表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/45

信玄軍への道のり

 三方ヶ原の合戦を、ほぼ無傷で勝利した信玄は遠江に軍を進めたままだった。

 その信玄の暗殺を依頼された私は、その実行をすべきか、すべきでないかを自分で判断するため、東に向かい始めていた。

 京では、町でばったり会ったかえでちゃんに、いつものように家で話をしようと勧められたけど、今回ばかりは急ぐ用事があると断り、今、私は京を抜け、近江に入った。

 この辺りは浅井の勢力下ではなく、信長の勢力下となってはいるけど、まだまだ安定してはおらず、戦がいつ始まるか分からないと言う不安が解消されていない街道には、人の賑わいはない。

 道に坂はなく、平坦だけど、一直線に延びていると言う訳じゃない。道の両端も木々がある場所があったり、見晴らしの良い場所があったりと、変化に富んでいるのは、私のような旅の者に少し歩くと言う行為を飽きさせないようにするためなのかも知れない。

 なんて事も思いながらも、早く信玄の軍のいる遠江に近づこうと足を速めていた私だったけど、一気に足を緩めた。

 視界の先、こっちに向かってやって来る農民風の二人の男。泥に汚れた腕には、この冬の時期には不似合いなくわや鋤を抱えている。しかも、二人の男が放っているのは、明らかな敵意でしかない。

 正体は分からない。夜盗、山賊の類?

 敵の出方を見守るしかなく、全神経を二人の男に集中させながら、一歩一歩、近づいて行く。


 伏し目がちに近づいてきていた二人の男は、近づく私に道を譲るかのように、道の両側に分かれた。そして、私が男たちの間合いに入った瞬間、男たちは顔を上げ、鋭い目を私に向けた。その鋭さは、農民ではないばかりか、夜盗や山賊の類をも凌ぐ、敵意と決意と力と自信に裏付けされたものだ。

 そして、手にしていた鍬と鋤を躊躇なく、私に向けて振り下ろして来た。


 日頃、農作業で鍛えられた農民たちよりもはるかに力強く、俊敏な攻撃。明らかに戦闘の鍛錬を積んでいる。

 だけど、この程度では、私の敵ではない。

 するりと攻撃をかわし、二人の男たちに向かい合うと、威嚇気味に言う。


「目的は何?

 どこの者?」


 男たちは、私の問いには答えずに、再びに襲い掛かって来た。夜盗や物盗りなら、「金の目の物を置いていけ!」とか言うはずだけど、言わないところも明らかに、戦いを生業としている者である。


 再び襲い掛かって来た。

 仕方ない。

 懐に隠していた小刀を抜き去りながら、男たちの得物をかいくぐり、まず一人の男の横っ腹を切り裂くと、一気に反転し、もう一人の背後より、その男の首筋に刃を突き立てる。

 男の首から小刀を抜き去りながら、男の背中に足をあてがい、思いっきり蹴り飛ばすと、ずしゃりと言う音を立てて、さっきまて男だった物体はただの肉塊として、地面に転がった。

 肉塊からほとばしる血が、地面に広がり真っ赤に染めていく様を見下ろしながら、男たちの素性につながる物を探し、目を凝らす。


 着衣は全くもって、農民の物である。そして、肉体は鍛えられているとしか言いようがないほど盛り上がった筋肉は、やはり農民とは別の物である。

 武士であれば、やはりこのような格好ではなく、らしい服装で、刀で襲って来るはずである。となれば、やはりこれは忍び?


 信長は言った。自分の策が漏れていると。

 私が信長の密かな命を受けて、遠江を目指しているのを知る者が放った刺客?

 私は一人、首を振った。

 それはあり得ない事だ。

 信長が私だけに囁くよう命じた事だけに、知っているのは私か信長だけのはずだ。

 目の前に転がる肉塊が、どこに属する者たちのなれの果てで、私を襲った理由を推測する事もできず、しばらくその場に佇んでいた。




 それ以降、私を襲う者に遭遇することなく、徳川の本拠とも言える三河にたどりついた。

 その地の東の地は、ほんの何日か前まで徳川家の領地だったはずだけど、すでに武田の旗に埋め尽くされた地に変遷していた。武田の軍勢は野田城と言う小さな城を攻囲していたのだ。

 そして、信玄の軍を見ろと言った信長の言葉の意味を知る事件に、すぐに遭遇した。

 信玄の軍は、野田城周辺に集結しているだけでなく、周囲の村落でいくつもの部隊が活動していた。その活動とは、兵糧などの食料の調達である。

 それは織田軍だって同じだ。戦に兵糧は必要であり、本拠地からすべてを運んでくる訳にはいかない。戦線が延びれば、特にだ。

 だけど、そこには武田軍と織田軍には大きな差があった。


「それだけは、それだけはご勘弁くだされ。

 それは種もみであって、それを奪われれば、次の春に苗を植える事はできなくなります」

「うるさいわ!

 そんな事知る訳無いだろうが」


 そう言って、武田の兵はすがりつく農民を足蹴にしたのだった。

 織田の一銭切り。織田軍は兵糧を現地調達するにしても、奪ったりはしない。対価を払う事で調達している。それに引き換え、武田の行いは、強盗と変わりはしない。


「止めな!」


 関わるべきじゃないと分かってはいても、その光景に私の体は反応せずにいられなかった。


「なんだ、お前は」


 男は怒りの表情で、私に近づいて来た。その男の言葉が仲間を引き寄せたらしく、周囲にいた武田の兵たちが、私の周りにわらわらと集まり始めた。

 武田の兵たちは、槍や刀を構えながら、私を取り囲んだ。その数は十人ほど。

 はっきり言って、この程度の雑兵では十人どころか百人集まったとしても、私の敵ではない。


「やる気?」


 とりあえず、男たちに死を与える前に、たずねておく。無意味な殺しを避けるためだ。


「やる気? だとよ」

「女だぜ。しかも、なかなかの美形ともなれば、やるに決まってるじゃねぇか」

「げは、げは、げは」


 男たちは下品な笑い声をあげたかと思うと、さらに言葉を続けた。


「一突きしてやろうか?」

「おい、おい、一突きでは足りんであろうが。何突きもしてやるぞい」


 数を頼みにしているのか、私を女だと思って舐めているのか知らないけど、私に勝つ気でいるらしい。


「たとえ槍だったとしても、私を突く事なんて、できる訳ないんだけど」


 そう言い返すと、男たちはお互いを見合わせたかと思うと、またまた下品な笑い声をあげた。


「槍で突く訳無いだろ」

「そうだ、そうだ」


 槍ではないとすると、槍よりも短い刀? 完全になめられている。


「だったら、何で突くって言うのよ」

「これだよ!」


 そう言うと、男は服の裾を広げ、自分の股間をむき出しにした。

 そこには私が知っているのは違う、男の人のお○ん○んがあった。

 いえ、知っていると言えば、知っている。それは信長の背中に描かれていた天地が逆になったお○ん○んそのものだった。

 こんな雑兵でさえ、天下を狙うと言うの?

 ちょっと戸惑う私に、他の男たちもお○ん○んをむき出しにした。

 大きさはさまざまだったけど、全て天地逆で、天を突き刺さんばかりに上を向いて反り返っていた。


「世も末だ」


 雑兵たちのみなが天下を狙っているの? そう思うと、そんな言葉が私の口からこぼれた。


「これで貫いてやるよ!」

「ヒー、ヒー言わせてやるぜ」


 見たくはないものだけど、貫くと言うのだから、その先っぽは刃物より尖っているはず。どれほどの物かと視線を向けて見ても、全体として尖った形のようではあるけど、先っぽは丸みを帯びている。これで、貫くとはどう言うことなのか?

 私の知らない力があれにはあるのか?

 戸惑う私に男たちは、槍や刀を捨て、素手で襲い掛かって来た。

 本当に、謎の反り返ったお○ん○んで、私を貫く気らしい。

 それがどんな力を持っているのか、分からない。相手の力が分からない戦いは危険とは言え、これまで何百と言う男たちを切り裂いて来たけど、負けたことも無ければ、目の前の男たちのようなお○ん○んの力を目にしたこともない。

 きっと、私なら勝てる。

 そう信じ、男たちの横をかいくぐり、男たちが捨てた槍を一つ拾い上げた。

 私に向き直った男たちは、私の槍先に目を向けると、さっきまでの下品な笑みを打ち消し、怒りの形相になった。そして、さっきまで反り返っていたお○ん○んは再び本来のようにその先っぽを下に向けて、ぶらぶらさせていた。

 あの力を発揮するのは、一瞬だけなんだろうか?

 そんな疑問が一瞬、脳裏に過ったけど、気にせず、男たちを槍で突きまくった。

 男たちが言ったように、何突きも、何突きも。

 そして、男たちは血の海の中で、ヒー、ヒー言いながら、死に絶えて行った。

 とりあえず、ずっと謎だった信長の背に描かれた天地逆のお○ん○んが、現実のものであると言う事を知った。けど、それに何の意味と力があるのかは分からないままで、こちらは新たな謎となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ