【112話目】 ヴァーリンの父
「おまえらか、俺の娘に手を出そうって輩は」
アベーレスは俺達の姿を確認した途端にこちらを睨みつける。
アベーレスの眼光は威圧的であり、一瞬俺の体の自由が効かなくなっていた。
「人の娘に手を出す輩にはそれ相応の対処をしねぇとな」
アベーレスはゆっくりと立ち上がる、その瞬間俺は即座に戦闘体制へと入る。
それはアベーレスから立ち上がる敵意を感じたことによる自己防衛本能からである。
「……あの男は俺が抑える、だから今のうちにヴァーリンの所へ行け」
戦闘体制に入るのと同時に俺は後ろに控えていたレイナとパートリーに対して指示を送った。
ヴァーリンはアベーレスの背後にある部屋にいるはずだ、流石にこの状況で誰かがアベーレスを止める必要があった。
だとしたら今度こそ俺が適任だろう。
パートリーおよびレイナには戦闘能力などほとんどない、この2人には今も威圧的な敵意を放っているアベーレスに対しては手も足も出ないだろう。
だから俺がこの男と戦う事を回避は不可能である。
それにこの男がヴァーリンの父親というなら俺は……
アベーレスの強さを感じて察してくれたのかレイナもパートリーも静かに首を縦に振る。
「娘のところに行かせると思うか?」
そんな俺達の話を聞いていたアベーレスは静かにそしてさっきよりも強い威圧感を俺達に向かって放った。
「ぐっ……」
「あぁ……」
レイナとかパートリーの2人はアベーレスの放つ威圧感に耐えきれずにその場に膝をつく、そしてこの空間で立っているのが俺とアベーレスの2人だけになってしまった。
つまりは完全な一騎打ちになったという訳だ。
「つまりアンタを倒さなきゃいけないんだな?」
己を鼓舞するかの如く、自分がしなければいけないと自覚して言い聞かせながら俺はアベーレスに啖呵をきった。
「若僧が……俺に勝てる気でいるのか?」
向かい合う2人、いつのまにか双方の手には人器、デイの手には戦斧がアベーレスの手にはサーベルが握られてのだ。
互いに深呼吸を行う、これから始まるのは男と男の真剣勝負それぞれ負けられない理由がある。
「──ぁぁあ!!」
まず先に動いたのはデイだった。
戦斧を掲げてアベーレスに向かい走る。
「馬鹿正直に向かってくるか」
デイが戦斧を振り上げてアベーレスに斬りかかる、しかしアベーレスはその攻撃をサーベルで防いだ。
「勢いはある……だがまだ振り切れてはいない」
余裕を持ったアベーレスにジワリジワリと押し返されていくデイ。
危機を持ったのかデイは一旦後ろへと飛びアベーレスとの距離をとった。
「どうした?息巻いた癖にその程度か?」
引き下がったデイを見て嘲笑うかのように挑発をしてくるアベーレス。
デイは気持ちを落ち着かせ、アベーレスの様子を窺う。
彼から立ち昇る魔力はアベーレスが俺以上の強者だということを示す。
構えだって一見隙だらけに見えるが全く隙のない完璧な構えで俺を待ち受けていた。
コイツに俺は勝たなければいけない、そして俺はいったいどうしたらこの男に勝てる?
「来ないのか、ならばこちらから行くぞ!」
瞬間アベーレスの脚は地面から離れ、俺へと接近してくる。
速い……けれども俺はこれ以上速く動ける奴を知っている!
高速で接近するアベーレスの攻撃に対応する、素早さに振った攻撃。
先程まであった攻撃の重さが薄れていた。
その後2人の人器がぶつかり合う。
攻勢を仕掛けているのはアベーレスだが、デイも攻撃に慣れ始めてアベーレスの攻撃を捌けるようにまで至る。
このままなら……
「行けると思ったか?」
次の瞬間、アベーレスが深く姿勢を下げて俺の懐に侵入する。
それを察知した時には腹部に複数回の衝撃がはしった。
魔力を込めた拳による打撃、シンプルだが相当に効く。
「そらよっと!」
打撃に怯んだ瞬間、アベーレスは俺の体を持ち上げそのまま投げた。
そして投げた場所は……
「あっしまった……」
投げた張本人がしまった!みたいな顔で投げ飛ばされて宙に浮いている俺を見ていた。
俺の背中は何かにぶつかったがそのまま床に落ちていった。
「……デイ……なの?」
痛みにうなだれている俺に声がかけられた。
その声は俺が待ち望んでいた声、俺はその声の主の為にここまで来た。
そうアベーレスはうっかりヴァーリンがいる部屋の扉に俺を投げてしまい、そのまま扉を壊して俺はヴァーリンの部屋へと入っていたのだ。
「あ、あぁ俺だ!全く世話かけやがって!!
みんな待ってるんだ!さぁ戻ろう」
ヴァーリンを発見して気持ちが舞い上がる、俺は彼女の手を掴んで外へと連れ出そうとしたが……
「なんで……来たのよ……」
──えっ?
ヴァーリンは俺の手を振り解いて一言言い放った。
「あなた達が来たら……私は……私は……」
ヴァーリンのその声は怯え震えていた。
何か恐ろしいものに支配されているような感覚、そしておそらくヴァーリンを支配するものとは……
「そうだよな?お前達はヴァーリンのおかげで今無事なんだ」
アベーレスがゆっくりと部屋へ歩を進めながら語る。
「どういう……事だ?」
意味深な発言をするアベーレスの方を向き問いただした。
「ヴァーリンは俺の1人娘……そんな大切な子供を命の危険が伴う騎士団には置いてはおけないだろ?
けれどヴァーリンは何度も帰るのを拒んだ、だからこう提案したんだ。
帰ってこなければヴァーリンの友達に危害を加えると、そうしたらすぐに帰ってきたよ」
アベーレスが話したのはヴァーリンが騎士団を辞めた理由のようなものだ。
たしかに騎士団に所属し続けていたら命の危険は伴う、親としては正しい判断なのだろう。
だけどそれは……
「これはヴァーリンの意思じゃないんだろ?」
親の都合で縛り付けられているようなものだ。
俺はそれが気に食わない。
「はっ、それがどうした?いいから娘から離れ……うおっ!」
部屋に近づくアベーレスだったが、不意の一撃で姿勢が崩された。
「このまま何もしないんじゃ……いけないと思いましてね……」
アベーレスの脇の方にさっきまで倒れていたパートリーが突進してきてアベーレスの動きを止めていたのだ。
「ちょこざいな!!」
アベーレスは即座にパートリーを振り解いて横方向に吹き飛ばした。
そしてそのままパートリーに追い討ちをかけようとサーベルを振り下ろした。
「させない……!」
サーベルはパートリーの前に立ち塞がった雪の結晶のような形の盾に止められた。
パートリーと同様にレイナもアベーレスに対して立ち向かったのだ。
「この……」
アベーレスは怒りを露わにする。
「もうやめてください……私は大丈夫ですから……」
アベーレスの激昂にヴァーリンは泣きながら言う。
「……ヴァーリンお前、俺達のことを見くびってるな?」
涙を流すヴァーリンにやさしく声をかける。
「俺たちがそんな簡単にやられるタチじゃない」
ヴァーリンにそう語り俺は立ち上がりアベーレスを見た。
その時のアベーレスはレイナを盾ごと吹き飛ばしていた。
「それを今から俺が見せる……あとそれから……」
俺はアベーレスの元へと歩き出す、そして少し恥ずかしかったが……俺は
「なんで来たのか……か、それは……俺はお前が好きだからだ」
部屋から出る瞬間、俺はヴァーリンの方を振り向いてそう告白した。
決意は決まった、後ろにいるヴァーリンを安心させる為にも俺はこの男に勝利する。