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三顧の礼

 異様な風体で、主道三との面会に乗り込んできた信長は、正徳寺内で美濃側の人々に気づかれぬように正装に着替えた。この意味するところは、普段の奇行も敵を欺くためであり、いざと言う時に牙をむくと言う事だ。その裏付けとして、あれほどの軍を引き連れてやってきた。その牙が向かう先は、場合によっては美濃だと言う威嚇も含まれている。

 道三様は、信長の行動の裏に隠された、その意味を読み取ったのだ。


 だが、それを信長に具申した童女がいたと言う話を私は聞きつけた。

 私自身、自分の力は非凡だと思っている。だが、そのような策を具申する童女と言う者は、もしやすると、私と並びたつ者なのではないのか、それを確かめたくて、一人敵地尾張までやって来た。


 尾張に来てから知ったのだが、目的の童女は今川が攻めて来ても、信長が勝つと言っているらしい。普通に考えれば、それはあり得ず、ただの期待とか妄想の話になってしまい、当然、尾張の人々はそんな事は信じてはいない。だが、私と並び立つ者なら、そんな策も本当に持っているやも知れず、ますます興味をそそられてしまった。


 そして、その童女 ねねは、今私の前で、きつい視線を私に向けて立っている。


「だから、何なのよ?」


 はっきり言って、どう見ても私の方が年上だと言うのに、どちらが上か下か分からないような口調だ。


「いや、私は戦により故郷を追われ、安心して暮らせる場所を探していまして、旅すがら信長様に助言を具申したと言うあなたの話をうかがい、これより尾張は私が暮らすに適した地となるのか、あなたのお考えをお聞かせいただけないかと」


 童女の口調に押された訳じゃない。こう言う手合いに合わせて、年下の童女に丁寧な言葉づかいで話しかけた。私がまず知りたいのは、これから先の事を、この童女はどう読んでいるのかだ。


「尾張は安全よ」


 きつい口調のまま、私の問いに答えてはくれた。


「やはり、美濃の道三殿を味方につけたからでしょうか?

 今川が攻めて来ても、美濃と連携すれば、勝てると?」

「道三の世はそう続かない。義龍の謀反で、道三は戦に敗れ命を落とすから。

 信長様は、自力で今川を打ち破るのっ!」


 ねねの発した言葉は、予想外だった。ただの発想力とかではない。美濃の内部で、道三殿と義龍殿の間で溝が深まり始めている事を情報として知っていると言う事だ。しかも、目の前の童女は、その結末として、親子での戦と言う最悪の結果に至り、その結果、道三が勝つのではなく、息子に討ち取られると予想しているのだ。


「義龍殿と言えば、道三殿の息子のはず。

 その息子がなぜ、父親を討つのでしょうか?」

「義龍は、道三が自分の本当の父親じゃないのじゃないかと疑い抱き、道三は義龍は無能だと思い、廃嫡を考えるからよ」

「お互いの誤解ですか。

 しかし、ねね殿はよくご存じで、美濃に行かれた事がおありで?」

「無いわよっ!

 いい!」


 そう言って、ねねは右手の突き出した人差し指で、私を差しながら、ぶんぶんと振った。説教くさいその仕草が少し様にならないのは、年下の童女が私にそれをすると、右手の人さし指は下にむけられるのではなく、上にむけられているところだ。


「私はこの世界のここ以外、どこにも行った事なんてないの!」


 世界。これまた、意外な言葉を童女が口にした。どこから仕入れているのか知らないが、かなりの知識を持っていそうだ。


「左様でしたか。

 ところで、先ほど尾張は安全だと申されましたが、私がお見受けするところ、尾張には勇猛な将はおれど、知将がおられぬのではと。

 勇猛さだけで、この戦乱の世は生き抜けないのではないでしょうか?」

「軍師なら、いずれ美濃の竹中半兵衛殿になってもらいます」

「えっ?」


 私は童女の言葉に、耳を疑った。私の事を知っている。そして、私の才を知っている。もしやして、目の前の私がその竹中半兵衛と知っているのか?


「もかして、その竹中殿をご存じで?」


 恐る恐るたずねてみた。


「ここ以外行った事ないって言ってるんだから、知る訳ないでしょ。

 あなたばかなの?」

「そ、そうでしたね」


 口調もそうだが、年下の童女に押されっぱなしである自分が、少し情けなくなってしまう。


「ですが、竹中殿は美濃の家臣。

 なにゆえ尾張の信長に仕える事になるのでしょうか?」

「それはサル、じゃなかった。木下藤吉郎が三顧の礼で、迎えるからよ」


 木下藤吉郎とは、信長お気に入りの小者である。それが、私を迎えると言う事は、どう言うことなのか? そんな小者に仕える事になるほど、私は落ちぶれていると言う事なのか?

 これまた予想外の童女の言葉に、思考が乱され気味だ。

 だが、もう一つの予想外の言葉、「三顧の礼」に思いが至った時、木下藤吉郎がそれなりの出世をしている前提ではと、理解した。いや、そう理解したかった。


「三顧の礼とは、あの劉備玄徳殿が諸葛孔明殿を迎え入れた時の事でしょうか?」

「当たり前でしょ!」


 この童女は今の明国が漢だった頃の物語まで知識があるらしい。

 一体、何者なのか? 

 どうして、色んなことを知っているのか?

 ますます興味がわいてきたが、当の童女は私には全く興味がないらしく、ぷんぷんした態度で、さっさとここから離れたいと言う雰囲気だった。



 そう過去のねねと会った時の話した半兵衛は、言葉をこう続けた。


「そして、今、あの時の童女 ねね殿の言葉通り、歴史は進み、出世した木下藤吉郎殿は、すでに二回、私の下を訪れている。

 もう一度、私の下に訪れる事があれば、私はそれに従うでしょう」

「すなわち、今となっては、私の説得はそもそも無用と言う事ですね」


 半兵衛が静かに頷いた。


「しかし、あのねねとは一体なんなのでしょうか?」


 私がそこまで言い、半兵衛が口を開く前に、近づいてくる人の気配を感じ、私は視線をこの建物の門の向こうに向けた。


「どなたか来られましたかな?」


 私の様子から、そう感じ取った半兵衛が言った。

 近づく気配は、サル!


「その藤吉郎殿が来られたようです」


 そう言い終えると、天井に視線を向けた。今からでは、サルに会わずにここから離れる事はできない。天井裏に身を潜めようとした私の視線には、茅葺のむき出しの屋根が入った。


「ここに天井裏はありません。

 いいではないですか。

 私の親戚の者と言うことにしておけば」


 私が隠れようとしている事を読み取った半兵衛が、にこやかな笑顔を向けながら言った。


「半兵衛どのぅぅぅぅ。

 瓜売りのとうが参りましたぁぁ」


 半兵衛の屋敷の門の向こうから、大きな声でサルが言った。

 そこには、瓜売りと言いながら、手ぶらと言うおまぬけなサルの姿があった。


「さ、さ、どうぞ」


 半兵衛は立ち上がりながら、サルにそう言った。


「いやいや、ありがたや、ありがたや」


 しわくちゃな顔をさらにしわくちゃにした笑顔は、完全にサル!!

 そのサルの視線は、半兵衛ではなく、なぜだか私に向けられている。好きになれないサルに視線を向けられ、悪寒が走ってしまう。


「こちらのきれいなお方は?」

「私の親戚の者です」

「では、あの話は控えた方が」

「いえ。かまいません」

「そうですか。

 では、どうですか?

 夜の町で腰振る生活は楽しいですぞ」

「は、は、は、は。木下殿は、お気を使い、そう言われておりますのですね」


 私がいるので、信長に降れではなく、前回誘った意味不明の話を持ち出した。そう言う事なんだろうけど、意味が分からない。


「腰を振るのは楽しいのですか?」


 思わず、相手は嫌いなサルだと言うのに、たずねてみてしまった。


「もちろんです」


 しわくちゃな顔の鼻の下が延び、口元が緩み、目じりを下げた顔は、たずねた事を後悔させた。さらに、サルは腰を振り始めた。そんな滑稽な姿、今までに私は見たことがないし、これの何が楽しいのか分からず、訝しげな顔をした私に、サルが言った。


「振られていると気持ちよくないですか?」


 こんな姿を見ていて、どうして気持ちよくなるのか?

 全く意味が分からない。


「全然」

「では、振る方で?」


 私が腰を振る姿を想像してみる。やっぱり何が楽しいのか意味が分からない。


「藤吉郎殿。

 その話は置いておこうではありませんぬか」

「そうでしたな。

 で、半兵衛殿。お考えは?」

「信長様の下には降りませぬが、木下殿との下にならば」


 半兵衛がそう言い、師が望んだとおり、竹中半兵衛が織田の軍師となった。万事うまく運んでいるかのうだけど、私には、また一つ謎が増えてしまった。

 楽しい腰振りとは??

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