【109話目】 デイの覚悟
展望台の近く昼間なのに人通りのない道。
そこで俺たちはヴァーリンの言葉を聞いた。
「もう貴方達とはもうお別れです」
彼女は俺達に背を向けてそう言い放った。
両隣には執事の格好をした男が右左それぞれ1人ずついて、ヴァーリンの隣をガッチリと固めていた。
おそらくはウォルノン家の執事だと思われるが……それよりもヴァーリンの言葉にしか意識が向いていなかった。
「どういう事だよ」
真っ先に口を開いたのはユートだった。
彼も俺と同じように信じられない、といった表情をうかべてヴァーリンを見ていた。
しかし、ユートの言葉にヴァーリンは反応せずただ俺達に背を向けているだけだった。
そしてそのままヴァーリンは2人の男に連れられて俺たちから離れて行く。
突然のことで俺の体は動けずにいた。何が起こっているのかわからず、何をしていいのかすらもわからないまま俺は去っていくヴァーリンを見ることしか出来なかった。
それでもそんな中ユートは動く。
「待てっ!ちゃんと説明しろ!!」
ヴァーリンに向かって走り出すユート。
手を伸ばし!ヴァーリンを引き止めようとしたその時だった。
「おまえさんは黙ってろ」
突如としてユートの懐に何かが入った。
小柄でなおかつ、かなりのご老人そうな男性はすぐにユートの腹部に向かって拳を振るった。
老人に気付けずに攻撃をモロにくらい、その場に倒れるユート。
「ワシの孫娘に手を出してんじゃねっ」
倒れるユートを見下ろしながらヴァーリンの事を孫娘と呼ぶ老人、おそらくヴァーリンの祖父にあたる人物なのだろう。
倒れているユートをよそにヴァーリンは歩く。しかし一瞬だけヴァーリンはこちらを向いた。
その時のヴァーリンの目から出た雫が彼女の頬を伝って流れていた。
それだけで彼女が泣いていることくらいわかった。
その表情を見た俺は手を伸ばそうとするがその手は届かずそのままヴァーリン達は行ってしまったのだ。
その後俺たちはその場で各自解散とした。
ユートは一時地面に横たわった程度ですぐに回復して起き上がっていた。
日が暮れて俺は1人、騎士団へと戻っていった。
1人になり壮大な喪失感に襲われる、なぜ俺はあの時ヴァーリンを引き止めなかったのか?
確かにユートを倒した老人は強い、それでも俺もあそこで行動を起こしていたら何かが変わっていた筈だ……
いや、本当に変えられていたのか?
俺がヴァーリンに何を言えたというのだ……
そんな思考をしながら騎士団の廊下を歩いていた時、俺の目の前に1人の男が立っていた。
その男は俺の見覚えのある男だった。
白髪の高身長の青年、俺の実の兄ゼン・マックラーゲンだった……
「お前の同期、ヴァーリンが騎士団を辞めたようだな。こんな物を俺に渡しやがって……」
兄は何かを取り出して俺に見せた。
それは紛れもなく、ヴァーリンの騎士団の退団届けだった。
「こんな物をなんで自分ところの中隊長じゃなくて俺に渡すかね……まぁ早々に逃げたかったんだろう」
落胆したようにそう言葉を吐き捨てる兄に……いやゼンに俺は少しだけ苛つきを覚える。
確かにヴァーリンの退団は急だった、けれども別れ際に見た彼女の泣き顔……あの顔は騎士団を辞めたいなんて思ってはいない顔だった……
「違う、ヴァーリンはそんな奴じゃない!」
ヴァーリンを侮辱された事に対してゼンに怒りをぶつける。
「本当にそう思うか?どうせアイツは貴族なんだ。きっと騎士団の事もお前の事もどうでもいいと思ってたんだろ?」
しかしゼンのヴァーリンに対する侮辱は止まらなかった。
俺はついカッとなってゼンの胸ぐらを掴んだ。
「違う!!お前なんかにヴァーリンの何がわかるんだ!!」
ゼンの胸ぐらを掴みながら叫ぶ。
ヴァーリンの事も知らずに好き勝手言うゼンに我慢の限界がきたのだ。
だがゼンはすぐに俺の頭を掴み、そのまま壁へと叩きつけた。
「……上司への反逆行為だな罰則対象だ。」
ゼンは俺の頭を壁に押し寄せながら冷静に俺がおかした罰則への対応をした。
当然だ、兄とはいえゼンはこの騎士団の中隊長……そんな人間に逆らったのだ、俺も退団させられるのだろう。
「お前"達"には明日からの第1第4第5中隊合同の作戦の同行を禁ずる。大人しくパゼーレで待機してろ」
しかしゼンが放った俺への罰はあまりにも軽かった……いや、それよりもゼンは今……
「連帯責任としてお前の他に、今回参加する筈だった第5中隊のヘルメン……そして第4中隊のヴァーリンも今回の作戦への参加を禁ずる」
ゼンの言葉に俺は何の返しも出来ない。
「このヴァーリンの退団届け……面倒だから俺たちが作戦から帰ってきてから受諾する。
……まぁその間に取り消されたら、この退団届けは無駄になるな」
ゼンはわざとらしく振る舞う。
それはまるで……ヴァーリンの退団する事を俺たちに止めて欲しいと言っているようで。
「まぁその間、お前達がやらかした事はこの判断を下した俺の責任になるな……まぁあんまり痛くも痒くもないがな」
さらにゼンの言葉は続いた。
「そ、それって……」
ゼンの言葉の意味を理解しながらも、何故彼がそうするのか疑問が浮かんだ……
「お前のやりたい事でもしてろ、何もしないで悔いが残るような事は絶対にするな」
ゼンは今日で1番強く言葉を俺に放った。
それはまるで激励のように……
「それじゃ俺はもう行くよ……」
ゼンは何かを言いたそうにしながらもその場を去って行った……
俺がやりたい事……俺はあのままヴァーリンと別れることになるのが納得が行かない。
せめて俺でも納得が出来る理由を彼女自身から聞かなければ……
なら……俺は……
「お前の兄さん、勘違いしてたよ。めっちゃいい人だな」
突如として声をかけられる。
俺は声の方へと振り返る、そこにいたのは声の主ユートをはじめとしレイナ、パートリー、ラードフ、ヘルメンの5人がいたのだ。
「あのままだと、なんかやられっぱなしで気分が収まらないんだ。ちょっとくらい仕返ししてもいいだろ」
さっき老人にダウンさせられたユートがまず話した。
「あのまま消えるのは私は納得出来ない」
いつもはヴァーリンと仲の悪いはずのレイナもユートと同じように話した。
「俺はヴァーリンとはあまり仲は良くなかったけど、それでもあの別れはないと思うぜ」
「俺もしれっとデイの巻き込み喰らった身だからな、やるなら俺も……」
「いやぁ……あまり事を荒立てるのは……はい協力します……」
ラードフ、ヘルメン、そして少し日和っていたが隣にいるユートの無言の圧力でパートリーも賛同する。
こうして俺達はヴァーリンの実家、ウォルノン家に攻め込むという計画を立てた。
決行は明日の早朝!
この行為は俺のわがままかもしれない、それでも俺はまだヴァーリンと共にいたい。
ヴァーリンからしてみれば傍迷惑な奴だろう、それでも俺は俺のわがままを通すと決めたんだ。
デイ達がウォルノン家に攻める事について話し合っている夜、都市パゼーレに1人の男が降り立つ。
その男は虚空から空間を歪めて、パゼーレの結界を通り抜けてこの都市に侵入したのだ。
「さて、仕事を始めますか」
その男の名はシルド
凶震戒の十戒士が1人、目的はこの都市の陥落であった。