師との出会い
ちょっと残虐なシーンがあります。
ご注意ください。
ああ、またグロ好きと言われそうな……。
母を守ろうとした父を、見知らぬ男は刀で突き刺した。
父は少しのうめき声だけを残して、男の足元に崩れ落ちた。
「あんた、ねぇ、あんた!」
母の絶叫が響く中、兄は母から離れた。
「なにすんだよ!」
兄は立ち上がると、男に向かって行った。男は父を斬った刀で、自分に向かって来る兄を、何のためらいもなく切り裂いた。
「いやぁぁぁ」
降り注ぐ生暖かい赤い雨に母と妹が絶叫する中、私は目の前の恐ろしい光景に思考が停止していて、声さえ出なかった。
「来い」
男は刀をしまうと再び母の腕を掴み、私たちから引き離そうとした。
「いや、いや」
そう言って、母から離れまいと母にすがりつく妹を男は見下ろした。その男が左手に持つ松明が照らし出したその男の顔は冷たくて、それはまるで鬼だった。
男は再び刀を抜き、小さな妹にその刀を振り下ろした。
小さな妹の体は、そのたったの一撃でいくつかに分かれて、すでに妹ではなくなってしまった。
広がる真っ赤な血の海。そこに散らばるさっきまで私の家族だったはずの肉片。
男はそれを見ても、表情一つ変えていない。
鬼だ。鬼だ。この世には人と言う鬼がいたんだ。
鬼に大切な母を渡してなるものか!
たとえ、自分が無力で鬼にかなわないとしても、鬼に母を連れ去られるのを黙って見てなんかいられない。
鬼の存在は、停止していた私の思考を動かし、抵抗と言う感情を生み出した。
私は母から離れると、小走りで男の横を通り過ぎ、男の手によって無残にも破壊された扉と共に、土間の地面に転がるつっかえ棒を手にした。
非力な自分が少しでも力を得るには、武器を手にするしかない。
自分たちを守ってくれると信じていたつっかえ棒は、扉を閉じると言う事では、役に立たなかった。でも、今度くらいは役に立ってよ!! そんな思いで、つっかえ棒を手に男に殴りかかった。
けど、体格も違い過ぎる私は、男の一蹴りで、吹き飛ばされた。
さっきまで、頼ろうとしていたつっかえ棒は、乾いた音を立てて地面を転がって行った。
「お前も死ねや」
武器も失い地面に転がる私に男は怒りの表情で刀を振り下ろそうとした。
殺される。そう感じた瞬間、私の視界は真っ暗になった。
駆け寄って来た母が私を抱きしめていた。男が降り降ろした刀は、母を背中から切りさいた。
「死なないで。
逃げて」
耳元で母が囁いた。涙を浮かべながらも、そこに苦しい表情は無く、私を温かく送り出そうとしているかのようだった。
ここで死んでは母の最期の言葉を無駄にしてしまう。
生きるため、私がその場を離れようとした時だった。
「何者だ、お前は」
「よくも仲間をやってくれたな」
外が騒がしくなった。それはさっきまでの私たちに向けられた害意を感じさせるものではなく、目の前の私たちの敵に対する殺意を感じさせるものだった。その元が私の敵か味方かは分からない。でも、目の前の敵の敵である事だけは確かだった。
私の母を斬り、私を殺そうとしていた男は、私の事を捨て置き、家の外に出て行った。
「おっかぁ」
激しさを増す外の喧騒の中、私は母の体を揺さぶり、声をかけた。だけど、母の体は力なく、私の揺れに任せるかのように揺れ、口元から垂れる母の赤い血が私の膝を濡らし続けた。
村の誰かに助けを求めなければ。
外の喧騒は止んではいなかったけど、そんな思いで私は外に出た。
普段は何もない家の周りの通では、男たちが手にしていたと思われる地面に転がる松明が、真っ赤な血の海に横たわる見知らぬ男たちの姿を浮かび上がらせており、点在する村の家々の一部からは火の手が上がり始めていた。
私の村を襲って来た男たちの多くはすでに斬り殺されているらしかった。
もしかして、助かる?
そんな思いで、視線を向けた先には、私たちを襲って来たと思われる数人の男たちが、その手の刀を一人の男に向けて立っていた。
「うりゃあ」
襲って来た男たちの一人が、もう一人の男に斬りかかった瞬間、斬りかかった男の体は逆に真っ二つに切り裂かれた。
この地面に横たわる男たちを斬り殺したのは、この一人の男に違いない。
私たちを助けて!
そんな思いで男を見つめる。
多くの仲間たちを斬り殺され、目の前で仲間の一人も斬り殺された残りの男たちは、もう勝てぬと感じ取ったのか、逃げようと男に背を向けた。が、男は強く、そして無慈悲だった。
背を向けた瞬間に、肩から腰に掛けて真っ二つに切り裂いた。
一人、もう一人。その男は容赦しなかった。
今朝まで目にしたことが無かった人が斬られる光景。悲惨な情景だと言うのに、その時、私が感じたのは温かさだった。
それは敵を殺してくれたと言う気持ちでもなく、助かったと言う安堵感でもなく、その男が手にしている刀に感じたものだった。
「温かい」
私のつぶやきを、離れていたと言うのにも関わらず、男は聞き取っていた。
「お前には、これが見えるのか?」
それが、師が私にかけた最初の言葉だった。
師が私を拾った理由は、両親を亡くした私を憐れんでなどと言う理由ではない。私が師が持つ斬魔刀の力を感じれる珍しい力を有していたからに過ぎない。
もしもその力を私が持っていなかったなら、もしも私の言葉を師が聞き逃していたなら、私は目の前の少女のようになっていたに違いなかった。
私のような者を、目の前の少女のような者を生み続けるこの国を師と共に変えなければならない。
私はそう強く思い、横に立つ師の顔を見つめた。




