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伊賀のくノ一の正体

 有岡城に籠っていた荒木村重は単身逃走し、有岡城は織田の手に落ちた。

 当然、城の水牢に閉じ込められていた黒田官兵衛も救出され、官兵衛があの時言ったように、信長は官兵衛が裏切っていたのではなく、囚われていたと認識し、その苦労をねぎらった。

 そして、第二次木津川口の戦いで、織田軍に制海権を握られてしまった本願寺は、ついに信長と和睦した。

 畿内で争われていた戦いの終結。畿内の戦いに振り向けていた戦力を他に回す事ができるようになった信長は、ついに本格的な伊賀攻めに踏み切った。


 数万の軍勢が伊賀に襲い掛かる。

 これではさすがの伊賀も陥落するしかない。いえ、信長はそんなたやすい結果を求めてなんかいない。逆らう者の皆殺し。それが信長が求めるものである。

 夢の中で、師は私に言った。

 武家に忍びが滅ぼされるのはよしとしない、と。それが夢の中の出来事であったとしても、私にとっては、師の言葉は師の言葉である。

 毛利に滅ぼされた西国無想流と重なってしまう。


 そんな思いを抱き、私が伊賀の地に到着した時、まだ織田の軍勢の侵攻は始まってはいなかった。伊賀勢は土塁を築き、本格的に戦いに備えている。とは言え、数万の軍勢を防ぎきれるとは思えない。

 戦いが始まる前に、伊賀の人たちを説き伏せたい。

 そんな思いで伊賀に入った私だけど、相手はそんな風にとってくれやしない。敵。そう受け取った伊賀者たちに突如囲まれた。


「織田の手の者だな」


 武装した見知らぬ私を見て、そう思ったのか、師と共に以前来た事を覚えていて言っているのかは分からないけど、伊賀の者たちがそう言って、それぞれの得物を私に向けて来た。敵の数、五人。


「私は織田のために来た訳じゃない。

 同じ忍びとして、武家に滅ぼされるのをよしとしないため、話し合いに来た」

「話し合いだと?

 信長は話のできる相手ではあるまい」


 信長は自分に逆らう者は徹底的に排除する傾向が強い。叡山をすべて焼き払った事、一向一揆の者たちを皆殺しにした事など、その例に困る事はない。


「一旦、身を隠す事だって選択肢にあるんじゃないの?」


 私の目的は、信長と伊賀の和解と言う訳じゃない。伊賀流忍術を信長の手で滅ぼさせないと言う事だ。


「ある訳あるまい」


 男たちはそう言うと私に向かって襲い掛かって来た。

 私に向かって無数の苦無が飛んでくる。

 素早く身をかわすと共に、闇斬り抜き去り、刀身で苦無を叩き落とす。

 向かって来ている一人の男の懐に飛び込み、腕を薙ぎ払う。


「待ちな!」


 女の声がしたかと思うと、男たちの動きが止まり、私との距離を取った。

 声がした方向に目を向けると、黒装束に身を包んだ、小柄なくノ一が立っていた。

 私を翻弄した相手だ。


「お前たちじゃ、勝てないよ。

 そいつは私がやる」


 前の戦いで私を追い詰めただけあって、自信満々らしい。

 放っている気にも闘志がみなぎっている。

 私はあの時の私じゃない。

 私も闘気を高め、闇斬りの切っ先をくノ一に向けた。

 二人の戦いはくノ一が放った苦無で始まった。

 あの時と同じで、くノ一は苦無を私に投げつけると、すぐに小刀を構え、駆け寄って来ていた。

 向かって来る苦無二つを闇斬りで叩き落とす。

 その隙に私の間合いまで入って来ていて、小刀で鎖帷子に守られていない顔面を襲って来た。あの時と同じだ。

 しかし、私と近づきすぎた事で無防備となっている部分がある。

 小刀をかわしつつ、くノ一の腹部に蹴りを入れる。


「ぐふっ!」


 そんなうめき声をあげて、私から後ろに下がり、少し距離を取った。

 だけど、放たれている闘志に衰えは見えない。

 すぐに私に襲い掛かって来た。

 私の右側から襲い掛かって来る。

 闇斬りの間合いに入った所で、闇斬りを振り下ろすと、すでに向きを左に変えていた。

 そのくノ一の動きは予想の範囲内。と言うか、私の振りも相手を誘うため。

 すでに闇斬りの柄から離していた左手で、小刀を握っている右手を取り押さえて、捩じ上げる。

 捩じ上げられる腕の痛みから逃れようと、私に背を向けたところで、その背に私が体重をかけると、あっさりの地面に突っ伏した。


「かえで殿」


 男たちがくノ一の危機に声を上げた。

 かえで?

 かえでちゃん?


「待て!」


 駆け寄ろうとする男たちの背後で、別の声がした。

 男たちの背後にいたのは、年配の男で、以前私と師が信長への従属を説きに来た時に会った百地三太夫だ。


「おじいちゃん。ごめんなさい」


 私にねじ伏せられているかえでちゃんが言った。

 さ、さ、三郎。以前、祖父の名を答える時にどもったのは、三太夫と言いかけて、止めたかららしい。


「燐殿も、孫娘を離してやってくれぬか」

「分かりました」


 かえでちゃんを離すと、闇斬りを鞘に戻した。


「こちらへ」


 百地三太夫に誘われ、私は彼の屋敷の中に入って行った。


 そこで私は武家の手により伊賀流忍術が消え去る事を避けたいと言う事を話した。

 合わせて、この世を平穏にするため、信長の治世を確立しなければならないと言う事を話した。信長の治世確立に関しては、三太夫から賛同は全く得られなかった。

 理由は二つ。

 世が乱れていてこそ、忍びが活躍できると言う事。

 そして、信長の治世は信用できないと言う事だった。

 だけど、織田軍が攻めてくる前に伊賀を離れると言う話は受け入れてくれた。ただ、他の有力者に話をしに行く前に、織田軍の侵攻が始まり、戦の前に離脱できたのは三太夫の配下の一部の者だけだった。三太夫の配下の中にも、自らの地を守るため、負け戦に身を投じた者が多かったのだった。

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