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長篠の合戦前夜

 毛利に逃れた足利義昭は相変わらず、将軍として各地の大名に信長を討て! と檄を飛ばしているが、誰も本格的に動く気配はない。いや、義昭を手元に置いている毛利でさえ、動かないのだから、他の大名が動くとは思えない。

 そんな中、信長に盾突き続けていた浅井と朝倉も滅び、信長は天下を確実にしつつあった。

 しかし、まだ油断はできない。強敵はまだまだいる訳で、そんな中の一つ、日ノ本一の騎馬軍団を有する武田軍がまた動き出した。すでに徳川領に侵攻し、長篠城を取り囲んだらしい。家康から、援軍の要請が引っ切り無しに届いているけど、今のところ、信長は援軍を本格的に出す気配を見せていない。

 一方、西方に目を向ければ、信長が毛利討伐に乗り出すのも時間の問題となっており、ここで東の武田で躓く訳にはいかない。

 毛利打倒を悲願とする師としては、決断の時を迎えていた。


「して、本日は何用じゃ?」


 私と師を迎えての信長の第一声はそれだった。


「此度、本格的に上様の臣下に入る決断をいたしてございます」

「ほぅ。

 望みは何じゃ?」

「ただただ、毛利討伐のみでございます」

「ふむ」


 そう言うと、信長は顎の髭をさすりながら、目を閉じた。私たちの使い道を考えているのかも知れない。


「ならば、まずは勝頼めを片付けるのに、一働きしてもらえまいか」


 私は信長の言葉に一瞬どきっとした。記憶から消し去りたくて、ずっと忘れようとしていた勝頼の父親、信玄を暗殺した時の光景が脳裏によみがえって来てしまった。


「知っての通り、三河の弟より、援軍の要請が毎日のように届いてきておるのじゃが、あの騎馬隊と正面からぶつかり合っては、なかなか勝ち目がない。

 かと言って、行かぬ訳にもいかぬゆえ、わしとしては、馬防柵を設け、その中で閉じ籠っておろうと思っておったところじゃ」


 師は信長の言葉を待っている。私としては、「ゆえに暗殺」と言う言葉が脳裏に浮かび、両手の拳を膝の上で、ぎゅっと握りしめた。


「そこでじゃ、おぬしに勝頼を葬って欲しい」

「それは暗殺と言う事ですか?」


 師が言った。信玄の事も考えれば、私もそう感じ取った。


「おぬしの流派の教義は、暗殺は禁忌であったのう。

 じゃが、正面切っての斬殺であれば、よいのであろう?

 つまりじゃ、戦いの直前に勝頼を襲い、その首を刎ね、敵を混乱に叩き落としてほしいのじゃが、どうじゃ?」


 師は確かに言っていた。刀を持った相手と正面切って、刃をかわすなら、暗殺ではないと。

 暗殺を禁忌とする私たちにとって、かなりぎりぎりの策である。隣にいる師がどう答えるのか、視線を向けた。

 師は一度、ゆっくりと目を閉じた後、自分を納得させるかのように、一度頷いた後、目を一気に開いた。


「その任務、承りました」

「ならば、策を話そう」


 そう言うと、信長は策を話し始めた。

 長篠に向かうと、武田の騎馬隊が侵攻してくるのを防ぐため、延々と馬防柵を築き、その中に籠る。そして、いざ戦いと言う直前に、師が勝頼の本陣を急襲し、勝頼の首を上げると、狼煙を上げる。それを合図に、織田軍が武田軍に急襲をかけると言うのだ。

 そして、話はまとまった。

 師は、信長に仕える初仕事として、勝頼を急襲し、その首を上げる事を受けた。



 師との話がまとまると、信長の動きは早かった。

 話の通りの馬防柵を作るためのものと思われる木の棒を抱えた多くの兵士を引き連れ、岐阜を発った。


 徳川の兵と合わせて、設楽原に着陣するとすぐさま信長は馬防柵を築き始めた。延々と続く馬防柵。岐阜での話の通り、完全に信長はこの柵の中に閉じ籠る気らしい。それほど、武田の騎馬隊を恐れているのだろう。信長を取り巻く敵勢力は多く、ここで多くの兵を失えば、築き上げた勢力圏も失いかねない事を恐れているのかも知れない。


 一方の武田は、信長と対決するため、囲んでいた長篠城の包囲を解き、対陣しはじめた。

 その兵力は信長の半分にも満たない。いくら最強の騎馬隊を有していても、不利なのではと思わずにいられない。それでも、会戦に出てくるのは、勝てると信じているからなんだろう。まあ、信長自身、怖れているくらいな訳だし。


 そして、その夜、作戦会議が信長の陣幕の中で行われ、私と師は、それを陣幕の後ろで聞いていた。

 信長の方針は、柵の中に籠ると言うもので、近寄ってくれば種子島で撃つ。積極的な攻勢は、自分が判断するまではかけないと言う、消極的なものだった。だけど、私と師は知っている。師が勝頼の首を上げたのを合図に、攻めに転じると言う事を。そんな話、さすがにこの場でできる訳もなく、誰が聞いても消極的としか思えない話に終始せざるを得ないのだろう。


 そんな消極的な策では、いつ織田の軍勢がここから消え去るか分からない。ここで、戦いに巻き込まなければと、考えたのかどうかは分からないけど、徳川家の家臣の一人 酒井忠次が敵の鳶ヶ巣山砦を背後より急襲する案を提案した。

 これで、戦は開始され、しかも背後を襲われた武田の軍勢が、こちらに向かって来る可能性も高い。織田、武田両軍が激突し、潰し合う事を徳川は望んでいるのやも知れない。


 だけど、それは受け入れられない。本当の策は、師が開戦直前、軍議を開いている勝頼を襲い、その首をあげ、敵が混乱しているところに襲い掛かるのだから、その前に背後で戦が始まってしまえば、勝頼に近づきにくくなる。師なら、敵の守備兵たちをなぎ倒し、勝頼に近づくことは可能だろうけど、それまでに逃げられてしまいかねない。

 逃がさないためには、極力、平時の状態で、勝頼に近づいて行く必要があるのだ。


「それは愚策じゃ」


 信長が一蹴した。信長の言葉に逆らえる者などいるはずがなく、この案は採り入れられなかった。



 そして、夜明け直前、黒装束を身に纏った師が私に闇斬りを差し出しながら言った。


「これを預かっておいてくれ。

 限りなく暗殺に近い人斬りに、この刀を使う訳にはいかない」


 師の言葉はもっともだった。


「分かりました。

 お気をつけて」


 私が闇切りを受け取ると、師はにこりと一度だけ微笑んで、私に背を向け、武田の陣を目指して姿を消した。

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