【141話目】 屈辱の敗走
サンスインを支配する十戒士グラディ、彼は自分に攻撃を仕掛けてきた3人をいとも容易く倒し奴等が隠れていた建物へと近づく。
建物の前にいるのはこの都市の住人、恐らくは巫女を護るために出てきたのだろうがどれも脅威にならない雑兵どもだ。
見る限り奴等は巫女を渡す気はさらさら無い様子、だとしても奴等を半殺しにした後ゆっくり探せばいいだけの事だ。
「ダメっ!ヒョオナちゃん!!」
「だって──ユウトが!!」
しかしその手間が今省けた。
巫女が自分から飛び出てきたのだ。
後ろにいる少女の静止を振り切って僕が今倒した奴に反応していた。
コイツが何か関係あるのか?
そう思ったがそんなことはどうでもいい、今はお目当ての巫女を確保するのが優先だ。
しかし巫女を追っていた少女が追いつき僕の前に立ちはだかる。
「ダメっ!落ち着いて!!」
巫女を捕えるせっかくのチャンスをあの少女に邪魔はされたが、まぁあの女を退かせばいいだけの話。
ひとまず殺さないように力を加減してあの女めがけて拳の先に魔力を重力で固めてグラビティグロウを放つ。
まぁこれで引き下がるだろう、僕はそう楽観視していたが……
ガンッッ!!
女は僕の攻撃を防いだのだ。
僕の攻撃を防いだその白くも美しい六角の雪の結晶の形をした人器……おそらくは防御特化型、それもかなり強力でなおかつこの感じの魔力量は……
──失せろっっ
背筋が凍る……自分より強い人間にあった事なんてあまりない……がこれは違う。
僕より強い弱いなんて感じではない、これは僕に対して強く濃い感情が傾れ込んでくる……
これは敵意、そんなの今までだって何度も向けられてきたしそれより上の殺意だって向けられてきた。
だが今回のこの敵意はまずいっ!!
すぐさま僕は敵意を向けてきた相手へグラビティグロウを放つ。
「──魔滅神矢」
奴は俺のグラビティグロウに対してたった1本の矢を放った。
先程のまでの無数の矢とは数が大幅に減っている、しかしそのたった1本の矢は先程の無数の矢以上の脅威だと即座に感じた。
事実その通りだった。
その矢と僕が放ったグラビティグロウがぶつかり合った瞬間、膨大な衝撃波が辺りに広がる。
衝撃波の中心の地面が抉れ破片が周辺に飛び散る。
幸いにも僕はその衝撃波の中心から離れていたためそこまで被害はくらわなかった……
逆にあの矢を放った奴は衝撃波をモロにくらったのか後方に飛び地面に倒れていた。
……ヒョオナとレイナにあの男が近付いていた。
その時、俺の心に衝撃が走った……それは胸が張り裂けるような、頭を強く打ちつけられるようなそれと似たような感覚に襲われた。
──奴を引き剥がさないと……
そう思った瞬間、俺はほぼ無意識のうちにジン器の弓を構えて魔滅神矢を放っていた。
しかしそれと同時にクラディも攻撃を放っていてその2つがぶつかり合い強力な衝撃波を放ち俺はその衝撃波にやられ飛ばされて倒れた。
痛みで体を動かせない中、クラディは俺へと近づいて来る。
険しいその表情で奴は俺の目の前に立った。
「お前はここで殺しておく」
そう呟きクラディは拳を掲げる。
このままだと本当に殺される……何か手を打とうとするが体が動かず何も出来ない、これが俗にいう手も足も出ないってやつか……
だけどまだ俺にはやらなければいけない事が……
「──待って!!」
少女の声が聞こえ俺へ攻撃しようとしていた奴の動きが止まった。
俺はなんとか体を動かしてその声の方に顔を向けた。
そこにいたのはレイナを振り切って前に出てたヒョオナだった。
「あなた達が欲しいのは私なんでしょ!?
だったら着いて行くから……もうこれ以上はやめて!!」
ヒョオナはクラディに向かって真正面から言葉を投げる。
それを聞いた奴は俺から離れてヒョオナへと近づいた。
「やめ……ろ」
このままだとヒョオナは凶震戒の奴らに連れて行かれる……それだけは。
「ダメ!!」
「お前は少し静かにしてろ」
「──きゃぁっっ」
ヒョオナの前に出て守ろうとするレイナだったがクラディの軽い一撃で吹き飛ばされてしまう。
幸い盾のおかげでそこまでの傷を負っていないように見えたが吹き飛ばされた衝撃でレイナは立てない様子だった。
「やめて……!みんなには手を出さないで!じゃないと私……」
ヒョオナはそう言い自分の首にガラス片を突き立てた。
それはヒョオナの覚悟の証だった。
それを見た奴は一瞬動揺したように見えたがすぐに平常心に戻り。
「わかった、あくまで僕の目的は君だ。
その君が着いてくるならこの者達に手は出さないでおこう」
その言葉を聞くとヒョオナは自分の足でクラディへと近づく。
「──くそっ!!」
「それじゃあお前達、巫女を城まで連れて行け」
悔しがる俺をよそにクラディはヒョオナを部下に託して城に向かわせようとする。
「──ヒョオナ!!」
ヒョオナに対して叫ぶことしか出来ない俺、そんな俺に向かってヒョオナは振り返って……
「結局……勝てなかったね……」
「やっぱりこうなるんだよ……」
「ヒョオナ……」
「でももし……ユウトが出来るなら……」
「──私を……殺して」
そう言いヒョオナは凶震戒の下っ端達に連れて行かれその場には俺達とクラディを含めた数十人の凶震戒の連中が残った。
「さて……あの者達を引っ捕らえろ」
そして奴は部下達に俺達を捕まえろとの命令を下した。
「あの子との約束が違うんじゃないか……?」
フラフラになりながらも立ち上がったチャーチスがクラディに向かって睨みながら言い放つ。
チャーチスの言葉と共にヒマリもゆっくりと立ち上がり俺も全身が痛みながらも立ち上がる。
「あんな子供相手との約束を守る気はない
それにあなた達に手を出さないのは本当だ。
ただ大人しく捕まってもらうだけだからな。
ただし……そこの危険そうなお前をのぞいてな」
クラディはチャーチスから俺へ目線を向ける。
奴の視線からは明確な殺意が感じ取れた。
本気で俺の事を殺す気だ……
「……お前らの目的はなんだ?あの子を使って何がしたい??」
それなら……と俺は最後の抵抗のつもりでクラディに目的を尋ねる。
「目的か……いいだろう冥土の土産……と言ってもここにいる全員に聞かれるのか……
まぁ聞いたところで僕の目的を止められるとは思えないし答えてやろう!」
「僕の目的それは……あの娘の魔法を使い力を手に入れて凶震戒のボスを殺す事だ!」
クラディの口から出た言葉は意外なものだった。
凶震戒のボスを殺す?こいつだって凶震戒のそれも幹部にあたる人間、それが自分のボスを殺すだって??
「いいだろ?お前達が倒せないでいるあの男をこの僕の手で殺してやるんだ
だから、お前らは儀式が終わるまで大人しくしてるんだな!」
凶震戒のボスを殺す……そんな魅力的な宣言した奴の顔は曇りのない真っ直ぐでまるで子供がはしゃいでいるかのようなそんな純粋な表情だった。
この顔は嘘じゃない……だけど何かが引っ掛かる、この奴の言う儀式を進める事を阻止しなければいけないと俺は直感で気づいていた。
「それで?その為に犠牲にする人間は何人だ?」
疑問に思っている俺の横でチャーチスが口を開き奴に問いかける。
「犠牲……?」
「さっき聞いたぜ?あの娘の願いを叶える魔法は使用する為に他者から魔力を吸い上げてるそうじゃないか。
お前……どれだけの人を使って強くなる気だ?」
チャーチスが話したのはヒョオナの魔法についての発動に対してのデメリットだった、おそらく俺がヒョオナを連れて彼等と離れている時に聞いたのだろう。
俺はヒョオナと会話した時の彼女の願いを叶えた人の元気がなくなると言う言葉を思い出した。
あれはそういうことだったのか。
「まぁ……特別に教えてやろう
僕が使うのはこの都市にいる住民全員の魔力全てを僕が貰い受け僕の力に変えよう」
クラディは楽しそうに語る。
この都市にいる住民の魔力全て……!?
「お前……全員殺す気か!!」
チャーチスがクラディを強く非難する。
「あぁ、だからお前達は今は殺さない……
ただ1人お前を除いてな!!」
クラディは俺を強く睨みこちらへと向かってくる。
こっちは満身創痍……それで奴に勝てるか?と問われても回答はほぼ不可能となるだろう。
だけど抵抗しないわけにもいかない
俺はあの子を……ヒョオナを助けに行かなくては……
「死ね──!!」
クラディが俺に飛びかかろうとした時だった、俺と奴の間の地面が隆起し分断させるような壁になったのだ。
そしてその壁は広がっていきいつの間にか十戒士と俺達を分断していた。
「こ、こっちです!」
突如として出た壁に困惑している俺の耳に1人の男の声が聞こえその声の方へ視線を向けた。
そこにいたのは俺達をこの都市まで運んだ馬車の運転手だった。
彼は地面に両手を付けており彼の手が触れている地面の形状が変化していた。
この状況から察するにこの壁を作ったのは彼なのだとそう理解した。
「早く逃げないと!!」
彼の言葉に俺達と一緒にいた都市の人達はその場を離れようと動き出してチャーチス達もその場を離れようとしていた。
「ユウト!お前も早く逃げろ!!」
「でも……」
チャーチスから逃げるように促されるも俺は壁の方に視線をやった。
今逃げたらヒョオナを助けにいけない……
向こうから壁を破壊しようとしているのか壁から強い衝撃音が鳴り壁が少しづつ崩れていた。
「ひとまず逃げよ!ユート!!」
ヒョオナを助けようとする俺の手をレイナがガッツリと握ってそのまま逃げるように走る。
俺は彼女に手を引かれながらも背後の壁に目を向けていた。
「絶対……助けてやるからな」
その決心を胸に俺達はその場から逃走したのだ。