とある王配の小話
活動報告に上げていた小話を投稿しました。
内容的には同じものですが、既に御覧になった方もまたお読み頂ければ嬉しいです。
ある朝。
心地の良い朝日を浴びながら、レナードは私室で寛いでいた。
優雅な手つきでティーカップを傾けていると、扉をノックする音が響く。
「レジーナよ。入っても良いかしら?」
「ええ、どうぞ」
扉を開けば、そこには麗しの女王様がいた。
腰まで届く漆黒の髪、モスグリーンの瞳はやや冷たい印象を与え、くっきりとした目鼻立ちからは高貴さと気位の高さが感じ取れる。
タイトな黒のドレスを纏い、スリットから覗く足元がピンヒールというのも、ドMのレナードにはポイントが高い。
「この間借りた本を返しに……」
そこまで言いかけて、レジーナは閉口する。
室内の壁には整然と革鞭のコレクションが並べられ、さながらフラッグガーランドのように首輪のコレクションが飾りつけられていた。
他にも、けしてお子様には見せられないような代物が目白押しである。
「想像はしてたけど、凄い部屋ね……」
「自慢のインテリアです」
ドヤ顔で言い切るレナードに、レジーナは思わず真顔になった。
最近、これのせいで城内では『鉄面皮』とか『冷酷女王』とか呼ばれているが、最早そんな事さえどうでも良い。
「……あなた、本当に救いようがないわ」
「はうんっ!」
絶対零度の眼差しでレジーナが言えば、レナードは頬を赤らめて奇声を上げる。
……だめだこいつ、はやく何とかしないと。
ため息をつくレジーナの目に、ふと一枚の肖像画が目に留まった。
「レナード。あれは誰かしら?」
描かれているのは、一人の紳士だった。
知的な雰囲気の初老の男性だが、もちろんレナードの父ではない。
「ああ、あれは開祖様です」
「か、開祖……?」
「ええ。我々マゾヒストのパイオニア、マゾッホ様です」
マゾヒストのパイオニアとは、これ如何に。
若干頭が痛くなってきたレジーナの前に、すっと一冊の本が差し出される。
「『毛皮を着たヴィーナス』……?」
「開祖様が書かれた、我々マゾヒストの聖典です」
もはや、レジーナに言葉はなかった。
再び絶対零度の眼差しで見つめれば、レナードがまた『あふんっ』と奇声を上げる。
「もう、ツッコミ過ぎて疲れたわ……。あら、丁度お茶があったのね」
レジーナは、先程までレナードが手にしていたティーカップへと手を伸ばす。
「あっ、それは……!」
「いただきます」
そして、レジーナはティーカップの中の液体を一気に飲み干し…………間もなく、その場に崩れ落ちた。
「なっ……なっ……なっ……何よ、これ!」
「センブリ茶です」
強烈な苦味に苦しむレジーナの前にそっとキャンディを差し出しながら、レナードは答えた。
「先週までは、唐辛子を使った激辛紅茶にしていたのですが……。いつも同じだと耐性がついて物足りなくなってしまうので、週ごとに変えているんです」
ティーカップに新しいセンブリ茶を注ぎながら、恍惚とした表情を浮かべるレナード。
それ故に、彼は気づかなかった。
「……ねえ、レナード。この鞭って、実用品なのかしら?」
いつもより一段低い声で尋ねるレジーナが、コンディションを確かめるように鞭を撓らせていることを。
───その朝、王宮内には、謎の風切り音と『ありがとうございます!』という声が響いたという。