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光秀謀反の予兆

 毛利水軍に敗北し、息を吹き返した本願寺。

 そして、荒木村重謀反。

 反織田大名に織田包囲網を訴えるだけでなく、織田の家臣団にくさびを打ち込む好機。

 義昭は、そう言った好機見定める力はあった。毛利の下に下ってからも、反織田の活動に余念は無かったけど、今はさらに活発になっていた。


 そんな義昭が信長家臣団の中でも、特に目を付けたのは明智光秀だった。

 かつて自分に付き従っていたと言うのもあるだろうけど、織田の軍団の中でも、一大軍団を率いる光秀を唆すと言うのは、私的には信じられない気がするけど、その話に乗っている光秀に私はもっと驚かされた。


 義昭が光秀に宛てた密書に対する光秀の返書を託された密使を私は捕えていた。

 そして、その返書には、自分への忠誠を求める義昭に対し、自らは足利幕府の幕臣であり、機会を見て、信長を裏切る。その機会とは、毛利に手を焼くサルが信長に援軍を要請し、信長が中国に向かった時だとまで記していた。その機会を得るためにも、毛利に頑張ってもらいたいと記されていたのだ。



「ふむ。

 花押も光秀のものに間違いはなさそうじゃのう」


 城の普請が始まったばかりの安土に築かれた信長のための仮の屋敷の一室で、私が差し出した書状に目を通し終わった信長が言った。


「どうしたものかのう」


 信長は独り言のように、そう言うと、顎髭のある自分の顎をさすり始めた。

 その反応は、私としては予想外だった。

 怒りに身を任せ、その返書を破り捨て、「光秀を呼べ!」と怒鳴り始め、現れた光秀を斬首する。

 信長の人に対する不信と裏切りと言う行為への敏感さから言って、私が想像する信長の行動とは、こんな感じだった。だと言うのに、落ち着いていて、光秀に対する怒りの表情も見せておらず、光秀に対する怒りの気すら放っていない。それどころか、一瞬、口元がにやりと緩んだようにさえ見えた。


「義昭の下に、これが届くよう差配しろ」


 結論を出した信長がそう言いながら、光秀の返書を私に差し出した。


「よろしいので?」


 信長の前まで進み出て、恭しくその返書を受け取りながら、確認した。


「かまわぬ。

 光秀にはまだ働いもらわねばならぬからな。

 それに、その書状によれば、奴がわしに歯向かうのは、わしが中国に向かう時との事じゃ。それまではこき使うてやろうではないか。

 じゃが、光秀の動き、注意しておけ」


 そう言い終えると、信長は高笑いを始めた。

 使える道具は最後まで使い切る。そして、使えなくなったり、意のままにならなくなれば、捨ててしまえばよい。冷徹な信長は、そう考えたのだろう。

 そう信長の言葉を理解した。そして、その返書を義昭の下に届くよう私は手配した。

 これで、いずれ義昭と通じた光秀が謀反を起こすと言う計画は、とん挫することなく進められるに違いない。

 だけど、信長にとっても私にとっても、光秀が本当に謀反を起こすとしても、その事が分かっているなら、対応方法はある。別に信長の天下盗りに影響はないのだ。



 信長の天下盗りの障害。それはまだまだあるけど、その一つである本願寺との戦いに決着をつけるための重要な戦いの準備が整っていた。


 本願寺への兵糧を断つため、大坂の海上を封鎖した織田の水軍が毛利の水軍の前に大敗を喫した戦いから、二年。その雪辱を晴らすべく、そして再び本願寺への兵糧を絶つべく、信長が用意した秘密兵器が完成していた。

 それは、鉄甲船と呼ばれる前代未聞の火を防ぐための鉄を装甲した巨大な軍船だった。

 船とは木でできたもの。その常識からかけ離れた鉄甲船の異様な姿を目の当たりにした大坂の民衆たちは、驚きの声を上げていた。


「なんやあの船は?」

「なんでも、鉄でできてるらしいでぇ」

「鉄が水に浮くんかいな?」

「でも、あの図体じゃあ、小回りが利かんから、結局勝てへんのんとちゃうかぁ?」


 ねねは鉄でできていても水に浮くと言い、信長は配下の九鬼嘉隆に命じ、小さな模型を作って検証させ、実物を作らせたらしい。そこまで知っている私でも、実際に浮くところを見るまで、信じる事はできなかった。

 民衆に混ざり、バテレンたちも驚きの表情を浮かべているところから言って、バテレンたちの国にもこのような船は無いようだ。

 この船が本当に強いのか、それともただの張子の虎なのか、その結論は日を置かずに出た。


 木津川口より本願寺に兵糧を運び込もうと言う毛利側の水軍に対し、信長側の巨大な鉄甲船は、ちょこまかと動いて、敵を叩く必要などなく、どっしりと木津川口で待ち構えればよいのだった。

 何百と言う毛利の水軍は、巨大な信長の鉄甲船を目の当たりにしながらも、数から言って、負けるとは思っていないらしく、速度を緩める事もなく、木津川口に向かっている。いや、数だけでなく、強者にありがちな過信なのかも知れない。


 広がっていた毛利の軍船は木津川口に近づくに従い、密集し始めた。

 どんどん密集して、鉄甲船に近づいて行く。

 そこに鉄甲船から大砲を放てば、狙わなくても当たると言うもの。

 どぉぉぉん!

 爆音を上げる鉄甲船からの砲撃で、数多の毛利の軍船が木っ端みじんに吹き飛んで行く。

 毛利側も、前回の戦いで効果を発揮した焙烙火矢や焙烙玉で反撃を試みるけど、相手が鉄では全く役に立ちやしない。放たれた毛利側の焙烙火矢や焙烙玉は鉄の壁に阻まれ、織田の軍船を燃やすと言う目的を果たすこともなく、虚しく海に落下し、その力を失っていく。

 かつて力を放っていたものが、新たな力の壁の前でその力を失う様を、私は毛利の未来と二重写しに見ていた。

 師の、そして西国無想流の宿敵でもある毛利の水軍の最期の時だ。

 私は心躍らせずにいられなかった。


 二度目の織田と毛利の大規模な海戦は、織田側の圧勝で終結した。

 これで、毛利は水軍力を失い、大坂湾における制海権を失った。本願寺が干上がるのもそう遠くないはずだ。


 信長を取り巻く状況は光秀謀反と言う密かにはらんだ種を秘めながらも、好転しつつあった。

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