プロローグ
☆西暦2015年10月☆
乗客の少ない電車。車窓には過行く木々の隙間から夕日が見え隠れしている。揺れは穏やかで心地よさそう。
車内に居る一人の女性。薄っすらと蒼みがかった長い黒髪、水底のように蒼い瞳、白い肌、秋だというのに半そでの白のワンピース姿。膝上には手帳があり、時にはスラスラと、時には少し考える素振りで文字を書き記している。彼女の目線は手帳を見ているはずだが、どこか遠くを見ているような、そんな眼をしていた。
しばらくすると彼女は電車を降りた。駅からでると周辺は背の高いビルが目につくけど、少しも歩けば住宅すらまばら。街灯もあまり設置されていない。太陽の姿は見えず、若干の明かりが空に僅かな色を付け、色を失ったはずの空にはキラキラと星が輝き始めていた。
彼女は手帳に挟んである地図に一度目を落とす。ザックリで粗末な字。とても解りずらい。しかし問題はない。目印はすでに車窓からも確認できていたから。
空気の澄んだ高い雲に届きそうなほど大きな物。
前に空から落ちて来たもの。
駅から降りてからはそれを目印にまっすぐ歩いていれば着く。だけど、あの子が先に彼女を見つけると思う。
「せーんせー!」
米粒くらいの人影だが、手を振って大きな声で呼んでいる。その声は普通の人では聞こえなかったかもしれないけど、彼女にはしっかりと届いていた。人影は上下にも動いているから、きっと一生懸命ジャンプでもしているのだろう。彼女は羽ばたこうとしたが、すぐにそれを止めて小走りであの子の元へ向かう。あの子に負けないくらい大きく手を振って。薄っすらと蒼の混じる綺麗な髪をなびかせて。
「ぉおおおおおおー」
気が付けば彼女は声を出していた。数百年単位で声を出さない時期がある彼女だが、あの子と出会ってから、また自然と声を出すようになっていた。しかし、随分と間延びした声。無理もない、喋るのが根本的に苦手なのだから。
二人の距離はあと20メートルくらい。二人とも笑顔で距離を縮めていく。そんな時彼女が再び間延びした声を出した。すると急にあの子がふさぎ込んで体が小刻みに震え始める。彼女は心配そうに駆け寄ったがすぐに表情が変わる。ふさぎ込んでいたのは笑っているだけだったから。
「ごめんなさいセンセッ、で、でもッ「うぉおおおおー」って、ちょっ、ツボッたおなか痛たーいッ」
震えている子を見る彼女の表情はッムとしたが、それもすぐに変わり何やら企んだ表情で耳元へ。すると再び女の子は大爆笑、彼女も笑っている。とても楽しそう。
☆――――――☆
「わざわざ来てくれてありがと、センセ。はいこれ、紅茶入れてみた」
「……いただきます」
二人はとても狭い部屋に居る。7畳半の部屋の中心に小さなテーブル。壁際には天井までの本棚がびっしりと並んでいる。そんな部屋で大きなクッションを背もたれにして二人並んで紅茶を飲んでいる。実に狭い。
「……本が、沢山……本当に沢山」
「元々叔父さんが歴史好きで、そういった本が沢山あったんだけど、まさか自分も歴史にハマるとは思わなかったよ。で、気が付いたらこの有様」
よく見ると本棚は一つで大きい物と、小さい物が重なっている物がある。恐らく本を集めているうちに棚が足りなくなり増設していったのだろう。この部屋で地震にあったら大変な事になりそう。
「少し、見ても良い……?」
彼女は本棚に目を向けながら問いかける。女の子は「もちッ」と、OKサイン。それを確認して立ち上がった彼女は暦の若い棚へ。女の子も本を眺める彼女の少し後ろに。
「そういえばセンセって、旦那さんとか居ないの?」
突然の質問。その言葉に彼女は反応したが、後ろからではわからない。しかし
「……居た」
彼女は最初に取ろうとした本ではなく、女の子の言葉を聞いてから別の一冊を手に取り、振り返る。その表情はいつものボーっとした表情ではなく、随分と緩んでいる。惚気顔。頬だけでなく顔全体が緩みきっているのが良く判る。
「なに、聞きたい? あの人の事」目が輝いている。
「うはッ センセ 顔、顔キモイ! すげぇーきもい顔になってるよ!」
「どうなの? 聞きたいの? 聞きたくないの?」女の子を本棚へ追い込んだ。
「聞きたいです! 聞くからそのニヤニヤしたキモイ顔やめてぇ」
二人は少しじゃれた後再びクッションに背をあずけるように座る。彼女は選んだ本をパラパラめくると、とある地域の載ったページを指さした。
「あの人と……出会ったのは、ここ」
『旧大陸神話』彼女の選んだ本の名前。彼女が指さしたのは人間たちにとって伝説上の場所。
★大陸歴315年★
彼女はここの暮らしをとても満喫している。人間達に条件付きとは言え敗北した彼女は、慕ってくれている仲間と共にこの禿山ばかりの土地に移り住んだ。彼女は『引っ越しするのは私だけでいいんだよ?』と、仲間達に伝えたらしいが、結局みんなで引っ越す事になったみたいで、かつて築いた大坑道都市は人間に使い方まで説明して譲ってしまった。ただ、全員ついてきたのかと言うとそうでもなく
「あいつらの作る料理に興味があるんだ! すまないっ!」
と、涙ながらに人間の元で暮らす決意をした者も居る。彼女と仲間達は、今はこの禿山ばかりの痩せた土地でどうにか農業が出来ないかを模索している最中だ。
「どうだ? 調子は?」
「相変わらず岩や砂利ばかりで均すだけでも大変だ」
「まったく。姫様もなにもこんな禿山に引っ越ししなくても」
畑を耕そうとしているのは人と比べて体の大きな者たちだ。小さい者でも2m 大きい者は3mを超えている。人間のように二本の足で立っているが、牛の様な山羊の様な顔に大きな角が二本、筋肉質な体は短い毛で覆われており、色も黒・茶・赤・白と様々。しっぽは体格の割に細くて、短くて、フリフリしていて、とても可愛い。
「ん……だけど、姫様が楽しそうにしてるから『まぁいいか』って思える」
「同感っす」
「うむ」
「そこに尽きるな」
そんな会話をしていると、斜面の岩陰から彼女の顔がひょっこり現れた。その髪は短く綺麗な水色をしていて、空のように澄んだ青い瞳、白い肌に、元々白かったが土やらなんやらで大分汚れてしまった布を羽織っている。その姿は人間の女性と変わりない。
「ん? 姫様?」
仲間達は全員で彼女の方を見ている。不思議に思ったのも無理はない。日が昇っている時間、彼女は別の畑を担当していてこっちには来ないはずだから。
「また変な事を思いついたのかもしれんぞ。気をつけろ」
一番後ろに居た仲間がそう呟くと、他の者も生唾を飲み込んだ。彼女の思い付きはいつも突然で、小さい事から前回の戦争のように世界を巻き込むようなものまで様々。仲間たちはいつもそれに振り回されている。しかし、それを不快に思う者は居なかった。自分たちを振り回す彼女と一緒に居るのが楽しいから。
今度は何を思いついたのだろう?
彼女はトテトテと小走りで作業をしている仲間の元へ。その手には根のような物が握られていた。
「姫様、まさか俺達に毒見をさせる為に来たんじゃないんですよね?」
仲間の一人が少々疑った態度で彼女に声をかける。会話をしている様子だが、彼女の口は動いていない。表情もボケーっとしたもので眉一つ動かさない。だが、彼らには何かが聞こえているようで普通におしゃべりをしている。ワタシには聞こえない。仲間たちや一部の人間の話からすると、彼女は相当なおしゃべりらしいのだけど……。
「え? そうなんすか。じゃぁ遠慮なくいただくっす」
白毛の彼が彼女から根のような物を受け取ったが、遠慮なくといった割には慎重に全体を細かく見たり、匂いを嗅いだりと、なかなか口に運ぼうとしない。
「美味しかったって言ってるんだ。お前が食べないなら俺が食べるぞ。よこせ」
隣に居た黒毛が手を伸ばし根を取ろうとするが、白毛は素早く背中に隠してしまった。
「食ぁべるっつうの! でも、初めて見るもんだからなんかぁ、勿体なくてぇ――ふぇ! ひ、姫様まで! だから、疑ってるんじゃなくてぇ勿体なくてぇ!」
「だぁあああ! じれってぇええ!」
なかなか食べようとしな事に痺れを切らして後ろに居た赤毛が根をバクり。パリパリと気持ちの良い音を立てて鼻息を大きく一つ。赤毛の瞳から涙がジワリと滲んだかと思うと突如として雄たけびをあげた。
「ッカっラぁあああッ! おっふぉお!」
赤毛は堪らず砂利を口いっぱいに頬張り始めた。それを見た仲間たちも当然慌てた様子でオロオロとしている。彼女は相も変わらずボーっとした顔だ。
「姫様! なんっすかあれ!?」
白毛が腰に下げていた植物の茎を赤毛の口に突っこんでいる。赤毛は砂利を吐き出すと茎にむさぼりついた。茎からは水が飛び散っている。彼女は相変わらずボーっとした表情をしているが――
「姫様ッ笑ってる場合じゃないですって! 」
どうやら笑っているみたい。
★――――――★
彼がやって来たのは、彼女がここに移り住んでから100年ほどした頃だった。
★――――――★
こんばんわー! ガラクタンです! ここまで読んで頂いてありがとうございました!
ここでは本編の補足を少ししていきたいと思います。反則だとは思いますが。
冒頭のシーンは現代と変わりない世界観で、暦も西暦が使われています。出来事とかは違うところもありますが、おおむね同じです。
大陸歴は紀元前だと思ってください(もちろん直結しているわけではないですが)ドカっと紀元前のどっかに黒歴史があるようなイメージです。大陸歴の世界観としては魔法やら魔族やらが出てきます。工業力なんかもそれなりにあり、魔法を抜きにしても中世ヨーロッパ程の文明があります(大砲とかが登場したあたり? ごめんなさい結構テキトーです)本編でも後で話が出てくると思います。
(僕がちゃんと書けば……ですが……)
週一程度で少しずつでも更新できるよう頑張りますので、よろしくお願いします!