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伝説の魔法使いの子孫に間違われた僕は魔導書消失の謎を解く  作者: 川住河住
最終章

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第29話 魔導書の犯行動機

 魔導書を見つけ出したことを伝えると島民たちは大いに喜び、祝賀パーティーが開かれた。テーブルには新鮮な海の幸や畑で作られた野菜や果物が並び、島の名物料理だという六本脚の家畜の丸焼きも振る舞われた。


 妖精のポチは妹が勝手に開かずの書庫に入ったせいだと土下座するが、図書館の館長や職員は自分たちの管理も甘かったと反省していた。また、島民の多くも本名を隠す習慣の大切さを思い知ったと苦笑しながら許してくれた。


 むしろそんなことはどうでもよかったのかもしれない。

 島の歴史や生態系について研究している人たちが、人間の言葉を話せるポチを質問攻めにしていた。次々にいろいろなことを聞かれて困った様子のポチたちを見ていたら笑みがこぼれる。


 だが、いつまでも笑ってはいられなかった。

 僕が伝説の魔法使いの子孫だとわかった瞬間に島民全員が土下座し、神様仏様をあがめるかのように拝みだしたからだ。

 ただの人間と言っても信じてもらえず、次第にたくさんの魔法使いたちに囲まれて料理を食べる暇さえなくなった。


 そんな僕とポチを見て、スージーが楽しそうに笑っているのが印象的だった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 異世界にやってきてから七日が経った。


 すでに島の人たちはいつもの日常を取り戻し、妖精たちも森で静かに暮らしている。

 しかし、今回の騒動をきっかけにして人間と妖精は互いに交流を深めるようになった。


 魔法使いは研究のために数百年前から生き続ける妖精の話を聞き、妖精は人間の文化や言葉を知るために図書館で勉強する姿が見られるようになった。

 また、人間と妖精がいっしょに山で木の実や果物を採ったり、妖精が作ったカゴを人間の店で売ったりも始めたらしい。


 ポチも妹さんといっしょに図書館で働く姿をよく見かける。

 罪滅ぼしというよりは、人間の言葉を話せる妖精がまだ少ないので彼らが頼りになるんだと思う。妖精の長老は「人間も妖精も好きなように生きればいい」と言っているそうだ。


「ナナツナ様」


 砂浜に座って水平線に沈む夕日を眺めているところで声をかけられた。


「お、拝まないでください!」


 そばに置いていたスクールバッグを持ってすぐ逃げ出そうとするが、その手を強く引っ張られた。


「驚かせてすみません。私です。数字の魔女、スージーですよ」


 ゆっくり振り返ると、いつものローブ姿の彼女が立っていた


「なんだ。スージーか。てっきりまた熱心な信者さんかと思ったよ」


 島では伝説の魔法使いは信仰の対象らしく、僕を見ると両手を合わせる人が多いのだ。


「よくここにいるってわかったね」

「ええ。ナナツナ様は毎日お忙しいと思いますが、お体は大丈夫ですか?」


 スージーが心配そうな表情で尋ねてくる。


「問題ないよ。それよりスージーも僕に用があるんでしょ。なにかあった?」

「相談したいことがあるんですが、よろしいですか?」


 ほんの少しだけスージーの顔が曇った気がする。

 とりあえず隣に座ってもらって話を聞く。


「魔導書の扱いについて魔法使いたちで意見が分かれてまとまらないんです。図書館の開かずの書庫で管理すればいいという人もいれば、もう二度とこんな騒動を起こさないためにも廃棄しようという人もいます」

「たしかにどっちの意見もわかる。スージーはどう思ってるの?」

「私は前者の意見に賛同しています。もし今後も研究に協力してくれなくても、廃棄するのはちょっとかわいそうな気がするんです。魔導書は、神様が創った大切な存在ですから」


 家族も友人も自分自身も封じ込められたというのに、そんなことを言えるスージーはやっぱり優しいと思う。


「今も魔導書は、開かずの書庫に保管されているんだよね?」

「はい。魔法をかける対象は、すべての生き物に変更しています」


 スージーがはっきりと断言する。


「扉の下の隙間も埋めた?」

「はい。これからは蛇もネズミも妖精さんも入ることができません」


 僕が最初に導き出した推理。

 【六角6番】による開錠は間違っていた。


 スージーに頼んで試してもらったが、扉の下の隙間が狭すぎて入らなかった。無理やり入れても柔らかな盾では、弾力性がありすぎて床を滑ってくれないのだ。


 危うく無実の人に濡れ衣を着せるところだった。そのせいでスージーの母親に会うたびに胸が締めつけられるように痛む。

 家に呼ばれて何度か食事しているけれど、娘が大変お世話になりましたと頭を下げられるたび、逆に申し訳なくて僕の頭も下がってしまう。


「あれから魔導書は一言も話してくれません。ナナツナ様は、なにか聞いていますか?」

「ううん。なんにも」


 たまに開かずの書庫の前まで行くことはあるが、今では恨み言すら言われない。


「ただ、一つ気になっていることがあるんだよね」

「なにかありました?」

「どうして魔導書は、人間たちを封じ込めるようになったのか」


 スージーは少し考える素振りを見せてから答える。


「開かずの書庫に保管され続けたせいだと思いますが、違うんですか?」

「僕も最初はそう思ってた。でも数百年前は開かずの書庫はなかったし、人間たちとも仲よくやっていたんだよね。そうなると別の原因も考えられるんじゃないかな」


 ある意味では人間への訴え、あるいは生みの親である神様への反抗だろうか。


「これは推測なんだけど、魔導書は遊びたかったんじゃないかな」

「遊び、ですか。でも魔導書の役目は……」

「スージーも毎日毎日研究ばっかりで朝から晩まで食事もとらずに魔法だけを研究し続けるのは辛くない? ほんの少しの時間も家族と出かけたり友達と遊んだりできないんだよ」

「そ、それはたしかに辛いですね」


 人間には休日、神様には安息日があるように、神の使いと言われる魔導書にも休息は必要だ。大昔は毎日のように各地からやってきた魔法使いの相談に乗っていたというから、相当な疲れが溜まっていてもおかしくない。


「魔導書はこの世に生まれてから数百年もの間ずっとその状態だったんだよ。ストライキ……は通じないか。働かされすぎた魔導書が休ませろ遊ばせろと怒るのも当然だと思わない?」

「そうですね。今度みんなと相談してみます。ありがとうございます」


 もっとも、この結論に至ったのはつい最近のことだ。

 考えるきっかけは、魔導書がスージーを封じ込めるためにわざわざ母親のローブを盗んできたことにある。

 僕が魔法を使えないとわかった時点でスージーが一人になるのを待てば簡単に封じ込められたはずだ。


 推理が苦手な僕でも思いついたんだ。

 知能の高い魔導書が考えなかったわけがない。


 魔導書が開かずの書庫に隠れ続けていたことも不思議だ。

 最後の島民のスージーを封じ込めたんだから、さっさと別の島や大陸に移動することもできたはず。あるいは転移穴を見つけて別の世界へ飛ぶことも可能だ。


 あえて乗っ取った妖精の匂いが染みついたローブを現場に残したのも、開かずの書庫から移動しなかったのも、人間たちに魔導書を見つけさせるためのヒント。いや、ハンデだろうか。


 あくまでこれは、魔導書が人間に仕掛けた遊びだったのかもしれない。


「それから魔導書にも名前を付けてあげたらどうかな」

「魔導書という名前ではダメですか?」


 スージーが首をかしげて聞いてくる。


「魔法使いを導く書だよね。それは呼び名というより役目だから。いつでもどこでも誰からも役目で呼ばれるのは、ちょっといい気分はしないんじゃないかな」

「たしかにそうですね。なにかいい名前を考えてみます」


 どうして神様は、魔導書に題名を与えなかったんだろう。

 これもあえてなのだろうか。

 人間といっしょに生活するうちにピッタリの名前を付けてもらいなさいという神様の気まぐれ。


「魔導書は神の使いと言われているのに、なんだか人間みたいな考え方をするんですね」

「もしかしたら、図書館で本を眺めて人間と接するうちに名前を求めるようになったのかも。誰でも自分だけの特別なものって欲しいと思うから」


 これもまた推理ではなく推測だ。

 実際の魔導書がなにを考えているかはわからない。


「やっぱりナナツナ様は優しいですね」


 うれしそうな笑みを浮かべるスージーがこちらを見つめている


「そんなことないよ」


 熱く語りすぎて顔が火照ってきた。

 沈む夕日のおかげで顔色がごまかせてよかった。


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