第5話 魔導書を倒すただ一つの方法
「嘘だろ。島の人間は数百人いるって聞いたよ。どうやったらそんなことできるんだ」
「本当さ。魔導書が消えてもう三日だ。それだけあればできちまうんだよ」
黒い体毛に隠れているせいで表情は見えないが、本気で言っているように聞こえる。
「俺の妹もいつの間にかいなくなった。魔導書にやられたんだ。そうに決まってる」
「人間だけじゃなく妖精まで襲い始めたっていうのか?」
「今のところ妹以外の仲間は無事だ。ただ、いつ誰が犠牲になるかわからねぇ。そのために俺はここに来たんだ。さっきは悪かったな。伝説の魔法使いの実力を試してみたかったんだ。おかげであんたが本物だってわかったぜ」
「……悪いけど、僕は伝説の魔法使いじゃない。ただの人間だよ」
「なに言ってんだよ! 魔女のねえちゃんにナナツナって呼ばれてたじゃねぇか!」
妖精は納得いかないといった風に大声をあげる。
「だから字が違うんだって。七つの名前じゃなくて七つの繋がりと書いてナナツナだよ」
「わかんねぇよ。俺は人間の言葉は話せるけど、人間の文字はまだ覚えてねぇんだ」
なんと説明したら理解してくれるだろう。
どうしたら諦めてくれるだろう。
「伝説の魔法使いは不思議な格好だったと聞いたぜ。あんたもそうじゃねぇか」
「これは学ランって言う高校の制服だよ。探せば僕以外の人間も着てるから」
妖精がうなだれたように見える。
「頼むよ。あんた以外いないんだ。妹を助けてくれよ。そうじゃなきゃ俺がここに来たのも、殴られてたんこぶを作った意味も、全部なくなっちまう。ナナツナのにいちゃん!」
妖精が小さな両手を合わせて頼み込む姿は、こちらの世界の人間と同じように見えた。
「ごめん。本当にごめん……」
できることなら助けてあげたいが、剣も魔法も使えない僕ではなんの役にも立てない。
「【治しの7番】」
数字の魔女がなにか呪文を唱えた。
「妖精さんのたんこぶは、もう消えていると思います」
「あ、ホントだ! もう痛くねぇ! ありがとな! 魔女のねえちゃん!」
「いえ、こちらこそ縛ってすみませんでした」
「気にすんなよ。襲いかかった俺も悪いんだからな」
妖精は、なにも問題ないと伝えるようにクルリと宙返りして見せる。
「僕からもお礼を言わせて。ありがとう。それは回復魔法っていうのかな。すごいね」
「ええ。大きなケガや病気は治せませんが、小さな傷ならすぐに治せます」
それならどうして自分の手は治さないのか。
今にも傷口が開いて血が出そうなのに。
そのことを指摘すると、慌てたように彼女は両手に魔法をかけて弱々しく笑う。
他人を思いやる性格なのか。
それとも傷に気づかないほど切羽詰まっていたのか。
昔見て好きになった笑顔とは違う。
今見たそれは別の形で僕の胸をしめつけてくる。
「なあ。魔女のねえちゃんからも頼んでくれよ。いっしょに島へ来てくれってよ」
まだ諦めきれないらしい妖精がブンブン飛び回っている。
「いいえ。無関係の人を私たちの世界の問題に巻き込むわけにはいきません」
「でもよ、にいちゃんほど勇気があって頭が回るなら見つけ出せるんじゃねえか?」
「たしかにナナツナ様ならできるでしょう。かくれんぼという遊びでもあんなに……」
どうしてそこで遊びの話が出てくるんだろう。
魔導書となにか関係があるのか。
「かくれんぼがどうかしたの? 見つけ出すってなにを?」
「なんでもありません! ダメです! 絶対にダメです! なにも言いませんから!」
数字の魔女は、それ以上なにも言わなくなってしまった。
そこで妖精に目を向けるとすぐに答えてくれた。
「魔導書を倒す方法はただ一つ。
最初に体を乗っ取られた人間の名前を呼べばいいのさ」
「妖精さん! どうして言っちゃうんですか!」
数字の魔女は黒い毛玉を捕まえようと両手を伸ばす。
「いいじゃねぇか! 話すだけなら問題ねぇだろ!」
妖精は飛んで逃げながら調子のいいことを言う。
「それ本当なの? そんな簡単に魔導書って倒せるの?」
これまでの話を聞く限り、凶悪な魔法を使う魔導書は倒すのは相当困難だと思っていた。
しかし、最初に乗っ取られた人を見つけて名前を呼ぶだけなら子どもにもできそうだ。
「本当さ! 伝説の魔法使いと魔導書の戦いは妖精たちの間でも有名だからな!」
「妖精さん! それ以上は言わないでください!」
数字の魔女は口を酸っぱくして言うが、妖精は聞く耳を持たないようだった。
「図書館で厳重に保管されていた魔導書がいなくなって島中大混乱さ。でも魔導書だけでは動けないから誰かの体を奪ったに決まってる。そこで人間たちは、最初に名前を呼ばれた奴を探すことにした。だけど、町中探しても見つけられなかったらしい。俺も仲間たちといっしょに山や森を探してみたが、それらしい本を持っている怪しい奴はいなかったぜ」
「どこかに魔導書を隠しておいたんじゃないかな。金庫とか自宅の屋根裏とか」
「いいえ。それはないと思います」
驚いたことに反論したのは数字の魔女だった。
「奪った体で【封印の魔法】を使う際には必ず魔導書に触れていなければいけません。しかし本を取られて体の持ち主の名前を呼ばれたらすべて元に戻ってしまいます。知能の高い魔導書がそんな危険性があると知りながらどこかに隠しておくとは思えません。数百年ぶりに自由になったのですから。きっと用心して常に持ち歩くはずです」
数字の魔女は気乗りしない表情をしているけれど、とても詳しく教えてくれる。
彼女が僕を頼ろうとした理由がなんとなくわかってきた。
たしかに僕はかくれんぼが得意だ。
自慢できることではないけれど、捜す側になったらほんの数分で全員見つけられるし、隠れる側になったら最後まで見つけられない自信がある。
そこで気づいた。
僕にもできることがある。
これなら世界を救えるかもしれない。
「僕も異世界へ行くよ。
魔導書を見つけ出して島の人たちと妖精を救う」