【138話目】 少女の魔法
その後俺達は倒した凶震戒の下っ端達を拘束して少し離れた建物に入る。
薄暗く誰も使っていないかのような場所……
それでも俺達10人ほどの人数が入るくらいには大きく、そこでことの経緯を聞くことになった。
とはいえいつまた凶震戒の連中が襲ってくるかわからない為、いつでも移動出来るように荷物を持ち、油断出来ない状況だ。
「それではお聞かせ願おうか」
そんな中チャーチスは自分の近くにあったソファに腰をかけ連れてきたサンスインの人達と向かい合うようにしてこの状況の説明を促す。
そのチャーチスの問いに答えようと1人のおじさんが他の人達の代表として前に出て来て口を開く。
「はい……あれは……1ヶ月ほど前のことでした」
そうしておじさんは事の経緯を語った。
突如として現れた凶震戒はたったの1日でサンスインの心臓部、城を占拠しこの都市全体に脱出不可の結界を貼り外界との交流を遮断した。
人々は混乱し凶震戒に捕まった者もいればこの人達のように今でも逃げている人もいるそうだ。
俺達と同様に異変に気付いた他の都市の騎士団達がサンスインに応援に駆けつけても全員が凶震戒達に敗れてしまったという。
そしてこの人達は最近まで使っていた拠点を捨てて今も逃げている人達の元へ避難しようとしてる最中だったそうだ。
「なるほど……ここまでの事情はわかった、だが奴等の狙いはなんですか?
先程貴方達はその少女が狙われている……そう言ってた気がするが?」
一通り聞いた後、チャーチスは少女を見ながらおじさんに先程戦闘地から離れる際に聞いた、奴等に狙われているのはこの少女……その点について詳しく追求する。
それを聞いた少女は静かに俯いた。
おじさんは言葉を詰まらせるようにしていたが少しして口を開く。
「彼女の名はヒョオナ・ルムーン……彼女の魔法は"願いを叶える"魔法だからです」
ルムーン……!?
それって確かヒマリがここに来る途中で言っていた願いを叶える魔法使いの家系だったはずだ。
「ルムーンだって!?」
ヒマリも彼女の名前に反応して大声をあげて驚く。
「……そうか、まぁこの状況で嘘を付くとは思えないし、本当なんだろう」
驚くヒマリの一方でチャーチスは驚く様子を見せず冷静な態度を取り再び口を開いた。
「ならなんで凶震戒の連中を"皆殺し"にするという願いをしなかった?
それが1番手っ取り早いだろ?」
チャーチスは少女の願いを使って事態は解決しなかったのかとおじさんに再三度問う。
確かに願いを叶える魔法だとしたらこの事態だってどうにかなる……それにしたって皆殺しって……
俺はチャーチスのやり方はともかく言い方が気に入らなかった。
「この子の魔法では人を傷付けるような願いは受け付けられないんです。
それにこの子の魔性輪は凶震戒に奪われてしまい……私達だけではもう……」
おじさんはそんなチャーチスの問いに再び口を開きそう回答する。
その声は震えており今の状況の深刻さを物語っていた。
「なら……ヒョオナという娘を殺すという最終手段は考えているんだろうな?」
突如としてチャーチスの口から出される衝撃の提案、その言葉を理解する為に俺の脳はフリーズするほどだった。
「なっ!?」
その言葉にいち早く反応したのはヒマリだった。チャーチスの発言に耳を疑うかのように声を上げる。
「何言ってるんだ!!」
「そうですよ!殺すだなんて……」
ヒマリの言葉から少しして俺もチャーチスの発言に対しての異議を唱えそれにレイナも賛同した。
こんな少女を殺す……?なんでそんな恐ろしい発想が出来るんだと、俺は彼に恐怖を覚えた。
「まぁ落ち着けよお前達」
そんな俺達を嗜めるかのように話す。
その時俺はサンスインの人達の方を見た。
サンスインの人達には怒りの表情はなく、ただ暗い表情で視線を下にしていた。
そんな彼らを見ながらチャーチスは口を開く。
「この都市の人達はともかくとしてここに来た他の都市の騎士団がことごとく敗北している……何かしらの罠にかかった可能性はあるが今現在俺達がその罠に引っかかる"危険"はない。
だとしたら残る可能性は1つ。
いるんだろ?この都市に、十戒士が」
チャーチスは彼らにそう問いただした。
その瞬間、重い空気が場に漂っていた。
十戒士……先日パゼーレを襲いアグン隊長やラードフを手にかけた奴の仲間。
その強さは俺も実際に思い知らされた。
そんな十戒士がここサンスインにいる、そうチャーチスは仮説を述べたのだ。
それに対してのおじさんの返答は……
「恐らくは……います
あの日、この都市を襲った連中を指揮していた男。更にその男には4人も強大な部下がおりその者達によって来てくださった騎士団の方々が返り討ちに……」
チャーチスの仮説を肯定した。
これでこの都市に十戒士がいる事がほぼ確定となった。
それだけではなく話通りなら十戒士候補と思しき奴も4人いると言う……戦力的に言えば、今の俺達が戦っても勝機は薄い。
「まぁだろうな、だから先に奴等の目的であるその娘を始末する事を前提で考えておけよ」
俺と同じ事を思っていたのかチャーチスは冷静に発する。
彼の凶震戒の企みを阻止する為の倫理観のない提案は世界全体的に見れば正しい事なのかもしれない。
けれどもそこには正義が無い。
「ふざけんなよ……」
俺はチャーチスに対して怒りの声を上げる。
「誰かを犠牲にするなんて間違ってる!!」
チャーチスに対して強い口調で叫ぶ。
その発言にその場にいた者達の視線は俺へと集中する。
「あ?ならどうやってこの状況を打開する?
考え無しに戦って殺されろってのか?
お前はそうやって自分の感情だけでまた仲間を危険に晒すのか!?」
俺の発言に対してチャーチスが反論する。
彼の言っている事は正しい……いや、誰かの犠牲の上での安全なんてそんなものは正しいとは言えない。
それに……
「誰かを犠牲にして助かるなんて間違ってる!
それにあの子を犠牲にして、それで俺やこの都市の人達は助かるって言うんですか?
奴等の目的が達成されなかったからと言ってあなたが助かるなんて保障は一切ないんですよ」
たとえあの少女を犠牲にしたからと言って凶震戒達の脅威が無くなる訳ではない、あの子が消えたからと言ってこの都市を覆っている脱出不可の結界が無くなるなんて俺は思わなかった。
そのまま俺とチャーチスは睨み合う。
そしてしばらくした後、俺は少女の元へ動いた。
彼女にこれ以上この話を聞かせたくなかったし俺の頭を冷やしたかったからだ。
「すみません、しばらく上でこの子の様子を見ます。
ごめんレイナ、後でこの話の続きを聞かせてくれ」
俺はそう言いレイナにはこの後する話、結果として今後どうするかについて教えてくれるように頼み少女の手を差し伸べる。
少女は少し戸惑ったが嫌がる素振りを見せずに俺の手を取りそのまま2階の空いている部屋へと歩いて行った。