表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/45

金ケ崎退き陣

 地上の数多のかがり火に遠慮しているのか、星々の輝きが控えめな夜空の下、織田の軍勢は意気盛んな気を放ちまくっている。


「朝倉義景は今頃、腰を抜かしておる事であろうな」

「二つの城が、こうも早く落ちては打つ手もあるまいて」

「このまま一乗谷に攻め込み、朝倉など一揉みに揉みつぶしてくれようぞ」


 京で遊山をすると言う名目で集まった織田、徳川の軍勢は、そのまま越前になだれ込んだかと思うと、朝倉の手筒山城を落とし、金ケ崎城を瞬く間に落とした。破竹の勢い。そんな両軍の勢いを感じ取っているのは将だけでなく、兵の端々もであり、みな勝利に酔っている。


 そんな兵たちに紛れ、私が身をこの地に置いているのは、これまた師の命によるからだ。

 私が京で、義昭を密かに監視している間、諸国の動きを探っていた師は、意外にも信長の本拠である岐阜で、予想外の情報を手にしたのだった。

 それは、またあの謎の童女、当然今は大人な訳だけど、ねねがサルに語ったと言う謎の言葉、予言のようなものだった。


 サルの家の近くで身を潜めていた師の耳に飛び込んできたねねがサルに語った話とは、当時、誰も予想していなかった信長の朝倉攻めから始まり、金ケ崎城を落とすところと、その後の話で構成されていたらしかった。すでに、金ケ崎城を落とすところまでは、ねねの話通りに進んでいる。

 ねねの話どおりに全てが進むなら、浅井が信長を裏切り軍勢をここに向けてくることになる。そして、それをお市が知らせようと。小豆を入れた袋を送って来るらしい。

 もしも、この話が現実になったとしたら、ねねとは何者なんだろうか? そんな思いを抱きながら、目を閉じて、辺りの気を読んでみる。


 全くもって、勝って兜の緒を締めよと言うことわざを知らないかのような男たちばかりで、勝利に酔いしれ、根拠の無い明日の勝利を夢描いている。

 あえて、真っ当な者と言えば、全く浮かれた気配を浮かべていない信長と、ねねから殿しんがりと言う命を張った役割を自ら勝って出るよう言われて、戸惑い、怖気気味なサルくらいだろうか。


 やがて、馬を駆り近づいてくる男の気配を感じ取った。西から向かってくるところから言って、これがねねが言うお市の使者なのかもしれない。

 あり得そうもない事が、本当に起きる。

 桶狭間の合戦は、ねねが語った筋書きを師と私が実現させたものだったけど、今回は何もしていない。

 彼女の言葉通り、物事は進んで行くものなんだろうか?

 その結末を見守りたくて、ごくりと唾をのみ込み、足軽に扮するために手にしている槍を持つ右手に力を込めた。


 近づいてきていた馬が止まると、男が何かを言った。

 距離が離れすぎている事と、目の前の男たちが騒がしすぎるので、よくは聞き取れなかったけど、確かに「お市様よりの陣中見舞い」と言う言葉は聞き取れた。

 思わず私は天を仰いだ。この世には、ねねのような力を持つ者もいるらしい。

 自分には無いその力が少し羨ましかった。これから先に起きる事が分かるなら、危険を回避する事だってできるのだ。そして、大切な人を守る事も。それは私の両親や兄妹の事を思っての事だったはずなのに、そこに大きく浮かんだのは師の顔だった。


「殿、お市様より陣中見舞の品との事でございまする」


 なんでここで師の顔が浮かんだのか、と戸惑う私に男の声が届いた。どうやら、お市の使者からねねの話どおり、何かが入った袋を預かったらしく、その男の手には赤色を基調とした布地に華麗な花模様が描かれた小さな袋、それも聞いていた話どおり、両端をこれまた赤い紐で縛られている。

 信長は床几から立ち上がり、それを両手で信長にささげるかのように差し出している男の手から鷲掴みすると、片端の紐を解いた。

 中のものを自分の手のひらに出すと、ざーっと言う音とぱらぱらと乾いた音をたてて、小さなものがこぼれ出て来た。

 やはり小豆だった。

 次はサルの出番。

 そんな思いで、サルに目を向けると、どぎまぎ気味にサルが信長に駆け寄りながら言った。


「殿、」


 だけど、サルの続く言葉よりも、信長の言葉と行動の方が速かった。


「京へ帰る」


 サルの続きの言葉を聞くこともなく、信長はそう言いながら、手のひらの上にあった小豆を、憎らしげに地面に投げ捨てた。一方のサルは、続けるべき言葉を失ってしまっている。


「殿。どう言う事でござろうか?

 その小豆が何か?」


 柴田勝家が視線を信長の顔と、信長の手に残る小豆を入れていた布の袋に行ったり来たりさせながら、たずねた。


「わしの大嫌いな小豆を入れた袋の両端を縛っておる。

 この敦賀平野で袋のネズミ。そう言う事じゃ」


 そう言って、手の中にあった袋をぽいと柴田に投げ渡したかと思うと、信長はサルに目を向けた。


「サル。自ら殿しんがりを買って出るとは殊勝なり。

 達者でいろ」


 信長はそう言うと、幔幕を後にして、数騎だけを従えて、闇の中に消えて行った。


 この軍の大将である信長が真っ先に退いてしまうと、陣の中は一気に慌ただしくなった。そんな中、呆然自失気味のサルの前に、柴田勝家が立った。この男、昔からの織田家の重臣とあって、普段から出自も卑しいサルの事が嫌いなようだけど、今は憐れむような視線をサルに向けている。


「サル、京で会おうぞ」


 そう言うと、右手まで差し出した。サルが勝家の手に自分の手を差し出すと、勝家は力強くガシッとサルの手を握りしめた。そして、勝家が立ち去ると、丹羽長秀、明智光秀、徳川家康と大物たちが、次々にサルに挨拶をしていく。まるで死出の旅へ赴かんとしている者への最後の挨拶みたいだ。

 だけど、私は聞かされている。師からねねの言葉として、サルは生き残ると。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ