【144話目】 サンスイン初日終了
会議室から出た俺は指定された居住部屋まで歩いていた。
どうやら俺達全員が泊まれる部屋はなく、それぞれ空いている個別の部屋で泊まる事になったのだ。
数分歩いているはずだがまだ指定された部屋には着かない、思った以上にこの避難場所は広いらしい。
都市の地下を改造して作ったらしいがそれにしたって広い……他の人達は自分の部屋に辿り着けたのだろうか?
明日、監獄を襲撃して捕えられてるであろう人達の救助を行う……そのため今日は部屋に着いたらすぐに休もう。
それにしてもヒナリはあの空気からでも監獄の事を指摘してそれに対しての作戦の立案を立てられるなんて俺なんかと比べて周りをよく見て何をすべきか理解しているんだな。
俺なんてなんの策もないままヒョオナを助けに行こうとしていた……あの子を救いたいという気持ちだけが先行して周りが見れていなかった。
俺って使えない奴だな……
そう思いながら廊下を歩いていると向かい側から人が近づいて来るのが見えた。
そしてもう少し歩くとその近づいてくる人が俺達をサンスインまで馬車で運んだ運転手だという事に気が付いたのだ。
「どうもです」
「あっどうも……」
運転手から挨拶をされそれに返事を返す。
「えっーと……部屋はこの先ですか?」
一応なにかしら会話しておいた方がいいかなと思い俺は彼がここにいる理由を尋ねた。
「いえそうではないのですが……ただ少し散歩みたいなものです。
それよりさっきは凄かったですよ」
「……さっき?」
俺は運転手の言葉に疑問を浮かべる。
俺は彼に何か評価される行動をとった記憶なんてない、彼の俺に対しての「凄かった」の理由がわからなかったのだ。
「そりゃ!あんなに力の差を見せつけられても闘志を折る事なく戦おうとした事ですよ!!」
運転手の男は少し興奮気味に俺の疑問に答えた。少し恐怖を感じるくらいの食いつきよう。
彼の言い方から察するに……クラディとの戦いのことを言っているのだろうか?
「そんな……俺は奴に手も足も出なかった、ヒョオナを守ると言っておきながらこのザマです。
それよりも貴方も凄かったじゃないですか、貴方があの時壁を作ってくれなかったら俺達は全滅してました
なんであれほどの力を持っていて今まで隠してたんですか?」
俺は自分に対しての賞賛を謙遜して運転手が壁を作ってクラディ達を足止めして俺達が逃げ切れた事に対してを逆に賞賛した。
「いえいえ、私なんてしがない老人ですとも」
しかし運転手も謙遜する。
確かにこの人はどこにでもいそうな顔にシワがたくさんある老人って感じだ。
それでもなんだろう……この人に対して何か違和感を感じる。
老人にしては背中が割とまっすぐだし、声も年老いたしゃがれた声って感じはしない……それに手袋などをしていて顔以外の素肌が出てないのもこの人のことを改めて見て思う。
「それよりもあなたのその強き心、私は好きですよ」
そんな事を言われても……俺はただ何にも出来なかった、ヒョオナを守る事もチャーチスが納得するような策を出す事だって出来なかった。
そんな俺に何が出来ると言うのだ……
「あなたはきっと強くなれますよ」
「いや、そんなお世辞は……」
「いえ、きっと強くなる。それは私が保証します」
少し悲観する俺に対して彼は強めに答える。
彼の瞳は外見の年老いた見た目とは違い若々しくもどこか執念?のようなものを感じ取れたのだ。
「あのっ……」
彼の強めの口調に対して俺が口を開こうとした瞬間だった……
「おい」
背後から覚えのある声が聞こえ俺はその声の方へ振り返った。
俺の後ろにいたのは仁王立ちで胸元で腕を組んでこちらを睨んでいるチャーチスだった。
チャーチスは謎の威圧感を放っているみたいで俺は気圧されていた。
「いいから寝ろ」
「は、はい」
たった一言、俺が振り返ってからチャーチスが放った一言に俺は足早にその場を立ち去った、まだ彼と話していたかったな……
そういえばまだ名前も聞いていなかった、次あったら聞こう。
ユウトがその場から離れていくのを見送ったチャーチスは踵を返して引き返そうとした。
「おや?」
その時後ろにいる運転手が呼び止めるかのように言葉を発してチャーチスは運転手の方を振り返った。
「私については何も言わなくていいんですか?」
運転手の男は何か言いたげで勿体ぶるようにこちらに問いかける。
「……別にここで下手な事を言って事態を悪化させる必要はないからな」
チャーチスは少し黙った後運転手にそう告げた。
「それは賢明な判断ですね、でも……私があなたの希望通りになるとは限りませんよ?」
チャーチスの言葉に返すように運転手は意地悪げに微笑する。
「大丈夫だろ、だって今のお前からは"危険"を感じない」
運転手の意地悪げな言葉にチャーチスは冷静に対応する。
「ふっそうですね。まぁ!"俺"には別の役目があるから今はお前達とは敵対する必要はないからな!」
「口調変わってんぞ」
「……おっと失敬」
「じゃあな」
チャーチスは運転手の言葉遣いに注意を入れ彼に背を向けるようにその場から立ち去った。
「それにしても彼、ユウトはいいな。彼はもっと強くなる……そして強くなった彼と戦ったらきっと気持ち良いんだろうなぁ」
チャーチスが立ち去った後運転手は独り言を呟いたのだった。
場面はサンスイン監獄に移る。
そこに2人の人物が訪れていた。
1人は現在サンスインを支配している元凶のクラディ、そしてもう1人は先程捕えられた人の願いを叶える魔法を持つ少女ヒョオナだった。
「ここだ」
2人は監獄の奥地のとある部屋の前まで来ていた。
そこは独房、独房の扉の横にはクラディの部下の1人が配置されていた。
何故そんなところにヒョオナを連れてきたかというと……
「お父……さん?」
弱々しくヒョオナが独房の扉に向かって声をかける。
「その声……ヒョオナか!?」
ヒョオナの言葉に応えるように、男の声が独房の中から聞こえてきた。
そう、この独房に閉じ込められているのはヒョオナの実の父親。
彼は自分の娘を逃すために1人で凶震戒に挑んでは敗北し、ここに囚われていたのだ。
「お父さん!!」
実の父親の声が聞こえて彼が生きていることを知ったヒョオナは独房の扉に近づこうとする、しかしそれをクラディは許さなかった。
彼はヒョオナの腕を掴み彼女を進ませないようにしていたのだ。
「離して!!」
抵抗するヒョオナに対してクラディはびくともせずにいた。
「おい!ヒョオナに何してやがる!!」
自分の娘の悲鳴が聞こえて独房の中から怒りの声が響く。
「まだ何もしてない。それよりわかっただろ?お前の父親はまだ生きている、助けたかったら……わかるな?」
クラディは独房に閉じ込められ怒っている男に冷たく言い放ち、ヒョオナにでも対して脅すように言葉を放つ。
「はい……」
自分がやらなければ父親がどうなるか……彼女には選択せざるを得なかった。
父親を助けるために自分が犠牲になる事もする……それが彼女の選択だった。
「おいヒョオナ!そんな奴の言う事を聞くな!!」
ヒョオナの父は独房から叫ぶが……それでもヒョオナの意思は変わらない。
クラディは扉横の部下を呼ぶ。
「とりあえずラーテルとトードルをここの護りに着かせる」
「十戒士候補のお二人を!!なぜ!?」
グラディの発言に動揺する部下。
「念の為だ……3日後の儀式、誰にも邪魔されたくないからね。
それじゃここの警備頼んだよ」
クラディはそう言い残してヒョオナを連れてその場を離れる、その際後ろからは独房からの声が聞こえ続けていた。
──儀式まで残り3日