伸びきった長い黒髪を後ろで束ねた、同年代くらいの見た目をした少年である。
準備を終えた二人は小型の船に乗り込み海に出る。
これから向かうのは茶髪の少年の故郷。
未だ絶望が支配する、彼の地であった──。
◆
悪夢の大戦、ロストヘブンから半年。
赤、白、黄の三つの国は既に亡国と成り果てていた。
かつての活気や栄華は微塵もなく、何処も崩壊寸前の建物ばかりが建ち並ぶ。
とは言え、少なからず生存者はいる。
各国の国民や兵士であった者達も含め、以前のロレイヌ国近辺に幾つかある廃村で身を隠しながらひっそりと暮らしているのだ。
悪魔達による襲撃で最も被害を受けたのが、ここ白を象徴とするロレイヌ連邦国である。
なので悪意達は崩れ果てたこの地ではなく、結果として形を残したルベール帝国を根城にしたのだった。
それはかつてロレイヌへと民衆の誘導を計ったヒイロ、カレン、エリカ、シーラ達による采配が奇しくも功を奏したからであった。
そしてそんな中でまた民衆を取り纏める者達がいた。
「不味いな、ライル。よりによって厄介な悪魔がお出ましだ。どうする?」
そう言って一人の男が自分達のリーダーであるライル・テイラーに指示を仰ぐ。
「どうするも何も、ここにいる人々を見捨てる訳にはいかん。それに、もうすぐ“彼ら”が来る頃だ」
ライル達は今、自分達の住処とする廃村の防衛を担っている。
彼らが拠点とするこの村は、幾つかある中で最も多くの人たちが暮らしていた。
「俺が敵を引き付ける。その間にお前達は迎撃の準備をしろ。最悪、避難誘導も頭に入れておいてくれ」
「……分かった。だが無理はするなよ。あれは“第四の罪”『傲慢のプライド』だ。まず勝ち目はないぞ?」
「……ああ、分かってる。だが時間稼ぎくらいはやってみせるさ。行くぞ」
合図と同時に一斉に動き出す男達。
そしてライルは単身で村の外へと出て、一直線に悪魔めがけて走り出す。
「お前の相手はこの俺だ」
「──まだいましたか。まったく、あなた達も懲りませんね。『リベリオン』だか何だか知りませんが、いい加減諦めたらどうですか?所詮クズの群れでしかないのですから」
黒いストレートの髪を靡かせる女の悪魔が、相変わらずの能面を張り付かせて敬語に少しの毒を混ぜる。
リベリオンとは、ライル率いる反抗組織の通称である。
だが今回はこの大陸で生き残った人々を助ける為に集った勇士達だ。
先の大戦は自らが起因となった。
無謀な反乱を起こしたが為に多くの犠牲を生み出し、果てはこの異形たる存在を呼び寄せてしまった。
そうライルは思い、彼なりに責任を果たそうとしていた。
しかし現状として身を隠すしか出来ない事も、当然ながら理解している。
自分たちが束になっても勝てる相手ではないのだから。
「ふっ、えらく饒舌だな。話し相手でも探してるのか?」
「面白い事を言いますね。あなたは蟻や毛虫と話したいと思った事があるのですか?これでもあなた方に忠告をしたのですよ。ですが、虫ケラに理解しろと言うのも酷な話でしたね」
そう言ってプライドがゆっくりと動き出す。
それに合わせてライルも距離を詰める。
「そうか。なら一体ここに何の用だ?」
「あなた方には関係ありません。死にたくなければそこをどいて下さい」
「悪いが、理由を聞けないなら通す事は出来んな。貴様が退かないと言うならば、少しばかり俺と遊んで貰おうか」
ライルは戦闘態勢に入る。
正面に掌をかざし、自らの能力である空気の断層を作り出す。
そこから圧縮された空気の弾丸が、ガガガッ!と無数に放たれた。
「遊ぶ?こんな玩具でですか?」
しかしそれらは全て、彼女に届く手前で阻まれてしまった。
“見えない何か”によって。
「安心しろ。既に次のを、用意してある!」
前方を捉えた掌の先で、空気の断層が大きく渦を巻く。
視認出来るならば、それは小さな台風。
気圧に急激な変化が生じたその周囲から、ゴオォォ……と唸るような音が響いていた。
「驚いて泣き出すなよ!くらえっ!!」
まるで砲弾の様な空気の塊が悪魔に放たれ、ドォォン!!と爆発的なエネルギーを撒き散らした。
しかし。
「この程度で驚けと?」
砂埃の舞う中から姿を現した悪魔は、まったくの無傷であった。
「ちっ。すまんな、手を抜いた訳ではないんだが」
嫌な汗が流れる。
これが現状、ライルの出せる精一杯だ。
ライルの能力は戦闘向けの、威力に長けた力である。
特段、性能が低い訳でもない。
なのでここでは単純に、プライドの力が圧倒的に勝ったということだ。
「終わりですか?ここまで来ると逆に驚きますね。この程度の力で歯向って来るなど、私には到底思いつけない発想です。……まあいいです」
敵がこちらに手を伸ばす。
「罪を以てあなたを裁きます。では、さようなら」
見えない何かがライルに迫る。
(ちぃっ!ここまでか……!)
ズドォォォン!!と先ほどよりも激しい轟音が鳴り響く中で。
ライルの目に写ったのは、黒髪を束ねた少年の後ろ姿だった。
「──ほんま、陰気臭い能力やなー」
突然の出来事にライルは一瞬、何が起きたのか分からなかった。
けれどすぐに理解する。
“彼ら”が来てくれたのだと。
「また……、あなたですか!」
攻撃を防げられたプライドが、珍しく声を荒げる中で。
「いーや、今回はオレちゃうで」
「……?何を言って──っ!?」
虚をつくようにプライドの背後から剣閃が迸る。
素早く察知した彼女は飛び退けた。
しかしその避けた地点では既にその何者かが先回りしており、そこから再び剣閃が放たれる。
「ちっ……!何ですか、あなたは!」
二度に渡る攻撃を辛うじて避け、ようやくその人物を視界に納めたプライドが苛立ちを露にした。
ここで初めて茶髪の少年が声を発する。
「──お前に教える義理とかねーし。って、口の悪さは隊長譲りだけど」
そこに立つのはかつてアーシェ・クロード率いる聖騎士隊に所属し、そして今は能力保持者六人で構成されたチーム。
名を『SEEKER's』。
そのメンバーの一人、シン・フローウィングであった。
「さーて、悪魔共。さんざん食べ散らかした代金、しっかりと払って貰うぜ?」
颯爽と風が吹き抜ける季節の変わり目の中で。
再びこの大陸を舞台に今、革命の狼煙が上げられた──。




