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前日譚:アップルパイ

おまけの前日譚です。

 王国歴201年。

 リナという名の少女が、神託により勇者に選ばれた。

 当時12歳の、施療院で下働きをしていた、ただの少女だった。


 国は総出を上げて、彼女を勇者として王宮に迎えた。

 リナ自身の意思は、この場合関係がない。

 国が彼女を勇者だと担ぎ上げれば、ただの平民であるリナは、ただ従う以外の道はなかった。


 王宮に招かれ、勇者の証である聖剣を与えられ、リナは正式に勇者として任命されることになった。

 しかしリナはただの平民。剣を振らせてみても、完全な素人だった。

 早急にリナを鍛え上げることがすぐに決められた。最初からそれを踏まえての王宮入りだったのかもしれない。


 初めの1年間は、リナにとってまさに地獄の日々だった。

 夜明けから日暮れまで厳しい剣の稽古、夜には様々な勉強。教養や礼儀作法も学ぶ必要があった。

 さらに、平民から勇者に成り上がり、王宮暮らしになったことで、酷く妬まれ、罵倒に悪口、嫌がらせも散々に受けることになった。

 リナは何度も挫け、泣き、逃げ出したいと考えたが、周りの環境がそれを許さなかった。


 2年目に入って、ようやく転機が訪れる。

 リナの剣の実力が、並の騎士たちを上回るようになった。

 剣を持ち始めてわずか1年と少しで、10年の鍛錬を積んでいる騎士と同等ぐらいの実力になる。勇者の加護の成せる技であった。

 相変わらず妬みは絶えなかったが、リナの能力をようやく評価し始めた者たちによって、そういった嫌がらせの類は控えさせられるようになり、激減した。


 3年目に入ると、もはやリナに剣で敵う者は誰もおらず、魔物相手の実戦が訓練の中心になっていった。

 初級の魔物に始まり、騎士でも手こずるような魔物まで。やがて、騎士団を総動員させなければならないような魔物でさえも、リナ1人で始末できるようになった。

 この頃になると、もう弱音を吐いていた少女の面影はなく、ただただ命令に従うだけの、忠実な兵士のような性格になっていた。

 あまりに強すぎる勇者リナの存在を危ぶむ勢力もいたが、何はともあれ強大な魔王を倒してもらわなければ世界が滅ぶ。その意見は黙殺された。



 そして王国歴204年、リナが15歳、王国で成人とみなされる年齢になった頃。

 王命により、正式に勇者への魔王討伐が命じられた。

 リナは平民とは思えぬ作法で、迷うことなく魔王の討伐を引き受けた。



 こうして勇者リナによる、魔王討伐の旅が始まった。

 のだが。


「つ、つかれたー! いったん休もうよー!!」

「はぁ、はぁ……お、同じく、休憩を所望します……!」


 勇者の旅は、一人旅ではなかった。

 リナの他に、2人の付き添いが居た。


 1人は、魔法使いの少女ロレッタ。

 オレンジ色のふわふわのロングヘアに、長身で抜群のスタイルを持った、魔術師風の美少女。

 魔法使いの学院の中でもぶっちぎりのマナを持ち、誰よりも強力な魔法を放てる魔法使い。


 もう1人は、神官の少女シルヴィア。

 金髪のロングヘアーに、白い神官服を着た、スレンダーな美少女。

 神託を受けた、聖女の称号を持ち、癒しの奇跡を扱うことができる神官である。


「うん、休憩にしようか……」


 リナが了承して、道端で休憩を取ることにした勇者一行。

 体力のあるリナと違い、仲間の2人はあまり体力がなく、しばしば休憩を挟みながらの行軍となった。


(どうしようかな)


 くたくたに疲れ切っている2人を横目で見ながら、リナは物思いにふけっていた。


 旅に同行者がいると聞いた時、リナはてっきり熟練の騎士や魔法使いが来るものだと思っていた。

 が、まさか年の近い少女たちと旅をすることになるとは思ってもいなかった。


 結果として、彼女たちとは体力の差が大きく、なかなか足並みが揃わない。

 リナが歩幅を落として、適宜休憩を挟むことで、なんとか旅をこなしていた。


(まあどうしようもないか)


 リナはそう結論づけた。

 旅にこの2人を連れて行くと決めたのも、国の命令があっての事である。

 多少足を引っ張っても、命令は命令。従わなくてはならない。

 最初こそ困っていたリナだったが、今は半ば諦めが入っていた。まだ旅慣れていない彼女たちを、徐々に慣らして行く必要があると。


 それに、完全に足手まといというわけでもなかった。

 ロレッタの扱う攻撃魔法は、とにかく広範囲高威力で、魔物の群れを相手取る時に役立った。

 シルヴィアの起こす癒しの奇跡は、傷を一瞬で癒してくれるので、多少の怪我は気にせず戦うことができる。

 旅の速度は落ちるが、安定感は増す。ゆえに、悪いことばかりではない。

 のだが。


「リナって体力すごいね〜! やっぱり鍛えてたの?」

「あ……うん、まあ」

「王宮に居たって本当?」

「う、うん、訓練、してだから……」

「へぇ〜! 剣って誰から教わったの?」

「その……王宮の中の話、どこまで話していいのかわからないから……」


 リナにとっての悩みの種は、ロレッタにあった。

 とにかくよく話しかけてくる。

 それ自体は悪いことではないのだが、困ったことにリナは話が得意な方ではない。

 王宮にいた頃は、ただ受けた指示に従っていた。とりあえず「はい」か「分かりました」と答えていればよかったのだ。

 今のように、何気ない会話をこなす方が、魔物退治よりも格段に難しかった。


「……そろそろ行こう、次の街まで後少しだから」

「はーい!」

「私も、大丈夫です」


 なんとか話を切り上げて、休憩を終わらせる。

 一行は次の街に向けて、歩みを進めることにした。



   ◆◆◆ ◆◆◆



「あ! ねぇねぇ、あのお店入ろうよ!」


 街について少し。

 宿を探そうとしていた勇者一行の中で、ロレッタがそんな声を上げた。

 指差したのは、ケーキなどの出来立ての菓子を出しているお店だ。


「ロレッタさん、いま私たちは宿を探しているところなんですが……」

「うん! でもこの街のあのお店のアップルパイが絶品だって聞いてて、絶対一回は食べてみたいって思って! 皆で行こうよ!」


 シルヴィアが諭すが、ロレッタは話を聞いているのかいないのか、そう熱弁する。

 ようするに人気店のアップルパイを食べたいらしい。

 シルヴィアは頭に手を当てて、なおも諭す。


「ええとですね、私たちは今魔王討伐の旅の真っ最中で、その旅費は国が出してくれてるんです。必須品ならいいですが、無駄遣いは……」


 シルヴィアがそう語る。

 彼女の言う通り、旅の資金は国が出しているものである。ある程度は自由に使えるが、あまり無駄遣いするのは好ましくはない。

 しかし、リナはそこに口を挟んだ。


「いいんじゃないかな、少しぐらいは」


 そう言って、ロレッタの意見を肯定する。

 シルヴィアは少し驚いた様子で振り返った。

 確かに国のお金ではあるが、魔王討伐という命懸けの任務である。少しぐらいは息抜きしても良いだろう。


「賛成多数だね! 行こ行こ!」

「まぁ、いいですけど……」


 ロレッタに押し切られる形で、シルヴィアも渋々に了承した。

 3人は揃って、ロレッタのおすすめの店に入ることになった。


(アップルパイ……久しぶりだな……)


 リナがロレッタの意見を肯定したのは、ただ彼女を気遣っただけではない。

 リナ自身も、アップルパイを食べたかったのだ。


 店に入り、席に着く。

 3人分のアップルパイと紅茶を注文して、しばし待つ。

 しばらくして、温かい紅茶と、出来立てらしいアップルパイが運ばれてきた。


「うわー! おいしそう!」

「うん……」


 運ばれてきたアップルパイを見て、ロレッタがそう言い、リナが頷いた。


 まだリナが勇者になる前、施療院で働いていた頃に、たまにアップルパイを作ってくれる人がいた。

 そのアップルパイは、リナの大好物だった。

 王宮に入って、長らく食べていなかったアップルパイが、机の上にある。

 店で売られているだけあって、とても美味しそうだ。


「いただきます」


 フォークを使って丁寧に、アップルパイをいただくリナ。

 出来立てのアップルパイの、熱くてサクサクとした食感と、しっとりとした甘味。

 一口食べたリナは、少し、表情を綻ばせた。


「んー! おいしー!」

「確かに……言うだけのことはありますね」


 ロレッタとシルヴィアも、アップルパイの味に満足している様子だった。

 リナもまた、サクサクのアップルパイを食べ進める。


「おいしい……」


 つい口をついてそう出てきてしまうほどに、店のアップルパイは美味しかった。


「よかったー、気に入ってくれたみたいで」


 気がつくと、ロレッタがニコニコしながら自分を見つめていることに気づいた。

 リナは慌てて緩んでいた表情を引き締めた。顔が赤くなってしまっている。

 しかし美味しいものは美味しい。

 そのまま紅茶を啜り、再びアップルパイにフォークを伸ばした。


「おいしいね」

「ね!」


 リナがそう言うと、ロレッタが笑顔で答えた。

 少しだけ、緊張がほぐれた気がした。

 仲間たちと、仲良くなれた気がした。


「他にも良いお店あるから、食べ歩こうよ!」

「んっ! ちょ、ちょっと待ってください」


 ロレッタの意見に、紅茶を飲んでいたシルヴィアが慌てて口を挟んだ。


「流石にそこまではダメです。より道し過ぎです。無駄遣いはダメです」

「ええー! この先の街にも行きたい店たくさんあるのに!」


 2人が言い合っている。

 リナは止めようかどうか迷って、おろおろした。咄嗟に気の利いた言葉が出てこなかった。


「私たちは魔王討伐という王命の最中なんですよ、なるべく寄り道せず、任務に専念すべきです」

「ちょっとぐらいならいい?」

「うーん……」


 話していたシルヴィアが、少し困ったような視線をリナに向けた。釣られてか、ロレッタもリナを見る。

 意見を聞かれているようでリナも困ってしまったが、咄嗟に思いついた考えを口にした。


「か、帰りなら、いいんじゃないかな……」

「かえり?」

「そう、魔王倒した、帰りに、とか……」


 途中から消え入りそうな声になってしまったが、リナはそう言った。


 ふむ、と仲間2人は考え込み、そしてそれぞれが答えを出した。


「いいね! 帰りに食べ歩き!」

「まぁそのぐらいなら……」

「帰り道で、あたしのおすすめのお店、全部制覇しよ!」


 楽しそうに告げるロレッタに、リナとシルヴィアは少し苦笑した。

 でも、そのぐらいの贅沢はしても良いかもしれないと思った。

 魔王を倒せば、英雄だ。

 お菓子ぐらいいくら食べても、罰は当たらないだろうと。


「で、最後にまた、このお店のアップルパイをみんなで食べよ!」

「そう、だね、それはいいかも」


 またアップルパイを食べる口実が出来て、リナも少し嬉しかった。



 こうして勇者一行は、再び旅支度を整える。

 少しだけ仲良くなった彼女たちは、魔王の討伐にという大いなる目標と、ささやかなご褒美に向けて、旅立った。




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