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転生魔女は、断罪を待ち続けた

作者: 雨宮 梓

 断罪イベントと呼ばれるものがある。それを転生してからずっと私はただ待ち続けたの。


「やっと、裁かれる……」


 本当に、待ち続けたわ。


 これであの人は助かる。

 これで歪み続けた道は消える。

 これで、あの人は本来の道を進める。


「……」


 何度もね、探したの。


 あの人が悲しまない方法を。

 あの人の大切な人たちが死なないで、あの人も死なない方法を。


 だけど見つからなかったの。


「だって、私が生きてるんだもの」


 今まで私の愚かで楽観的な浅慮のせいで、死ぬはずのなかったあなたが死に続けた。それは転生という、夢のような現実に浮かれながらも死にたくないと思った一番最初の私のせい。そしてあの人と生きたいと想い続けた今までの私の責任。だからその責任の取り方を見つけたの。


 私がゲームの物語通り、この国に災いをもたらす『災いの魔女』として裁かれることーー。


 死にたくないと、心が願う。

 生きていたいと、心が叫ぶ。


「……」


 私が魔女として転生して行ったことが、ただのストーリー改変で。死ぬはずだった者たちを救い、滅びるはずだった国を救った。それが彼の運命を大きく狂わせたとも知らずに、私は多くの命を救えたことを喜んでいたの。これで彼も悲しまないし、私も死ぬことはないと。だけど本当の物語ではないから、ぼろぼろとどこかが崩れてしまう。そしてその崩れた先があの人だった。


 一度目の私が冷たくなったあの人を見つけ、震える手であの人の体に触れた瞬間ーー私はまた赤子から始まっていた。あのときからずっとそう。あの人の死に触れた瞬間、私は赤子の頃まで戻る。そしてまた繰り返すの。


「だから……」


 神様の悪戯か、邪神の意地悪なのか。やり直しを繰り返した私は……生きることも、幸せになることもやめたの。今回の私は何もせず待ち続けたわ。私が動かなくとも、物語は私が裁かれるよう動いてくれるはずだから。


「シルヴァン、愛しているわ」


 何度も私に恋をしてくれてありがとう。

 何度も私を愛してくれてありがとう。


 どうか、誰も私の本当の罪を知らずに私を裁いてーー。



           ***



 空は青く澄んでいて、時折白いふわふわとした雲が太陽を隠す。


「……きれい、ね」


 両手首に枷をつけた私は鎖で引っ張られる。そのせいで転びそうになるけれど、どうにか立て直して後ろを着いていく。


 大衆が集まり、災いの魔女(わたし)の死を待っている。


 聞こえる罵声。

 投げられる石。

 多くの憎悪。


 私の死はまだストーリーの序章。この大衆の多くは死んでしまう。そしてその死に悲しむ者がいる。


 でも……大丈夫。私が大切に想う人たちは死なない。あの人も、死なない。


 私は、全ての命を救うことはできないと知っている。

 私は、神ではないから。

 私は、主人公ではないから。


 己の存在に希望を見出だすのも、己の力を驕るのも……もうおしまい。


「いざ、行かん……」


 見据える先は、死。

 堕ちるは、地獄。


 けれど私の心は穏やかで、澄んでいる。


 断頭台へ登る足は震えてはいない。

 死にたくないという声は聞こえない。

 生きたいという叫びも聞こえない。


 私は、笑みを浮かべる。


「リーシャ・アルカヴィルレア!」


 私の名を呼ぶその声に、足を止めてしまう。


 振り返り、その人を見る。


「どうして……」


 零れた動揺の声は、誰かの耳に入ってしまっただろうか。


 私はそう思いながら、こちらに向かって歩いてくるその人から目を逸らせずにいた。そして慌てたように、私の両隣にいた者たちが私とその人の間に立つ。


「王弟殿下! 危険ですので離れてください!」

「どいてくれ」

「あなたの身に何かあっては遅いのです!」

「だから来たんだ。僕の身が危険にならないように」

「ですが……」

「国王陛下には許可をもらってきている」


 その言葉に私たちの間にいた二人が渋々去る。そして遮る人がいなくなった私の目に映るのは、美しい金糸に春空のような穏やかな青い瞳。


「リーシャ・アルカヴィルレア。僕は最悪な運命を断ち切りに来た」

「……」

「君はもう繰り返さない。最後の命だ。だから僕の手を取ってくれないだろうか」


 差し出された手も、彼が言った言葉の意味もわからず困惑してしまう。そんな私を見た彼は、泣き出してしまいそうな顔で微笑んだ。


「いつも君が僕のところへ来てくれていた。そして僕の大切な人を守ってくれて、この国を救い続けてくれていた」

「な、にを……」

「でも、いつも君を悲しませてしまう」

「あなたは……」


 一粒の涙が零れ落ちる。


 まさか、でもそんなはずはない。だって知るはずがないの。彼はこの世界の人物で、私はたまたま転生して物語で断罪される魔女となった女。


「リーシャ……君と出逢った一回目の僕が君を忘れたくないと願った。そして二回目の僕が君の笑顔を忘れたくないと願って、三回目の僕が君の声を忘れたくないと願った。でも一回目の僕からずっと、君を泣かせたくないと願い続けている」

「っ……」

「僕も戻るたび頑張ったけれど、どうしても上手くいかなくて。すまない。いつも君を置いて逝ってしまって……だけど今回は絶対に大丈夫だから」

「あなたも、戻っていたのね……」

「秘密にしていてすまない。ただ君に伝えて、もし君の命が危なくなったらと考えたら言えなかったんだ」

「……そう、なのね」

「死んで戻った僕が目を覚ましたとき、きっと今回も君が会いに来てくれると信じて疑っていなかったんだ。でも君は僕の前には現れなくて。それどころか君がこの国へ災いをもたらす魔女だという話まで出てきて……そこで気づいたんだ。僕はいつも君が会いに来てくれるのを待っているだけで、僕から君に会いに行ったことがないと」

「……」

「それで君に会いに行こうと思ったんだ。でもそこで僕は気づいた。僕は、君の居場所を知らなかったんだよ。いつも当たり前のように君が会いに来てくれて、それを受け入れていただけだから。君が注ぎ続けてくれていた愛情に胡座をかき、いつも僕は君に出逢ったあとをどうにかしようと動いていたんだ。それでは変わるはずがないよね。だって僕は、ただ君を待っていただけなんだから。僕からは何もしていないから」

「そんなことはないわ。だって私があなたに会いたくて、あなたの元を訪ねていたのだから。あなたが私と出逢ったあとに動いてくれたことが、私は嬉しいの。ありがとう」

「リーシャ……すまない。会いに来るのが遅くなってしまって、本来ならもっと早くに会いに行くべきだったのに」


 私は首を横に振る。そして彼の青い瞳を見つめ、微笑む。


「あなたが会いに来てくれた、それだけで私は救われるわ。ありがとう」

「リーシャ……」

「だから、私はこのまま逝きます。あなたには生きてほしいの」

「っ……待ってくれ! 今回は絶対に大丈夫なんだ!」

「絶対は、ないわ。それを私は知っているの。あなたも知っているでしょう? それにこの大衆をどう納得させるの? あなたには立場があるわ。そしてこの裁きをただ色恋のためにやめたとなれば、国王陛下に不信感を抱くものが現れ立場も危ぶまれるわ」

「君が、この国を救う。僕たちと一緒に」

「何を言っているの……?」

「今までの君が繋がりを持とうとしていた人たち全員と、友好関係を築いてきたんだ」


 その言葉に、何も言えなくなる。今、なんと言ったの。


「今の頃だと、まだ赤子の者がいたはずです。全員だなんて……」

「大丈夫だよ。ご両親と友人になってきたから」

「……」

「僕たちと一緒に、この国を救ってほしい。夜の魔女リーシャ・アルカヴィルレア」


 その低く通る声は、大衆にも響くほどで。

 大衆のざわめきが先ほどよりも、はっきりと聞こえる。


 駄目だわ。このままではシルヴァンが危ない。王家に対する不信感を与えてはいけない。


「わた……」

(みな)、静粛に!」


 一瞬で静かになる場。大衆の視線はシルヴァンに向けられている。


「ここに災いをもたらす魔女はいない。ここにいるのは、我々と同じ魔力を持つ女性だ。本当に災いをもたらす存在ならば、なぜ我々はこうして生きていられる」

「……」

「己の力の弱さや心の脆さを隠し、今行おうとしていることを正当化してはいけない。それをしてしまえば、我々は先へは進めなくなる」


 しん、と静かなままシルヴァンの話を聞く大衆と私。そして大衆の中のいくつかの視線が私に向けられている。


(みな)、強くあれ。我々王族も強くあり続ける」

「……」

「だから、どうか(みな)が抱く恐怖、敵意を抑えてほしい」


 大衆の中から「災いの魔女が今、王弟殿下に魔法をかけたんだ! 早く殺せ!」と叫ぶ声が聞こえる。

 それは連鎖して、大きな波へと変化していく。

 そのあまりにも大きな波は更なる恐怖を呼び、敵意となり私へと向けられる。


 投げられた石が米神辺りにあたる。

 投げられた石が腕に、足にあたる。


 それを見たシルヴァンが私を守ろうと腕を伸ばしてくれる。私はシルヴァンに近づき、そっと体を押す。不意をつかれた彼は後ろへと下がる。


 シルヴァン。

 私はね、あなたのその気持ちだけでいいのよ。


「愛してくれて、ありがとう」


 私はシルヴァンに、微笑む。どうか私を忘れてね。


 私はその日、裁かれたーー。



            ***



 穏やかな風が吹く。その風は、ロッキングチェアに座る私の全身を優しく撫でていく。そして通りすぎるときに気づいたけれど、花々の香りがして心地がいい。


「リーシャ」


 耳に届く穏やかな低い声。それは私の最愛の人の声で。


「なあに?」

「体調はどうだい?」

「大丈夫よ」

「よかった。でも無理は駄目だからね。何か異変を感じたらすぐに言ってくれ」

「ええ、わかってるわ。ありがとう」


 シルヴァンの左手が私の右手に重ねられる。その心地よさと愛しさに胸がいっぱいになる。


「それじゃあ、僕は昼食の用意をしてくるよ」

「ありがとう。お願いします」

「ああ。とびっきり美味しい食事を用意するから楽しみにしていてね」

「ええ」


 家の中へ戻るシルヴァンに手を振り、微笑む。


 今の私は、幸せで満たされている。


 あの日から四年、私たちは国を救い多くの命を守りきった。そして落ち着いてきたのだけど、幸せだからこそ時折こうして不安になる。


 あの日、私は裁かれたーーはずだった。


 けれど大衆の中からシルヴァンの言葉を聞いて賛同してくれた人たちが、私を守ろうと私の回りへと集まってくれた。その人たちとシルヴァンが騒ぎを収めてくれたのだ。そしてそのあとは言わずもがな大変だった。


 陛下からは二人きりになったときに「シルヴァンから君は災いをもたらす魔女ではないと何度も聞いていたが、もしもということがある。私は王だ。民を守らねばならない。それを優先させた結果があれだ」と伝えられた。それは間違いなく王として正しい判断であったと思う。けれど全ての者に平等なハッピーエンドが用意されているわけもなく……私が死ぬことでこの国は滅び、多くの者が死に絶える。そして生き残るのはシルヴァンと少数だけ。


 ストーリー上、私が死ぬことに意味はあった。あったからこそ私の代わりにシルヴァンが死ぬことになってしまったのだ。まるで私のせいだとわからせるように。そして私に生きることを諦めさせるように。


 今回の私も……いいえ、私たちはまた物語を改編してしまった。どこかでまた崩れてもおかしくない。


「……」


 できれば誰にも死んでほしくない。だけど最悪、私は私の大切な人たちが無事ならいい。だから……シルヴァンとこの子が死なずに幸せでいてくれるのなら、私はどうなってもいいの。私はこの二人のためなら、どんな化け物にだってなってみせる。


 私はそう強く思いながら、大きくなってきたお腹を優しく撫でる。


『大丈夫だよ』

「っ……! え?」


 突然私の前に現れた透けている少女は、可愛らしい笑顔でそう言った。


『もう、解決できないような悲しいことは起きないよ』

「何を、言っているの……?」

『わたしが断言する。未来のあなたは笑ってるし、あなたの大切な人たちも笑ってるよ。あなたと一緒に。だから心配はいらないし、不安にならなくても大丈夫』

「あなたが何者かは知らないけれど、未来は変わるわ。絶対はないのよ」

『知ってる。絶対はないよ。だけど、わたしは……』


 目線を下げるそのときの表情がシルヴァンと重なって、私は息を飲む。この子はもしかして……。


「ねえ、教えてほしいの。あなたは、幸せ?」

『え? うん! もちろん! とっても幸せ!』

「そう」

『うん!』


 見れば見るほど、シルヴァンに似ている。笑い方も、雰囲気も。


「あなたは、彼によく似てる……」


 零れてしまった言葉に気づいて慌てて口を押さえる。


『……わたし、お母さんにも似てるんだよ』


 じっと私を見る少女は美しい金糸の髪を持ち上げた。そして見える私と同じ黒よりの紫色の髪。


『上のほうはお父さんと同じだけど、首に近くなるにつれてお母さんと同じ色なんだ』

「似合っているわ。可愛いわね」

『ありがとう。嬉しいな。ねえ……もう、気づいてるよね。わたしが誰なのか』

「ええ。でも未来から過去へ来るのは危険なことなのよ。どうしてこんな危ないことをしたの?」

『あのね、本当は駄目だってことはわかってるの。だけどどうしても今のお母さんに会わないといけなかったんだ。だから来る方法を調べてこの時代へ来たの』

「どういうことなの?」

『お母さんがわたし(・・・)のいるルートにたどり着く方法が、わたしが過去のお母さんに会うこと。そしてお母さんのお腹の中にいる過去のわたしがいることなんだ。だから会いに来たの。お母さんにわたしのいるルートに来てほしいから。ごめんね。わたしの我が儘で……でも大丈夫。わたしのいるルートは平和だよ。だから安心してね。あと、このあとはお母さんの好きに動いて大丈夫。だけどわたし(・・・)を忘れないで。わたし(・・・)をちゃんと覚えていて』


 私の未来の娘は、泣いているような震えた声でそう言った。そして。


『わたしは……ずっと待ってたの。お母さんとお父さんに会いたくて、ずっと繰り返しながら』


 その言葉を聞いた瞬間、私たちが戻り続けた理由がわかった。


 この子が、私たちを戻していたからだーー。


 私たちに会いたくて。

 私たちと一緒にいたくて。

 私たちを幸せにしようと、一人で……。


 私は堪らず立ち上がり、透けている未来の娘を抱き締める。透けていても抱き締めることがてきて、その温もりに安心する。


『お母さん……』

「ありがとう。それからもう危険なことをしては駄目よ。私もあなた(・・・)に会いたいから」

『うん。もう無茶しないよ』

「約束よ」

『約束する。わたし(・・・)は、お母さんたちが幸せになるために必要なキーだからね。もう絶対に無茶はしないよ』


 抱き締めるのをやめて、透けている未来の娘の頬に触れる。


「それから、絶対に忘れないわ。私は、あなた(・・・)を忘れない。そしてあなた(・・・)を想いながらこの未来(さき)を歩くわ」

『うん』

「だから安心して。未来で待っていてね」

『うん。待ってる』


 頷いた未来の娘は、私のお腹に触れて『お母さんたちを守ってね。それから頑張って生きてよ。それでわたしに繋いで』と祈るような声色で言った。そしてにっと太陽のように眩しい笑みを浮かべて私を抱き締めたあと、ふっと空気に溶けて消えた。


 ……夢のような出来事に少しの間動けず、ただ景色を見ていた。


 風は緩やかに吹き、草木は穏やかに揺れている。そして私の束ねている髪もふわふわと風に揺られ踊っていた。


「……」


 私は目を閉じて、大きくなったお腹に触れる。この子への愛しさに頬が緩んだ。

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