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1話:勇者は魔王と相打ちになることを決めた

習作短編です。

7話ほどで完結します。

「裏切り者に死を!」

「内乱の首謀者に制裁を!」

「勇者の首をはねろー!!」

「死ね! 大罪人!!」


 さる街の広場にて。殺気だった街の住人が集まり、怒声が地響きのように鳴り響く。

 広場には、白色に金の刺繍の入ったローブを着込んだ神官たちと、鎧を着込んだ衛兵隊が並び、殺到する人々が入り込まないように牽制していた。


 そして広場の中心には、木組みの大きな台が置かれていた。

 そこには、1人の女性が、拘束された状態で横たわっていた。

 名前はリナと言う。

 年は20になるが、そうは見えないほどに小柄で痩せ気味、銀髪を長く伸ばし、赤紫の瞳を持つ、華奢な女性だ。

 だが頬は痩せこけ、目の下には濃いクマができており、古い貫頭衣を着ている、とてもみすぼらしい姿。


 彼女は、かつて"勇者”と呼ばれていた。

 勇者リナ。魔王ギルデヴィランを撃ち倒し、世界に平和をもたらしたという、人間たちの大英雄。

 帰還した直後には、民衆の賛美と、王族からの多大な報酬を貰い、平和な国の中で暮らすことになったのだ。


 それが今や、身体は鎖に繋がれ、手足には能力を封じる枷を、厳重につけられている。

 動かせるのは首から上だけ。

 台の外に迫り出すように首だけがはみ出ており、顔を上げれば、嫌でも殺気だった民衆を見ることになり、リナはずっと項垂れていた。

 項垂れたままでも、罵声は耳に入ってきた。


「どうして……」


 小さな声で、リナが呟く。

 彼女の声は、民衆の怒声にかき消され、誰にも聞こえてない。


「これより、罪人リナ=ガルダーンの処刑を行う!」


 白服の神官がそう声を上げると、集まっていた民衆の声が一層高まった。

 盛り上がる民衆を、どこか遠くに感じながら、リナは大粒の涙を流した。


「どうして、こんなことに……」


 勇者リナが魔王を倒してから、しばらくは平和な時間が訪れていた。

 リナは多額の報酬と、貴族の爵位を貰い、広大な土地の館の中で、余生を過ごす予定であった。

 しかし、すぐにまた、争いが起きた。

 当時15歳であった平民出身の勇者が爵位を貰ったことに、反発する貴族が出てきた。

 また逆に、勇者を神聖視し、彼女こそ王の座に相応しいと主張する集団も出てきた。

 魔王を倒せるほどの、化け物じみた能力を、危険視する者も少なくはなかった。

 互いは互いを憎んで小競り合いを始め、内乱になった。血が流れ、死者も出始めた。

 リナは、最初はそれを傍観していた。内乱が収まることを、神に祈っていた。

 しかしやがて、国から手伝いを強く要請され、反乱を起こす人々を鎮圧するようになった。

 それが、逆にそれぞれの勢力を刺激することになった。


 もはや勇者は英雄ではなく、いるだけで争いを生む、厄介な存在として扱われ始めた。

 やがて、勇者に反逆の罪状が下る。身に覚えのない証拠とともに、勇者は処刑されることになった。

 リナは、時代の奔流に流されるまま、死刑を下されることになる。

 魔王討伐から、わずか5年の出来事である。


「なんで……」

「なんでだろうなぁ」


 リナの呟きに、誰かが返答をした。

 真後ろからかけられた声に、リナが首を上げて少し振り返ると、声の主の姿がかろうじて見てとれた。


 黒いコートに、大ぶりの斧を担いだ、大柄な男性。

 背は2メートル近くあり、黒髪を刈り上げ、精悍な顔立ちをしている。


 この場において、武器を持っているのは憲兵たちを除けば彼だけだ。

 巨大な斧は、首を切り落とす為のもの。

 彼は、勇者に直接手を下す、処刑人であった。


「俺としちゃぁ、正直あんたの境遇に同情するよ。国を救った英雄がこんなことになっちまうとはな」

「あ……あ……」

「それはそれとして、仕事は手を抜かないけどな」


 大きな斧を担ぎ上げ、いつでも彼女の首を切り落とせるよう待機する大男。

 リナは、身に迫る死の気配に身ぶるいした。


「わたしはただ、世界が平和になればいいって……そのためだけに戦って……仲間も……失って……」


 リナは涙声でそう呟く。

 魔王討伐にあたって、リナには同行する2人の仲間がいた。

 とても優しくて、大好きな仲間だった。

 しかし魔王との戦いで、その2人の仲間は命を落としてしまった。

 悲しみに暮れるリナは、言われるがままに報酬と爵位を受け取り、言われるがままに暴徒の鎮圧に参加して、そして流されるままに死刑を執行される運びとなった。

 なんの悪さもしていない。心当たりのない罪状。国への反逆など、考えたこともなかった。

 しかし現実に彼女の罪状は受理され、死刑が執行されようとしている。

 あまりにも理不尽な展開に、涙をこぼし、嗚咽を上げた。


「処刑人よ! 首を落とせ!」


 神官が黒服の処刑人に指示を出す。

 処刑人は、ゆっくりと斧を構えた。


「だ、そうだ。何か言い残す事はあるか?」


 黒服の男は、最後にそう尋ねた。


 ようやく、死刑の実感が湧く。

 自分の首が落とされる時が来たのだと、リナは気づいた。


「教えて……」

「うん?」


 最後の言葉を、処刑人は聞き届ける。


「どうすればよかったのか……誰も、争わずに、平和な世界を作れたのか……」


 勇者リナがいたからこそ、魔王を倒すことができたのだ。

 感謝しろとは言わない。

 でもせめて、世界は平和になってほしかった。

 亡くなった2人の友人の為にも。


「そうだなぁ、勇者がいなければ、人類は魔王に滅ぼされていたが、しかし魔王を倒した後は、どうしても邪魔になっちまった」


 処刑人は淡々とそう告げる。


「勇者が魔王と相打ちになってれば、よかったかもな」

「相打ち……」


 あんまりといえばあんまりな意見。

 しかし、その内容は、リナにとってはしっくりくる内容であった。

 もしあの時魔王と相打ちになっていれば……。

 勇者が原因で、人々が争う事はなかったかもしれない。

 無駄な血を流す事はなかったのかもしれない。

 死刑に向かうリナはその言葉を、鵜呑みにした。


「じゃあ、ま、お別れの時間だ」

「あ、あ……」


 斧が振り上げられる。

 か細い声でリナが声を上げた。


「汝の魂に、救済のあらんことを」


 斧が、勢いよく振り下ろされた。

 その重量感は、首を断ち切るのには十分すぎる代物。


 王国歴209年、5の月4日目。

 勇者リナの、首が切り落とされ。

 彼女は20年という短い生涯に幕を閉じた。


 ……かに思えた。



   ◆◆◆ ◆◆◆



「う……あ……」


 うなされていたリナが目を覚ます。

 場所はベッドの中、白い清潔な部屋の中のようだ。


(どういう事……? わたしは首を刎ねられたはず……)


 訳もわからず身体を起こす。

 身体のあちこちが痛い。よく見ると包帯が巻かれているようで、大怪我をしているようだった。

 しかし首はちゃんとついている。

 生きているようだ。


 状況が把握できずに混乱していると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「はい」


 リナは無意識に返事をする。

 すると、部屋の扉が勢いよく開いた。


「リナ!! 大丈夫なの!?」


 部屋に真っ先に入ってきたのは、長身で灰色のローブを羽織った少女。

 部屋に入るなりベッドの上にいるリナに駆け寄り、がばっと抱きついてくる。


「うわっ!?」

「心配したんだよ〜!!」


 ぎゅーっと豊満な胸元でリナを抱きしめる少女。

 オレンジ色のふわふわのロングヘアに、長身で抜群のスタイルを持つ、魔術師風の美少女。

 そんな彼女に、リナは見覚えがあった。


「ロレッタ……?」

「うん! なになに!?」


 勢いよく返事をする少女、ロレッタ。

 それに続いて、もう1人少女が入ってきた。


「こら、怪我人なんですよ! 安静にさせなさい!」


 金髪のロングヘアーに、白い神官服を着た美少女。スレンダーな体つきだが、小柄なリナよりはまだ少し背が高い。


「シルヴィア……?」

「はい、そうですけど?」


 リナの言葉に、クールに返事をする少女、シルヴィア。


 彼女ら2人は、魔王討伐のために、勇者リナとパーティを組んでいた仲間である。

 そして、魔王との戦いで、命を落としているはずである。


「なんでここに……というか、ここどこ……?」


 2人がいることを受け入れられず、同時に自分が死んでいないことにも疑問を抱く。

 ひょっとしてここは天国かなにかだろうかと思っていると、シルヴィアがため息をつきながら説明した。


「ここはハルトリの街の施療院です。あなたは3日も眠っていたんですよ」

「ハルトリ……? 3日……?」


 ハルトリは、リナの処刑された街とは違う、かなり遠かったはずだ。

 記憶と言われている内容の辻褄が合わず、リナは困惑していた。

 改めて自分の身体を見る。

 痩せたちっぽけな身体は変わらず……と思ったが、手足が少し縮んだような気がする。

 身体のあちこちに包帯が巻かれ、貫頭衣ではなく病人が着るような簡素で清潔な衣服に変わっていた。


「怪我は私の治癒魔法で全て治しました。……もっとも、傷跡は完全には消し去れませんでしたが……」

「きず……あと……?」


 鎮痛な表情で告げるシルヴィアに、ぽかんとした表情で呟くリナ。

 見れば、胸元の包帯の下に塞がったばかりの傷跡が見えた。


(あれ、この傷跡……昔ついたやつ……なんで今、新しい傷跡に……?)


 リナの頭の中で、何かが浮かんできた。

 過ぎ去った記憶、今ある現状。その確認のために、リナは口を開いた。


「い、いま、何年何月……?」


 リナが処刑されたのは、王国歴209年。

 だがシルヴィアから聞かされたのは、別の年代だった。


「今は王国歴204年5の月4日目ですよ。四天王が1人、獣王ガムルを倒してから3日後です」

「っ!」


 リナは心底驚いた。


(5年前……!?)


「ま、魔王は……!?」

「この3日で大きな動きは見せてないですよ、安心してください」


 リナの質問に、シルヴィアは微笑んでそう答えた。

 だがリナの関心は、そこではない。


(魔王も……いる!?)


 ようやく合点がいった。

 リナは、自身が5年前にいることに気づいたのだ。

 まだ魔王を倒すどころか戦ってもいない、魔王直下の強力な部下ら、四天王と戦っている真っ最中。

 四天王をようやく1人倒してぼろぼろになっていたころの、勇者パーティ。


「大丈夫だよ〜! 今はゆっくり休んで、リナ!」

「とはいえ大分苦戦しましたからね……。四天王との戦い、もう少し人が欲しいところですが……」


 元気づけてくれるロレッタと、今後の事に頭を悩ませているシルヴィア。

 忘れることのできない、かけがえのない仲間たち。


 夢ではないだろうかと疑ったが、全身の鈍い痛みと疲労感が、それを否定している。

 今見ているものは、夢にしてはあまりにもリアル。

 そして処刑されるまでの20年間もまた、夢ではないのだろう。

 何度も悪い夢ではないか確認したのだ。

 あの記憶もまた、現実だ。


 ならばと。

 リナは考えた。


(もしかして、もう一度やりなおせる?)


 魔王との戦いで、ロレッタとシルヴィアの2人は死んでしまった。

 勇者が生き残ってしまったことで、国は内乱が起き、多くの血が流れた。


(もし、やりなおせるなら……)


 あんな事にはさせないと、そう強く願わずにはいられなかった。


(2人は死なせない……)


 ロレッタとシルヴィア、大切な仲間を、生き残らせるまたとない機会だ。

 そして、以前の処刑人の言葉を思い出していた。

 勇者と魔王が、相打ちになっていればよかった、と。


(今度は……わたしは魔王と相打ちになる)


 リナは静かに、そう決意を固めた。


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