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義昭追放

「今なんて、言ったの?」

 ちょっと強い口調で、私に言ったのは、ねねだ。

 門扉とかはなくても、小さな庭があり、かつて童女の頃に暮らしていた家に比べれば、立派な家に住むようになっても、あの頃と性格は変わっていなさげだ。

 今、私はねねの家に、ねねを訪ねてやって来ている。

 理由は、足利義昭をどうすべきかと言う事を聞きに来ているのだ。


 今より、ほんの少し前、私は岐阜城に信長を訪ね、信玄を葬った事を報告した。

 すると信長は、そろそろ将軍 義昭を処分する頃だと言い出したのだ。

 信玄の出兵もそうだけど、背後で信長を討伐しろと各地に書状を飛ばしているのは、義昭であり、信長にとってすでに邪魔者でしかないのは確かだ。とは言え、相手は将軍。殺してしまえば、下剋上の乱世とであっても、将軍を亡き者にした謀反人として、反信長勢力に大義を与えてしまう。

 そこで、信長は義昭が恨みを抱く三好との合戦に出陣させ、敗死させる策を私に打ち明け、協力するよう要請したのだった。

 師の教えを密かに破り、信玄を暗殺した私だけど、将軍を敗死させると言うのは、これまた実行に移していいのか戸惑わずにいられない。この行いが正しいと言う確信を得たくて、私は年下の女の子だと言うのに、ねねの言葉を確かめに来たのだった。


「だから、将軍様を三好との戦いに向かわせ、敗死させると言う策はどうかって」

「いい!」


 ねねは立ち上がると、突き出した右手の人さし指を私に向け、ぶんぶんと右手を振りながら、言葉を続けた。


「足利義昭は将軍なんだよ」


 将軍と言いながらも、その将軍様を呼び捨てするのだから、ねねが私にぞんざいな態度なのも当然かも知れない。


「あれは殺しちゃダメなの!

追放よ、追放」

「でもね。ねねさんは知らないのかも知れないけど、義昭様は信長様に従順なふりをしながら、陰で各地の有力大名に信長を討てって、書状を飛ばしまくっているんだよ」

「そんな事知ってるわよ。

 いい!」


 また、ねねが突き出した右の人さし指を私に向けて、ぶんぶん振り出し始めた。


「将軍ってものに権威が備わるには、背後に武力が必要なの。

 武力も何もない流れ者の将軍が、いくら書状を飛ばしても、それに乗ると思う?

 乗るのは、信長様を倒そうと元々思っている者だけなのっ!

 そんな奴らはすでに敵対しちゃってるんだから、もう意味は無いの」


 ねねの言っている事が正しいかどうかは分からない。でも、信長はねねの言葉を重用している。桶狭間しかり、信玄暗殺しかりだ。そして、私もこの少女の言葉に興味を持っているは事実であり、ねねの言葉を聞くために、ここに来たのだ。


「なら、どこに追放したらいいの?」

「毛利よ!」


 それは予想外だった。毛利とは師の宿敵。それは私の宿敵と言う事でもある。そんな毛利に将軍と言う札を与えてしまっていいのだろうか?

 きっと、師にこの事を話せば、即座に却下されるに違いない。


「でも、毛利はどうかと。

 信長様のいずれは敵になるんじゃあ」

「そうよ。敵よ。

 でも、義昭を得たとしても、何もできやしないんだから」


 すんなりと受け入れられない、ねねは再び右の人さし指を突き出して、私に向け、ぶんぶん振りながら、言葉を続けた。


「いい!

 絶対に、それ以外はだめ。

 あなたにできないんだったら、半兵衛ちゃんにやらせるから、あなたは何もしないで」


 ねねの頭の中には、他に答えは無いらしい。


「一つだけ、教えてくれる?

 それで、世の中から戦は無くなるのかな?」

「そうよ。

 それが一番なのっ!」


 ちょっとお怒りっぽい表情で言うねね。それで、世の中から戦が無くなるなら、それでいい。私はそう考える事にした。私は謎多きねねを信じる事にしたのだ。


「分かりました。

 そうします」


 と言ってはみたものの、その方策が思い浮かばない。

 二条城から、義昭を拉致る事は容易だ。問題はその先で、どうやって毛利にその身柄を渡すかだ。事が事だけに、師に頼る訳にも行かない。

 悩んだ私に浮かんだのは、かえでちゃんの姿だった。

 彼女の家は商家だとかで、各地と商いをしていると聞いていた。


 すぐさま、京に向かい、かえでちゃんの家に乗り込んだ。

 いつもは、かえでちゃんに連れ込まれる事の方が多いけど、今回は逆だ。


「燐ちゃから来てくれるなんて、嬉しい!」


 ねねとは対照的に愛想がいい。そして、家の造りも対照的だ。

 今、私が座っているのは、広い建屋にある中庭が見える畳敷きの和室。奥には床の間があり、何やら高そうな置物が置かれている。


「かえでちゃん家って、全国で商いしてるんだよね?」

「そうだよ」


 面した道から入った土間は広く、多くの人たちが何やら忙し気に喧騒の中、物を運んだりしているところから言って、かなり手広くやっていそうと感じていたけど、やはり私の読みは当たっていたらしい。


「西国の毛利まで物を運んでもらうってのも可能かな?」

「毛利?

 何を運ぶの?」

「ちょっとね。

 どれくらいかかるかな?」

「物によるし、船か人か馬かとかにもよると思うんだけど」


 義昭を縄で縛り上げ、そう、私が暗殺と言う禁忌を犯す事になった原因はこいつだから、それくらいの事をしてやってもいいはずなんだけど、箱詰めして送ってもらおうかと思ったりもしていたけど、日数がかかり過ぎて、できそうにもない。

 かと言って、将軍を落としてくれとも言えやしない。


「うーん」


 どう説明していいか、悩んでも仕方ない。どちらにしても真実を話すしかない気がした。


「他の人に言わないで欲しいんだけどさ」


 私の言葉にかえでちゃんは、うんうんと頷き返してくれた。


「それに、ばれたら、信長様に命狙われるかもなんだけど」

「それって、面白そう!」


 命が危ないと言っているのに、かえでちゃんは、なんだかうれしそうだ。もしかして、危険な事に頭を突っ込むのが好きなのかも。


「将軍様、知ってるよね?

 あの人、命を狙われてて、毛利の所まで逃がしたいんだけど」

「なるほどぅ。それは面白そうだね」

「できるの?」

「大丈夫だよ。

 私の、さ、さ、三郎じいちゃんに頼めば、可能だよ。

 将軍様の所にも出入りしてるしね。

 あとはうちに任してくれたらいいよ」


 それは頼りになる話。私が、将軍を拉致らなくてもいい訳だし。


「本当に?」

「うん!」


 半信半疑ながら、かえでちゃんに任す事にしたら、本当に義昭を連れ出し、毛利の所まで連れて行ったらしい。一方の信長は、義昭に逃げられたとは言いづらかったのだろう、追放したと世間には言った。

 義昭を追放。追放された義昭は毛利の下に。ねねの話通りになった訳である。

 それにしてもかえでちゃんは、おじいちゃんの名前を言う時に、どうしてどもったの? 気にするほどの事でもないかも知れないので、新たな謎と言うのは、止めておこう。うん、うん。

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