忍び対忍び
街道沿いの木々の中、木漏れ日が差し込む少し陰った空間。背を向けて進む私の背後を襲う苦無。空を切る風の音のずれから言って、その数は三本。敵も三人らしい。
ふいに進路を変える風を装い、苦無の進路から外れると、私の少し先の地面に鈍い音を立てて、苦無が突き刺さった。
ズブッ。ズブッ。ズブッ。
「ひっ!」
驚いた風を装って、背後を振り返る。そこに立っていたのは、何かの獣の毛皮でできた羽織のようなものを纏った、ぼさぼさの髪をした中年の男三人だった。
「な、な、何をする!
どこの者だ」
突然襲われた事に怯える足軽風の私の問いかけに、何も答えず、表情も変えず、胸のところから毛皮の裏に手を差し入れた。そして、抜き出した手には苦無が握られていて、そのまま私に向けて、放たれた。
偽装のために手にしていた槍を投げ捨てると、敵の苦無をかわしつつ、邪魔な足軽装束を脱ぎ捨て、無想流の装束に姿を変え、刀を抜き去った。
「どこの忍び?」
刀を構え、三人の男たちにたずねてみる。男たちは答えないだけでなく、同じ忍びだと正体を露にした私にも、眉一つ動かさない。こんな相手から情報を得る事はできやしない。
倒すしかない。
そう思っているのは、私だけではない。私が忍びだと知って、本気でかかってこようとしているのが、放たれている気から伝わって来る。
敵は私を三方から取り囲むと、一斉に苦無を放った。
苦無をかわすためと、位置的に有利な場所に身を移すため飛び上がると、近くにあった木の太い枝に飛び移った。
敵の頭上より、敵の一人に向けて、苦無を投げつける。
その男は私の放った苦無を避けると言う手段はとらず、私の苦無を忍刀で弾き飛ばした。それなりの力を持っている敵だ。
地上から木の上にいる私に向けて苦無を放っても、威力が削がれる事を知っている男たちも、木の枝に飛び移ろうと飛び上がった。
私が木の上に移った理由には、もう一つあった。それこそが敵を木の上に誘う事。
足がどこにも触れていない間、敵は私が放った苦無から逃れる術を失うのだ。
かわそうにもかわせない飛び上がった男たちの腹部を狙い苦無を放つ。とは言え、三人すべてを狙えやしない。
二人が限界。私が放った苦無が二人の男に命中した。
「うっ!」
そんなうめき声をあげて、二人の男が地面に落下した。
残っていた男は、木の枝を飛び移りながら、私の背後を狙おうとしている。
振り向きざまに背後から襲い掛かってこようとしている男を刀で両断する。
終わった。
そんな安堵感に包まれた私の耳に、予想外の音が届いた。
ヒュッ!
敵の苦無が私に向かって来ている。その音に反応してしまい、足場にしていた木の枝から、別の枝に飛び移ろうとした。その私の耳に再び別の苦無が空を切る音が届いた。
空中では敵の的になってしまう。突然の危機を逃れようと、やってはならない事を自分自身がしてしまっていた。
音がした方向に目を向けると、私に向かって来ている二つの苦無が目に入った。
刀で苦無を叩き落としながら、敵を確認する。
私が放った苦無を腹部に受けたはずの二人の姿は地上にはなく、別の私よりも高い木の枝の上に、二人の男の姿があった。
腹部に血を滲ませているところから言って、私が苦無を放った二人の男たちらしい。
腹部に受けた苦無が致命傷になっていないところから言って、鎖帷子を着こんでいたに違いない。
相手の状況を正確に把握せず、葬ったと自分に都合のよう思い込みをした私の失敗だ。
一人の私に対し、相手は二人。
牽制を加える一人に注意を向けている内に、もう一人が私の背後を目指す。完全な挟み撃ちになる前に地上に飛び降りる。
木の幹を背にしているため、前方から飛んでくるであろう苦無にのみ注意すればいい。
さくっ!
私の足が地上を踏みしめた。敵も同じく地上に降り立った。
西国無想流の力の一つは、俊敏性だ。最初から速さで押すと言う手もあったけど、相手の力量が分からないため、策を講じた。それがうまくいかなかった以上、ここは速さで押してみる。
一気に一人の男に駆け寄り、刀を向ける。
キン!
そんな音を立てながら、相手の刀が私の刀を妨げた。
どうやら、敵の運動能力も高いらしい。
それは敵のもう一人もだった。
その時すでに、もう一人の男は私のすぐ横に迫っていた。
男が私に向けて振り払った忍刀。刀身が長い普通の刀であれば、よけきれなかったに違いない刃先を紙一枚の差でかわすと、人の五感を奪う白闇玉を地面に投げつけた。
それは火薬でできている忍具で、その威力は太陽にも匹敵する強力な白い光と爆音と強烈な臭いで、相手の視覚、聴覚、嗅覚を使えなくするものであって、直接人を殺傷するものではない。
名前の由来は、その強力な光を目に受けた者は、眼前が真っ白な闇に覆われてしまう事に由来しているらしい。
これで相手は私をしばらくの間、襲う事ができない。
でも、私は目を瞑っていたため、その効果は限定的だし、何より気を読む事ができる私なら、五感が無くても、相手を斬る事ができる。
視覚、聴覚を失い、戸惑う男二人など、敵ではない。ばっさりと、胴体から首を斬り捨てるだけ。
「終わった」
首を切断された男の肉体からあふれ出す真っ赤な血液が、私の足に纏わりつき、生暖かさを伝える中、そんな言葉を吐かずにいられないほど、緊張する戦いだった。
そんな時だった、私の首筋に冷たいものを感じた。
首筋に刃先を突きつけられたらしい。また、不用意に安堵してしまっていた。この状態では、反撃する手が無い。そう覚悟するしかなかった。
「まだまだだな」
その声は師だった。感じていた刀の冷たい感触は無くなった。
私の背後に立っていたのは、師だった。
「油断しすぎだ。
目に見える敵だけとは限らない」
どうやら、油断しすぎな私を注意するために、師が背後から私を襲うふりをしたらしかった。
「すみませんでした」
自分の未熟さに嫌気を感じながら、頭を下げた。
「でも、どうしてここに?」
頭を上げると、素直に疑問に思ったことをたずねてみた。
「かなり危険な任務だからな」
どうやら、師は私の事を心配してくれていたらしい。
そう思うと、なぜだか胸の中が熱くなり、師に抱きついてしまった。
なんなんだろう?
この気持ち。
師に抱きつくなんて、変。そう思いながらも、ずっとそうしていたいと思っていた。




