【196話目】 逃げる
俺は負けず嫌いだった。
だから強くなりたいと思った。
誰よりも……憧れの自分の兄すらも超えたいと思った。
最初は学園に入学して頂点を取るつもりだったし、入学したての時は同学年でも負け知らずだった。
でも負けた。
俺はあの強く吹く風に飛ばされたのだ。
自分は弱いのだと知った、あの大会でもそして襲撃の時でもだ……
俺1人じゃ倒せない相手がいた、俺よりもみんなを勝利に導いた男がいた。
けれど彼は死んだ……
彼の最期を、直接見たわけではない……けれど圧倒的な強者に蹂躙されたのだと聞いた。
そして俺は仲間の死が……怖くなった。
だから以前よりも強くなりたいと……仲間を守れるようにとなりたいと思った。
けれど結局俺は……
また、仲間を救えなかった。
俺は……臆病になってしまった。
場面は中層。
ユウトを失ったデイ達一行は走っていた。
背後から迫るユウトを排除した魔獣、負傷者も多く抱え戦闘及びユウトの救助を断念、ただ全員の生還のために撤退を苦渋の決断として選んでいたのだ。
その決断を下したのはデイではなくヴァーリンであった、彼女はその場で呆然とするレイナ、ユウトを助けようとしたデイを引き留め逃走を促し今に至る。
仲間であるユウトが消え動揺はしていたがそれ以上にこの状況の危険性を考慮しての彼女なりの行動だ。
狭い通路へと一行は入る。
「ここならっ!!」
例の魔獣も自分らを追って通路に入ろうとするもその巨大により通路の壁に阻まれ、こちらへの距離が離れていく。
「まだ奥へ行きます!!」
しかしヴァーリンは油断せず奥へ進み魔獣が見えなくなる場所まで全員を走らせ、ようやく魔獣を撒いたのだった。
「ここまで来れば……流石に追っては来れませんね」
あの魔獣から離れたことによる安心感か全員その場で止まって小休止となっていた。
ここから別れている通路は3つ、1つは自分達が来た道……必然的に他2つのうちどちらかに進む事になる。
「それで……どうする?」
一息つくヴァーリンにラスフが尋ねる。
確かに今は安心している場合ではない……ユウトが戦線を離脱、いつ帰ってくるのかもわからず自分達は魔獣によって戦闘ができない人達を抱えてはっきり言って戦闘どころではない……
戦力が足りなさすぎる。
「どうしますか、デイ」
今この中で私が1番信頼出来て強い人物へと目を向け、指示を仰ぐ。
けれど彼はこちらを向こうとはしない、地面を見つめて動こうとしない。
「いい加減になさい!デイ!!貴方はこの隊の隊長なんですよ!!貴方が一番しっかりしないと私達は死ぬんです!!」
そんな様子を見かねて強い口調で発破をかける。
ここ最近、デイの様子が何か変ではあった。
あの都市襲撃事件後から……
何か焦っているような……何かを恐れているような。
相談に乗ろうとするが「なんでもない」の一点張り……
あぁ、あの時もっと踏み込んでいれば彼をここまで追い込ませずに済んだかもしれない。
けれどすぎた時間は戻らない、あの時を後悔しているのなら……今ここで彼に責任を取るために私は彼に強く当たりにいく。
そうでもしないと彼はここで枯れてしまう。
ヴァーリンに強く怒鳴られる……
そりゃそうだ、こんな隊長じゃ駄目だよな。
みんなから推薦されてなった隊長……でも俺自身がそれに納得していなかった。
実績のあるユートに任せるのが1番良かった……そうしたら今とは違った結果になってた。
「俺は……」
「た、助けてくれぇ〜!!」
俺の言葉を遮るようにこちらに近づいてくる声が多くの足音と共にやってきた。
「な、なに!?」
「魔獣の……!大軍に!襲われて!!」
こちらに向かってくる4人の傷だらけの男達は大声で叫ぶ……そしてその背後に見える複数種類の数十体もの魔獣の大軍。
「あれ……やばくないですか?」
「マジかよ……とりあえず逃げろ!!」
なんて……悪いタイミング、ただでさえこっちも怪我人が多いのにさらに怪我人の増加……そして現れる魔獣の大軍。
3つある通路……1つは自分達が来て先に深層の魔獣がいる道、もう1つは今魔獣の大軍を引き連れてる人達が来ている道……という事は私達が進まなきゃ行けない道は最後の1つ。
「今すぐ!あの道に!!」
デイは今みんなに指示を出せる精神状態ではない、ラスフさん達もかなり消耗していてそこまでの余裕はない。
だから今は私がなんとか指示を出さなくては。
私達は魔獣から逃げてきた4人と共に残された道へ走り出す。
どうか……この先が行き止まりじゃありませんように……
そして少し広い空間に出た時だった。
「なんか魔獣が多くてみんなと別れた時はどうしようかと思ったけど……まぁなんとかなるよね」
「水分!水分補給も出来た!!……ん?誰かきた?」
目の前の通路から2人の男女が出てきたのが見えた。
その2人には見覚えがあった……ここにきた時にユウトに攻撃を仕掛けて返り討ちにあったと思ったらユウトに抱きついてた……
確か名前はダイヤ。
とにかく先の通路に行かなくては……あの2人も巻き込むことになるけれど、悠長なこと言ってられない!!
「ここに魔獣達が来ます!どうか奥に!!」
走りながら2人に向かい叫ぶ。
「あっ!ユウトの仲間!!」
「えっ……この先は滝だけで行き止まりで……」
ダイヤと共にいた女性の言葉に思わず脚を止める。
「……えっ?」
この先……行き止まり?
つ、つまり私達はここで魔獣達の迎撃をしなければ行けない……と?
ドシンッ ドシンッ!!
背後から近づいてくる足音を私達は知っている。
なぜなら私達がここまで追い詰められたのはあの魔獣が原因だからだ……
この空間にさっきから追ってきていた魔獣が集まる……そしてその奥に……
壁を壊して通路を広げながら向かってくるあの深層の魔獣がいた。