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第一次木津川口の戦い

 人を失う事がこんなに辛いとは思っていなかった。両親を失った時よりも、衝撃が大きいのは、あの時よりも私が大人になっているからだろうか。

 頼れる人がいなくなったと言う感覚ともちょっと違い、もっともっと師と一緒にいたかったと言う寂しさと後悔が入り混じったようなものが、私の胸を締め付けていた。

 そして、師がいないこの世界で、もう私も生きていたくない。そんな気持ちになってしまっていた私が生きながらえ、長篠からたどり着いたのは、京の町だった。

 それは人ごみの中、師の後ろ姿を何度も見た気がして、追いかけている内に、ここまで来てしまったのだ。でも、その後ろ姿は、私が追いかけ始めるといつもすぐに消えてしまい、師に会いたいと言う私の想いが作り出した幻だったらしい。



 私が初めて訪れた時、京の町は荒廃していたけど、今は煌びやかな町によみがえっている。

 世の中を平和に。なんて事を師と共に目指していたはずなのに、そしてそれは師の望みではなく、私自身の望みだったはずなのに、今となってはもうどうでもいい気がする。

 もはや、町の華やかさに興味もなく、この世界が私の世界だとも思えず、ただただ呆然と一人とぼとぼと歩いていく。


「燐殿」


 私を呼ぶ声に振り向くと、そこにはにこやかな笑みを浮かべた竹中半兵衛が立っていた。

 にこやかな人と話す気にはなれないし、ましてや半兵衛と話す必要もない。

 視線を元に戻して、半兵衛に背を向けて再び歩き始めると、再び半兵衛が私を呼んだ。


「燐殿」


 うるさいなぁ。私に関わらないでよ。

 そんな思いが沸き上がっては来るけど、振り切って走り去る気力もない。

 無視して歩いていると、ぐいっと腕を掴まれてしまった。


「燐殿。

 少し時間をいただけませんか?」


 腕まで掴んで、しつこい。そうは思っても、やはり振り払うほどの気力は出て来ない。


「離してもらえませんか?

 私に構わないで」


 そう言うのが私の精一杯。それも、本当なら半兵衛を見つめながら言うべきだと言うのに、視線は半兵衛の足元にしか向けられない。


「燐、前を向いて、進むんだ!」


 私はハッとした。今のは師の声だ。

 やっぱり師は生きていた?

 辺りを見渡すけど、師の姿を見つける事ができない。

 半兵衛の腕を振り払い、再び辺りを見渡す。けど、声が聞こえて来た方向もよく分からなかっただけに、どっちに駆け出していいかも分からない。


「ねぇ。今、私に前を向いて進めって、声がしたよね?」


 私の問いかけに、半兵衛は戸惑ったような表情で、小首を傾げて見せた。


「はて?

 官兵衛殿は何か聞こえましたかな?」


 半兵衛の隣に立つ男にそう言った。どうやら、隣に立っている男は官兵衛と言うらしい。


「いや、私も聞こえませなんだが」

「そんな……」


 私の全身から力が抜け、地面にしゃがみ込んでしまった。


「燐殿、私には聞こえませなんだが、前に進めとの事であれば、ぜひ一緒に大坂へ」

「大坂?」


 しゃがみこんだまま、半兵衛を見上げてたずねた。

 半兵衛は言葉ではなく、力を込めて頷いて答えてみせた。



 気力が戻った訳じゃない。今でもこの世界の事などどうでもいい。それだけに、京だろうと、大坂だろうと目的の場所がある訳じゃない。私は半兵衛に促されるまま、大坂に来ていた。ちなみに、半兵衛と共にしているのは、黒田官兵衛と言う姫路の男らしい。

 半兵衛が私を連れて来たのは、大坂の海が見渡せる場所だった。


 数百隻はあろうかと言う安宅船が海を埋め尽くしていた。どれも五つ木瓜の旗を掲げており、織田の軍船だと言う事は明白だ。とすれば、信長に敵対する本願寺を締め上げるため、海上封鎖しているに違いない。


「間に合いましたな」


 官兵衛が言った。


「ここに私を連れて来た理由はなんなのでしょうか?」


 半兵衛と官兵衛に視線を行ったり来たりしながら、たずねてみた。


「燐殿。確か打倒毛利が目的でしたな」


 打倒毛利。師が望んでいた事で、私もそのつもりだったけど、師を亡くした今、それに執着するほど、生きていく気力は無く、返事もせず、続く言葉を待つ。


「ここにもうすぐ、毛利の水軍が兵糧を持ってやって来る」


 毛利の水軍?

 師の西国無想流を葬った水軍。

 許せない敵。そんな思いの灯が心の奥底に灯ったのを感じた。


「織田とどちらが強いんですか?」

「軍船は大きければいいと言う訳じゃない。

 数、戦術、訓練、全てにおいて毛利の方が上でしょうね」


 官兵衛が言った。とすれば、織田の包囲網は突破されると言う事になる。いや、織田が負けようと勝とうと、それほど関係ない。けど、師の宿敵である毛利の水軍が勝つと言うのは、受け入れられない。

 勝って!

 心の奥底で、織田の水軍の勝利を祈る。


「来ましたぞ!」


 官兵衛が西の海を差して言った。

 織田の船の数を上回り、どこまで続いているのか? と思うほどの船が姿を現した。でも、その多くが小型の船だ。官兵衛が言ったように、大きさが有利にならないのだとしたら、数だけでも大きく優っている毛利側が勝つ事になるのかも知れない。

 でも、私は織田を応援する。

 私にはそんな想いを抱きながら、戦いを見守るしかない。

 近づいてくる毛利の水軍に対し、迎撃に向かおうと、織田の水軍が動き始めた。だけど、大きな船と言う事もあってか、動作は全体的に鈍い。

 それに対して、小型の毛利の水軍の動きはきびきびしていて、小回りが利く感じだ。

 間合いに入ると、戦いが始まった。

 毛利の水軍から炮烙玉や炮烙火矢による火を使った攻撃が始まった。大きな安宅船は絶好の的でしかない。しかも、木で造られているのだから、火を使った攻撃には弱い。

 織田の船はあちこちで燃え上がり始めた。

 自分の船に火が付けば、消火が一番の優先事項となってしまい、攻撃どころじゃない。となると、まさしく敵にとればただの大きな的である。攻撃は最大の防御也なのだ。攻撃力を失えば、袋叩きになるだけだ。


 私の祈りもむなしく、毛利水軍の圧倒的な勝利でこの戦いは終わり、毛利の水軍は悠々と兵糧を本願寺に運び込んだ。

 これでまた、本願寺相手の戦は長引くことになるに違いない。

 私的には、織田の戦いはどうでもいい気分ではあるけど、毛利の水軍は潰さなければならない。師のためにも。

 私は再び亡き師の毛利を葬ると言う望みを叶えるため、信長のために働く気になり始めていた。

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