フレーバートランプ
「ぐへへへへ。トランプやろうぜっ!」
上品な綺麗な声での、ドブの臭いのする笑い声から始まる、ノリノリのお誘い。
「いいけど……、何でランチョンマット、わざわざ広げたの?」
広げられたランチョンマットは、青と白の、エプロンとかに使われてそうな感じのチェックで、机の上を全部覆えるくらい大きかった。
ここは学校。放課後の学校。高校二年生な僕ら。それなりの進学校。文理選択を切欠に、将来を真面目に考え始めて久しい。テスト週間だから、未だ昼の時間帯だけど教室には人はいない。で、僕はコイツの相手をしている訳だけども。
机を挟んで、椅子を並べて。二人っきり。いつものこと過ぎて、勘違いのしようもない。
目を細める。
黒髪ロングであるせいか、黙っていれば、(オトナの)お人形さんみたいな美しい系統のお嬢様っぽさがあるものの、口を開ければこのざまだ。
セーラー服の胸元もふくよかで、それでいて、寸胴とは程遠い、すらっとしたモデル体型。見掛けに騙される奴が多いのも頷ける。
「ふふん♪ どうしてでしょう♪」
口元に手を当てて、誘うような、色気をわざとらしく漂わせる。でも、僕には効かない。この残念な中身をよく知っているから。別に幼馴染でもない。ほんのり長い高校入りたてからの付き合いだけど、胸やけを通り越して、慣れきってしまった。
で、この調子の乗りっ振り。多分碌でもない。いつも通り。きっと、とっても残念な理由に違いない。
スッスッスッスッスッ――
ババ抜き、とのこと。
コイツの手でシャッフルされ、自分の前と、コイツの前に、同じ高さの、裏向けられたトランプの山ができる。だけど――
「なんか、少なくない? 半分足りなく、ない?」
トランプの一枚一枚がブ厚かったから気づかなかった。配り終えるまでに掛かった手数の少なさで気づいた。
「いいんだよ~♪」
この調子だと、何を言っても無駄だろう。無理やりでも最後までやるのだろう。今回のオチな何になるのだろう? 自分も大概だなと、自身の悪趣味さに苦笑いする。
どうぞ、と目で促され、自分に宛がわれた手札を手にとる。
「……。スートが、無い……。赤と、黒、だけ……。で、どうして……」
苦虫を噛みしめたような顔をきっと自分はしていたのだろうと思う。コイツに向けて言ってもやはり答えは返ってこなかったので、僕はトランプに再び目線を落とした。
トランプの表面。スートはなく、色のついた数字。赤か黒。1~13まで。僕の側にはジョーカーは無い。赤のカードは、コイツの、赤ちゃんの頃からの実写の写真、かと思いきや、後の方の数字はその限りじゃない。1から始まって、いくつか欠けて。10が、今。11からは、知らない写真だ。女の人であるようだけど……。
11がお腹の膨れて幸せそうな大人の女の人、12が子供と手を繋ぐ女の人であり子供の反対の手は繋ぐ誰かの手のところで途切れている。13が仏壇に祈りを捧げるおばあさん。
黒のトランプは僕の赤ちゃんの頃からの実写の写真。こっちにも10があって、僕の今の写真だったから、1~9は対応していると分かったし、11以降も、と思ったけれども、11のが僕の未来とは到底思えない。
黒の11。誰だよこれ……? 僕はこのかた、男らしいと言われたことがない。紛うことなき男だけれども。だけど、この実写の誰かは、髭を生やしちゃったりして、オールバックだったりして、クールな素敵なおじ様風味を青臭くも醸し出している。女の人だと間違えられることは絶対に無さそうな感じだ。
黒の12。青臭さの抜けたクールな素敵なおじ様が、脂汗をかいた笑顔で、四つん這いになって、その背の上で、わんぱくそうな子供が、意地悪そうな笑みを浮かべながら、飛び跳ねている。
黒の13。穏やかな寝顔の、渋いおじいさん。被せられようとしている、スカーフ程度の大きさの、しかし厚みのありそうな布。ご臨終、かな?
どっちなんだろう……。
どっちに転んだとしても、何だかなぁ、という後味の微妙さが続く気がする。
ちらり。
トランプから微かに、目線を上げて――
コイツ。僕の反応を伺っている。何とも意地悪そうに、だけど、何とも楽しそうに。
……。どうせ答えは後で明かされる。種明かしまで含めて、コイツのお楽しみなのだから。僕が途中で席を立たない限り、知りたいことは知れるだろう。
二人でのババ抜き。スート二つだけな、半セットのトランプでやるババ抜きであるのだから、互いの手札は最初から少ない。どっちか片一方ゼロで、最初から勝敗決まってるとかにならなかったのだから、まあ、よかった。
僕の手札。
黒の1、黒の2、赤の4、赤の6、赤の8、赤の9。……あれ? 多くない? ニマニマしている対戦相手であるコイツの手札も、僕と同様に多い。僕より1枚多いのはババの分か。
赤の9をできたらさっさと手放したい。次点で赤の8。赤の8は、小悪魔? のコスプレ。まあ、でも、やっているのはコイツだ。赤の9は……。はしたない……。落として誰かに見られたらどうするつもりだ……。上半身、胸を腕で隠しただけの危ない光景。口元から上は映っていないし、臍から下が映っていないのも、何とも、悪い。悪い悪い。駄目だろこれ……。そっち系の広告を思い起こされる。
うぅん、と頭を抱えつつも、早いこと始めれば、早いこと終わらせられると気づき、顔を上げると――
「何……してるの……?」
こいつは一体何を考えているのか? 机の下。収納スペースよりも更に下。頭を潜らせて、僕の方を下から見ている。僕の顔は机の上ナンダケドナー。
すっ、と顔を上げてきて、左右に、髪の束を分けて逃がす。
「あ~あ。残ぁん念っ♪」
くすくす、小悪魔っぽい表情で笑うこいつは、こんなでも何処か上品で気品あるように見えるのはほんとズルいと思う。
意図を尋ねても、どうせまともな答えなんて返してはくれないだろう。
ババ抜きが始まった。
こいつがこちらから抜いていくときが平穏の時。問題は――
スッ!
「待って……。またセミヌードじゃんかぁ……」
取ったのは、黒の6。
僕の貧弱な上半身が、何も隠すものなく、載っていた。口元から下、臍の下辺りまで。
「ステキダネっ♪」
「愉しそうで何よりだよ……」
黒の9を引いた先ほどと比べたらまだましだ、ましなんだ、と自分を慰めていた。
僕のターン。赤の1だけが残っている。目の前のコイツの手札は、だから、黒の1とジョーカーだろう。ほぼ全ての札の絵が明らかになったから、だからこそ、ジョーカーの絵が気になる。
まあ、黒の1は、オムツをつけた僕だろうし……。どうやって手に入れたんだよ……。幼馴染とかでもないじゃあないか、僕らは。そういえば、朝、妙に、朝ごはんを僕の前に置いた母の目が優しかったような気がする。……。
「勝ち負けが決まるね、これで。罰ゲーム。どう、する?」
いつものお約束だけれども、珍しく今回は決めていなかったと気づいて、僕はそう口にしたけれど――
「ジョーカーの札に書いてあることをやるっていうので、どう? 負けた側から」
何か引っかかるような言い方。罰ゲームにするにしては、ふわっとしているような気がする。まあ、でも、たまにはそんなのもいいかと思った。何より、ちょっと僕はいい加減、疲れている。
「いいよそれで」
と、溜息交じりにそっけなく答えてしまったけど、こいつが面倒な返しをしてくることは無かった。ほっとした。
シュッ!
「やっぱり、オムツを履いた赤子の僕か。うんちしてる感じのじゃあなくてよかったよ……」
と、赤の1な、赤子だった頃のコイツのオムツを履いた姿を、ペアになった捨て札の山のてっぺんの頂に、表向きに重ねた。
「負け、ちった。残ぁん念っ♪」
予想通り。僕を巻き込む類のジョーカーであるようだ。恐らく。どっちがジョーカーを残して負けになてしまっても結果は多分同じだったんだろう。
「ジョーカーの絵柄……。見せて……」
怖いもの見たさ心地で尋ねてみる。
「……。はいよ」
らしくなく、躊躇を挟んで、コイツが見せてきたのは――
ピラッ。
【あなたのことが、好きです】
【僕もだよ】
この場所、放課後の、二人っきりの教室の光景。夕焼けが差し込んできている。窓の外を見ると、丁度同じような具合。
机越しだけど、お互い、上半身を差し出して、唇を合わせる。
二人は幸せなキスをして――というやつだと思う。少女漫画でよくありそうな、告白成就の光景。
言ってやりたい。こんな遠回しに。不安がることなんて何もないというのに、と。でも言わないさ。そんなこと。
だってそうだろう? ランチョンマット。ジョーカー以外のトランプの絵柄。最後のジョーカー。僕にくる手札も、一枚一枚、こうなるように調整したに違いない。最後のジョーカー引くかどうかのときだけは、トランプを動かさなかった。
コイツは覚悟を決めて、ここまでした。だから僕も、覚悟を決めよう。それに、恰好つけたいよ。偶には。
こちらへと掲げられたトランプをスッ、と抜き取って、向こう側にあったコイツの顔は、赤く、染まっていたけれども、こわばっているようにも見えたのは、夕焼けのせいだけじゃないと思った。
「よく言うよね。先に惚れた方が負けって」
立ち上がった僕は、愛しいコイツの傍へと歩いていった。放心する愛しいこいつに、偶には僕からと、恰好つけて、告白の口付けをした。そして――後は想像にお任せするよ。なるようになった、とだけ。
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