斬魔刀と信長
まるでその場にいるかのような師の語りに引き込まれ、厳島の戦いの情景の中に身を置き、師に迫る危機を感じ、体に力を入れていた私を現実世界に引き戻したのは、信長の声だった。
「して、どうなったのじゃ?」
さっきまで朝日の中、波に揺られる船の上で、戦いに身を置いていたはずの私は、知らぬ間に少し陰った空により、薄暗さに包まれ始めていた稲葉山城改め、岐阜城の広間に座ってた。
「皆にすぐにその船から逃げるよう言ったのと、ほぼ同時に爆発音が轟き、私が乗っていた船も吹き飛ばされ、辺り一面は燃える木々の破片が浮かんでいました。
我々の船が吹き飛んだ事など、大きな戦の中ではほんの些細な事でしかなく、激しさを増していく陶と毛利の戦いの中、私は父を探して、海を泳ぎまわりましたが見つからず、結局、海面に漂う三人の仲間と共に、里に帰ったのです」
「それだけでは、毛利が何かを仕掛けたとは断言できまい」
信長が言ったその言葉に、静かに師は頷くと言葉を続けた。
「私たちもまだ、それが本当に毛利の裏切りだとは確信を持ってはいませんでした。
そして、やっとの事で戻った私たちの里は、襲われ残っていた女子供に老人すべてが殺され、焼き尽くされていたのです。
毛利の裏切りであると言う確信を強めた私たちは、真実を確かめるため、元就の下を訪れたのです。
二人の仲間は、密かに天井裏に、そして私ともう一人が元就と対面する形で」
「ほう。で、元就は何と申した」
信長は師の話の続きに興味があるらしく、少し前のめりになり、顎の辺りを右手でさすりながら言った。
「私たちの船が小早川の船の爆発に巻き込まれた事や、里が襲われた事を話すと、それはわしが命じた事じゃと、あっさりと認められました」
「であるか」
信長はそう言う、数回頷いた。
「そして、なにゆえ? と言う私の問いに、元就はこう答えました。
一昨日は大内、昨日は陶、そして今日は我が毛利。
おぬしたちには義理も忠義もなく、目先の利益で仕える相手を変える。
ならば、明日は誰に付く?
そのような当てにならぬ者が大した力も無き者なら、捨て置けるが、おぬしたちの力はそうはいかぬ。
ならば、強き者と強き者同士ぶつけて、潰させるにかぎる。
海の上とならば、おぬしたちのちからも削がれ、陶の水軍と共に滅びゆくに違いないと策を立てたまでと、その理由も申されました。
これで、敵は明らかとなり、私は元就を討つ事にしました。
私は、その合図である言葉、おのれは魔王か! と発しました。
それは合図であると共に、私の本心でもありました。
策略家であるとは知っておりましたが、冷酷な人物でもあったとなっては、我が流儀が討たねばならない魔王は、目の前の毛利元就に違いないと感じたからです」
「じゃが、元就は討てなんだ」
「はい。
私は父より託された我が流儀の宝刀 斬魔の剣、闇斬りを抜きました。
天井裏から、二人の仲間が飛び降り、元就に襲い掛かりました。
それまで、知りませなんだが、元就は剣の腕もすさまじく、いえ、おそらくかの者は気を読む力も持っておったのです。
天井より飛び降り、元就の背後より刃を突き立てようとした二人の内、一人は空中でその体を元就により、真っ二つに切り裂かれ、返す刀でもう一人もその体をつらぬかれていたのです」
「うーむ。毛利の兵力だけでなく、元就自身も厄介な相手であったか」
「元就は、二人を斬り殺すと私に視線を向け、言い放ちました。
面白い刀を持っておるのうと」
師の言葉に、信長の顔つきが変わったのを感じ取った。面白い刀と言うものに興味を持ったに違いない。
「その刀とは、今、そこにあるものか?」
信長が師の横に置いてある闇斬りを指さして言った。師が頷くと、信長は目を輝かせながら、言葉を続けた。
「抜いて、ここで今、その刀を見せてみよ」
「信長様の面前でですか?」
「かまわぬ」
師は横に置いていた闇斬りに手をかけると、ゆっくりと刀身を鞘から抜いた。陰りを帯びた部屋に、闇斬りの力が広がっていく。
「ふむ。
元就が申す通り、面白い立派な刀じゃな」
信長はそれだけ言うと、さっきまで輝いていた目は、もう輝きを失い、遠くを見ているようだった。信長から放たれる落胆の気から言って、信長には闇斬りの力が見えていないらしい。信長がいかに剛の者であろうと、気を読める者だとしても、闇斬りの真価が発揮される場では、多くの者がそうであるように、信長の首もとる事は容易と言う事だ。
師は闇切りを鞘にゆっくりと納めると、言葉を続けた。
「経験を積んだ仲間二人を瞬殺する相手、まだ未熟な私と自分とだけで、元就を倒す事は困難と見切ったもう一人の仲間は、私に逃げろと言い、その体を張って元就から、私を落とす時間を稼いでくれたのです」
「なるほどのう。
そなたたちの毛利討伐を果たすためにも、義秋公を京にお連れしようではないか」
信長は本気らしく、きつい表情の多い信長の顔に、にんまりとした笑みが浮かんでいる。
「ところで」
信長が言った。
「そなたの齢はいくつなのじゃ?
十年ほど前には、まだ子供であったのか?」
「は、は、は、は。痛いところを突かれました」
師の言葉と信長の言葉にはびっくりだ。
100年以上生きていると言う話は、嘘だと思ってはいたけど、今の話だと、20代と言う事になってしまう。見た目は、50くらいだと言うのに。
ごくりと唾をのみ込み、師が信長にどう答えるのか待つ。が、師はにんまりとしたままで、黙り込んでいる。
「まあ、よいわ」
根負けしたのか、信長はそう言うと、すくっと立ち上がった。
「上洛には付いてまいれ」
そう言葉を残して立ち去った信長は、北近江の浅井長政に妹のお市を嫁がせると、立政寺に足利義昭を迎え、上洛戦を開始した。
そして、私にはまた新たな謎が増えた。師はいくつなのか?




