【18話目】入学!
緑の草や、様々な色の花が咲いている草原に俺は立っていた。
太陽が出ていて、明るくて、暖かい日差しが俺を照らしていた。
俺は辺りを見回して他に誰かいないか探す。
遠くの方で2つの人影が見えた。
目を凝らして見ると、その人影がレイナとデイであるのがわかった。
2人は俺に向かって手を振っていた。
俺は手を振っている2人に向かって走った。
走って2人に追いつこうとしているのだが、何故か2人との距離は縮まらない。
いくら走り続けても2人には追いつく事が出来ない、2人はその場で俺に手を振っているだけで、動いている様子はない。
そして俺は気付いた。
俺は進んでいるんじゃない、ただその場で走っているだけなんだと。
だが、そう気付いても俺の足が止まる事はなく、その場で走る事を続けていた。
そんな事をしていると、明るい景色が次第に黒色に呑まれていった。
空も、草や花も、そして俺に手を振っていた2人でさえも黒色に呑まれようとしている。
俺は2人の元へ行こうとしているが、さっきと同じようにその場から進んでいなかった。
クソっ早く2人を助けて、みんなで学園生活を楽しむんだ!
『ねぇ?』
後ろから聞き覚えのあった声が聞こえた。
その声を最後に聞いたのはいつだろう。
声が聞こえた途端、周りの景色が暗くなり、暖かった筈の日差しが冷たく感じ始める。
俺は後ろをゆっくりと振り返った。
後ろには小さい女の子が立っていた。
女の子は俯いて、俺からは顔が見えないようにして、俺の服をギュッと握り締めていた。
『ねぇ、なんで?』
女の子が静かに、冷たく話す。
俺は、この女の子の事を知っている。
けれども、あの子は。
『ねぇ、なんで?なんで?』
女の子の静かで冷たい口調が激しくなる。
下を向いていた女の子の顔が上へと向き始める。
次第に見えてくる顔、俺は動く事が出来ずにただ見てる事しか出来ない。
女の子の顔が完全に俺の方へ向いた。
『なんでそんなに幸せそうな顔をするの?
私を殺した人殺しなのに?
ユーが幸せになっていい訳ないじゃない。』
女の子の顔が見えた。
その顔は眼球が無く、赤黒い血が顔の至る所から流れていた。
俺の服を掴んでいた手は血に染まっており、腹部は張り裂けていて幾つもの臓器が女の子の体から流れ落ちていた。
俺は、その姿を見る事しか出来なかった。
俺と女の子の足元が暗闇に染まり、だんだんと足が暗闇に沈んで行った。
『ユーはもう幸せなれない。
地獄に行くよりも更に苦しんで。』
体がもう腰まで暗闇に沈んでいってる。
下の暗闇から無数の手が伸びて、俺の体を掴んで暗闇に引きずり込んだ。
途端、過去の後悔が俺を襲う。
どうしようも出来ない過去だ、幾ら後悔しようとも過去は変わらない。
もう暗闇に首まで沈んで、顔まで沈もうとしていた。
違うんだ、俺は……俺は……!
「ウァァァァァァ!!!」
バッと体を起こす。
息が上がって、呼吸が速くなっている。
汗もびっしょりと掻いている。
速くなった息が普段通りに戻っていく。
落ち着きを取り戻して俺は周りを見た。
窓の外から月明かりが入り、俺を照らしていた。
どうやら今は夜らしい。
俺は汗でびしょ濡れになったベッドの上にいる、草原にいるのではなかった。
どうやら俺は夢を見ていたようだ。
俺は部屋を見回して、気持ちを更に落ち着かせる。
俺が今いるこの部屋は、試験生が止まる寮の部屋……ではなく。
この部屋は、パゼーレ魔法学園の生徒が住んでいる学園寮だった。
試験を合格してから数日が過ぎ、入学を明日に控えた俺は、今日の内にこの部屋の引っ越しが完了していたのだ。
それにしても、今頃になってあの娘の事を夢に見るなんて。
俺が幸せになるのが間違いなのだろうか?
あぁ、きっとそうなのだろう。
俺は過去に人を殺した事がある。
夢に出てきたあの娘だ。
殺す気はなかった、でもあの娘は死んだ。
俺が現在、困っている人を助けようとする信条を持っているのもきっと、あの娘に対する罪悪感から来てるのだろう。
あの時の記憶はショックが強かった為か、あまり覚えてはいない。
それでも、俺があの娘を殺したという事実はハッキリと覚えている。
色々と思う事はあるだろうかひとまず。
明日の入学式の為に早く寝よう。
そう思って俺は布団に入り、再び深い眠りについた。
晴れて太陽が昇る空、俺は制服を着て、寮から学園へと歩きで向かって行った。
寮から学園まではそんなに距離はなく、数分くらいで着く距離だ。
俺の他にも多くの生徒達が歩いて学園へと向かっているのが見える。
すると、後ろから。
「よう、ユート!」
後ろから声を掛けられて、俺は振り向いた。
声を掛けてきたのはデイだった。
「おう、おはようデイ。」
今日から共に、学園で学問等を学ぶ友に俺は挨拶をする。
「ってどうしたんだよユート、目の下に隈ついてるぞ。
ははーん、さては今日が楽しみで寝れなかったんだな?」
デイは俺を茶化してきた。
そんなに酷い顔になっているのだろうか?
いや、俺の方よりも。
「いや、お前の目の下の方が黒いぞ!」
デイの目の下はまるでパンダのように黒くなっており、明らかに昨日は寝不足だとわかるほどだった。
「えっ、マジかよ?そんなにか?」
そんな事を言いながら俺達は、入学式が行われる講堂へと向かった。
講堂には入学生が座ると思われる椅子が中央辺りに並べられており、講堂の脇には在学生が座る為の椅子が並んでいた。
もう多くの生徒が椅子に座って待っていた。
どうやら席は決まっているらしく、俺達は別れて、自分の席へと行った。
自分の席を見つけて座る。
しばらく座って待っていると、多くの生徒が椅子に座った。
全ての椅子に生徒が座り、遂に入学生が始まった。
この世界の入学生は特別な事は別になく、元の世界と同じように入学生は進んでいった。
式が長く退屈になってきた為、俺はボケーっとしていた。
式もしばらくたった後、新入生代表の言葉になった。
代表って誰だろう?
そう思って俺はボケーっとしていた意識を戻して、代表が登壇してくるのを見た。
カツッ カツッ カツッ
新入生代表である人物が上がってくる。
俺はその人物を見て驚いた。
その人物は、ヴァーリンだった。
ヴァーリンは演説台に立って、代表の言葉を述べた。
礼儀正しく、貴族としての貫禄のある喋り方でヴァーリンは話している事に俺は驚きながらも聞いた。
そんなこんなで、入学式が終わった。
在校生達は立って講堂から出て行った。
新入生は、講堂に残るようにと言われたので、そのまま椅子に座って待っていった。
座って待っていると、ステージの前に大人が数人、並んでいた。
その大人達は、試験の時に引率をしていたアーニスとルコードという男と他にも数人並んでいた。
「諸君!おはよう!」
ルコードが前に出て大声で言った。
生徒達は黙って聞いていた。
黙っている事にルコードはムッとした。
「どうした!あいさつ!!」
そうルコードが言った瞬間だった。
口が勝手に動いて、無意識に言葉が出てきた。
「「お、おはようございます。」」
新入生達全員が一斉に挨拶をした。
いきなりの事で、新入生達は困惑した。
その時だった。
スパンッ!
ルコードが横にいたアーニスに叩かれた。
「生徒に向かって、魔法使うな。
一応私から謝っておく、すまなかった。
試験の時も言ったと思うが、改めて自己紹介させてもらおう。
私はアーニス。そしてこっちのアホはルコード、今日から私達がお前達に勉学を教える!」
アーニス達はそう言って、学園の紹介を行った。
その長い学園の紹介が終わった。
俺も椅子から立ち上がって講堂を出る。
「おーいユート!」
後ろから声をかけられる。
ユート呼びという事は、誰が呼んだかなんて結構限られる。
俺は後ろを振り返った。
「おはよ。」
俺の所まで来て、可愛いらしい声で挨拶をしてきたのは、レイナだった。
「おう、おはようレイナ。なんか入学式疲れたな。」
俺はレイナにそう返す。
「そうだね、私も疲れた。」
レイナは俺の言葉に同意してくれた。
デイはどうやら先に行ってしまったらしく、見当たらない。
俺とレイナは講堂を出て、廊下へと歩いて行く。
「またお会いしましたね。ユウト!」
廊下を出た瞬間、すぐに声を掛けられる。
赤い髪をなびかせて俺達の前に現れたのは、試験の時俺と戦って、入学式の新入生代表を務めていたヴァーリンだった。
隣にはいつもの執事の姿があった。
「お、おう。」
ヴァーリンの方から話しかけてくるとは思わなかった俺は驚きつつも返事をする。
「そういえば、お前新入生代表だったんだな。試験とか受けてたっけ?」
なんか、ヴァーリンのペースになっていくのを恐れて、とりあえずで俺は話題を振った。
ピクッと執事が動いたが、ヴァーリンは手を前に出して執事の動きを止めた。
「はぁ、私が先に話そうとしましたのに……」
ヴァーリンは少し残念そうな顔をした。
「あの、一応私もいるんですけど……」
俺だけにしか話しかけていないヴァーリンに対して、レイナが自分もいるという事を主張した。
「あら、いらっしゃったんですか?
ごめんなさいね。
胸が貧相過ぎて、壁かと思ってしまいましたわ。」
やべぇ、あんまり触れない様にしてたのに。
確かに、ヴァーリンの豊富な胸部に比べてレイナの胸部は、はっきり言って薄く絶望的な感じだった。
俺は恐る恐るレイナの方を見る。
「か、壁……壁?」
自分の胸の事がコンプレックスだったのか自分の胸に手を当てて、レイナは死んだ様な目をしてそう呟いていた。
「いいですわ、私は由緒正しいウォルノン家ですからね。
試験の事や代表に選ばれる事くらい、造作も無いですわよ。」
ヴァーリンはレイナの事をスルーして、そのまま話を続けた。
あまり詳しい説明ではなかったが、大体の事は察せられた。
お家の権力とか使って試験を行わずに入学できて、尚且つ代表に選ばれる様にしたのだろう。
別に新入生代表とかいう面倒くさい役職なんて俺はごめんだし、それに試験だって少なくとも戦闘試験は普通に合格出来る程の腕前だったから俺が特に言う必要は無い。
「そ、そうか。」
俺は歯切れ悪く返事を返す。
「それよりも!」
ヴァーリンは俺の返事を軽く流して、ビシッと指を俺に指した。
「この間の事、私まだ忘れていませんですわ。
今度戦う時は必ず、貴方に勝ちますわよ!」
ヴァーリンはそう俺に告げる。
試験の時のことについて言っているのだろう。
結構グイグイくる感じで困惑するが、別にヴァーリンからはそんなに悪意を感じなくただ俺と戦いたいだけって感じだった。
「それと……」
ヴァーリンは何か付け加えようとしている。
「あの時、私に掛けた魔法を早く解いてくださらない?」
は?
何を言っているんだ?
俺がヴァーリンに魔法を掛けた?
俺は魔法がまだ使えないんだぞ、そんな事出来る筈がない。
それとも俺は、無自覚の内に魔法が使えるようにでもなったのだろうか?
いやそんな事はないだろう。
だって俺の人器を確認しても、何も変化はしてなかったのだから。
「お、お嬢様!今日はもう帰りましょう!」
ヴァーリンの隣にいた執事は何故か焦り出し、ヴァーリンを引っ張って行った。
「ちょ、ちょっと待ちなさいセバス!まだ魔法を解いてもらってな……」
まだ言っている途中のヴァーリンを連れて、執事はそのまま俺達から離れて行った。
「い、行こうか……」
まだショックを受けているレイナに声を描けた。
「う、うん。
ねぇユート、私の胸ってどう思う?」
やばい、めっちゃ難しい質問きた。
大きい方がいいのだが、ここでそれを言うのは流石にアウトだろ。
とりあえず、こんな時に言うべき事は決まっている。
「む、胸は人それぞれでいいと思うよ。」
ひとまず、好みは置いておいて胸についての擁護をした。
「そうかな?ユートがそう言うなら。」
レイナは少し表情が明るくなった。
まぁ、レイナとヴァーリンなんてこの先、あまり関わらないから大丈夫だろう。
俺はこの後すぐに、その考えの甘さに気付く。
「それでは全員、先に着いたな!」
俺達は1年の教室にある席に座っていた。
席順はランダムらしい、それにしたって悪意があるんじゃないのか?
俺の席の右側には、レイナ。
左側には、ヴァーリンが座っていた。
2人は俺を挟んで、いがみ合いをしている。
この先の学園生活が不安になった初日だった。