【16話目】帰り道
夕焼けの空の下、試験会場から出てきた2人が歩いていた。
歩いている2人は、この都市パゼーレの貴族の中でも、上の立場である、ウォルノン家の1人娘である少女ヴァーリンとその執事であった。
歩きながらヴァーリンの執事であるセバスは自分の主人である少女の事を心配そうに見ている。
いつものお嬢様なら、無理をして言っているお嬢様言葉を使って文句を言っている筈だ。
お嬢様は常に、貴族としての品格を保つ為に自分が上品だと思う言葉遣いに、他から見下されないような態度を取ってはいるが、本当は優しい普通の女の子なのだと小さい頃からの付き合いであったセバスは知っていた。
しかし、こういう時のお嬢様は誰にも自分の弱さを見せまいとあえて、強気な態度をとる筈なのだが、今日に限っては何も話さずにただ俯いて顔を見えないようなっていた。
やはり、さっきあの男に負けた事をまだ悔しがっているのだろうか?
あの男、異世界から来たという話だが、お嬢様を馬鹿にした挙句、更にあんな大勢の前での敗北という辱めを与えた事は、絶対に許されない。
あの男、どうしてくれようか?
自分の主人に対しての酷い仕打ちを受けたセバスには、ユウトに対しての深い敵対心が芽生えた。
お嬢様とあの男を同じ学園に通わせるのを避けさせた方がいいだろう。
かと言って、あの男の度量ならば試験は合格出来るだろう。
お嬢様もあの学園には特別待遇で通う事は確定している、ならやる事はひとつだ。
「お嬢様、あの男をウォルノン家の力で不合格に致しましょうか?」
こちらで仕組めばあの男を試験に落とす事など、容易だ。
お嬢様にあんな屈辱を味わらせた報い、きちんと受けてもらおう。
これにはお嬢様も、喜んで受け入れてくれるだろう。
「いいえ、その必要はありません。彼を勝手に不合格にはしないでください。」
お嬢様から出た答えは意外なものだった。
何故かお嬢様は、彼を不合格にする事を認めなかったのだ。
どうしてなのか、私には理解出来なかった。
そういえばお嬢様は、去り際にあの男に対して学園でのリベンジを宣言していた。
理由はわからないが、お嬢様も何かお考えを持ってその決断をしたのだろうか?
すると、お嬢様は。
「ねぇ、セバス?
私、さっきからなんだかおかしいの。
彼と戦ってから、なんだが胸が締め付けられているようで、彼の事が頭から離れないの。
まさか私、彼から変な魔法でもくらってしまったのかしら!?」
彼とは、あの異世界人の事だろうか?
お嬢様は、いきなり理解出来ない事を言い出した。
そのお嬢様の表情は赤く、まるで恋する乙女のようだった。
いや、お嬢様の言葉と顔を見ればわかる。
お嬢様は、あの異世界から来た男に恋をしてしまったのだ。
昔から他の男性との交流がないお嬢様にとって、これは初恋だと思われる。
だが、あの男がお嬢様の初恋相手だと?
そんな事、アベーレス様に知れたらどれ程お怒りになるのか、考えただけでも恐ろしい。
そんな事にならない為にも、お嬢様には恋心という事は内緒にしておかなくては。
それに、学園にも私が着いて行き、お嬢様が恋心に気付くのを阻止しなくては。
「はい、恐らく何かしらの魔法攻撃かと思われます。
帰られましたら、専属の医師に来てもらいましょう。」
何事もないような顔で、そうお嬢様に嘘をついた。
「そうよね!?まったく、魔法が使えないなんて嘘じゃないですか。
本当憎い相手ですね。
次戦う時は、絶対勝ちますわよ!」
申し訳ございませんお嬢様、しかしこれも、すべてお嬢様の為なのです。
それと申し訳ない、専属の医師。
面倒ごとを押し付ける事になる。
それにしても憎い相手と言いながらも、その表情はとても明るく、憎いだなんて感情はまったく感じられない。
何故、お嬢様はあんな男にこんなになってしまったのか?
本当に、魔法でも使われたんじゃないのか?
全く、乙女心は老いぼれにはわからない。
これからも、お嬢様には何度も苦労させられる事になるだろう。
けれども、私はお嬢様の執事としての使命を一緒まっとうするつもりだ。
何故なら私は、お嬢様の事を心の底から尊敬しているからだ。
困ったお嬢様だが、それでも私にとっては最高の主人である。
だからこそ、お嬢様をあの男の毒牙から護らなければ。
まったく、本当に困ったお嬢様だ。
そうため息つきながらも、清々しい顔をして自分の主人と共にセバスは夕焼け空の下、歩いて屋敷まで帰って行った。