7話:結末
勇者が魔王を討伐した。
世界は魔王の恐怖から解き放たれ、平和が戻ってきたと大いに湧いた。
まだ生き残った魔物はあれども、当面の脅威は去ったと見て良い。
勇者ら一行は、本来であれば帰還次第、盛大なパレードが開かれる予定であった。魔王を打ち破った英雄たちの凱旋だ。
しかし、魔王との戦いの最後に、魔王からの呪いの一撃を受けたリナは倒れてしまい、街で緊急の治療を受けることとなった。
そして今。
魔王討伐からおよそ半年後。
「リナ〜! 来たよ〜!」
専用の治療室、その部屋に、ロレッタが手土産を持って勢いよく入ってきた。
「ロレッタ、いらっしゃい」
ベッドの上には、横たわったリナの姿があった。
病院着で、相変わらず小さくて痩せた少女の姿だ。
「お邪魔します」
「シルヴィアも? 最近忙しいでしょ、でもいらっしゃい」
ロレッタに続きシルヴィアも、部屋に入ってきた。
2人とも私服に変わってはいるが、相変わらずの姿だ。
「懐かしい、魔王討伐メンバーだね」
「懐かしいって、まだ半年ですよ」
昔の仲間が3人揃ったことに、はにかんで喜ぶリナ。
他の2人に比べると、少しやつれて見える。
「体調はどうなの?」
「そんなに悪くないよ、心配しないで」
ロレッタの問いかけに、リナは何でもなさそうにそう答えた。
実際は、かなり悪い。
魔王の最期の刃は、リナの身体に傷を付けただけでなく、致死の呪いをかけるものであった。
回復してから最初の数ヶ月は歩くことができたが、じきにそれもできなくなり、今や寝たきりの生活となっていた。
呪いのせいで、リナの身体はじわじわと死に向かっているのである。
「かならず、呪いを解きますから……」
シルヴィアが鎮痛な面持ちでそう言った。
リナにかけられた呪いは、聖女シルヴィアの力をもってしても解除できなかったのだ。
それどころか、国中の選りすぐりの魔法使いや神官を集めても、リナの呪いを解くことはできなかった。
シルヴィアはその事を気に病み、日々、神官としとの修行を欠かさないようにしている。
「ありがとう、シルヴィア。でもちゃんと休みも取ってね、目の隈がすごいよ」
「たまたま夜更かししてただけです」
心配するリナに、シルヴィアは憮然としてそう答えた。
「ねぇねぇ、アップルパイ買ってきたの、例のお店の、皆で食べようよ」
少ししんみりした空気を破るように、ロレッタが元気よく、持ってきた手土産を突き出した。
中に入っているのは、とあるお店で販売しているアップルパイが3つ。
旅をしていた時から3人が気に入って通っていた店の、リナの好物だ。
「わー、あのお店のやつ? また食べたかったんだー!」
「あのお店、すっかり有名になっちゃって、予約しないと買えなくなっちゃったよー!」
すっかりと明るい空気になり、ロレッタの用意したアップルパイを食べる流れとなった。
紅茶のカップとお皿が用意され、各々アップルパイを楽しむ。
「ん〜、やっぱりこのお店のは美味しいね」
「だよね〜!」
リナは、よく笑うようになった。
性格も、心なしか明るくなったように思える。
ロレッタと楽しく談話していた。
一方で、シルヴィアは無口で紅茶とアップルパイを口にしている。
あまり積極的に話すタイプではないが、ここのところ思い詰めている様子が見てとれた。
「シルヴィア、大丈夫? もう少し休んだほうがいいよ」
「平気です。リナ、あなたの方がよっぽど大変なんですから、私が休んでられないです」
「シルヴィアが休んでくれるとわたしは嬉しいな〜?」
「またそんな事を……」
ねだるような口調でそう言うリナに、憮然とした口調でそう返すシルヴィア。
「頑張ってくれて嬉しいけど、こうして皆無事で帰って来れて、また皆でアップルパイを食べられて、わたしは十分すぎるぐらい幸せだよ」
リナは穏やかに微笑む。
勇者リナが呪いで床に伏せる事になり、報酬の爵位や領地は辞退して、辺境でゆっくりと過ごすことができるよう、国は取り計らってくれた。
当の勇者が衰弱し切っているので、危惧していた内乱も起こらないだろうと予測ができた。
少なくとも、今の勇者を脅威とみなす者は少ないはずだし、担ぎ上げるにも弱りすぎていた。
今のままなら、リナが原因での争いは起こらずに、平和に過ごせるのかもしれない。
「私は……まだ不満です。リナにはまた元気になってもらわないと、そうでないと、あまりに報われなさすぎです……」
「寂しいよね」
シルヴィアの言い分に、ロレッタも同調する。
リナは困ったように笑った。
「ありがとう、わたしもなるべく長生きできるよう、頑張るね」
「必ずあなたの呪いを解きますから、死なないでくださいね」
そう言って、シルヴィアは席を立つ。
「アップルパイ、ごちそうさま。私は、これで」
「もう帰っちゃうの?」
「こう見えて忙しいんです」
少し冷たい口調だが、シルヴィアは部屋を出る前に振り返って言った。
「2人とも、また」
「うん、また」
「また一緒にアップルパイ食べようね〜!」
そう言って、シルヴィアは部屋を立ち去った。
「ロレッタは時間大丈夫?」
「あたしは平気! 今日お休みだから!」
ロレッタは魔王討伐の後から、魔法学校で勉強に励んでいた。
少しでも、今のリナために何かできないか、勉強がしたいらしい。
最も、ロレッタが一人前になるのに何年かかるかといったところだが。
それはお互いに、口にしなかった。
「あのね、また沢山話したいことがあるんだ〜」
「聞かせて聞かせて」
そうやって、ロレッタはリナと沢山お喋りをした。
見舞いに来るたびに、何度も何度も。
◆◆◆ ◆◆◆
そして、勇者リナは亡くなった。
魔王討伐から3年後、18歳という若さでこの世を去った。
死因は魔王の残した呪い。この呪いは強力で、最後まで解くことができなかった。
死後はとてもやつれて、老いても見えた。
国を上げて、盛大な葬儀が行われた。
世界を救った英雄に相応しく。
多くの権力者が参列して、多くの市民が涙を流した。
ロレッタとシルヴィアも、泣いた。2人とも子供のように、わんわんと大泣きした。
かくして、勇者リナは、最期を迎えた。
彼女が幸福だったかは分からない。
せめて、その勇姿を讃えよう。
世界が平和であるまでは。
これで完結になります。
ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました。