夢
「食い物を出せぇ」
「お、お、女だぜぇ」
家の外でする夜盗たちの下品な声。
「大丈夫だから」
ぎゅっと母が私を抱きしめながら言った次の瞬間、その夜盗たちが、私の家の扉を打ち破り、姿を現した。
「この女もらった。
来い!」
そう言って、夜盗の小汚い手が、私の母の腕を掴んだ。
平和な世を望んで、ここまでやって来たと言うのに、また無に戻るの?
そんな思いがこみ上げてきた時、私は思い出した。
私は昔の私じゃなかったんだ。
すくっと立ち上がると、どこから持ち出したのかは分からないけど、両手で刀を構え、切っ先を小汚い夜盗たちに向けた。
「いい加減にしな。
織田の一銭斬りを知らないの?
なら、私がその体に教えてあげちゃうんだから」
そう言うと、私の家の中に上がり込んできていた小汚い夜盗、二人を真っ二つに切り裂いた。
手向かいしない。人様に刃を向けない。
なんて事を信条にしていれば、敵は自分に襲いかかってきたりはしない。だから、武装はしないなんてのは、理想家が抱く虚しい妄想でしかない。
悪人はどこにでもいて、いつ襲って来るかなんて分からない。そんな輩から大事なものを守りたければ、自分が強くなるしかないんだ。
そして、その力で、襲って来た敵を葬る。
「織田の一銭斬りの恐ろしさ分かった時は、死んじゃってるのね」
私は血の海に沈む夜盗たちを見下ろしながら、そううそぶきながら、大切な両親や兄妹を守れた事に安堵したその時、新たな声がした。
「あなた、よくも私の大切な人を殺してくれたわね」
その声がした夜盗たちが打ち壊した家の扉の方向に目を向けた。
そこには、黒装束を身に纏った小柄なくノ一が立っていた。
どうやら、私が殺した夜盗はこのくノ一の家族か何かだったのだろう。
夜盗にも家族はいると言う事だ。
恨みの連鎖。
「どきなさい。
邪魔すると、容赦ないよ」
いつまでも恨みの連鎖を続ける訳にはいかない。これを断ち切るには、一方が諦めるか、そもそも世の中を平和にして、戦の無い世にするしかない。もちろん、話し合いでなんて事はあり得ない。平和は圧倒的な力を持つ者によってのみ実現でき、今は信長が、それを成そうとしている。
まだ、信長の天下は未完成だし、すでにこのくノ一と関係のある夜盗は私が斬り捨ててしまっている。とりあえず、相手に引き下がる気があるかたずねてみた。
「あなた、前もそう言ったよね?
でも、私に歯が立たなかった」
そうだ。
こいつは伊賀で出会ったくノ一で、私が翻弄された相手だ。
あの時は敗れたけど、ここで敗れる訳にはいかない。
なにしろ、ここには大切な両親や、兄妹がいるのだから。
敵はすでにやる気満々で、小刀を左手に、右手に苦無を握りしめていた。
そして、なんの躊躇いもなく、苦無を放ってきた。
一つ、一つ苦無を地面に叩き落とす。
なぜだか、すでに家ではなく、戦いは夜の野原に場所を移していた。
ぐさっ。ぐさっ。
苦無が音を立てて、地面に突き刺さる。
全てを叩き落とした。そんな思いを抱いた瞬間、敵は私の目の前に迫って来ていて、小刀で私の顔面を襲って来ていた。
間一髪で、それをかわした時、懐かしい声が聞こえて来た。
「燐。なぜ、そいつに勝てないか分かるか?」
師の声だ。そう言えば、師はどこに行っていたのか、伊賀者たちと戦った時には、私の横いてくれなかった。
「師よ。どこに行かれていたのですか?」
心の奥底からなつかしさと安堵感と寂しさが入り混じったようなちくちくした想いが込みあがって来た。
「そのような事より、今は目の前の敵だ。
いいか、燐。
お前はいつも自分より大きな相手とばかり戦って来た。
自分より小さな相手とは戦った事が無かったのだ」
そうだ。師の言うとおりだ。私の敵はいつも私より大きかった。
「ならば、逆に大きな相手と戦う術を知っているはずだ。
そのくノ一の攻撃も燐なら分かるはずだ」
師の言葉の意味が分かった。
無能な木偶の坊はただただ斬り裂けばよい。そうではない強者の場合、相手の大ぶりな動きをかいくぐり、ちょこまかと動きつつ、相手の懐に飛び込み、相手の得物を無力化し、自分の得物で相手を斬り裂いてきたのだ。
「師よ。見ていてください」
そう言うと、大きく息を吸い込み、得物を相手と同じ小刀に変えた。
「ちっ!」
あの時のように、敵は舌打ちをしたかと思うと、私に襲い掛かって来た。
素早さでは私の方が勝っている。
近づき、繰り出して来た敵の小刀を同じ小刀で防ぐと、そのまま左手で小刀を持つ敵の右手を掴むとねじあげた。
体格の違いは力の差でもある。
肉弾戦になれば、力と格闘技能の差が物を言う。
自由に行動する力を奪われた敵の首筋を小刀で掻き切ると、敵は力なく血の海に沈んだ。
「勝った」
「だが、燐。私は武家の手で忍びが滅ぼされるのはよしとはしていない」
師はそう言い残すと、私に背を向けた。
また、師がどこかへ行ってしまう!
そんな危機感が、私の意識を覚醒させた。
上半身を起こし、辺りを見渡す
そこは弱々しい月明りが板戸の隙間から差し込む夜の部屋の布団の中だった。
どうやら、師との出会いは夢だったらしい。
「師よ」
夢の中でとは言え師に会えた少しの嬉しさと、現実には師がいないと言う寂しさが入り混じり、その夜、私は眠れなくなってしまっていた。




