第三話:妖精族の監獄
更新は3、4日に一回です。
妖精の泉の側でお互いに一晩を過ごし、トレイズの街まで行くことになったアイクたちと行商人のランクルス。ランクルスの荷馬車でコソコソと盗みを働いていた二人組を捕らえたアイクたちがテントに戻ってからそんなに時間はかからずに夜は明けた。
「ん……。ふう、もう朝か…ふあ…あの泥棒たちのせいであんまり眠れなかったな……あ!」
アイクはテントの中で、鳥のさえずりに目を醒まして…まずファンに一発強力なビンタを受けた。
「うぎゃっ!」
「何やってるのかな〜ん〜?」
右頬に手を当てて思いっきり痛がるアイクの横で、顔は笑っているが怒りのマークが浮かんだファンが体を起こした。
「あ、いや、その…俺寝相が悪いから…いて!」アイクが体を直ぐ様ファンから離して弁解する。しかし、またも叩かれる。
「うるさい!いくら幼なじみだからってもうアタシも年頃の乙女なのに、抱きつくとは何事じゃボケー!」
アイクは寝相が悪いので、朝になるとファンに抱きついていた。ファンは体が重く感じて目を醒ますと、目の前にはアイクの寝顔が。おまけにアイクの右手はファンの左胸に。それを見てワナワナ震えていたところにアイクが起きて、一発ビンタをお見舞いされたのだ。
「悪かったよ。これからは気をつけるって」
アイクは、昨日の泥棒を思いっきり気絶させた豪傑女のくせに何が乙女だよ・・・と思いながら表面上は必死に弁解する。
アイクのうわべだけの必死な弁解に怒るのもめんどくさくなったファンは
「もう怒るのも面倒くさいから、着替える。アンタは昨晩寝巻きに着替えなかったから早くテントから出て。アタシはここで着替えるから」
ブスくれたファンを尻目にアイクは
「うーい」
と言ってブーツを履いてテントから出た。
テントから出ると霧はすっかり晴れていて、雲一つない蒼い空に白いライトがまばゆい光を放ちながら輝いていた。
アイクは一晩明けて一層深い蒼の泉を見て、水を一口飲んだ。そして顔を洗った。
「ふ〜…空気も濃いし体が軽いな…雲になった気分だよ…」
アイクはさわさわした草地の上に仰向けに寝転がると、空を見てそう言った。
すると
「森に漂う浄化成分、フィトンチッドが空気に混ざってますからね。気持ちいいですよ」
アイクの視界に横から顔がひょこりと出た。ランクルスだ。
「あ、おはようす」アイクは慌てて立ち上がると笑って言った。
「おはようございます。私は今起きたんですが、昨日縛っておいた泥棒を一人で見るのも怖いので先にこちらへ来ちゃいました」
ランクルスが白い布を全身にまとった姿で言った。首にはゴーグルを掛けている。
「そうですか…ま、ファンももう着替えて出てくるので待ちま…あ、出てきた」
ファンはまだ一着しかない昨日と同じ旅着に着替えてブーツを履いて出てきた。
「あ、ランクルスさんおはようございます」
「おしゃれな旅着ですね。おはようございます」
「ウチの村の伝統の衣装みたいなものなんです・・」ファンが照れながら言った。
そんなファンに
「ファン、昨日あそこの荷馬車の裏に放っといた泥棒を見に行こうぜ。そしてとりあえずお話だな」
アイクはもう慣れたのかビビることなく堂々としていた。
「そうだね・・・じゃあ行こう」
ファンのその言葉で三人は荷馬車に向かって歩いた。歩いて一分ほど。三人は荷馬車の裏に回る。
そこには縄で縛られた泥棒がグースカ眠っていた。二人は若い男女でアイクたちよりすこし年上のようだった。一人は金髪で長髪の青年で、とても整った顔立ちをしていた。その横で眠るもう一人は赤黒い髪の女性でこちらもかなりの美人だった。美男美女の泥棒コンビというわけらしい。
二人はそろいの全身黒のコスチュームに、頭にはまたも黒いバンダナを巻いていた。
「昨日は暗闇でよく見えなかったけどこいつらか・・」
アイクが縄で両手を縛られながら眠る二人を見下ろして言った。
「捕まってる身分にも関わらずよくこんなグースカと眠れるわよね・・・」
ファンが呆れるように眉をしかめながら言い捨てた。
「あ、そうだ!こいつらにちょいと罰を与えてやるか。ランクルスさん。荷馬車にペンかなんかありませんか?」
ランクルスはアイクのその言葉にわけも良く分からず、
「今ありますけど・・」とポケットから木で出来た先が太いインクペンを取り出してアイクに渡す。
「すいませんね・・・よし。あ、女の方は顔が命だしやめとくか。男の方だな」
「何するのアイク?」
「まあ見てなってへへ」
アイクはペンを持ってしゃがむと泥棒の青年の顔にいきなり落書きを始めた。
「ちょ、何やってんの!?」
ファンがそういい終わってすぐのときにはもう終わっていた。
男の閉じられた瞼に大きな目を書き、ハナには鼻毛を、そして眉毛は黒く重ね塗りしてつなげた。頬には渦巻きを書いた。その顔はもう美青年とはとてもいいがたい顔だった。
「どうだ?これくらいさせてもらわねえとな」
アイクの早く上手く描けたぜという表情には誇らしさも混じっていた。
落書きされた青年の顔を見たファンは
「プ・・ック・・・アハハハ!何コレ!アハハハハハ!」
そのあまりのおかしさに泥棒ということも忘れて腹をかかえて笑った。
同じくそれを見たランクルスも
「ハハハハハ!!これは傑作です!!」
自分の荷馬車にもぐった犯人ということを忘れたように指をさして大笑いした。
すると誇らしげなアイクの横で大笑いする二人の声に泥棒は二人同時に目を覚ました。
「ん・・・あ!え!ここは・・」
「うるさいわね・・・あ!え?」
二人は状況も分からないという風におろおろした。二人が起きたのに気づいた三人は笑うのを辞めて厳しい目で見ようとするが・・・
「・・プッ!!アハハハ」
ファンとランクルスの笑い声に
「え?何?」という風に何がなんだか分からず青年はうろたえる。女は横を見てみると落書きされた相棒の青年の顔が。勿論・・・笑う。
「ップ・・・・キャハハハハハハ!何よコレアンタ!アハハハ!!」
「え?どうしたの?」
青年はまだうろたえる。しかし、笑っていた女は何かに気づいたように笑うのを止めると大声で怒鳴った。
「アハハハ・・・・じゃなああい!ハイド、あたしたち夕べ荷馬車の中でこいつらに捕まったのよ!」
「待てよシーク、俺たち捕まっちまったのか!畜生!おい、お前らほどきやがれ!」
「そうよ!」
ハイドと呼ばれた青年と、シークと呼ばれた女が二人同時にわめきたてる。自業自得なのだが・・。
「うるさい!あんたら昨日この人のものを盗もうとしてたんだから捕まるのは当たり前でしょ!」
ファンが二人に一喝して、横に立っていたランクルスを指さした。
ランクルスも先ほどとは一転してビビりながら、そうですよ!と一喝した。
「か、かわいい・・・」
「へ?」
一喝したファンを見て落書きされたハイドの目がハートになる。それを横目で見たシークはハア・・また始まったと言ってため息をついた。
「かわいい!僕と結婚してくれ!」
「な!あんた何言ってるの!」
スキスキコールを浴びせるハイドにファンは一喝したが、止めないのでたじろいだ。
それを横目で見たアイクは
「おい!あんた俺の相棒になにいってんだ!横のあんた止めてくれ!」
と、横でためいきをつくシークに言った。
「ほらハイド、止めなさいって」
「あ・・・ゴホン!」
シークの呼びかけでハッとわれに返ったハイドはひとつせきをついた。
ファンは何とかたじろぐのを止めると、すこしビビリ気味に言った。
「と、とにかくあんたらは人のものを盗もうとしたんだから行くべきところに言ってもらうわよ!」
「ぼ、僕たちをどこへ連れてくんだい?」
ハイドが落書きまみれの顔でだんだんと泣きそうな顔になっていきながら聞いた。
「森の監獄よ」
ファンが言い捨てた。
「うわあ止めてくれー!あそこはもうヤバイって!罰則が厳しすぎる!」
泣き叫ぶハイドの横でシークも顔面蒼白になる。
それを見てアイクは
「昨日も言ってたけどどこだよ?」
とポカーンと口をあけて聞いた。
「あんたはいっつも私任せね。仕方ない、説明するか。森の監獄はこの先の妖精族の集落にあるところなんだけど、この広いクィールの森で悪いことをした者はそこの牢獄に入れられて重い罰を受けるのよ。アタシも詳しくは知らないんだけど、そこに捕らえた罪人を連れて行けばお金も貰えるし、一石二鳥なの。まあ、この森を出る前にその集落で休憩しようよ。多分歓迎してくれるし」
ファンは泣き叫ぶハイドと顔面蒼白のシークのよこでアイクとランクルスに笑って言った。
「ひいい嫌だ・・・ウガ!!・・・」
泣き叫ぶハイドがうるさいのでファンは顔をブーツの裏で蹴って気絶させた。アイクとランクルスはそれを青い目で見る。
「うるさいわねこの男・・・あなたも気絶しとく?」
ファンはもう一人のシークを見るとそうしれっと聞いた。
「うるさいわ!あたしたちは絶対そんなとこいかな・・い・・・ガクッ・・」
シークも反省してないようなのでファンは同じように顔にけりを入れて気絶させた。鼻血が流れる。
「ああ、美人なのに・・ナム・・・」アイクは気の毒な目でシークに向かって震えながら合掌する。
「あの・・ファンさんいくらなんでもやりすぎでは・・?」
「あら?そうですか?」
ランクルスの慌てふためく声に、あたりまえのことのように答えるファン。
「こいつは実はこういうやつなんですよ。逆らわないのが賢明です。ま、だから俺より全然頼りがいがあったりするんですけど・・」
アイクは唖然とするランクルスに耳元でひそひそ声でファンの恐ろしさを教えた。
「そ、そのようですね・・」
苦笑いするランクルスと横のアイクに
「じゃあ行きましょうか、妖精の集落に」
ファンはそうニコリと微笑んで言って二人は同時に「はい」と答えた。
三人は再びファンによって気絶させられたハイドとシークを、馬車の荷台の後ろに載せて鍵を閉めると、ファンとアイクはテントなどの荷物類を片付けてリュックを背負い、泉の水を水筒に汲んでリュックにしまい馬車の運転席に座るランクルスの横に座った。
「おじゃましまーす」
「すいません、載せてもらっちゃって・・」
ファンの申し訳なさそうな言葉にランクルスはあわてたように
「あ、いえ、全然かまいませんよ!ハハハ・・・」
「?」
ファンは首をかしげた。ランクルスはすっかりファンを恐ろしいやつを見るような目で見るようになってしまった。
馬車は草地の広場の出口を出て、再びうねりながら先へと伸びる白い土の道を走り始めた。
手綱を引っ張るランクルスの運転の腕に、馬二頭も安心しながら歩を進める。パカパカ、がたがたという、馬の蹄の音や荷台の揺れる音が当たりに響く。鳥のさえずりが青空の下響き渡った。太陽はまだまだ午前中であることを示すように真ん中まで昇ってはいない。
「ぐるるるるる・・・あ・・」
のんびり景色を見ていたアイクのお腹が鳴った。つられてファンのお腹も鳴った。
「いや〜俺たちまだ朝ごはんというやつを食べていなくて・・恥ずかしいな」
アイクのその言葉を聞いたランクルスは
「あの・・・私はもう朝ごはんを食べましたが、まだ余ってるので荷台に積んであるやつをよければどうぞ・・」
「え!?ほんとですか!?」
その言葉を聞いた二人はランクルスにお礼を言って、運転するランクルスのもとを後に幌の中に入った。中は暗いがさまざまなものが山のように隅っこに積まれていた。ふたりはその中にある、缶きりと、竜肉の缶詰を二缶取り出し、干したパンも取ると、運転席に戻りランクルスに食べていいかと聞いた。
二人はいいと言われたので、二人は‘ナパール産砂竜肉のブドウソース漬け‘とラベルに書かれた缶を開けて、どろりとした竜肉を干しパンに乗せてかぶりついた。缶きりや缶の存在はテンじいに教わっていたが、竜肉というのは聞いたことがない二人だった。
「うまいですランクルスさん」
目を輝かせて、食べるアイクとファンに
「それは良かったです。護衛さんには力をつけてもらわないとね」と優しい口調で微笑んだ。そんなランクルスの横であっという間に食べ終えた二人は、ふうとひとつため息をついて再び流れる森の景色を見ていた。
馬車が出発してから二時間半。もう蛇のようにうねる道のカーブをいくつ曲がったかもとっくに分からないという頃、景色に退屈して寝ていたアイクはファンに起こされた。
「着いたよアイク。ここが妖精の集落だよ」
「あ、あれは・・」
途中三つの分かれた道のひとつを地図を見ながら選んで、来た道の先には大きな木製の門があった。門の横は同じく木製の高い壁が横にまっすぐ広がっていて壁の向こう側は見えない。ファンは馬車からスッと降りると、革製のグローブをはめた手で優しくコンコンと門をたたいた。
「すいませーん。いれてもらえませんかー?」
ファンはいつもどおり危険な時に備えてナイフをホルスターに入れて腰に装備していた。
やがて門の向こう側から
「はーい、今開けます」
と男性の声がして、門がゆっくりとギギギィーと木がきしむ音を立てて開いた。
「ようこそわが妖精族の集落へ」
門を通ったアイクたちにそう言って出迎えたのは二人の門番だった。しかし、見た目は普通の人間とすこし違った。金色の髪に、ピアスのついたするどく尖がった耳、そして真っ赤な色をしたまつげのながい目があった。
しかし、顔はとてもおだやかで優しそうな感じだった。口調もとても優しく語り掛けるようだった。体はすこしひょろりとしている。
「うわっ!さっきの!」
「アイクはさっきから見てるよね。私とランクルスさんはアイクが寝たあたりから見えてたけど、近くで見ると・・」
「大きいですね・・」
三人は初めて見る妖精にも驚いたが、更に一様に驚いたその景色はすごかった。
妖精の集落はやはり一つの街くらいの広さで地面はすべて一様に草地。木で出来た高い壁は集落を囲むように真円状に聳え立つ。そしてあちこちに大きなログハウスやテントなどが張ってあるが、それらはあるものを囲むようにばらばらに立っていた。それは、巨大な塔だった。
高さは八十メートルくらいありそうで、すべて石造り。天辺は大きくなっている。
あちこちに正方形の黒い窓・・・いや、穴であろうかがらせん状に上に向かって並んであいている。一番下には大きな黒い鉄の門があった。アイクは起きてからだが、集落の門をくぐる前に高い木の壁を超えて見えていたのは、蒼い空を背景に聳え立つ巨大な石造りの塔だったのだ。
驚いている三人に門番が誇らしげに説明する。
「皆さんここにいらっしゃる旅人さん達は驚かれます。あれは、この広い森をすべて管轄する私たち妖精族が、この森で悪さをした者を捕らえて罰を与えるための牢獄です。クィールでは‘森の監獄‘と呼ばれています」
「すげえ・・・」
アイクはただただ驚いていた。こんな巨大な建物を見たことがないからだ。この中にすべて牢獄があり、そこに悪さをしたものが入れられていると思うと少し恐ろしく思えた。
「しかし、悪さをした者ってたとえばどんな・・・?」
ファンが気になり門番の二人に聞く。先ほど説明した門番が、
「罪は例えば森に住む動物にいたずらをしたというものから、生きる物を殺すというレベルまでに分けられ、罪が重いものから処分します。罰を決めるのは300人が住むこの集落の大族長です。この広い森ですべての罪を見つけるのは不可能ですが、数十人が毎日集落の周りの森にパトロールに出たり、また、森のあちこちにつけられた監視用の水晶玉で監視、また動物や虫が犯行を目撃したら即座に教えてもらい捕まえにいきます。このクィール地方で一番の広さの森はもはや樹海と言ってもいいほどの広さですが、我々数少ない妖精族にとってはとても神聖な森です。だから、たとえゴミを捨てるのでも見捨てることは出来ないのです」
門番はそれだけ言うと、
「さあ、お疲れでしょう。どうぞごゆっくりして言ってください。皆歓迎してくれますよ」
と言って、大族長の家に案内してくれた。
馬車が先導されたのはこれまた大きな三階建てのログハウスだった。金属なんかは一切つかわれていない。丸太がきれいに組まれて、どっしりと草の上に立っている。
「あ、忘れてた。すいません」
「何でしょう?」
ファンは先導してくれた片方の門番に尋ねた。
「あの・・実はこの行商人さんの馬車で昨晩泥棒に襲われまして、私たちが捕らえて後ろの荷馬車の中に乗せているんですが・・・その・・報酬というか」
「ハッキリ報酬が欲しいって言えよ・・・いて!」
ファンは、アイクの言葉に自分が周りの人間にお金を貪欲に欲しがっている女に見られたくないからか拳骨をお見舞いして口を閉じさせた。
門番も苦笑いして答えて
「出ますよ。わざわざ捕まえて届出してくれるとは助かります。大族長も喜ばれるでしょう。今、泥棒を引き渡してもらえますか?」
「ええ、分かりました。ほらアイク」
「おう」
ファンとアイクは荷馬車から下りると後ろの馬車の中からそれぞれ気絶したハイドとシークを引き摺って門番二人に差し出した。
「ご協力ありがとうございます。報酬金の20万ルークは後ほど渡させていただきます。ではごゆっくりどうぞ」
門番たちは遠くの方から来た別の門番二人の引いてきた台車にハイドとシークを乗せて、集落の中央の監獄へ向かった。
「あの泥棒たち大丈夫かな・・・すこし気の毒・・」
「いえ、私のものを盗もうとしたんですから当然の報いです。さあいきましょうアイクさん」
「ええ・・」
そう言ってランクルスも荷馬車から下りると、二頭の馬を撫でて、アイクたちと共にログハウスの扉をたたいた。
「すいませーん」アイクが大きな声で中の人を呼ぶ。
「はいはい・・」
扉をゆっくりと開けて出てきたのは、優しそうなおばあさんだった。耳がやはり尖がっている。
「あの、門番さんに案内されて来た旅人ですが大族長さんは・・・」
「わたしですよ。あなたたちが旅人さんですか、門番に聞いていますよ。犯人を捕まえていただきありがとうございます。さあ、中へどうぞ」
「あなたが族長さんですか・・女性とは珍しいですねえ」
「妖精族は外の人間さんたちと違って、男性より女性の方が圧倒的に優位なんです。だからですよ」
それを聞いてアイクは
「いや、妖精族だけじゃないですよ。人間たちも男より女のほうが・・いて!」
そうファンを指差して言って、ファンは拳骨をかました。
「なんでもないです。おじゃましまーす」
「ちくしょーいて・・なんだよ・・ったく・・」
ファンが中に入っていくのを見て頬を膨らませながら言ったアイクに、ランクルスが
「大丈夫ですか・・?」
と心配そうにたずねる。
「大丈夫です。故郷のアスラ村にいたころからこうなんです。しかし、あれでも11才まではあいつと一緒に風呂入っ・・・あ・・・なんでもない・・・です」
先に行ったファンがこちらを見て微笑んで立っているのを見て、冷や汗をかいたアイクは足早にランクルスの手を引いて
「いきましょう。早く」
そう言ってログハウスの中に入っていった。
ログハウスの中は広く、天上は高い。すべてが木でできていて家具もそうだった。ただひとつ違うのは窓がガラスということだけだった。
「ゆっくりしてくださいね」
族長はそう言って三人を木のテーブルの前のイスに座らせると台所から紅茶とチョコレートケーキを持ってきてくれた。
三人はそれぞれ自己紹介した。族長も自己紹介した。彼女の名前はフレアと言うらしい。そしてフレアは旅の話をアイクたちや、ランクルスに聞いた。フレアは巡礼の旅をはじめて知ったらしく驚いていた。
そんなこんなでくつろいで、夕方になった。台所でお茶を沸かしていたフレアは、お盆に木のカップを乗せて食後の紅茶を入れながら三人に聞いた。
「そうだ。お三方とも、今晩はここに泊まっていらしてくださいな」
「ええ、そのつもりです」アイクが即答して
「あんた即答かい」ファンがアイクの頭をかるくこづいた。フレアがそれを見て笑って、
「そのつもりなら話は早いですね。今晩は妖精族の料理を振舞いますのでお楽しみに」
「それは楽しみですねえ」
ランクルスが言った。
するとフレアが
「では夕食までお時間があるのであの塔の中を見学していかれたらどうでしょう?あ、強制ではないですが、この集落にはほかに見るものがないのでどうでしょう?」
と提案してきた。
「あのハイドとシークとかいった二人組がどんなふうに扱われてるか気になるし、行こうぜファン」
アイクがウキウキしながら言って、ファンが
「確かにちょっと気になるかも・・・いこうか」
と言って
「ランクルスさんはどうしますか?」
と聞いた。
「勿論私も行きますよ。興味があります」
ランクルスもそう答えた。
「じゃあお決まりですね。案内致します」
アイクとファンは馬車から持ってきていた荷物の詰まったリュックを、ログハウスの中の荷物置き場に置いていくと、とりあえずナイフや携帯杖をそれぞれ携帯してログハウスを出た。ランクルスはログハウスから出ると、馬車の鍵をしっかり閉めて鍵を持って、族長とアイクたちと共に集落のどこからでも見える監獄の塔へ向かった。
一行は鉄の大きな門の前に着いた。大族長が門番に
「開けてください」
と言って
「かしこまりました」
と門番たちが敬礼して、八人がかりで鉄の扉を押して開けた。ギギギイイ・・と村の入り口の門よりも大きな音がした。
そしてアイクたちは中へと入っていった。
中はもう夜だからか、いくつかある窓のような穴からは太陽の光が入ってくることもなく暗かった。しかし、松明がふたつ暗い通路の入り口の両脇についていた。
「この監獄には牢屋が螺旋状に上へとつづく道に沿って並んでいて、百個近くあります。塔の高さが80メートルほどあるので。そして、一番上の大きな部屋は私が罪人の罰を決める、大族長の公務執行室があります。わたしはいつもそこで仕事をしているんですよ。今は行きませんが、地下には軽いものから重いものまでの刑罰執行室があります。今日は公務執行室までいかず途中まで牢屋を見て回りましょうか」
そう言って、フレアは歩き始めた。アイクたちも恐る恐るフレアの後をついていく。
螺旋状の通路はスロープになっていて中央にあるという大きな石の柱にまきつくように上へ向かっていた。天上も螺旋状で通路は勿論石造り、そしてアイクたちが歩くたびに
「カツーン、カツーン」
と、ブーツの底が石の床に当たる音がする。石の壁には松明が並んで燃えている。それらが静かな通路でチラチラと燃えて光を放つ。
張り詰めた空気の中進んでいくと、第一の牢屋が見えた。進んでいくと、隣には第二の牢屋がカーブに沿って見えた。
第一の牢屋の前に来ると、フレアは足を止めた。
「ここが一番の牢屋です。罪人は罪の大きいかどうかで、さまざまな牢屋に分けられて入れられます。ここは盗みなどのレベルの罪を犯した罪人が入る場所で、おそらくアイクさんたちが捕まえられた泥棒が入れられてると思いますけど・・」
フレアが鉄の棒が縦に並んだ隙間から中を覗く。中には六人分のベッドが並んでいて、木で出来ている。毛布など布類はかけられているみたいだが、それ以外は木のテーブルとイス、そして壁には中にはトイレへと続く扉があった。
「なるほど・・こういう部屋や、もっとひどい牢屋なんかがここから百個も螺旋状に並んで上へとつづいているんですね・・・」
ランクルスが中にいた三人の罪人を見て言った。
「そうです。公務執行室はあまりに高いところにありますので、私はこの塔の中央部分に立つ柱の中にあるリフトに乗って、最上階まで行きます。さきほど私たちが進んできた道とは反対に入り口から地下へと下に向かって続くスロープは刑罰の執行室へつづいているんです」
フレアも中の三人を見て言った。
「あの二人でしょうかね」
フレアは松明の光が届かない暗がりにうつむいて胡坐をかいて座っている二人を指差した。
「あ、あいつらだ」
アイクが見た。まるで何かを考えていて、初めて今牢屋の前のアイクたちに気づいたのかハイドとシークは顔をゆっくりとあげてアイクたちを見た。
「あ、お前らー!」
「あんたたちが私たちを妖精族に引き渡しやがったのね!」
相変わらずぎゃーぎゃーとわめく二人。ハイドの顔にはまだ落書きがくっきりと残っている。
二人には手錠や足枷などはつけられていなかった。
「まあ、そこで反省することねえ。そしたら開放させてもらえるわよー」
ファンが嫌みったらしく二人に言った。
「ちくしょー!でも可愛い!」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」シークがハイドを殴った。
「とにかくあんたら覚えてなさいよ!」
シークがそう息を荒げてそそくさと木の平らなベッドにもぐってしまった。
「ご機嫌ななめだなシーク・・・ってあたりまえか・・」
ハイドが肩を軽くすくめて、
「俺も寝よ。お前らなんかどっか行っちまえ。あ、そこのカワイ子ちゃんはいてくれていい・・てかむしろいてくれ。んじゃ」
そう牢屋の外で自分を見る三人に指をさして言うと同様にシークの隣のベッドにもぐった。
「まあ、悪いことをしたんだから仕方ないわな」
アイクはやれやれと言った表情で眉をひそめて言った。
見ると、中にはもう一人、竜のような人のようなものが、寝ているというよりかは、倒れていた。
「あれ、あれは・・・」
「あれは竜人ですよ・・・確か看守に聞いたところではロココという名前の竜人傭兵だそうです。普通の竜とは違って、二足歩行で人語を介する高等な竜の種族です。確か南のクルーン地方の広大なクルーン海に浮かぶ、グリークスアイランドに住んでいた竜人だそうで、森である旅人と口論になって殴ってしまったらしいです。暴行罪ですね」
フレアが言った。
「へえ・・・見たことないな・・・妖精にも驚いたけど世界にはいろんな‘人‘がいるんだな」
アイクがフレアの説明に感心しながら倒れた竜人を見た。
「あ、でも・・なんかあの竜人の人大丈夫ですか?寝ているというよりは倒れているというような・・・」
ランクルスが心配そうに竜人を見た。竜人は床の上に倒れてぴくりとも動かない。
「大丈夫ですよ・・あなた方が心配するようなことではありません・・・なぜなら・・」
「?」
アイクたちはフレアを訝しげに見た。
「なぜなら・・・ここで牢屋に入るのだから」
「!!??」
フレアのいきなりの言葉に訳もわからず立っていると、三人は次の瞬間後ろから頭部を看守たちによって殴られて倒れた。
「奴隷としてね・・」
フレアはふふふと静かに笑ってその場を去っていった・・・。




