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伝説の魔法使いの子孫に間違われた僕は魔導書消失の謎を解く  作者: 川住河住
最終章

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第28話 世界は再び平和に

「はあああ……終わった……」

 一息ついたら気が抜けたのか、僕は腰を抜かすように床に座り込んだ。


「やったな。ナナツナのにいちゃん」

 ポチが喜びを表すように空中で一回転している。


 床に横たわっている妖精、ポチの妹さんの体が光り始める。その光が僕の持っている魔導書に移ったかと思うと今度は本が光を帯びていく。次第に光が強まっていき、最後には光の粒となって四方八方へ飛んでいった。


「な、なにこれ!? 光ってるけど、大丈夫!?」

「きっと魔導書に封じ込められていた人たちが解放されたんだ」


 戸惑う僕に落ち着き払った声でポチが教えてくれる。


「ナナツナのにいちゃん。ありがとな。あんたのおかげで妹は助かったぜ」

「こちらこそポチがいてくれてよかったよ。ありがとう」

「まさか衣服に付いた匂いで犯人を当てるなんて。さすが伝説の魔法使いの子孫だ」

「その匂いをかぎ分けてくれたポチがすごいんだって。さすが妖精だよ」


 おそらく魔導書は最後の一人がスージーだと知り、彼女の家からローブを盗んできたのだ。それを見せられたスージーは気が動転して犯人が母親だと勘違いして単独行動に出てしまった。今までなんとか耐えていたけれど、あれでは精神の限界を迎えてもおかしくない。


 あの場にローブが落ちていたのは、飛んで逃げる時に邪魔だったからだろう。

 しかし、逆にそれが犯人特定に繋がったのだ。


 もし本当に数字の魔女が犯人で、ポチの妹さんが被害者なら、ローブに匂いが残っているのはおかしい。

 数日前に封じ込められたなら匂いが消えているか。あるいは他の被害者たちの匂いも残っているはずだから。


「すまねぇ……」

 いつどこで覚えたのか、ポチが土下座していた。


「謝らなくていいよ。ポチも妹さんも悪くない。悪いのはすべて魔導書なんだから」

「そのことだけじゃねぇ。俺はナナツナのにいちゃんに嘘をついたんだ……」

「まさか最初から妹さんが犯人だと気づいていたの?」

「ち、違う! 俺は最初に名前を呼ばれたのが妹とは知らなかった!」

「じゃあ、どんな嘘をついたの?」

「スージーのねえちゃんから頼まれたことだ。『もし自分の身になにかあったらナナツナ様を信じてあげてほしい。あの方は必ず魔導書を見つけ出してくれます。約束してくれたから』って。あの子は最後まであんたのことを信じていたんだぜ」


 スージーが僕のことをそんな風に想ってくれていたなんて……うれしくて涙が出そうだ。


「すまねぇ。義理堅い妖精なんて言っておきながら……これは一生の恥だ……」

「気にしなくていいよ。ポチも妹さんが消えて不安だったんだから仕方ないって」


 事情を知っているスージーも優しい笑顔で許してくれるはずだ。


「いいやダメだ。俺は二人のことを仲間だと言った。それなのにスージーのねえちゃんとの約束を破って、ナナツナのにいちゃんを信じようとしなかった。本当にすまねぇ……」


 相変わらずポチは土下座を続けている。

 床に黒い毛玉が転がっているようにしか見えないが、そんなことを言っても怒ってくれないだろう。


「ポチ。僕と約束しよう」

「約束って……なにをだよ?」

「これから本当の仲間になる約束だよ」


 僕が右手の小指を差し出しながら話しかける。


「僕だけでは魔導書を倒せなかった。数字の魔女のスージーと妖精のポチ。心強い仲間がいてくれたおかげなんだよ。だからお願いだ。これからも仲よくしてほしい」


 ポチは顔を上げてから同じように小指を伸ばしてきた。


「……おう」


 短い付き合いだけど、今では体毛に隠れたポチの照れている顔が見えるようだった。


「ちなみにこの約束を破ったら、針千本飲むことになるから気をつけてね?」

「は、針千本!?」


 驚きのあまりポチは大きくのけぞった。それでも小指だけはしっかり繋いでいる。


「あはは。冗談だよ冗談。大切な仲間にそんなもの飲ませないよ」

「お、脅かすんじゃねぇよ! よ、妖精は臆病な種族なんだからな!」


 このおまじないの名前が指切りだと伝えたらどんな反応をするのか気になる。

 床に横たわっているポチの妹さんがうめき声をあげた。

 それに気づいたポチが近づいて容態を確認してから何度もうなずいた。


「ナナツナのにいちゃん。ここは俺に任せて早く行ってやれよ」

「行くってどこへ?」

「そんなの一つしかねぇだろ。愛する女のところに決まってるじゃねぇか」


 今度は僕が照れる番だった。


「だ、だったらポチもいっしょに行こう」

「俺は遠慮しとくぜ。人の恋路を邪魔して馬に蹴られるのはごめんだからな」

「前から聞きたかったんだけど、そういうのどこで覚えてくるの?」

「いいからさっさと行けよ! ヒイィィィン!」 


 ポチに尻を蹴られるようにして僕は図書館の玄関を出た。


 人の姿がまったくなかったはずの町には、いつの間にか活気が戻っていた。


 ゆったりとしたローブを着る人もいれば、土の付いた作業服を着ている人もいる。頭に帽子を被った料理人らしき人や鮮やかな色の服を着た子どもたちが顔を見合わせて話し合っている。


「よかった。みんな無事だったんだ」


 改めて魔導書を倒したんだと実感する。

 僕は羽織っていたローブを脱いで周りから見えないように魔導書を包んでおく。


「――ッ!」


 その時、誰かに呼ばれた気がした。


 夕焼け色の空を見上げると一人の女の子が飛んでいた。


 夜の帳のようなローブを身にまとい、月明かりで染めたような髪を揺らし、星のような瞳を輝かせてこちらに向かってくる。脇目も振らずに一直線に地上へ降りてくるその姿は、まるで流れ星のように美しい。


「スージー!」


 僕は大きな声で名前を呼ぶ。


 空飛ぶ少女は、天使でも神の使いでもない。


 魔女だ。


「ナナツナ様!」


 スージーが僕の胸にゆっくり飛び込んできた。


 泣きながら震える彼女の体を優しく抱きしめる。


 いつの間にか僕の両目からも涙がこぼれ落ちていた。


 さっきまで落ち着いていた心臓が今は激しく動いている。

 


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