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西国無想流忍術

 信長たちが再び私たちの前に現れた。私たちの周りで、同じように信長を見つめる者たちの口からこぼれる言葉は、さっきまでの汚い言葉でなければ、その表情も落胆や怒りを浮かべた人の負の感情ではなく、驚きの言葉と表情である。

 それもそのはずだ。美濃の蝮と噂される斎藤道三との対面に向かう信長は、さっきとは打って変わって、精強そうな軍勢を引き連れているのだから。特に目を引くのは、種子島と呼ばれる南蛮渡来の新しい武器の多さだ。


「これほどの種子島を持っていたとは」

「しかし、先ほど、あのねねと言う童女も知っておったくらいだから、蝮も知っておろう」


 脅しにはならないと師はいっているのかも知れない。

 まあ、この武器は一発弾を撃つと、次の弾を撃つまでに時間がかかり、実戦には向かないと言われているのだから。


「この軍勢の威容も想定済みと言う事ですね?」


 師は静かに頷いた。


「私は道三と言う男には、興味が無い。

 なぜなら、あの男は武士ではない。己が利益だけで動いているただの商人だからな。

 だが、信長の道三との対面を見てみたくなった」

「では、先回りしますか?」


 実のところ、私も信長と蝮の対面を見てみたくなっていた。どちらかに肩入れと言う訳でじゃない。ただ、信長と言う男を見切るのはまだ早すぎな感じがして、蝮との対面を見ていれば、信長の器量も見切れる気がしていた。


「行くぞ!」


 そう言うと、師は姿を消した。小規模とは言え、家屋立ち並ぶ街並みの中。道の中ほどを埋め尽くす信長の軍勢と、それを囲むように道の端に居並ぶやじ馬たち。移動するには、上しかない。

 師に遅れまいと、曲げた膝を一気に伸ばし、飛び上がる。庇に着地した瞬間、再び飛び上がり、屋根の上に身を置く。


 屋根の上から見える一直線に延びる信長の軍勢。数としては少ないにも関わらず、その威容に、何か特別なものを感じてしまうのは、黒光りする種子島の数のせいなんだろう。

 実際の戦力にはならないと言われてはいるけど、何かこれがこの国のありようを変えてしまいそうな不気味さを感じてしまう。

 そんな思いを抱きながら、その先に目を向けると、はるか先の屋根の上をすでに師は駆けていた。


 屋根の上とは言え、昼間の陽光の下では、人に気づかれてしまう。

 人々の注意が集まる通りとは反対側に移動し、師の後を追う。師は速い。とは言え、若さでは私の方が上。負けじとついて行く。師が屋根から屋根に飛び移るとき、少し距離を縮められたかと思うと、また離される。

 そんな風に師の後を追いながらかけた尾張の町は、すぐに途切れた。


 ここは濃尾平野。町を抜けると、見晴らしの良い風景が続く。信長の軍の先頭は追い抜いたばかりで、すぐ後方にとらえられる。進軍する軍の前を走る二人なんて、怪しい存在以外の何物でもない。

 信長の軍が進む道から外れ、細いあぜ道の中を足早程度で進んで行く。

 こんもりとした小さな杜、点在する緑の木々を抜け、目指す富田の正徳寺は、それほど遠くはなかった。


 遠目に見える正徳寺は、多くの兵にとり囲まれていた。甲冑姿で、槍を持つ兵も多くいる。警護のなんて規模じゃない。師は立ち止まると、私に声をかけた。


「気配を読んでみろ」


 目を閉じ、耳からの音も遮断する。五感に頼っていては、本当の姿は見えない。

 そして、人の気もやはり、波動となって周囲に影響を与える。五感を遮断するため、無想になる。これが無想流の極意の一つである。

 五感とは異なる別の感覚が、辺りの人々の気を感じ取り終えると、目を開き、師を見つめた。


「兵たちに殺気立ったものはありません。

 と言いますか、楽勝気分で、緊張感すらありません。

 が」


 そこで、言葉を止めると、師はにんまりとした。

 当然、私が感じ取っている別の気の事など、すでに読み取っているはず。


「二人ほど、殺気を放つ者がいます。

 しかも、伴う緊張感から言って、場馴れした者ではないようです」

「信長を暗殺したいのは、道三だけではないからな」

「弟の信行ですか?」

「分からぬが、可能性はあるだろうな。

 で、どうする?」

「暗殺は無想流の禁忌。

 敵の暗殺者は屠るべし」


 師がにんまりとしたのは、私にやれと言う事のはず。一礼すると、私は殺気を放つ二つの源の前に移った。さっきまで着ていた町娘の着物を脱ぎ棄てると、その下に着ている無想流の装束が現れた。昼間の木々の中で戦う時の柄は、黒と緑が入り混じったものだ。


 正徳寺の正門から少し離れた木々の下。木の上に黒装束を見纏い、顔の下半分も隠した二人の男の姿があった。その手にある黒光りするものは、種子島。

 緊張からか、私の無想流の気配を消す能力が彼らの探知能力を上回っているからなのかは分からないけど、私の接近に全く気付いていない。


 辺りをきょろきょろと見渡す。木々の葉っぱに陽光が遮られ、少し薄暗い地面は苔と落ち葉に覆われ気味で、地肌はあまり出ていない。

 そんな中、拳の中に握れるほどの石を二つ見つけ、木の上にいる二人の男の手に向けて、投げつける。


「うっ!」


 そんなうめき声をあげて、手にしていた種子島を落とした。幸い、落ち葉やコケに覆われた地面は、木の上から落ちて来た種子島を、優しく受け止めた。男のうめき声も道三の兵たちには聞こえていないようで、変わった動きはない。


「何者」


 ようやく私の存在に気づいた二人の男は、そう言うと、木の上から飛び降りて来た。

 ちらりと、道三の兵に目を向ける。まだ、私たちの事に気づいてはいないけど、ここで争えば、気づかれてしまうに違いない。


「来な!」


 挑発気味な口調と、くいっと首を振る仕草で、二人を奥に誘う。

 女の子供と思っている二人からは、怒りの気だけが放たれていて、私に対する警戒など微塵も無い。

 少し奥まったところで立ち止まり、二人と向き合った。信長が来る前に、さっさと私を片付けて、元の場所に戻りたかったからなのかどうか分からないけど、二人はすぐに襲い掛かって来た。

 手にしているのは刀。

 怒りに包まれた者の判断力は、正しさを失わざるを得ない。それに引き換え、感情を伴わず戦いに臨むのも無想流。

 振り上げた刀は、木の枝に邪魔され、速度を失いながら私を狙う。

 そんな速度では私を斬れやしない。

 隠し持っていた短刀で男の首を横から切り裂く。飛び散る真っ赤な血しぶきの中、もう一人男は背後から、その首に短刀を突き刺す。短刀を抜くと一気に血しぶきが上がるため、抜いたと同時に背中から蹴り飛ばし、自分に血しぶきがかかるのを避けるため、距離をとる。

 ずしゃりと離れた場所に男が倒れ込んだ時、背後から師の声がした。


「終わったか」


 私が頷くのを確認すると、師は倒れた男の足を持って、さらに茂みの奥の離れた場所に、その体を隠そうと引きずり始めた。

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