4話:勇者は四天王と戦いを繰り広げた
「ふぅ……」
リナは山道を登り切り、一息をついていた。
バールベルクを撃破してからしばらく、リナは険しい道のりを進んでいた。
目の前には、一際大きな砦。
最後の四天王、竜人アロガナの待ち受ける砦である。
そしてその先の山の上には、魔物たちの王、魔王が待ち受ける巨大な城がそびえ立っているのが見てとれた。
(あそこに、魔王が……)
魔王の城を目にして、リナは思いを馳せる。
勇者パーティ最後の戦いになった場所。
仲間2人を亡くした場所。
今の自分が、国を内乱に陥らせる、きっかけとなった場所。
まさかもう一度、この場所に出向くとは思わなかった。
「いやいや、まず四天王……」
リナは自分を律するように、首を振った。
最後の四天王である竜人アロガナは、他の四天王よりも遥かに強敵であった。
2度目の戦いとはいえ、油断できる相手ではない。
ましてや、今回はサポートしてくれる仲間もいないのだ。
(大丈夫……)
ここまでは、長い道のりだった。
身体はヘトヘトになったが、おかげで精神的には随分と余裕ができた。
きちんと役目を果たそう。世界のために。
そう自分を納得させるだけの時間ができた。
「行こう」
1人きりになって、随分と独り言が増えたリナ。
いま1人で最強の四天王の待つ砦に向かう。
リナが砦に着くと、守りについている魔物たちは、何かざわつき、そして、砦の門を自ら開いた。
魔物たちは遠巻きに彼女を見るだけで、襲ってはこない。
リナはかつて一度来たことがあるだけあって、その対応に驚くことはなかった。
堂々と砦の中に入り、奥の部屋まで進む。その間、魔物たちとすれ違うが、一体も襲いかかっては来なかった。
これが、四天王であるアロガナの命令らしい。
万全の勇者一行と戦いたいのだと。
部下たちに、道を開けるように指示しているのだ。
やがて、最奥の部屋にたどり着いた。
「ついに来たか」
部屋の奥にあしらわれている、巨大な椅子に座る巨体の戦士が、そう言い放った。
その身体は人間のような四肢があるが、立ち上がった時の大きさは軽く2メートルを超える。
頭は角の生えたトカゲのようでありながら、口には鋭い牙が生えており、ドラゴンを想起させる。
軽装の金属鎧を身につけて、傍には1メートルを超える曲刀が置かれている。
彼こそが四天王最強である、竜人アロガナだった。
「待ちくたびれたような、もう来てしまったかのような、不思議な心地だぜ……」
「?」
アロガナがしみじみとしたように、そんな言葉を吐く。
一方で、リナはなんだか違和感を感じていた。
それが何なのかは、はっきりとは分かっていない、嫌な違和感だ。
「ん? オマエ1人か? 仲間は?」
「置いてきた」
「なんで?」
「この戦いについて来れそうにないから」
迷わずそう言い放つリナに、アロガナはふっと笑った。
「いいね、強者の風格がある。オマエがそう言うならそうなんだろうな」
獰猛な笑みを浮かべながらアロガナが曲刀を構える。
「さぁ始めようか。勇者とやら、最高の戦いにしようぜ」
「……」
悪い予感がした。
それでも、リナは剣を抜き、戦いが始まった。
◆◆◆ ◆◆◆
「ぐっ、あ……!」
勝負は、あっという間に決まった。
リナは床にうずくまり、痛みに呻いていた。
鎧は半分砕け、床に血が広がっている。
剣は近くに転がっていた。
一方でアロガナは立ち、倒れたリナの首元に曲刀を突きつけていた。
後少し振り下ろせば、リナの首を刎ねることができる状態だ。
誰がどう見ても、勝敗は明確だった。
「ぐぅ……っ……」
(負け、た……?)
痛みに苦しみながら、リナは混乱していた。
リナはアロガナと正面から戦った。
かつてアロガナと戦った時と同じ。アロガナは部下を使わず、1対3で戦った。おまけに後衛も狙わない、小細工なしの正面衝突。
圧倒的な強さを持ち、ロレッタの強化魔法と、シルヴィアの回復魔法を合わせて、なんとか勝てた相手。
それでも、魔王を倒したリナの実力と、かつてロレッタに教わった強化魔法が合わされば、十分に勝てる相手だった。
勝てる相手だったはずなのだ。
油断もしていなかったのだ。
「なん、で……」
「なんで? こっちが聞きてえよ!」
リナの呻き声に、アロガナが声を荒げて言った。
彼もまた、この勝敗に困惑していたのだ。
「オマエ勇者で合ってるよな? 迷い込んだ旅人とかじゃないよな?」
どこか苛立ちげにアロガナは問い詰める。
「ボロンバとバールベルク相手に圧勝したんだろ!? その実力はどうしたんだ!?」
否、明らかに苛立っていた。
リナはまだ痛みに呻くことしかできない。
「オマエの事が報告で上がってきた時は、正直興奮したよ。四天王にただ勝つだけならまだしも、何もさせずに圧勝したとなれば、オレも手抜きはできねぇってな!」
曲刀を突きつけたまま、どこか見下すようにリナを見て。
アロガナはなおも語る。
「そうと決めたら、きちんと準備したさ。酒は断ち、食いもんも制限して、オマエが来るまで、来る日も来る日も身体を鍛えて、イメージトレーニングも欠かさなかった! 鎧も、邪魔だから軽いのに新調した!」
「ぁっ……!」
リナは思わず声を上げた。
違和感の正体が、一気に解けた。
一度戦った時と、鎧が違うのだ。初めて戦った時には、重厚な金属鎧だったのが、今は急所と手足だけを守る、軽装に変わっていた。
もちろんそれだけではない。
「ようやく本気で戦える相手が来たんだ、そのくらい準備はするさ! なのになんだ!? この体たらくは!」
明らかに怒りを込めた声で、アロガナがそう叫ぶ。
そう、一度目の戦いの時は、アロガナは本気ではなかったのだろう。
他の四天王に辛勝するぐらいがリナたちの本来の実力。すなわち、全力で戦うのに値しないと、手を抜いていて、おかげでリナたち一行はなんとか勝てた相手だった。
今は、違う。
他の四天王相手に圧勝し続けたせいで、警戒させた……否、本気にさせてしまった。
万全の準備をしていた。
初めから全力で、リナと戦った。
結果、実力の差で、リナは負けた。
「なぁ、今日は本調子じゃなかったんだろ? そう言ってくれよ」
急にトーンの低い声で、アロガナがリナに語りかける。
宥めるように、憐れむように。
「てかマジで仲間どうしたんだ? その実力で啖呵切ったわけじゃないだろ? 喧嘩でもしたのか?」
「あ……ぅ……」
言えなかった。
自ら仲間を追い出し、この実力で魔王まで倒して、世界を平和にするつもりだったなどと。
まさか四天王で躓くとは、夢にも思っていなかったなどと。
リナは何も言えない。怯えた目で見上げることしかできなかった。
そうしていると、ただのちっぽけな少女でしかなかった。
沈黙が場を支配する。
しばらくして、アロガナはため息をついた。
「おい、オマエら、こいつを摘み出せ」
曲刀をしまって、配下の魔物にそう命じた。
「仲間でもなんでも連れてきやがれ。次は、殺す」
それだけ言って、どかっと椅子に座るアロガナ。
リナは何も言い返せず、されるがままに魔物に運ばれて、砦の外に放り出された。
◆◆◆ ◆◆◆
負傷した身体を癒しの魔法でなんとか回復して。疲れきった身体に鞭打って。
リナは最寄りの街まで撤退した。
その街の人々は勇者の敗北の報告に、大きく失望した。
しかし同時に、ぼろぼろになって帰ってきた勇者を、手厚く看護した。
どうやら、街の住人たちは、勇者が接戦の末に負けたのだと、そう思っているようだった。
実際は惨敗であったのに。
仲間の不在についても尋ねられたが、勇者は口を紡ぐことしかできなかった。
そのせいで、勇者パーティの仲間たちは、そこで命を落としたのかもしれない、とまことしやかに囁かれることとなる。あまり触れてはならない内容となった。
実際はリナがこっぴどく追い出したのに。
街の住人の好意に甘えまくり、怪我の治療をしてもらい、壊れた鎧も新しいものを発注し、さらに豪華な高級宿に泊めてもらえることになった。
ふかふかのベッドに寝そべり、勇者は。
絶望していた。
(どうしよう)
焦りを通り越して深い絶望の中、勇者リナはうつむいて考え込んでいた。
四天王アロガナに勝てなかった。
実力で、負けた。
魔王を倒さなければ、世界は平和にならない。
自分が今ここにいる、意味がない。
考えても考えても、良いアイディアは浮かんでこなかった。
いや、思考が停止しているのかもしれない。
ただただ、無意味な時間を過ごした。
(そういえば仲間でも連れてこいって言ってたな……)
ふとアロガナの言っていた言葉を思い出してしまった。
仲間。魔法使いロレッタと聖女シルヴィア。
彼女らは今どうしているだろうか。
(国王陛下に報告してる頃かな……)
時間的に、まっすぐ帰っていれば、今頃国王と謁見しているだろう。
(仲間……いれば、勝てたのかな……)
今更になって、その考えに至る。
勝てたかもしれないし、やっぱり勝てないかもしれない。
そのぐらい、全力のアロガナは強かった。
どう戦えばいいのか、まるで見当も付かなかった。
(仲間……)
そもそも。
仲間を追い出したのはリナである。
(戻ってきてもらえるわけ……ない)
都合よく、今更戻ってきてもらうなんて、できないだろう。
(今更どんな顔して会えばいい?)
頼み込めば、許してもらえるだろうか。
いや、無理があるだろう、とリナは結論づける。
あれだけこっぴどく追い出しておいて、許してもらえるとは思えない。
そう。
そんな都合のいい話なんて。
「リナー!!」
突然勢いよく、ドアが開け放たれた。
部屋の中に飛び込んできたのは、見知った顔。
「ロレッ、タ……?」
幻覚でも見ているのだろうか?
部屋に入ってきたのは、魔法使いロレッタだった。
そう、今更どんな顔で……。
会えば……。
「こんなとこに居たんですか」
「シル、ヴィア……?」
またもリナは自分のめを疑う。
ロレッタに続いて、シルヴィアも部屋に入ってきたのだ。
リナはぽかんとした顔で、2人を見つめる。
「なん、で、こんなところ、に……」
もう会えないと思っていた。
今更どんな顔をして会えばいいのだろう、何を話せばいいのだろうと。
まだリナを責め足りなかったのだろうか。
口をぱくぱくさせているリナに、ロレッタが詰め寄ってきた。
「負けたって聞いたよ! ぼろぼろじゃん! 大丈夫!?」
「あ……」
あちこちに包帯を巻かれたリナを、純粋に心配してくれるロレッタ。
一方でシルヴィアは、少し冷たい目線を向けていた。
「私たちは必要ないって言っておきながら、随分な有様ですね」
「う……」
完全にシルヴィアの言う通りだ。
リナはあれだけ仲間を拒絶して、1人で戦って、負けた。
何も言い返せない。
「もー! やめようよ! シルヴィア、リナを治してあげて!」
「それは、リナの言い分次第ですね」
「言い分……?」
シルヴィアの言葉に、リナは弱々しく尋ねた。
それに対しては、ロレッタが口を開いた。
「リナ!」
がしっと肩を掴んで、リナの目をまっすぐ見つめる。
「あんな事言われて泣いちゃったけど、あたしはまだ納得してない! まだ何か、理由があるんでしょ? 全部教えて!」
とてもまっすぐに、ロレッタはそう言った。
「私はロレッタに無理やり連れて来られただけで、半信半疑ですけどね。もし何の理由もないって言ったら、このまま帰ります」
淡々とした口調で、シルヴィアがそう言った。
それでも、話は聞いてくれるらしい。
リナは。
「う……」
ぼろぼろと涙が出てきた。
様々な感情が溢れ出した。
嬉しいという気持ち、恥ずかしいという気持ち、情けないという気持ち。
それらが合わさって、とても堪えきれなかった。
「ごめん……ごめん2人とも……!」
泣きながらも、ようやく、2人に謝ることができた。
「ちゃんと、話す、話すから……」
「うん、うん!」
泣きじゃくるリナに、ロレッタが宥めるように背中をさする。
リナが泣き止むまで、しばらく時間を要した。
◆◆◆ ◆◆◆
リナは全てを2人に打ち明けた。
自分に未来の記憶があること。
魔王の討伐はできたが、その戦いで2人が死んでしまったこと。
その後、勇者の存在が原因で内乱が起きたこと。
自分が処刑されたこと。
「そ、そんなことが……」
「だから私たちを追い払ったんですね」
荒唐無稽な話だったが、これまでの行動と辻褄は合っていた。
ロレッタとシルヴィアは、リナの話を信じてくれたようだ。
「なんでちゃんと話してくれなかったんですか?」
「そうだよ! 言ってくれれば……!」
詰め寄る2人に、リナは子犬のように縮こまりながら答えた。
「あ、争いが起こるのは、勇者が生き残っちゃったたからで、わたしが魔王と相打ちになれば、争いは起きないと思って、だから……」
「バカーっ!!」
たどたどしく説明するリナに、ロレッタがそう叫んだ。
「本当にバカですよ、貴女」
シルヴィアもしみじみとそう言った。
「みんなで生きて帰ろうよ!」
「その通りです、3人で帰りましょう」
2人の言葉に、リナはまた、涙が溢れ出す。
「さっ、3人で、帰っても、いいのかなぁ……」
「いいでしょ!」
「当たり前です!」
泣きながら尋ねるリナに、2人は迷わずそう答える。
「でも、勇者のわたしがいると、国で争いが……」
「そんなの、なんとでもしてみせます!」
珍しく声を上げて、シルヴィアがそう主張した。
横にいたロレッタは驚いて、尋ねる。
「い、いいアイディアがあるの?」
「それは、その……お父様に相談してみます」
父親頼りのその提案に、場の空気が緩んだ。
「とにかく、魔王を倒した後のことは、また別に考えましょう!」
「まずは魔王を倒さないとね!」
「そう、それです!」
若干顔を赤くして、シルヴィアがそう主張する。
ロレッタはニコニコと笑い、リナもつられて微笑んだ。
「その前に、四天王を倒さないとね、竜人アロガナに、負けたばっかりなんだ」
「街の人に聞きましたよ、まったく、まずは傷の治療をしましょうか」
「ありがとう……」
ロレッタもシルヴィアも、リナに協力してくれる。また一緒に戦える。
それが、リナにとっては、たまらなく嬉しかった。
「そうだ、部屋で一緒にお泊まりしようよ! たくさん話したいんだ!」
「いやです」
「ええーっ! せっかくこんな豪華な部屋なのに! お風呂付きなんて、滅多に泊まれないよ!?」
「怪我人がいるんですよ、ちゃんと眠らせなさい」
「あはは」
賑やかな部屋の中で、リナは久しぶりに笑った。