番の元カノ〜幼馴染の好きな人には、番が別にいました〜
豊穣を祝う祭りに参加した時、私と手を繋いて歩いていた彼は突然、足を止めた。
ぼぅと真っ直ぐ前を見て、耳を真っ赤に染めている。
「ルーラ、どうしたの?」
真っ赤になった顔に、私は呑気に紅葉の綺麗な山を思い出した。
二人の生まれ育った、田舎町の秋の山道。
「紅葉みたいだよ」
真っ赤に染まった耳が、色づいた木々と似てて発見を共有したくて、耳を指差して言った。
「…」
「小さい秋だね?」
冗談のつもりで、いつもみたいに、返事をしてくれるのを待っているのに一向に話しださない。
ずっと前を見ていて、私を見てくれないのが嫌で、手を強く引っ張った。
それでやっと、こっちを向いてくれたから、私はほっとして…。
その頃、私の1番の友達ルーラは、村の外れに住む獣人だった。
片田舎の私たちの故郷は、山の奥の盆地にあり獣人への偏見も多かった。
お母さんに、ルーラ君家とは仲良くしちゃダメって言われてたけど、誰かの言葉なんて聞きたくもない性分だった私は、ルーラとずっと遊んでた。
ちょっぴりいたずらが好きで、ルールや言いつけを守りたくなくて、興味のあるものに突っ走る私は、村の子供達に避けられてたから。避けられ仲間のルーラとは気が合った。
その頃には、お母さんと兄妹は、破天荒な私を知らんぷりしてて、それをいい事に好き勝手していた。
出入り禁止だった崖で遊んだり、村の貯蔵庫に忍び込んで干した果実を盗んだり、長老の大切にしてる絵に落書きをしたり、村中の農具を山中に隠したり。
面白そうな事にルーラを引っ張って、遊んだ。怒られる時も一緒で、なんでも一緒だった。
私達がヘマをして疑われた時も秘密も共有したし、村の人たちが「怖い」って言ってた獣人の力も私は好きだった。
ルーラは力が強いし、匂いにすぐ気づいて美味しい果実を見つけられたり、木をするするとうまく登ったり、人ではできない事ができて、心の底からすごいと思ってた。
でも、村の人たちは獣人を嫌ってた。
今思えば、ただ皆と一緒じゃない人だからかなぁ。獣人って事を知らないだけで、幽霊を怖がるみたいなもんなんだなってわかったけど、その時の村人には怒りが湧いたし、ルーラを否定する人たちが嫌いだった。
だから、獣人に村での働き手はないって長老に言われた時も「一緒に王都に出よう」って強引に誘った。
ルーラのお母さんは、悲しんだけど泣きながら送ってくれた。
閉鎖的な村より都会の方が、きっと獣人には良いって。
それを見て、家族ってもんの愛情を思い知ったし、私の家族の愛情の薄さも知った。
だからこそ、大切なルーラを幸せにしなくちゃって思った。
「サラ!あちらにこれ持ってって!」
王都の食堂に勤める私は、騒がしい店内で大きく返事をした。
「はーい!」
「嬢ちゃん、酒も!」
「こっちにも!」
「はいはーい!女将さん、二つ追加です!」
繁盛する店内で、声を張り上げながら目まぐるしく回る。今日も繁盛、大賑わいだ。
「サラちゃん、ルーラ君きてるよ」
台所に皿を片付けにきたときに、告げられた。
「あ、もうそんな時間ですか!」
今日は、週末だから忙しくしていたらもう時間が経っていた。席は全部埋まって、客は途切れない。
「今日は、もういいから上がっちゃいな」
時計をみるが、ちょっと早い。
ちょっと迷ったが女将さんも言ってくれた事だし、ご好意に預かることにした。
夜番の人も来ていたし、ルーラも仕事終わったみたいだし。
「じゃあ、お先です!」
ぺこりと頭を下げてから、台所をでる。
「はいよー!」
「お疲れ!」
食材の切る音や炒める音、人の笑い声の奥から聞こえたので、「お疲れ様です!」と返事をした。
エプロンを取りながら裏へむかう。
「お待たせ」
背の高い姿を裏口を出たところに見つけて、声をかける。
訓練着に身を包むルーラは、つり目気味な目を細くした。
「お疲れ様」
「うん、ルーラもね!」
騎士団見習いとして、訓練を行うルーラを労って、家へと向かう。
王都は、人で溢れ繁盛している。帰り道に、人でごった返す繁華街で安くなったおかずを買って帰る。
どこも人手不足で仕事を見つけるのは、すぐ見つかったが、物価や家賃が高くて苦労していた。だから、いつも安くなったご飯を買って帰る。帰る家もルーラと折半と言うことで部屋を一部屋かりて一緒に使っている。
「ただいまー」
一部屋しかない小さな我が家へ帰ると、ルーラとすぐに食事の準備をする。
今日は、ルーラの進級祝いの為にちょっと豪華なものを沢山買ってきた。
肉の南蛮揚げと、肉の甘辛煮、肉の串揚げ、強めの味付けでなんの肉かわからないけど、とっても美味しいものばっかり。私も、ルーラも肉が好きだから、これにすぐ決めた。
ルーラが買ってきたお酒と一緒に乾杯する。
「おめでとう!」
「ありがと」
「これで、キャリア官僚まっしぐらだね!」
今日は、ルーラが昇進したことへのお祝いだった。
「まだ、難しいけどね」
「でも、田舎から出てきた人の中なら快挙でしょ?」
「そうだね…。これもサラのおかげだよ」
それをよく言ってくれる。
都会と田舎じゃやっぱり、考え方が違った。獣人もたくさんいるし、蔑んだりバカにされる対象じゃない。
普通に仕事や結婚もしてる人も多くて、強引に引っ張ってきたけど、よかったと思ってる。
これも、毎回本気でそう言ってくれるから、へへへと恥ずかしくなって笑った。
ルーラがなんのツテもなく騎士団試験に合格したときも、飛び跳ねるように喜んだ。
獣人は人よりも頑丈で素早く動けるから、騎士団には獣人が沢山いるんだって。
村での獣人の扱いを知ってたから、ルーラが認められてものすごく嬉しかった。
私が、転びそうになったり崖から落ちそうになっても、すぐに助けてくれるし、私が殴られそうな時も庇ってくれた。私がわがまま言っても許してくれるし懐がでかい。配慮もできるし、優しいルーラには、誰かを助ける仕事はぴったりだなって思ってたから。
あとは、好きな人と結婚できれば良いんだけどね。
「番も見つかった事だし、いつ結婚する気なの?」
「まだ、番って決まったわけじゃないよ」
ルーラはいつも否定する。
ルーラは獣人だから、一生を愛し続ける相手は遺伝子レベルで決まってるのに。番といると自然と幸せになれるらしい。
獣人の番は、世界に数人しかいなくても二人は惹かれ合う運命。意図していなくても偶然、奇跡のように番は引きつけ合う。陸の果てからやってきた獣人の旅人が、この街の女の子に求婚したのを聞いた時はロマンチックだなぁって思ってた。
現にルーラのお父さんは、都会から引っ越してきて、偏屈な田舎で人間のルーラのお母さんを見つけた。ルーラのお母さん曰く、初めて会ったお父さんの熱烈ぶりにはびっくりしたって。お母さんと婚約してた人を殺しかけて、号泣して大変だったと言ってた。番を手に入れるために、婚約者を刺したって言う殺人事件もあるから。ルーラのお父さんはあそこに骨を埋めるんだって。それぐらい愛している。獣人の愛や番は確実に存在する。
だから、ルーラは番と一緒にいる事が当たり前。
私は獣人じゃないから、一人でも生きてけるけど獣人は番がいなきゃ生きてけない。そういう物だと、ルーラの家族を見て思った。
祭りで、一人の女の子に釘付けになった時から、なんとなく考えていた。
女の子と二言喋ってた時のルーラの真っ赤な顔や、戸惑いながら目で追っていた事から「番」がなんたるかを思い出した。
ルーラの幸せが何かなんて、悟ってる。
ルーラは幸せになるべきだし、それを私が手助けするのも当たり前。
田舎から、連れてきたのも、意味があった。
ルーラが幸せになれるように、行動したい。
そんなふうに言い聞かせているのもわかっている。
「シイラさんも、早く結婚したいって言ってるよ?」
「シイラさんって誰?」
「え?ルーラの番だよ。名前も知らないの?」
私はびっくりするけど、ルーラは決まり悪そうにする。
「知らないよ…」
ルーラはマジメ腐った顔で黙ってしまった。
「ねぇ」
黙り込んだルーラに声をかける。
「僕が好きなのは、サラだよ」
それを遮るように、私の目を見ていった。
心臓がドキリと鳴る。
意味が違うことはわかってるけど、脈は少し早くなる。
「知ってるよ」
平然と普通の事のように言う。
嘘は得意だから、なんて事ない。伊達に「狼少女」って言われてきたわけじゃないから。
「ルーラ。それはね、刷り込みみたいなものなの。好きとかは違う意味なの。早く素直になりな」
「違うよ」
「家族愛と、恋人へと愛は違うの!早くシイラさんに会ってそれを確認しなよ」
「僕が好きなのは、サラだから!」
「だから、それは違うんだって!」
二人とも、声を荒げる。最近は、番の話になると毎回言い争う。
「番は、理屈じゃないの!一目あった時に気づいたんでしょう?!」
「それは…」
ほら、否定しない。
「会いに行きなよ」
「…行きたくない」
時々、ルーラは意固地になる時がある。
そういう時は何言ってもきいてくれないし、もうずっとこんなので疲れてた。
「もう!」
椅子から勢いよく立ち上がる。
「寝る!」
まだ全部は食べ終わってないけど、食事を終わらせて一つしかないベットに飛び込む。
ベットは痛いし硬かったけど、気にしない。
私は、寝たフリをしながらルーラが片付けをする音を聞く。
少し寝たけど、目が覚めちゃってその音を聞いてた。
ルーラは、番の事を知ってるはずなのに認めない。
一目あった時から、ルーラが何か変わった事は近くで見ていて気づいたし、シイラさんを見る目が普通と違うことも気付いてた。
シイラさんだって、顔を真っ赤にしてルーラに話しかけようとしてた。だけと、ルーラはわざと避けている。
二人ともギクシャクしていて。
銀髪で顔が整っていて王都でも一、ニを争う綺麗で背の高いルーラと、金の混ざった茶髪の大人美人は、美男美女のお似合いの二人なのに。
どちらも、おっとりして二人の波長はとても似てるし、きっと合う。お貴族様なのに、優しくて誠実そうな所はルーラを大切にしてくれそうだし。
背が小さくて、顔立ちも芋っぽい田舎者の私とルーラの二人組とは違う。
あの二人なら、似合わないなんて言われる事もない。私よりも、きっと素敵な人だ。
ネガティブな方へ、考えてしまって頭を振った。
私らしくない。ルーラが幸せになるために、努力するって決めたのに。
色々と考えていると、魔石灯が消されて部屋が真っ暗になる。咄嗟に呼吸を正して寝たフリをすると、気づかないままルーラがベットに入ってきた。
壁側を向いた私は、動かないけど、一枚の毛布をめくってルーラが入ると、冷気が入ってきて少し寒い。
背中にルーラの背中が当たる。
「おやすみ」
そう言ってルーラは、体を小さくしてすぐに寝息を立て始める。
訓練で疲れてるんだと思う。
すごくきついって言ってたから。
私は、眠れなくて寝返りをうつ。
大きなルーラの背中と、サラサラの銀髪が目の前にある。
小さなベットだから、二人が寝るとくっつくしかなくなる。
体温が低いルーラとくっつくと少し寒いけど、それが私は好きだった。
小さい頃から、一緒にいて、王都に出てきて無一文で家も見つからなくて路上で寝た時も、一緒に暮らし始めた時も、長老に獣人への仕打ちに二人で立ち向かった時も、私の家族が私を愛してくれない時も、いたずらの罰で一緒に牢に入ってる時も、ルーラと馬鹿みたいな遊びをしてた時も、ずっと好きだった。ずっと何しても楽しかったし、ずっとそばに居たかった。
ルーラも、私といると楽しいって言ってくれる。
好きだと言ってくれる。
だけど。
ルーラの好きは、家族愛でしかない…と思う。
あの祭りで顔を真っ赤にした時から思い知った。
私は番では無いから。あんな目で見られた事がないんだろう。
「あーあ…」
今日もルーラと喧嘩をしたのを思い出してため息が出た。
「どうしたの?疲れてるわね」
まだ開店したばかりのテーブルを拭いていた時で、周りに人がいるとは思ってなかったからちょっとびっくりして、振り向く。
年上の先輩アイラさんが、布巾を持って立っていた。
「いやー…」
「なにー?ルーラくんと喧嘩でもしたの?」
「えっ!」
鋭い事を言われて、声が出てしまう。
「やだ、図星?」
テーブルを拭き始めたアイラさんは、大人の女性でそういうのに目敏い。
「…はい」
ルーラとの事を濁すと、アイラさんが「番同士の出会い」の場なるものを教えてもらった。番を見つけるための獣人同士の集まりらしい。
獣人同士の番が多い為獣人が比較的多く集まるが、獣人以外の種族も認められている。場所は、最近、都会的なお洒落で有名な酒場だった。
「行ってみる?恋人との喧嘩中は、他の男性と楽しんじゃえば他の男の良さに気づくわよ?」
出る所は出て、締まるところ引き締まっているアイラさんは、色っぽく、相手には事欠かない。
酒場でも言い寄られる事も多く、あしらい方は上手いし、酒場での振る舞いやあしらい方を教えてくれた良い人だ。
「辛かったら乗り換えちゃえばいいのよ」
「ええー…」
話す仕草も艶っぽい。
複数の男性や複数の女性と関係を持つことは普通よと言われ冗談でも、愕然とした。
そういう類の冗談には、あの時は慣れてなかったのだ。
アイラさんは、恋多き女性である事は間違いなく、学べる事は多い。アイラさんの、男性で傷ついた心は男性で癒すと言う考えは、難しいけど…。
悩んでいると、アイラさんは、じゃあ行きたくなったら言ってちょうだいまた誘うからと言って、仕事に戻っていった。
仕事が終わって、いつものようにエプロンを外しながら裏口へ向かう。すると、ルーラと女性の話し声が聞こえた。
「これ、もらってください」
「良い…から」
「お願いで…もらってくだ…」
「…僕は、受け取れ…から」
影で伺っていると。どうやら、シイラさんとルーラが押し問答をしている。
シイラさんが、大きな荷物をルーラに押し付けているがルーラは受け取らない。
二人とも真っ赤になりながら、困っている。
恥ずかしがるなら、ルーラももらえばいいのに。
いつものように、ルーラへの土産だろうから。
裏口の影から、白い肌が赤くなるルーラをぼーっと見つめる。
一貫して、ただただ困っている。ように見える。
何年も前からルーラの顔を見てきて、そこに何か無いのか探っている私に気づいて、ふと疲れた。意を決して影から出る。
「お疲れ!ルーラ!あ、シイラさん!」
私は、今気づいたように二人に声をかけた。
「サラ!」
ルーラは、急いで駆け寄ってくる。困ったような、ホッとしたような表情だった。
それが嬉しくて、笑顔になってしまうし、安心する。
泣きそうな顔でこちらを見つめるシイラさんが視界に入り、優越感というには黒い気持ちをなかったふりをする。
「こんばんわ。サラさん」
ぎゅっと痛みを耐えたような顔で、シイラさんは年上の人に対する正式なお辞儀をした。
育ちがいい事がわかる、お貴族様の美しい所作だった。平民に対しても、丁寧に接する出来た人だ。
「サラさんの、仕事場に来てしまって申し訳ありません。ルーラさんに渡そうとしたのですが、ずっと断られてしまいここまで来てしまいました」
丁寧に説明するシイラさんは、大きな荷物を今度は私に差し出す。
「ルーラさんが、昇進したという事でお祝いを持ってまいりましたの。お二人で、お食べください。お二人とも、お好きなものを用意したのでどうぞ持って帰ってくださいませ」
ぐいっと、二人を強調し、私に押し付けるようにする。
戸惑いながらも、受け取らないわけにもいかず受け取ってしまった。
呆気に取られているうちに「それでは、ごきげんよう」と逃げるように、シイラさんは走り去った。奥に執事らしき人が待っているのを見て見送りはやめておく。
返すこともできず。貰えるものは貰うという貧乏性が発揮されてしまった。
荷物の中を除くと、「ルーラ様、サラ様へ」と美しい模様が描かれた紙もある。荷物の中から素敵ないい匂いが漂ってくる。きっとほっぺが落ちるような美味しいご飯だろう。
「サラ、貰っちゃダメだよ」
「いいじゃん。美味しいものに罪はないし、食費は浮くし、もったいないし」
いい匂いが漂う荷物を持って、さっさと帰って何が入ってるか考える。
「行こう」
歩き出すが、ルーラは立ち止まったまま。呆れ気味に言った。
「また……そうやって。」
ボソッと言った感じが、気に入らずカチンときたので強めに言い返す。
「ちゃんと考えてるよ。これを受け取らないと引き下がらなそうだったから受け取っただけ。
「受け取ったら、またきっと、やってくるよ」
ルーラは、寂しげに、もらった袋を見た。
その時の表情は、なんとも言えない表情だった。
死に別れた、恋人を待ってるような。綺麗すぎて、私には想像できない。
整った顔立ちのルーラからは哀愁が漂い、私は強く胸を揺さぶられた。
シイラさんの事、どう思っているんだろう…。
「っ、そもそも、ルーラが、ちゃんと断ればそもそもこんな事は起こらないのに……!」
「断ってくるのに、あっちが勝手に引っ付いてくるんだ」
「違うでしょ……?!ルーラが番だってどっちつがずな対応をしてるか、聞いてるだけよ!」
「……」
「黙り込まないでよ。いつまでも、私が決めてくれると思ってるなら大間違いなんだから!。
これはルーラが決める事よ!」
訴えるように、私は強く言う。ルーラは、傷ついた表情でつぶやいた。
「…サラが、好きだって言ってるでしょ?」
「だから、そうじゃなくて」
「サラと一緒にいたい」
「ルーラ、それは!」
私は、全身全霊で背の高いルーラに、想いを伝えようとするがーー。
「夫婦喧嘩は、違う場所でやれ!」
「早く帰り!」
店番と調理番の人から大声で、怒られた。
私たちは、急いで休戦し場所を離れる。
怒られて拍子抜けして、さっきまでの気持ちもどこかへ行ったので、二人で家へと向かうことにした。
「かえろっか。もったいないし持って帰ろ。これ、絶対美味しいものだね」
荷物をルーラの目の前に寄せると、嗅覚がいいルーラは表情を変えた。
「ほら、帰って早く食べよ」
「…うん」
素直に頷く所は、可愛い所だ。
無言のまま家路につき、ドアをあけテーブルにもらった荷物をおく。すぐに食事の用意をしていく。手慣れた動きで、清潔にし整え終わる。そのあとグレースさんにもらった荷物を解く。二つあった。
一つ目は、大きく真っ白なドーム型のケーキ。
二つ目は、二人の好きな肉盛り合わせだ。
ケーキなんて、王都に出てから一回しか食べたことない。一口食べただけで、幸せになったケーキを思い出して、嬉しくなった。
二人で、「美味しい、美味しい」と言いながら、豪華な料理を食べる。いつも余り物ばかりだったから、特別に思えた。
これが、恋敵であるシイラさんからじゃなかった、一番良かったけど…。
なんて、下賜されたような、施しを受けたような気がして少し嫌になる。だけど、グレースさんはお貴族様だし、お貴族様がお金を使わないなんてしっくりこないし、身分は上なんだからと納得させる。
食後のケーキを食べながら、なんとなくモヤモヤする事を考える。
シイラさんは嫌なお貴族様じゃないから、まためんどくさいんだと思う。
意地悪をしたり悪口を言ったりしてくるなら私だって嫌いになれるし、ルーラには似合わない!と言い切れる。
だけど、シイラさんはなんと、良い子だった。
この食事だって、ルーラの好きなものはもちろんあるが私が食べたかったスイーツまで用意してある。執事さんと少し喋った時の事を、忘れないでいてくれたんだと思う。
二人で!と強調してたが、本当に恋敵でもある私に誠意を払っていた。
初めて会った時も、噛みながらも私に宣戦布告して、真っ向から勝負してくる子だ。憎めない。
いじらしく、愛らしさがある。
お貴族様だし育ちもよく品があって素敵な女性だ。私が男だったら、すぐさま付き合う。
素敵な人だ。
だからこそ、田舎者で綺麗ではない私と比べて、劣等感に苛まれ自分自身を否定的に見てしまう。
ルーラには、幸せになって欲しいから。
ルーラは物心つく頃から、知っている。ずっとそばに居たから、どんな気持ちなのかすぐ側でわかる。
シイラさんと会う時は、いつも緊張して、戸惑っている。
ルーラの赤い顔は、シイラさんと会う時だけ。
番じゃないって否定しながら、目で追っている。
チラッとケーキを食べるルーラを見る。
今も、心がここにない。どこか彼方に、思いが行ってしまっていて。私は胸が苦しくなる。
お肉が喉に詰まった時みたいに、息苦しい。つらい。
「よしっ!」
「どうしたの?」
「明日、夜出かけてくる」
私は、決心した。食器を片付けて台所へ向かう。
「どこにいくの?」
「先輩と飲みに行ってくる」
「早めに帰ってきなよ」
「うん」
「飲みすぎないようにね」
「うん」
お酒は、強い方ではないので毎回心配してくれる。
それが、嬉しくて胸があったかくなった。単純だなぁと思うけどやっぱり嬉しい。そう思うのも、やっぱりルーラだから。
心優しくて、配慮ができて、素敵な人。
村の中で私と一番親しかったし、大切に思われてる。
今でも、大切にしてくれるのは私。
今でも、もしかしたらルーラの番は私なんじゃないかって、、思う時がある。
だけど、ふっと違う人を頭に思い描いてるのがわかる時がある。
今日も、何度も。何かを見ているのに、その奥の女性を考えているんじゃないかって感じる事がある。
それを、どうやってルーラに伝えればいいのかわからない。
だって、きっと否定するから。
私を見る目と、シイラさんを見る目が、違う事気付いていないかもしれない。
ルーラが否定するから、番いのことまだ諦めきれない。
だから。番がどんなものか、確認しよう。ルーラの両親も番同士だけど、その話だけじゃしっかり把握出来ないから。
情報収集して、本当に自分が番なのか考えてみてから、決めよう。
獣人達が集まる夜会で、番を探すアイラさんの腕を捕まえる。
「番が集まるところに行きたいんです!」
「えー、未番のほうへ行こうよ〜」
アイラさんは、今日もバッチリ、女性らしい体を存分に出した色気のある格好をしていた。
遊び相手が欲しいようで、相手を探しており私が引っ張るがその場を動かない。
「私の悩みに応えてくれるって言いましたよね!」
「まぁ、そうだけど〜」
強く言うと、しぶしぶと言った体で、私の腕を取った。
「じゃあ、いくよ」
お酒の匂いを漂わせたアイラさんが体を引っ付けきて、柔らかい体を感じた。でも酒臭い。けど、距離が近いけどそれに安心感を得ながら、番が集まる場所へ向かった。
番と思われる人達が、すでにグループを作りそれぞれで親しげに話している。先程の会場とはまた違って、照明も少なめで獣人の距離が近い。
色っぽいアイラさんには話しかける人が多くて、ドギマギしながら見守る。
しっとりとした雰囲気なのかなと、周りを見ながら感じていた。
「おい!あんただよ!」
突然だった。
大きな音で鋭い声がかかり、肩が自然と跳ねる。さっと首を動かすと、人の視線が集まる場所に、男女がいた。
女性の肩を抱いた男性に掴みかかる男性。大きな声をあげて、何を言っているかわからないが、その場が騒然とした。女性の肩を抱いた、虎と思われる獣人が突き飛ばされる。
掴まれ床に転がったおそらく熊の獣人が、虎の獣人に殴りかかった。女性の悲鳴が響く。
「やめて!」
「俺のウロを誑かしてんじゃねぇ!」
臨戦態勢を取った二人は、重みのあるパンチを繰り出し、獣同士の本気の喧嘩をしていた。
酒場でみる酔っ払い達の取っ組み合いとは、また違う。
「やぁね」
「結構。派手ですね」
若干、引いてしまう。ちょっと怖いし。
床で転がる二人を引き離すのに周りは大変そうだ。
「番をめぐる喧嘩を見たことない?」
アイラさんと話していた男性が声をかけてきた。
「え?…はい」
猫耳がピンと立った獣人に頷く。
「番が絡むと、劇的になるんだよ」
隣の獣人が面白いものを共有する様に、喧嘩を解説してくる。
「おそらく、あのねえちゃんの番と、番が見つかる前のあの子の恋人だな。よくあるんだよ。番は一生の間に見つからない事もあるから、出会う前に付き合ってた相手と揉めるんだ」
ルーラの顔が浮かんで、シイラさんの顔が浮かんだ。
羽交締めされて強制退場されている現場を見る。
この場所に慣れていそうな猫獣人に聞いてみる。
「…あの人達は、どう収まるんでしょう?」
「大抵は、番じゃないやつが折れて終わり」
手に持ったグラスを傾け、質問に答えてくれた。
「折れなさそうですよ?」
「他には、一妻多夫制度をとるかね。そういうのも、当たり前の獣人もいるから」
「当たり前…」
一人だけを愛するのが、一般的だったし、獣人も番があるから一人だけと結婚するのかと思ってた。知らない世界の違いにくらくらする。
もしかして、ルーラもそうなのかな…。
「番って、どうやったらわかるんですか?」
「本能でわかるっていうけどなあ。一目見たら感じるよ」
「わからない人は?獣人と人間のハーフとか…!」
自分で言って、自分で納得してきた。
そうだ、ハーフだからわからない事もあるかも知れない!。
「獣人の血が少ない人はわからないんじゃないですかね…?!」
わたしは望みをかけて、詰め寄った。
「だったら、キスとか?厳密には、体液交換だけど」
喧嘩した人達がいなくなり、騒がしくなった場所が落ち着き始める。
「キス…」
「キスをすれば、歯止めが効かなくなるなんていうよ。番なら、1ヶ月かそこらは蜜月に入って離さないからねぇ」
ルーラとキスすれば、番だってわかるのかな。人間にはわからないだろうけど、ルーラにはわかるのかな…。
もしくは、シイラさんとキスしたら、わかる?。
二人がキスをする場面が頭に浮かんで、すぐ頭を振って消した。
想像するだけで、傷ついてしまう。
話が終わったのか、アイラさんが振り返った。クルンと上がったまつ毛が瞬く。
「サラ!次のグループに行くわよ!」
そう言ってアイラさんは私の腕を引っ張った、考えるのをやめる。
意気揚々と次の恋人を探すアイラさんに連れられてその日は、気持ち悪くなるほど飲んだ。
「ただいま〜〜」
頭痛を抱えながら、食卓に倒れ込む。気持ちが悪く、お酒を詰め込み過ぎたお腹は少し痛い。
「サラ、ちょっと飲み過ぎだよ」
ルーラが、コップに入った水を持ってきてくれる。
「ありがとう〜。やっぱりルーラは優しいな〜」
異様に喉が渇いていたので、流し込んだ。まだ頭がガンガン痛む。夕方を示す鐘みたいに、左右に揺れて反響してるみたい。
ルーラが何か言ってるけど、言葉として捉えられない。とりあえず、少し休む。
少しずつ水を飲んでいる。
ルーラを、チラッと見る。と、目が合った。
「サラ?」
お酒が抜けてないのか、なんとなく、ルーラが揺らいで見える。
「ルーラ。私の事好き?」
「好きだよ」
当たり前に、平坦なく言うから、なんだか気に食わない。
「どこが?、なんで、いつから?」
「全部。いつのまにか…?」
「理由になってない…!」
「酔いすぎだよ」
「ちゃんと言って!」
「……僕の事、まっすぐ見てくれた時からずっと好き…」
嬉しくなって、目の前にある体に抱きついた。冷たくて、お酒で火照った体には心地いい。
それも、好きで、回らない頭で、目の前の顔に口付けた。さっき聞いた話を試しただけだった。
ルーラは、変わらず笑顔だ。憎たらしいぐらい可愛い。
やっぱり。私は、番…じゃないんだろうな。
「…番の子は?番なんでしょ?」
「番じゃないけど…」
「怒るよ!」
「相当酔ってるよ…。でも、その子より大事にしたいのはサラだから」
大事にしたいか…。ルーラの好きって、そう言う意味なのかな。
じゃあ、私と今以上の関係にならないのは、大事にしてるからなの?
考えていると、ルーラに強く抱きしめられた。
「離さないから…」
落ち着いた声で、言う言葉に、ルーラは昔から変わらないなと思う。
私とルーラしか助け合える存在が居なかった時と、今は違うのに。
でも、懐かしくて安心した。
そうすると、眠くなってくる。自然と瞼が落ちてくる。
「聞いてる?」
「うん、聞いてる」
体も重いし、とにかく眠い。
「あとね」
ルーラに強く抱きつく。
「ルーラのお母さんとは違うんだよ?」
寝たきりのルーラのお母さんを思い出す。
手足は細く、肌は真っ白で病弱で、ルーラのお父さんがいつも側で見守ってた。
おっとりといつも微笑んでくれたルーラのお母さん。
優しくてでも気弱で、精神的に強くはなかった。獣人の番になってしまった、優しい人間。
ルーラは私の首筋に額をつけた。
「…………」
この無言は、肯定や否定ではなかった。
きっと、ルーラのお母さんの話題は、ルーラにはきつい。
私を抱き留めた体が固まった事に、気づいたけれど、眠気には勝てず目を閉じてしまった。
「飲み過ぎた…」
目が覚めて、すぐ頭痛がした。昨日の私を恨む。
すでに、ルーラはいない。私は午後からの出勤だからともう少し寝ようか悩む。
体は、重いし、動きたくないなと思いながら、布団から起き上がる。
北向きの窓からは隣接する宿屋と近過ぎて光が全く入ってこない。
薄暗い部屋で、水を飲んだ。
午後まで、ゆっくり過ごそうと思っていた矢先。
外から規則的な音がする。三拍子そろった音が聞こえて、それがだんだん大きくなった。
安っぽい私達のドアが鳴ってるのに、ようやく気付いた。
だって、知人が家を訪ねられる予定は無いし、薄いドアからは声は丸聞こえだから声をかけた方が早いから。
誰だろう、と訝しながらドアを開けた。
ドアの前には、一般市民には到底手の届かない服を着て、銀髪を後ろに撫で付けた、老紳士が立っていた。一気に、酔いが覚めて、この状況を理解する為、名前を思い出す為に頭が回転する。
「…グレイスさん…?」
「今日は。サラさん」
名前があっていたのか、微笑んだシイラさんの執事さんは要件を伝えた。
シイラさんが、急用で私とお話をしたいとの事で、急遽お宅に訪問した事。申し訳ないが、馬車まで来て欲しい事。シイラさんが馬車の中で待っている事。
断る権利は、私にはない事。
笑顔の圧迫やお貴族様の要望から、逃げ切れるほど、地位はなく立ち回りは上手くないので、さっさと着替えて急いで、グレイスさんについて行った。
グレイスさんに開けてもらった馬車の中には、目が眩むような美女シイラさんが座っていた。吸い込まれるように、馬車の中に入った私は、閉められた扉の音に固まった。
一見、一般的な馬車と思ったが、中はしっかりとした作りで、扉が閉まると外の喧騒が聞こえなくなった。
「サラ様。どうぞお座りになって」
「あ、はい…」
柔らかそうなクッションに座ったシイラさんは、勧めてくれるが、表情は硬い。
なんとも重苦しい雰囲気を感じながら、恐る恐るシイラさんの斜め前に座る。
とてつもなく柔らかい椅子に座って感激しつつ、動かないシイラさんを見つめた。
この馬車もシイラさんも、なんだか驚きっぱなしだ。
シイラさんは、何かを言おうとして留まって、言葉を探しているようだった。
「サラ様。ルーラ様のことですが、今日は帰れないそうですわ」
重い言葉に、はっと緊張がはしる。
「ルーラに何か、あったんですか…?!」
「いえ…。わたくしも、知り合いから教わりましたの。南の地方で、騒動があり騎士団が、駆り出されていると。ルーラ様も、昇格はしましたが、現地に行かれているらしいですわ」
南。騎士団は、治安の維持のために色んな場所に駆り出されることは、少なくない。
「そうなんですね。数日もしたら、数カ所怪我をして帰ってきますよ。無事な事が多いですから大丈夫そうですね」
「…心配ではないのですか?」
「心配ですよ?」
数日、隣町に行ったり、怪我をしてきたり、心配だけどあることだった。
シイラさんは、それを知らなかったのかな。だから教えてくれたのかな?。
「騎士だから、怪我をするのは当たり前ですよ。だから大丈夫です」
「……ルーラ様は、騎士団ですもの、怪我をする事は知っていますわ」
「ただ、不当に様々な地方に飛ばされていると思いますわ。貴族の番で有れば、危険すぎる場所には行かないはずですもの」
そうなんだ…。お貴族様になると、やっぱり待遇は変わるんだ。
庶民でも、貴族の番になれれば…。
私は、番という言葉に引っかかる。
「番ですか…」
ルーラが、番だと認めないのは、何故なんだろう。人間自体は、番を分からないのに。番を本能でしれる獣人同士なら、悲劇をうまないのに。
「シイラさ、まは、ルーラの事を番だと思っているんですか」
「ええ」
思ったよりも、強い語尾に目線が上がる。
「狂わしいほどに。思っておりますわ」
シイラさんの表情に喉が詰まる。
麗しくて綺麗でも、憎悪のような強い感情がゆらりと私に向けられていた。
「ルーラ様が私を認めないのも、サラ様を好いている事も知っております。
その前提で、私はルーラ様が今後、危険な目に合わないように、昇格が必要だと考えております。
わたくしは、ルーラ様に傷一つも、つけたくはありませんの。貴族の籍に入れば、平民よりは立派な地位に付けることは可能ですわ」
一息で、口早く言うシイラさんから目を逸らせられない。
「貴族の娘ですもの、1人や2人、妾がいても気にしませんわ」
妾…。
「ルーラ様が、幸せである事が私の幸せですもの。ですから、シュルテンバーグ家に婿入りした際には、サラ様もお迎え致します。悪い待遇ではないと思いますわ。
ルーラがシイラさんが結婚して、私が妾って事?
そりゃ、シイラさんが貴族だから、結婚相手だけど。貴族と平民と比べて、平民が夫婦になるわけないから、当然だけど…。
私は当たり前のように、1人が1人を愛して、結婚をするのだと思ってた。一夫多妻なんて、知識としてはあるけど、私の身に降りかかるとは思っても無かった。妾ってどんな待遇なのかも知らないし。
…そんな話、ルーラから聞いてないし。
「それを、ルーラ様にお伝え出来ますか?。サラ様なら聞いてくださる…でしょう」
私の疑問に対応する形で、シイラさんが伝えられた。
ルーラはまだ聞いてないってこと…?、
シイラさんとの対話や出会う事を、ルーラはまだ拒否しているから、話せなかったのかな。
ルーラは、拒絶してるんだ。サラさんの手土産を断るルーラを思い出す。それに少し嬉しく安堵してしまった。
「サラ様?言ってくださいますね?」
念を押すように、サラ様が言った時、咄嗟に声が出てしまう。
「イヤ…です」
咄嗟に心から出た言葉に、ハッと気づく。
シイラさんの目が、きつく睨むように変化する。そして…シイラさんのその瞳が潤んでいった。
「ずるいですわ…」
溜めていたものが、ポロッと出たように、シイラさんの言葉が滑り落ちた。
瞳がさらに潤んでいき、涙が溢れていく。
「ルーラ様を独り占めしないでくださいませ…」
私に向けられた感情が、悲しくて目が合わせられなかった。
「番と共にいることが、獣人の一番。共にいない事が、どれほど苦しいか…」
心の底から出た言葉のようで、辛そうな表情に胸が痛くなる。
目線が、私のボロボロの靴に映る。シイラさんのすすり泣く声が聞こえて、何も言えない。
私だって、こんなこと…。
獣人の番をひき離すような事、したくない。
シイラさんには申し訳無いけど…
私は、ルーラが好きだ。
私はルーラと一緒にいたい。シイラさんも一緒にじゃなくて、ルーラを独り占めしたい。
誰かと分け合うなんて、できない。
生まれてきてから、色んなものをくれたのはルーラだった。ルーラと2人でいるのが当たりで、変わらない存在だった。
それほど、強くルーラに惹きつけられる心がある。
きっと貴族のシイラさんの元へ行けば、良い待遇や危険な事は少なくなっていくのかもしれない。
けど、ルーラとシイラさんが、仲睦まじくしている姿を見ることは耐えられない。ルーラが番を認識して、番を求めてしまったら…。
そしたら…。番じゃ無い私は。
そこに気づいてしまった私は怖くなった。急に辺りの気温が下がったみたいに、寒気がする。
番の強制力は強い。それしか見えなくなってしまう。ルーラのお父さんが、ルーラのお母さんを盲目的に妄執的に愛していたように。
シイラさんとルーラが愛し合った後、私はルーラの何になるんだろう。
呆然とベットに座る。あれから
結局、何も言えず馬車から、飛び出してきてしまった。執事の方も追いかけてこなかったから、妾の話をしたかったから呼んだんだろうと思う。
そのまま、騎士団の駐屯所へ行ってルーラの話を聞いた。シイラさんが言ってた通り、隣町で怪我をして、手当を受けていることや、命に関わることでは無い事を教えてもらった。
それを聞いて、一安心した。駐屯所も、慌ただしく立て込んでそうだったので、すぐ切り上げ、家に戻る。
そしてまた、妾や番、ルーラやシイラさんの事を考えてしまう。
妾は嫌だって言ったけど、ルーラの事を考えると貴族になるって事だし、いい事づくめなんじゃないかな。
貴族になれば、ボロい家じゃなくていい家で温かく快適な生活ができて、食事だって残り物や貰い物じゃなくて、美味しい栄養のあるものが摂れる。生活をしていくのに、お金の悩みなんて無くなるだろうし。いい事づくめなのに。
それを止めるのは、私のエゴだ。
ルーラの、たった1人の愛する人になりたい。
温かな目線は私だけで、優しく触れるのも私だけ。愛を囁くのも私だけでありたいと願ってしまう。そんな気持ちが、もどかしい。
妾…。
妾になっても、ルーラは私に同じような愛をくれるのかな。
ルーラとシイラさんとの関係に目を瞑り見なかったことにすれば、私達の関係性は変わらずそのままであり続けるんじゃないか?
そんな、妄想が湧き上がる。
愛する人を、分ける事なんてできるのかな。
ぼうっと考えたまま、仕事がある事に気付く。こんな時でも、仕事をしないと生きてはいけない。慌てて、鞄をもち向かった。
仕事が終わって帰っても、ルーラはいなかった。
ルーラはその日、帰ってこなかった。
「サラちゃん、こっちに酒!」
「はーい!」
なるべく元気を心掛けて、返事をする。
給仕に徹して、とりあえず動いて何も考えないようにした。今日も、盛況で馬車馬のように働く。
「ありがとー、またくるねぇ」
「また、来てください!」
大きく手を振って、今日の最後のお客さんを送る。あれだけ飲んだのに確かな足取りで夜の闇に消えていったのを見送り、最後の片付けに入る。
静かになった店内を、箒や雑巾で掃除していく。しんと、鎮まりかえる。誰もいない空間ががらんとしていて、ふぅとため息をついた。
ゴミを裏口に捨てて、今日の仕事は終わりだ。
「サラちゃん、ここ置いとくよ」
食堂から、残り物をまとめてくれたものを置いてくれて、感謝を述べた。いつも、残り物や賄いなどを残してくれるので、いつも本当に助かっている。
「お疲れさまです!また明日!」
「お疲れ〜」
給仕は私1人だったので、ゴミを片付け、食堂に挨拶をし裏口へ向かう。外も、暗く表の道からの灯りでかろうじて見えている。
ゴミや酒瓶を分別しているときに、店から離れて、ルーラの事を考えてしまう。
今日の朝、またシイラさんの執事がやってきて、言付けをして帰っていった。
ルーラは、シイラさんの屋敷で養寮生活を送っていると。
シイラさんの伝手で、医者を呼んで保護されている。とわざわざ、伝えてきてくれた。
いつ帰ってくるのかと、私の疑問も答えず、肅然とした態度の執事は出ていった。
ルーラの事が、心配だし。しかも、シイラさんの屋敷って…。
屋敷って、一つ屋根の下よね。好意を持つ番であるシイラさんが、何かしたり…。
ルーラに迫るシイラさんを、容易に想像が出来てしまって、そこから関係性が発展して…という、想像が膨らんで広がってしまう。
それで、2人が番だと認め合って、しまったら。
ルーラはシイラさんの事を…。
知りもしない場所のことを、勝手に妄想が広がってしまう。それを考えれば、考えるほど私の胸は痛くなっていく。涙が自然と出てきそうで、私は慌てる。
ルーラは、まだシイラさんの事を認めてないじゃない。
大丈夫。ルーラはそんなことしない。
私が、言っても認めないし。
ルーラに番を認めてほしいのだって、私が言ってたのに。ルーラには、番と幸せになってほしかった。
私が、番だったら。一緒に幸せになりたかった。番だったらと何度、イメージしたか。
シイラさんとルーラが、キスしたり関係を持ったりって考えると、胸が痛い。締め付けられるように息が難しくて、ルーラを分けるのなんてできない。
手に持っていたゴミから、生ゴミ特有の腐敗臭がして、一旦現実に戻る。
ルーラは、どうしてるのか…。
生ゴミを、ゴミ捨て場に雑に、投げ入れた。酒瓶やゴミの当たる音が大きく聞こえた。
丁寧にしなきゃいけないけど。…酒瓶なんて、壊れて割れればいい。壊れてしまっても、もう構わない。
惨めだった。
仕事をしなくちゃ生きてけない私と、シイラさんは貴族でなに不自由なく、今頃、ルーラを医者に見せれて、体に良いものを食べさせる事ができて、生活の事なんて考えずに、ルーラの事をずっと考える事ができる。
私は無理だ。毎日働いて、クタクタになって。他の事を考えている余裕なんて無くて、できる力もない。
生ゴミや酒瓶を片付けてる私とは全然違う世界に生きてるんだろう。腐敗臭のするゴミを裏口に集めている最中に、思ってしまった。
ルーラを大切に思ってくれる人が、いるならいいんじゃないか?
お貴族様で番の元なら、健康に過ごせると思うから。ルーラを連れて、都会へ出たのも幸せになってほしいからでしょ。これでいい。
諦観にも似た気持ちで、夜道をとぼとぼ歩いた。
ルーラが帰ってきたのはその次の週だった。
それも最悪の形で帰ってきた。
あれから、数日経って元気の出しようが無くて、アイラさんに慰められている。
事の顛末を全て、話して。私を励ましてくれている。
「妾でも、なっちゃいなさい」「好きな人を離しちゃダメだわ」と言う、妾になる派で、驚いたけど。
食堂のおばさんも、ルーラがいつものように迎えに来ない事から、なにかと私に優しくしてくれている。気をつけても、落ち込んでしまう。
それを見かねて、食事がグレードアップしてくれた。
「サラちゃん!!!」
皿を片付けている際に、カウンターから食堂のスイランさんが突然、顔を出した。結構、大きな声だったので、お客さんと一緒に振り返る。
「ルーラ君、来てるわ」
真剣な表情で一大事を告げるように言った。
「今は、いいからとりあえず行ってきなさい」
スイランさんは裏口を指していて、私は持っていた皿を起き片付けそのままにして、裏口へ向かう。
ルーラが帰ってきたんだ。怪我は治ったって事よね。
シーラさんの屋敷から治って、私の所へ帰ってきてくれたのね。
心配で、嬉しくてしょうがなかった。
裏口を出て、最初に目に入ったのはルーラとシイラさんがキスしてる場面だった。
それも、濃厚な。
真冬の湖に、飛び込んだみたいな衝撃だった。
身動き出来ず、心臓が縮み上がる。鋭い痛みを全身に感じる。
2人は絡み合うように、抱き合いお互いを求め合う。
キスをしたら、番通しならわかるって、言ってた飲み会の話を思い出す。
あれは、確定してるってことよね。
番だから、止まらないの?
諦観が胸いっぱいに広がるけれど。
認めなきゃいけないと思ったけど、どうしようもない掻き立てられる思いが上った。
気づいたら体が動いてた。近くにあったものを引っつかんで、2人になげつけた。ゴミが飛び散る。
「そこで、何してるのよ…!!」
2人に当たったりは出来なくて、騒音とひどい臭いが辺りに散った。
「何週間も、置いてけぼりにして!帰ってきたと思ったら…!」
「サラ…!」
「番と愛し合ってるだけですわ」
ルーラを制して、キッパリと言い切ったシイラさんに気迫を感じて、驚いた。今までの嫋やかな優しさのある雰囲気とはどこか違う。
「今のを、見たでしょう?」
振り切れた悪女の様だった。
「番には強制力がありまして、避けられないのですわ!」
勝ち誇った、美麗な笑みで言った。
「これからもずっと」
それを、宣戦布告に感じて。
私は、勝てるわけないなと思った。
私とのキスとは違うルーラだ。見たことのない姿。
「サラ、話がしたい」
こちらに、寄ってきたルーラは変わらない様に見える。
何週間も、シイラさんの屋敷にいたのに。
「私との別れ話?」
自分で言って、自分で傷つく。
「違うよ」
いつものような和かなルーラが目の前にして、私は突っ立ってしまう。笑顔だけど硬い表情、もう既に、私の声が届かない気がした。
「店の客室を使わせてもらおう」
店の人に、二階の個室を貸してもらい、急な階段を登る。何も喋らず、ルーラと個室に入り扉を閉める。
「サラ、…もう僕の事は嫌いになった?」
私の気持ちを、伺うように見てきた事に驚く。
「…シイラさんと、キスしてたの見た。番なんでしょ?」
「うん。サラの言う通りだった。やっぱり番だった」
すんなり番を認めて、驚いた。あんなキスしてたら、そうだよね。つがいだよね。
「番だって、認めるのね」
「うん」
「それじゃあ、私とは」
「シイラから、聞いたでしょ。サラも一緒に行くんだ」
「今までと少し違くなるけど、サラとお金の心配なく生活出来るように話したんだ」
「?」
「ずっと一緒にいよう」
嬉しい言葉のはずなのに、違和感ですんなり聞けない。
「今、ルーラが何したかわかる?」
「ずっと一緒にいるって約束したでしょ?」
「約束したけど」
あの人から、聞いたって、馬車の中での話のこと…?。
「妾になれって?」
「そういう分類になる…のかな」
やっぱり。
息が詰まる。好きな人に2番になれと言われる事がこんなに辛いと思わなかった。
「…2番は嫌なの。一番でいたいのよ」
「だったら、一番にするよ」
突然、肩を掴まれ、キスをされた。優しくて柔らかい。
あの人の後にされた事が嫌なのに、一生覚えていたいと思ってしまう。
拒まなかった事からか、ニコニコとかわいいルーラの笑顔が眩しい。でも、はっきり言わないと…。そういう事じゃないって。
「さっきのキスとは違うのね。…番とどこまで進んだの」
「やっぱりいいや」
本人に言わせたくなくて、聞いたのに遮ってしまう。
ずっと、溺れているみたいに苦しい。手が震えてしまって両手を握りしめる。
ルーラが居なくなった後、考えていた事をようやく言い出さないといけない。
「私は、…行けない」
「…何で…?」
そんなこと思わなかったんだろう。驚いている。
「ルーラは私のこと、どう思ってるの」
「一番、大切な人だと思ってる」
そこは、平行線だ。
「番とは?」
「番と大切な人は別だよ」
「大切な人なのに、妾にするのね」
「大切にしたいから、こうしたんだ」
嬉しいはずなのに、気が晴れない。とても大切な言葉だと思うけど、引っかかってしまう。
「無理だわ…!」
「好きな人が、キスされるところを見た事がないから言えるの!」
ルーラへの想いが裏切られたようで、シイラさんへの嫉妬や恨み。一気に駆け巡ってどうしようもなくなる。
「ルーラの思いには応えられない」
ルーラは責めるように詰め寄る。
「僕のこと、捨てるの?」
約束を破られたと、私が悪いかのように言われて、カッとなる。
「ルーラが、私を捨てるのよ!」
「一緒に行こうって…」
「それは、私がつらくて苦しい場所なの」
「サラと、ずっとそばにいるって約束した!」
「ルーラは、私がつらくてもいいの?」
「それも、いやだ。じゃあ、番とは離れる」
「そんな事出来ないでしょう…!」
「できるって!してみせる!」
駄々っ子のように私の欲求を跳ね除ける。
「嫌なんだって!どうせ、獣人の番は本能で繋がってる!」
私だって、もう嫌だ。子供に帰ったように、怒鳴ったら溜めていた涙が決壊した。
「私が入る余地なんて無い!。言わせないで!」
「ルーラのお母さんとお父さんのように!実の子さえ、入れる愛なんてないのよ!」
ルーラが、傷ついたように顔を歪ませる。両親の事はルーラには酷だ。傷を広げてしまうのに、止まらない。
「獣人が番をどう愛するか知っているでしょ」
ルーラのお母さんは儚げであった。
ベットに寝転がる人間の女性。その細い足には足枷があり、小さな部屋の中心に繋がる。高級な家具や綺麗な場所なのに、真綿に包まれるように緩やかに締め上げていく状態に、ルーラのお母さんは少しずつ異常をきたしていた。ルーラのお母さんは、私達を愛してくれていたけれど、諦めた人の目をしていた。
ルーラの、お父さんが血の繋がる息子への態度はひどいものだった。ルーラがお父さんに求めているものは、何一つ与えられなかった。
背が高くなり、大人になるうちに、実の父親はみっともない嫉妬をルーラにして、お母さんとも離れさせるようになりルーラは1人になった。
「僕は、半分だから、血が薄い。…あんな事にはならない。サラは番じゃないから大丈夫」
ルーラは、自分に言い聞かせるようにいう。
「番じゃないからって!」
あの時は、番の怖さを体験して、私達が番でない事に安心した。よかったねってこれで2人とも傷付けずにいれるねって、思ってたのは幼さによるものだった。
私が、ルーラに対する思いが変化していったから。「番じゃなくてよかった」から、「なんで私が番じゃ無いの」と。
今は、番じゃない事に傷ついてしまう。
「私は…ルーラとずっと一緒にいたかった!愛してた!なによりも!でも、私はあの人と一緒にいるルーラを見るたび、どうしようもない悪い気持ちになる」
「それが、もう、やだの!」
「獣人の本能は番を求めてしまうでしょう。私との関係なんて」
「だからこそ、一緒にいて…」
話の途中に手を掴まれて、ルーラは私を見つめた。純粋で昔から変わらないように見える。目線を片時も外さないで、ルーラは見る。何処かすがる様な目線に、小さい頃から目を逸らしてはいけない気がしてた。それに応えようと今まで、見てきたけれど。
今、なんとなく気付く。ルーラは私に幼い頃からの変わらぬ愛を求めている。番という強制的な力から逃れられるものが、欲しいんだ。
でも、そんな風に求められても、私は返せない。
扉が勢いよく開く音が響く。
「ルーラ様!」
「ほら、番がきたわ」
シイラさんが、真っ先にルーラに抱きつく。ルーラを離すまいと、私を睨む姿に、少し冷めた気持ちを感じた。
「シイラさん。ルーラをよろしくお願いします」
少し頭を下げる。
「私は、妾とか愛人とかそういうのになりたいわけじゃないんです…。あのお話もなかったことに。私は、ここから離れます」
「サラ!まだ話は終わってな」
「だから…!」
もう言わないといけない。気合を入れてルーラに目線を合わせ、腹から声を出す。
「ルーラ、もう私に関わらないで!」
ルーラは衝撃を受けて固まった。傷ついているだろうけど、話を続ける。
「勝手に、幸せになって!」
「…」
「ね?約束」
勝手な約束を一方的にする。
大木の下で、小さな背が丸まって泣いている姿を思い出した。
鼻をすする音が時折聞こえて、私は彼に声をかけてしまった。
求めても思いを返されないつらさを、早くに知ってしまった男の子を、どうにかしてあげたかった。真っ直ぐに見つめれた小さなルーラに、今まで寄り添ってきた。
けど、この関係はもう終わりだ。
私は、離れることを選択する。
「ルーラは、幸せになれるから」
「それだけです。じゃあね」
2人の脇を通り過ぎる。
昔とは違う行動に、まだ苦しいけど。
でも、きっと苦しさは無くなっていく。
愛されない私と向き合わなくていい事実に、安心してしまったから。
ルーラの側にいても、私は腐っていく。
それなら、私は過去の恋人になろう。
考えていた事を行動に移せば、意外と楽だった。
読んでいただき、ありがとうございました!




