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やさしい異世界転移   作者: みなと
ディハンジョン
208/263

【207話目】 黒き絶望

 体が動かない。

 アレをなんとかしなければいけないのに手の震えが止まらない、足がガクガクいっている。

 俺以外の人もその場からいきなり現れた黒き魔獣を見ていた。

 全体的に細い体、四足歩行で脚の先端には鋭い爪が付き後ろでは先端の尖った尻尾を揺らしている。


 なんなんだあの黒いのは!さっきまでは確実にいなかった!

 それなのに音もなくいきなり現れこちらを見据えている。

 わからない事だらけだけどこれだけは言えるあの黒い魔獣はヤバい……


「な、なんなんだコイツは!あ、兄貴達やろう!!」


 真っ先に動いたのはラッテン三兄弟の末っ子ショルト、この中では未熟な方……だからあの魔獣との力量差を測れていない。


「おう!わかっ──」


 ショルトの考えに賛同しようとしたラージンのその首が消えて血飛沫が噴き出す。


 あの魔獣の一振りでラージンは最も簡単に息絶えたのだった。

 

「あぁ、ぁぁぁぁぁ!!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


「よくもっ!ラージン兄を!!」


 ショルトは発狂しミディアは怒りをあらわにする。

 その瞬間には俺は「なんで……ここに……」と呟き動かない少女から離れあの魔獣へと向かう。


 優先順位が変わった、戦意を失った十戒士の彼女よりも目の前の謎の魔獣の方が危険だと理解したからだ。


 その危険を察知してこの魔獣を排除しようと数人が魔獣の元へ駆ける。

 その間にも針を持ち果敢にも魔獣へ立ち向かおうとしたミディアも魔獣のひとかきで縦5頭分にされてショルトの目の前で散る。


 この短時間で2人も……もう少しで俺含めた数人が攻撃範囲内!せめて!ショルト、彼らの弟だけは……


「あ、あぁ、あぁっ……」


 魔獣の近くにいたショルトは恐怖で動けず魔獣の鋭き爪で腹部を突き刺されそのまま地面へと叩きつけられ四肢が本来なら曲がらない方向へと折れ曲がる。


「おまえぇぇぇぇ!!!!!」

 

 目の前で消えゆく灯火に怒りを隠すことすらせずに俺は跳んで魔獣の顔面にに短剣の刃を突き立てる。


 ガキンッッ


 魔獣に立てた刃は通らない。

 硬い!当たった感触だけならヤリンボーよりも……

 速さも硬さも馬鹿げてる。


 魔獣の腕がまた上がる、今度は攻撃し損じた俺へと向けられてるのがわかる。

 振り下ろされる腕、体の前で短剣を構えて待ち構える。


 ガキンッ!


 強い衝撃が体を走る。

 全身に圧がかかって地面まで叩きつけられられそうになる。

 多分ラージンのを見てなかったら俺も同じ目にあっていた!


 体を逸らし、魔獣の腕から逃れて地面への着地に成功する。


「はぁ……はぁ……」


 魔獣の攻撃を防ぐ……それだけでもかなり体力を消耗する……

 再び魔獣の腕が地面についた俺へと向かう、これも避けないと……


 攻撃を避けようとした時だった、体のバランスを崩して躓く。

 

 俺は気が付いていなかったのだ、魔獣の腕から避けきれてなかった事に右のふくらはぎが魔獣の爪で深い傷をつけられてた事に。

 ゆえにそこに意識を向き魔獣への攻撃の回避に一瞬の遅れが生じる。


 そしてその一瞬、遅れた事で魔獣の攻撃に間に合わない。

 終わった……目の前に迫る魔獣の腕を見ながらそう思っていた時だった。


 ドンッ


 肩を誰かに押された、そのまま俺は右方向に飛ばされる。

 振り返る、誰が俺を押したのかと……そこにいたのはメバルだった。


 彼は俺を見て優しく笑っていた、その姿が魔獣の腕で潰されるのをスローモーション再生でもされてるかのようにゆっくりと見せつけられる。


 グシャリ、と完全に何かが潰される音が……目の前にいた人が床に赤いシミを残した光景が……耳に……目に残る。

 魔獣は鬱陶しい虫を殺すようにメバルを叩き潰したのだった。


「アァァァァ!!」


 ただ叫ぶことしかできない、彼といた期間は短いそれでも……彼には仲間がいた、仲間の危機に怒る優しく清い心があった。自身の間違いをすぐに謝罪する誠実さと正しさがあった。

 決して……決してこんな形で死んでいい人間ではなかった。


 悔やむ、自分の不甲斐なさで人を死なせた己の弱さが憎い。

 そんな俺に魔獣は追撃の手を止めない、再び腕が振り下ろされる。


 生かされたんだ……こんなところで何も成せずに終わってたまるか。


 すぐに両手で短剣を持って……持っ……て?

 短剣を持とうとした左腕に感覚がない、掴もうと意識してるのに体が……


 俺は左腕を見た。肩から下、そこに本来ならあるはずのものが消えてその代わり赤い血が肩から流れていた。


「────ッッ!!!」

 

 メバルに助けてもらった際、魔獣の腕の爪に俺の左腕が巻き込まれて切断されていたのだ。

 目の前の死で今まで気が付かなかった……魔獣の腕が迫る。


 腕がない事に気が付いた瞬間、体も理解したのか腕の熱く燃えるような痛みが俺を襲った。


 ──痛い、痛い痛い!俺の腕……俺の腕が!魔獣の手が近付く。


 終わった。恐怖と痛みの中でそう察する。


 だけど……


 ここで俺が死んだらメバルの死が無意味になってしまう、だから……俺はまだ終わらせない!


 痛みがなんだ、恐怖がなんだ、そんな事で止まる男じゃ無いだろ俺は!

 威圧感だけで気押されるな!


 右手で短刀を強く握りしめ足を強く踏み込む。足の痛みは今は忘れろ。


 メバルからもらった命を……無駄にするな!


 駆ける。襲いくる魔獣の手を飛ばした短剣で弾き完全に逃れ、そのまま魔獣へと攻撃しに素早く空に跳び上がり即座に背後に回る。


「──接続」


 速い動きにより魔獣はまだ俺の位置を突き止めてはいない。

 短剣を刀へと変換させる。


 他の人達も魔獣への距離が近付く。

 全員で攻撃を仕掛ければ……


 そう単純な事だと……その時の俺は思っていた。

 魔獣が息を深く吸い込む。


「ギィヤァァァァァァアァアァァ!!!」


 突如として魔獣は咆哮をあげる。

 それは絶望の鐘の音。


「ぐあぁぁぁぁ!」


「あぁぁ!!」


 咆哮1つで魔獣に近づいていた人間が衝撃で吹き飛び、十戒士の少女が出していた炎の壁は消えるそんな強い衝撃の中、俺は飛ばされなかった。


 何故なら俺の胸には飛ばされない様にか魔獣の尻尾が突き刺さっていた。


「ゴボッ……」


 その場で口から血を吹き出す。


「ユウトッッ!!」


 下の方で俺を呼ぶ声が聞こえた……しかしその声が誰なのかを確認する前に魔獣は尻尾を振りそこに付いていた俺を地面へと叩きつけた。


「あ、あぁ……」


 胸に穴が空くだけじゃなくて体の至る骨が砕けている。

 動け……無い。


 魔獣は尻尾の先端をこちらへと向ける。

 そしてその先端に魔力が集約されていく。


「尻尾から……ビームでも撃てるのかよ」



 そう呟くのと同時に魔獣が集約した魔力が俺へと放たれその辺一帯が爆発する。

 砂煙が上がりすぐに晴れる……ユウトがいた場所を周りの人間は見て願っていた、彼の生存を。


 しかし砂煙が上がり彼らが見たのは……人どころか何も無いただの空間だけだった。

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