必勝!!!サウナの拳!!! ~心のサウナストーンをロウリュしろ!!!~
(注〇)となってるところは、後書きに説明が書いてあります。わからない用語があったら説明を読んでください。
俺はサウナーン・フィンラルディア。生粋のサウナ―(注1)だ。俺の母さんはサウナ(注2)に入っているときに産気づき、サウナ室で俺を生んだ。俺は生まれついてのサウナ―で、この世界のだれよりもサウナを愛し、人生を奉げている。今は水風呂後の外気浴を楽しんでいる最中だ。
「だれかー! 助けて-!! ゴブリンに襲われているの!! 誰かー!!」
助けを求める声が聞こえる!! サウナ拳30年の歴史にかけてこの俺がサウナの良さを伝えなければ!
「俺が来たからにはもう大丈夫だ」
俺は声のする方に飛び出した! 10人ものゴブリンが少女を囲んでいる。純白な肌と髪を持つ少女はとても儚げで美しく。ケロ材(注3)のようにきめ細かな肌をしていた。
「ありがとうございます! 助けに来てくれ……ってなんで裸なんですか!?」
「俺はバスタオルを巻いている」
「それはほぼ裸じゃないですか! というかそんなんでこの数のゴブリンに勝てるわけないじゃないですか! だめだ私……もう死ぬんだわ……」
「安心しろ。俺が救ってやる。俺の心の熱波は何物にも屈しない」
ゴブリンどもは明らかにうろたえている。俺の心の熱波にうろたえているのだろう。
「何なんだあの変態は! あんなのと戦うなんて聞いてないぞ!」
「恐れるな! この人数ならマッチョメンの変態人間だとしても袋叩きにできるはずだ!」
「お前たち。サウナを愛すのならば、この場で引け」
俺は邪語でゴブリンたちに説得を試みた。サウナ好きに悪い奴はいない。もしサウナ好きがあの場にいるなら分かり合えるはずだ。
「な、なんであなたゴブリンたちの言葉を話せるんですか!?」
少女が驚くのも仕方がない。だが、これもゴブリンにサウナの良さを伝道する中で得た能力だ。といっても、今までゴブリンを含めた魔族にサウナの良さを伝道できたことはないが。
「サウナは種族を超える。俺は魔族にもサウナを広めるために言葉を覚えたのだ」
「何なんだあいつは! よくわからんがとにかく突っ込め! 殺せ!」
「分かり合えんか……。所詮はサウナを知らぬ蛮族。嘆かわしい」
「嘆かわしいのはあなたの考え方よ!」
ゴブリンたちは一斉に俺に向かって突撃してくる。その目は濁っており、恐怖に囚われていた。対照的にサウナに入った俺の心はまるで水風呂のように澄んでいる。
「喰らえ。サンダートルネード(注4)!!」
俺の拳はまるで竜巻のように次々と繰り出され、近づくゴブリンたちを殴りつける。俺に殴られたゴブリンたちは、まるで稲妻が走ったかのように立ち止まりその場に崩れ落ちる。彼らは俺の拳を味わい、思ったことだろう。サウナ1600年の歴史(注5)と、その秘められたパワーを。はっきり言って、サウナのない俺はただの凡人だ。ゴブリンたちがサウナに入っていれば、この勝負はわからなかったことだろう。
「つ……強すぎる」
「お前たちの敗因は一つ。サウナを知らなかったことだ」
少女はぽかんと口をあけている。彼女もサウナを知らなかった身。サウナのすばらしさに驚くのも仕方がない。
「君。名はなんて言うんだ」
「コ……コノミです。助けてくれてありがとうございます」
コノミはちょっとずつ距離を取って俺から離れようとする。
「コノミ。サウナに入るぞ」
「ヒイ! やめてください! 私まだ死にたくない!」
「死にはしない。天国に行くだけだ」
「死んでるじゃないですか! 誰かー! 助けて!」
俺はコノミを連れてサウナ室に向かった。
「脱げ」
「ひいい! お願いします! 初めてなんです! それだけは許してください!」
「誰しもが初めてを迎える。コノミが進化をするために、この初めてが大切なのだ」
「お願いします! 初めては好きな人とがいいんです!」
「問題ない。一度入ってしまえば好きな人などどうでもよくなる」
「ううう。神様、どうして私はこんなひどい人生を歩まなければならないのでしょうか? 神様! どうか罪深い私をお許しください」
そう言ってコノミは俺の目の前で服を脱ぎだした。サウナに入る決心がついたようで何よりだ。コノミの勇気をほめたたえよう。俺は後ろを向いた。
「素晴らしい。初めてを奉げられることを神も祝福しておられるに違いない」
「うう。こんなことをして、あなた地獄に落ちますからね」
準備が出来ました。とコノミが声をかける。振り返ると、コノミは目を涙目にして、顔を真っ赤にしている。きっと初めてのサウナへの期待で高揚しているのだろう。
「お、お前! 何をやっているんだこの痴女が!」
コノミはなぜか全裸だった。信じられない! いくらサウナに高揚しているからと言って、男女間でサウナに入る(注6)ならバスタオルを巻くのが普通だろう!
「は、はあ?」
「俺とお前は男と女! そのような格好で誘惑されても困る! 俺はエッチなことは苦手なんだ!」
この30年。俺はサウナだけに捧げてきた。俺の青春は全てサウナに費やしたのだ。もはやサウナが恋人といってもよい。そんな俺には刺激が強すぎる。
「あ、あんたが脱げっていたんでしょうが!」
「いいからこれを纏え!」
俺はバスタオルを投げた。
「さ、さっさとサウナに入るぞ!」
「あ、あううう。勘違いしてただけだった……。は、恥ずかしすぎる……」
サウナ室。熱波と湿気の楽園(注7)。下界に残された唯一の聖域。ドアを開けた瞬間、80℃の熱気が俺たちを優しく包み込む。
「あっつ! これ本当に入って大丈夫なんですか? 火傷しちゃいますよ」
「これが普通だ。入っているだけで肉体が強化され、(注8)最強の存在になれる。騙されたと思って入って見ろ」
「わかりました」
サウナに入ってすぐに時計(注9)を確認する。
「10分を目標で上がろう」
「はい」
入った時点で口数が少ない。初心者に10分はきついかもしれないが、その10分の先に待っているものは天国だ。それを体感するためにも頑張ってほしい。
入っているだけで汗があふれてくる。俺は隣に座るコノミの様子を見て時計を見てと繰り返している。最初の4分くらいはモノを考える余裕があるのだが、5分を超えると暑さで考えが邪魔され、妄想などもできなくなる。今の俺にできることは、時計とコノミを見ることだけだ。
「あと、何分ですか?」
「あと3分だ。もうちょっと頑張ろう」
「はい」
1分が猛烈に長く感じられる。体中の毛穴からは自分の体にこれほど水が蓄えられていたのか、と思うほど汗があふれ出てくる。1秒が長い。あと2分。もう少しだ。
「あと何分ですか?」
「あと1分と40秒だ」
「あと……1分。あとちょっと」
素晴らしい根性だ。コノミはいいサウナーになれる。
「よし時間がたった! 上がるぞ!」
外に出ると風が体を優しく撫でてくれる。気持ちいい。
「それでは水風呂だ! まず水で汗を流すぞ!(注10)」
「はい!」
水風呂の温度は17℃(注11)。水分が抜けたホカホカの体に水がしみわたる。
「ううう。結構冷たいですね」
「大丈夫だ。入っていれば羽衣(注12)を身にまとえる。冷たさなど感じなくなる」
「意味が分からないです……」
俺たちは水風呂に入った。入り始めこそ冷たいが、その場で波をたてずにじっとしていると20秒もしないうちに冷たくなくなる。この水風呂の冷たさをなくす膜こそが羽衣だ。
「これが、羽衣なんですね。わかりました!」
「初めての感覚だろ。サウナの良さはこの水風呂にあると言ってもいい。水風呂があるからこそサウナは輝く」
「一般的には2,3分くらいだが、俺は足先に冷たさを感じたら上がるようにしている」
「そうなんですね! わかりました!」
俺は息を吐き、呼吸を止めた。水風呂に入っているときに息を止めると、呼吸を再開したときにのどの奥が冷たいような気がして爽快感があるのだ。
「私、上がりますね」
「わかった。ならば俺も上がろう」
水風呂に入った後に、頭から水をかける。これをすると最初とは違い、頭は水を冷たいと感じるのに体は全く冷たく感じないという面白感覚を味わうことが出来る。この違和感のようなものも俺が水風呂の好きなポイントの一つだ。
「最後は外気浴だ。そこの椅子でゆったりと腰かけていればいい」
「はい!」
椅子に座ると、目が回ったかのように体が内へ内へと引っ張られるような錯覚に陥る。
「なんか視界がぐにゃぐにゃします。大丈夫なんですか?」
「じきに慣れる」
「わかりました。信じますよ!」
外気浴で得られる感覚は虚脱感だ。全身の力が抜け、完全なるリラックス状態へと移行する。このリラックス状態こそが、我々全サウナーが目指す”ととのう”(注13)という境地だ。俺は1回のサウナでととのいの境地に到達することが出来るが、大体の人は2,3回サウナ、水風呂、外気浴というスパンを繰り返すことで”ととのう”人が多い。
「どうだ。コノミ」
「気持ちよくなってきました。体がふわふわしてます」
「それだ。それこそが”ととのう”という感覚だ。俺たちサウナ―はその境地を楽しむためにサウナに入るんだ」
「すっごいです。こんな感覚初めてです。今までの嫌なことが全部、吹き飛びました。今まであった嫌なことも、大したことじゃなかったんだなって感じがします」
「すばらしい。これでコノミは今日からサウナ―の仲間入りだ」
俺はコノミと握手をした。また一人、サウナ道に引き込むことが出来た。次はこれを読んでいる君にでも、サウナを伝道するとしよう。
(注1)サウナ―:サウナを愛する者たちのこと。つまり、未来の君たちだ!
(注2)サウナ:乾燥サウナとスチームサウナの二種類がメジャー。サウナと言われたら一般的には乾燥サウナのこと。乾燥サウナは平均80~100℃が多い。階段状の作りになっていて、上の階層ほど温度が高いため、初心者は一番下の階層で尚且つ、ヒーターから遠い方がおすすめ。入る前に酒は絶対に呑まないこと!
(注3)ケロ材:樹齢200年を超える松の木が立ち枯れたもの。葉や枝が落ちたあとも腐らず数百年と立ち続けた貴重な木材で、 高い断熱性と芳醇な香りを放つ「木の宝石」と言われている。ケロ材が使われたサウナをケロサウナと呼ぶこともある。筆者も一度は行ってみたいサウナ。
(注4)サンダートルネード:かるまる池袋にある水風呂。一桁台の超低温な水温に、ジェット水流の強力な撹拌が襲う。かるまる池袋はケロサウナもあるので、筆者もぜひ一度行きたい施設だ。一般が2980円でちょっとお高めなので、行ったことある人はぜひ感想を聞かせてほしい。
(注5)サウナ1600年の歴史:あくまでこの世界の話。現実のサウナの起源は2000年以上前のフィンランド、カレリア地方。諸説あり。違うじゃん! って勘違いさせてたらごめんね。
(注6)男女間でサウナに入る:混浴のサウナもあるにはあるがメジャーではない。
(注7)熱波と湿気の楽園:上でも触れたが、乾燥サウナは温度が平均80~100℃、湿度は5~10%が多い。スチームサウナは、温度が40〜60℃で湿度が80%〜100%のものが一般的。
(注8)肉体が強化され:ガチ。入ったら体調が良くなり、頭もスッキリする。ただ、個人差もあり、その日の体調にも左右される。
(注9)時計:サウナタイマーという呼び名もある。サウナ室の時計は基本12分で一周する。
(注10)まず水で汗を流すぞ!:サウナ室で騒がないに匹敵する最重要項目。マナーなので、水風呂や風呂に入る前に絶対にすること。
(注11)水風呂の温度:17℃前後に設定している店が多い。この温度差によってサウナは快感を得られるので、実質メインは水風呂と言ってもよい(あくまで筆者がそう思ってるだけ)。1℃の違いが結構大きいので水風呂に入る前に温度をチェックしてみて違いを楽しむのも面白いかもしれない。
(注12)羽衣:比喩表現だと思って侮るなかれ。本当に体から冷たさが消え、ひんやりとした心地よい膜が体を包む。これは水風呂を体験した人にしか味わえないため、ぜひ一度味わってほしい。不思議な体験にやみつきになるはずだ。
(注13)ととのう:サウナの神髄。サウナ―をこれを目指してサウナに通う。全能感と多幸感を味わえ、体調が良くなり頭がさえる。嫌なことを全て消し去り、頭をリフレッシュすることができるぞ! 難しい話をすると、脳内にβ-エンドルフィンが分泌されセロトニンが上昇することで、この快感得られるらしいが諸説ある。ちなみに、β-エンドルフィンはランナーズハイを引き起こす物質で、セロトニンについてはうつ状態を改善し、精神を安定させる効果があるとされている。ただ、やっていることは急激な体温変化で体が緊急時だと判断することによる防衛反応で快感を得る行為であるため、絶対体に良いとは言い切れない。でも気持ちいいからいいんだよ!
なお、本文から後書き部分までで毎分500文字読めるとすると、大体10分くらいなのでサウナに入るときの目安にでもしてほしい。