3話:勇者は1人で四天王を倒すことにした
「え?」
「なっ……」
リナの言い分に、2人は絶句した。
ロレッタに至っては、まだ言っている内容を理解できていないのかもしれない。
「ど、どうして……?」
「だから」
リナはあくまで冷淡な口調で言い放つ。
「四天王も魔王討伐もわたし1人いれば十分、2人は足手まといになるから、帰って欲しい」
言っていて、リナは自分の発言に胃が痛む思いだった。
ここまで、さらにこれからも献身的にリナを支えてくれた仲間たちに、こんな台詞を言わなければならないとは。
表情が崩れそうなのを必死に我慢した。
すぐにでも謝りたかった。
けどもそれはできないのだ。
リナの物言いに、シルヴィアが食い下がった。
「私たちは国王陛下の命で勇者との同行をしているんですよ? 陛下になんと説明するつもりですか?」
「国王には、仲間はいらなかったと伝えておいて欲しい」
「正気ですか!?」
勇者一行は、国王の命で魔王との戦いに出向いている身だ。
仲間と絶対に別れてはいけないわけではないが、それなりに納得させるための理由はいる。
それが、今更仲間はいらなかったなどとは。
何を言われるか、どんな対応がなされるか、予想もつかない。
シルヴィアが絶句していると、ロレッタがおずおずと前に出た。
「あ、あたしさ、バカだからわかってないのかもだけど……」
しどろもどろに、機嫌を伺うように、ロレッタはリナに尋ねる。
「な、何か怒らせるようなことしたかな? だ、だったら、謝りたいんだけど……」
「何もしてないよ」
つい、リナはそう否定した。
そう、ロレッタは何も悪くない。
悪いのは……。
「ただ、邪魔になっただけ」
「じゃま……」
リナの言葉を、噛み締めるように呟く。
ロレッタはしばらく言葉を失っていたが、再び口を開いた。
「じゃまかぁ……」
そう言ってから、目がうるみ、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「あたし……あたし、ちょっとは役に立ててるかもって、そう、思ってて……うぐ、ひっく……」
そこまで話して、ロレッタは本格的に泣き始めてしまった。
泣いたロレッタを、シルヴィアが肩に手を添えて支える。
「帰りましょう、ロレッタ。一旦落ち着く時間が必要です」
「うっ、うぁぁん……」
泣く子をあやすように、シルヴィアはロレッタに付いて、その場を立ち去ろうとする。
と、少し振り返り、リナと目を合わせた。
「……薄情者、もう顔も見たくないです」
シルヴィアは厳しくそう言い放って、今度こそ2人はその場を立ち去ってしまった。
ぽつんと、砦の中、リナは1人で佇んでいた。しばらく、何もせず、ただただ突っ立っていた。
「出よう」
しばらくして、自分に言い聞かせるようにそう言って、リナは歩き出した。
罠だらけの砦を抜けて、外に出る。
2人が待っていた……なんてことはまったくなく、砦の外には無人の荒野が広がっている。
「こっち」
2人が帰ったであろう方向とは逆、次の四天王がいるであろう方向へ、リナは向かった。
ただただ、歩いて。
無人の荒野の道端で。
リナは、突然立ち止まり。
「あ」
その場で、うずくまった。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
とても静かに、感情を吐き出すように、慟哭した。
四天王ボロンバとの戦いは、無傷で勝利できた。
しかし、リナの心の方は、深く深く傷ついていた。
「これでいい」
そう呟く。
「これでいいんだ……」
重ねてそう言った。
言った端から、後悔と罪悪感が押し寄せてくる。
もっといい方法はなかったのか、どうしてこんな思いをしているのか。
しゃがんだまま、リナはずっとぐるぐると考え続けていた。
(ロレッタ、泣いてた……)
ちょっと抜けているところはあるけども、明るくて元気で、リナを励ましてくれた、ムードメーカーだった。
(シルヴィアは……すごく怒ってた……)
彼女は生真面目で、場の空気を引き締めてくれるが、根はとても優しい人だった。
(そんな2人を、わたしは……)
足手まとい、いらない、邪魔。
ひどい言葉で突き放し、追い払った。
ロレッタを泣かせて、シルヴィアにはもう二度と顔も見たくないと言われた。
(大事な人を裏切るのって、こんなにつらいんだ……)
しゃがんだまま、ネガティブな考えがずっと浮かび続けて苦しい。
(涙が出ない……)
こんな時だというのに、何故か涙が出てこない。
つらすぎると逆に出ないのか。
心に穴が空いてしまったのか。
ただの薄情者なのか。
自分を責めずにはいられない。
とても戦えるような精神状態ではない。
「行かなきゃ」
それでも、リナは再び立ち上がった。
「魔王を、倒さなきゃ……」
ゆらり、と歩く屍のように足を進める。
「それで全部、報われるんだ……」
それだけがリナの心を、かろうじて繋ぎ止めていた。
2人は死なずに済む。
勇者リナは魔王と相打ちになる。
今度こそ、世界は平和になる。
それが、彼女の救いだった。
◆◆◆ ◆◆◆
次の四天王は、蟲王バールベルク。
毒沼だらけの死の大地に砦を構える、毒と病と虫の使い手だ。
砦に近づいたリナに、無数の黒い影が襲いかかった。
それは、小さな羽虫の群れ。1つの影で百を超える大群だ。
これこそが、バールベルクの配下である、虫の軍勢。
1匹1匹は脆弱だが、いずれも刺すための針を持っており、毒や病を持つ。
何度も刺されれば命に関わるが、小さくて数が多く、まともに戦って倒し切るのは不可能に近い。
しかし。
「『炎の壁』」
リナが魔法を唱えると、炎が吹き荒れ、壁を作る。群がってきた羽虫の群れを、炎が焼き払った。
それでも抜けてくる羽虫はいる。
その虫たちは、リナの剥き出しの皮膚を目掛けて飛びかかった。
だが。
「『聖なる殻』」
リナが次の魔法を唱えると、彼女の身体がぼんやりとした光に覆われる。
羽虫たちはその光に遮られるように、リナの身体に取り付けずにいた。
(最初はこの虫たちにも苦戦したな……)
リナは初めてここを訪れた時のことを思い出す。
群がる羽虫を、ロレッタが必死で焼き払い、毒と病に冒されたリナを、シルヴィアが賢明に治療してくれた。
(ロレッタ……シルヴィア……)
今は、炎の壁の魔法も、虫を追い払う魔法も、リナが扱うことができる。
1人でも、戦える。
(ダメだ、集中しないと……)
ふとすれば2人のことを考えてしまう自分に首を振って、リナは気を取り直す。
群がる虫の群れを焼き続けながら、リナは毒沼を避けつつ、四天王の待つ砦へと向かった。
やがて砦を見つけ、中に入る。
砦の中は、外とは打って変わって羽虫は襲ってこなかった。
ただ遠巻きに羽音を立てている羽虫を無視し、リナは砦の奥に向かう。
四天王が1人、蟲王バールベルクは、砦の最奥に鎮座していた。
人間のようなシルエットだが、その身体は昆虫のように手足が細長く、真っ黒で、艶光りしている。
そんな身体の中で、唯一頭部だけが、白くいびつに歪んだ形の頭蓋骨でできている。
このおぞましい怪物こそが、蟲王バールベルクである。
「来たか……」
リナの登場に、落ち着いた様子で出迎えるバールベルク。
周囲には、配下である羽虫の群れが飛び回っている。
「どうやら1人のようだが……仲間はどうしたのだ?」
「仲間は」
リナは剣を構えて言った。
「いらないから、置いてきた」
「クハハッ」
バールベルクはそれを聞いて笑い声を上げた。
「喧嘩でもしたのか? いずれにせよ1人で向かってくるとは、いい度胸だ」
バールベルクは一歩前に出る。
それと同時に、周囲に新しい羽虫が湧いて出る。
それは、蠅の軍勢だった。
「ここで虫の餌になって朽ちるがいい」
いうが早いが、バールベルクとリナは同時に動き出した。
リナは直進、最短距離でバールベルクの元へ向かう。
それに対し、バールベルクは片手を上げ、蠅の軍勢に指示を出す。
千を超える蠅の大群が壁のように密集し、そのままリナに向けて殺到した。
この蠅の軍勢は、もちろんただの蝿ではない。
一匹一匹が強靭な顎と歯を持ち、肉に齧り付く、人食い蝿だ。
剥き出しの皮膚はもちろん服の隙間からでも入り込み、人の肉を迅速に食い破る、小さくもおぞましい怪物である。
それに対し、真っ向から突撃するリナ。
蠅の群れの中に突っ込む直前、リナは魔法を使った。
「『短時間強化』」
リナが魔法を唱えると、瞬時に動きが加速化された。
一瞬。瞬きする間に蠅の群れを突っ切った。
悲しいかな、蠅の群れは反応速度も蠅並みでしかない。
肉眼でも追えない速度で瞬時に通り抜けられると、一匹もリナに噛み付けずに素通りさせてしまった。
そのまま、リナはバールベルクに肉薄し、剣を叩き込んだ。
「ぐおっ……!」
辛うじて胴体を守ったが、昆虫のような右腕が斬り飛ばされる。
そのまま追撃に入ろうとするリナに対し、バールベルクは回避行動に出る。
一瞬、バールベルクの輪郭がブレたかと思うと、次の瞬間、バールベルクの肉体は大量の蠅の群れとなり、散り散りになって距離を取ろうとした。
しかし、リナはそんな行動をも読んでいる。
剣を下段に構えると、魔法を唱えた。
「魔法剣、炎」
魔法剣。
魔法を剣に付与し、魔法の力を秘めた剣で敵を討つ、剣と魔法の両方の扱いに長けていなければ扱えない、強力な戦闘技術。
リナの剣から大きな炎が吹き上がる。
リナはその剣を振るい、バールベルクだった蠅の群れを、炎で薙ぎ払った。
「グオオオ!!」
蠅の群れの中から、バールベルクの絶叫が響き渡る。
蠅の群れは半分近くが焼き払われ、残りの群れが散り散りに逃げて、距離を取った。
「おのれ……」
苦々しい口調で、蠅の形から人型に戻っていくバールベルク。
彼の使う手口も、リナは一度見ているのだ。
もはや、勝敗はほぼ決まっているようなものだった。
◆◆◆ ◆◆◆
「どういうカラクリなんだ?」
「……まだ生きてるの?」
激戦から少し。
リナは圧勝した。
周囲にはあちこちから炎が上がり、虫の群れが焼け死んでいる。
その中央にはリナと、髑髏のような首だけ残ったバールベルクがいた。
首を取ってもまだ喋るバールベルクは異様だが、もはや何もできない状態。
一方でリナはかすり傷程度の負傷しかしていない。そのかすり傷も回復魔法ですぐに治せる範囲だ。
「お前の動き、完全にこちらの出方を知っている動きだった。勘がいいとか、心が読めるとか、そういった類ではない。もっと別の何かだ」
首だけのバールベルクがそう語る。
その読みは正しい。リナの戦いぶりは、普通に考えていてはありえないほどに的確だった。
「いったいどういう能力で、何をしたら今のような戦いができるのだ? それだけが気になっている」
「それは……」
未来の記憶があるから。一度戦っているから。だから手口が分かっていて、対策済みだから。
理由はあるが、どこに魔物の目があるか分かったものではない。
リナはざっと周囲を見渡した後、剣を構え、言った。
「教える必要は、ない」
「カカッ」
そう言うと、バールベルクは軽く笑った。
これ以上話をするつもりもなかったリナは、そのまま剣を振り、トドメを刺す。
「滑稽だな」
リナの剣で両断される直前、バールベルクはそれだけ言い残した。
真っ二つになった頭部はそのままぼろぼろと崩れて、塵になって飛んでいった。
(……滑稽?)
バールベルクが最後に言い残した言葉を、リナは心の中で反芻した。
(何が? わたしが?)
死に際の、苦し紛れの一言だろうか。
それはなんだか、リナの心に、小骨のように小さく刺さった。
「……行かなきゃ」
それでも、先に進むしかない。
魔王と相打ちになるために。