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六甲全山縦走の夜  作者: 柴崎 猫
14/16

最終章  その1 名前の無い一生

N・最高峰にて  全山縦走当日 六甲山最高峰 標識前


 「吉田のばあちゃん…。覚えているか?」


 誰だっけ…?と、少し考えたが考えていたが、すぐに思い当たった。阪神大震災の時、一緒に近くの小学校に避難してた人だな…。優しくしてもらった覚えがある。


「あのおばあちゃん、どうかした?」


 ジジイは静かにため息をつくと話し出した。

 俺達は一か月くらいで、避難してた小学校を出て家に戻ったが当然、家が無くなり何か月も避難していた人もいた。ジジイは一応ウチに住むことになったが、ずっと小学校に住み、ボランティアのような事をしていた。それで、復興のリーダーみたいな事を近所の避難民の中で呼ばれてたんだよ。ジジイ。俺もたまに手伝いにいってた。その時、その婆ちゃんは小学校にずっと避難民として住んでた人だ。近所で一人暮らしだったような…。


「お前は知らんかったと思うが…震災から一年くらいたった時な…。もう小学校を元に戻さなくちゃいけないって事になって、残ってる避難民はもう避難所を出て行ってくれって話になった。あの婆さん、家は地震でも大丈夫だったから、いつでも家に帰れたんだが、避難所からずっと動こうとせんかった。」

「…なんで?」

「地震があるまではずっと、一人だった。でも、避難所では朝から晩まで皆一緒に居てくれて、生活は大変だったが、楽しかった。今更元の一人暮らしに戻れない…ってな。泣きながら言ってた。」


 そんな話…結構あったと思うが、まさかそんな身近でも起こっていたとは。


「一応、避難所のリーダー的立場だった俺が立ち退きを説得する役だった。最終的に半ば強制執行みたいになってな…。嫌な仕事だったよ。」

「婆ちゃん、今、どうしてるの?」


 言っても、地震がもう二十数年前だ。さすがに…。


「お察しの通り、数年前亡くなっとるよ。冬のある日、家の風呂場で、一人でな。亡くなって数日してからゴミを出しに来ない事で不思議に思った近所の人が発見したらしい…」


 俺は、黙ってる事しかできなかった。


「俺もそろそろ、あの婆さんが死んだのとと同じ年齢を向かえる…。」

「それが…ネットカフェに籠ってた理由?」

「違う…。」


 裕美の治療が終わり、ジジイはゆっくりと立ち上がった。裕美は俯いたままだ。


「あの地震で皆多くの物を失った。俺も妻をな」


 ああ、知ってる。


「今なら、お前も想像できるか?死んだ妻を他の亡くなった人と一緒に学校に横たえて置くしかできなかった…。それも何日も…だ。」


 わかる…でも、想像を絶する。未だ。


「俺は、没頭するようにボランティアのリーダーみたいな事やっとったが、多分あの時の大人は皆そうだった。何かやってないと、気が変になりそうだったんだ。」


 それも、解る…。大人は皆頼りになる…なんて思ってたが、本当は皆ああやって自我を保ってたんだろうなって…。俺もこの年齢になってようやく解ってきた。


「それでも、良かった。死んでいった人達の為…生き残った者は前を向いて…精一杯生きないといけない。そうやって地震が終わってからも必死に生きてきたつもりだったでもな…」


 俺はジジイの背中を見つめた。


「ようやく迎えた老後に待ってたのは、娘の家での居候生活だ。共に歩いていける者もいない。ずっと一人だった…。だから、だから俺は!……」


 突然、声がデカくなったジジイに俺は驚く。


「思ってしまったんだ…。最初は、東日本大震災の時だった…。あんな災害がまた…全部壊してくれたらいいのに!!……と……思ってしまった!」


 吐き出すようにジジイは言った。俺は…この時、どんな顔してたんだろうな。

 ジジイは、最高峰の前で足を跪いて地面をバンバン叩きだし、慟哭した。

 真っ暗だが周りに数名いた、登山者達がこちらを向く。


「なんという、クズ!卑小!何が復興だ!リーダーだ!この二十数年…俺は何を……!!」

「じいちゃんもういい!!」


 俺はじいちゃんの肩に手を置いた。


「とにかく一人になりたかった…。ネットカフェに籠ったのも。全山縦走歩いて今更でも自分を見つめなおそうなんて思ったのも…。とにかく逃げたかった。どうしようもないクズな俺から…ごめん…。俺、ちゃんと生きられなかった…ごめん…。」


 じいちゃんは俺の手をを振りほどいてまた何度か地面をたたいた。この謝罪が、死んだ祖母ちゃんになのか、吉田さんになのか、あるいは、俺や…震災で被災した全ての人になのか…。俺には解るはずも無かった。


「俺はアンタが頑張ってこなかったなんて、これっぽっちも思わないよ」


 じいちゃんは黙っている。俺はこの老人になんと声をかけるべきなんだろう?


「だから…」


 こんな事になんの意味があるのか…。


「残りは俺が歩く…。なあ、ご老人。アンタが歩けなかった分も俺が歩くよ。それで…アンタの人生は無駄じゃ無かったって事にできないかい?」


 じいちゃんは俺の方を見た。


「ふざけるな。お前が頑張る事と俺の人生に何の関係があるって言うんや」

「おい。それ、三ノ宮で俺の胸倉掴んだ時の自分に言えよ」


 ここでジジイは少し笑った。


「少なくとも俺は救われた。なんの参考にもならないし、具体策は何もな見つからない。でも俺はこうやって、ここに引きずり出されて良かったと思ってる。だから…」


 今度は、俺が…

 

 俺とジジイと、そしてずっと俯いたままの裕美…。3人の思いが山の上を通り過ぎて行った。

 

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