44段
友達と遊ぶ約束をした。
小学3,4年生の頃だったと思う。
学校の休み時間に約束をしていた。放課後、私はランドセルを家に置いて、待ち合わせ場所に行った。まだ外は明るかった。
待ち合わせ場所は、集落のはずれの山に作られた、石段の途中だ。下から44段上ると平らなスペースがある。教室2つ分くらいの広さがある。昔はそこに小さな神社があったらしい。でも当時はなにもなかった。白い砂利が敷かれただけの小高い空き地。子供の遊び場になっていた。
石段は、その空き地の上にも続いていた。100と…何段だったか思い出せない。
上には大きな社殿をもつ神社があった。だがいつも無人で、鬱蒼と木々が茂っていた。そこまで上って行くことは、あまりなかった。
私は空き地まで来ると、友達を待った。
だが来ない。
退屈で、上の社殿まで行って、一周して戻ってきた。でもまだ来ていない。ずいぶん長く待った気がする。
12月は日が暮れるのが早い。
田舎の田園地帯ともなれば暗くなるのはあっという間だった。
友達は約束を忘れてしまったのだろうか?
私は先刻上ってきた44段の石段と、その先の集落に入ってゆく道を眺めていた。友達どころか誰も通らない。
私は不安になり、帰ろうかと思い始めた。太陽は山の向こうに、すでに半分隠れていた。
その時。
私の背後で、落ち葉を踏む音がした。
音は続いた。誰かが近付いて来るように。
でも。
私の他に、ここには誰も来ていない。
上の社殿にもいなかった。
他に、ここへ来る道はない。
体から血の気が引くのと、石段を駆け下り出したのは同時だった。
転びそうになりながら石段を下り切り、集落への道を夢中で走った。
家の玄関に駆け込むと、飼っていた犬が居間から飛び出してきた。
そして私に向かって吠え出した。
それを追いかけてきたおばあちゃんが、犬を抱いてなだめる。
そんなことは初めてだった。とはいえ私はまだ怖くて、急いで家に上がり込んだ。
犬は吠えていた。私ではなく、玄関に向かって。
「あんた、誰かと一緒だったの?」
おばあちゃんに訊かれた。
「ひとりだったよ」
「おかしいね。何に向かって吠えてるんだろう?」
犬はおばあちゃんに抱っこされながらも、身を乗り出すようにして吠え続けている。
「そうそう。いつもの子たちが、あんたを誘いに来たよ。あんたひとりで遊んでいたの?」
「私は…」
待ってたんだよ。…言おうとして、言葉に詰まった。
誰を、待っていたんだっけ。
思い出せなかった。誰と待ち合わせしていたのか。
おわり
読んで頂きありがとうございました。