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竹中半兵衛

 目を閉じ、無想になろうとしても、耳に届けられる小鳥たちのさえずりと、風がかすかに揺らす木々の木の葉のささやきが、邪魔をする。でも、それは決して悪いものではなく、心地よいものである。と言うか、そもそも、今の私は無想になる理由も無いのだった。


 今私は、木々に囲まれた中に建つ茅葺の一軒家の中にいる。その私の目の前に座っているのは、竹中半兵衛と言う細身できりりとした知的な顔つきの二十歳くらいの男。

 この男を初めて知ったのは、十面埋伏の陣と言う策で攻め寄せる織田勢を大敗に追い込んだ時だった。師は斎藤龍興が治めているようでは、美濃には未来は無いと考えてはいたけど,この男の才は大きく買った。


「あの時依頼ですね」


 涼やかな笑顔で、半兵衛は私に言った。



 あの時。それはこの男が、稲葉山の城を乗っ取る前の事だ。

 師は言った。「信長に無いものがある。それは軍師だ」と。

 師はその軍師として、事もあろう事か、織田家の敵方である斎藤家のこの男、竹中半兵衛に目を付けたのだった。

 信長は得体の知れないサルを重用しているだけでなく、信行方だった柴田勝家さえ、重用している。才があり、信長に恭順の意を示しさえすれば、重用してくれる。ただ、敵方であり、完膚なきまでに織田勢を叩いた策を立てた者となれば、信長が簡単に許し、家臣に迎え入れるとまでは、師も考えてはいなかった。そのためには、何か手土産が要る。

 そう考えていた師は、稲葉山の城を手土産にして、織田家に仕えると言う策を立て、交渉のため私を半兵衛の下に向かわせた。

 私が稲葉山の城をかすめ取るので、その城を手土産にして、信長に降りるよう話した時、この男は、華奢な体を大ゆすりして、笑ったのだった。


「あの城を盗ると申されるのですか?」


 稲葉山の上に建ち難攻不落と言われる名城だけに、それを盗ると小娘が言っている事を嘲笑していると私は感じたのだった。


「大丈夫です。

 わが西国無想流の手にかかれば、このような城を盗る事はたやすい事。

 私が城を落とした後、すぐに半兵衛殿が手勢を率いて、入っていただければ、そのままお引渡しいたしましょう」

「は、は、は、ははっ。

 いやいや」


 そう言って、半兵衛は手のひらを自分の顔の前でひらひらと振って、私の言葉を笑いながら否定したのだった。まだ、私の言葉を信じていない。そう思っていた私に、予想外の言葉をこの男は放った。


「そのような事、そなたの手を借りずとも、やってのけられるのだが」


 今度は、私が相手の言葉を信じられなかった。


「いえいえ」


 思わず、否定の言葉が口からこぼれてしまった。


「だが、そのような事する訳にもまいらぬ。

 なにゆえ、主の城を盗る事があろうか」


 そう言い終えた時のきりりと引き締まったこの男の顔は、今でも忘れられない。


 本気で言っているのだとしたら、この男自身に、この城を盗らせるのが、一番である。そのためには、何をすべきか。


「なるほど。竹中殿であれば、あり得る話かも知れません。

 では一つ、私と競いませんか?

 どちらが先に、この城を落とすか」

「そうやって、私を乗せる気ですか?」

「竹中殿がやらないとおっしゃられるのでしたら、私が城を盗り、信長に引き渡しますが」

「は、は、ははっ。参りましたですね。

 仕方ありません。私がさっさとやってみますか」


 にんまりとした表情で、そう言ったかと思うと、すくっ立ち上がり、数日の内に稲葉山城を乗っ取り、主の龍興を追い出してしまったのだった。

 そして、近江の浅井や尾張の信長から、城と引き換えに美濃半国を任せるとか言った誘いに一切のらず、龍興に城を返すと、この山の中の立派とは言い難い家屋に引きこもってしまったのだった。





「で、すでに稲葉山の城も持たぬこの私に、本日は何の御用ですかな?」


 頭の切れのよいこの男の事である。きっと、分かっているはずなのに、何も分からないかのような無表情な顔つきで、私に言った。


「すでに織田家の木下藤吉郎殿が、ここに来られていると思いますが」

「あのお方はすでに二度ほど、訪ねて来られました。

 先日は、織田家に仕えぬかと誘われました」

「で、いかにお答えに?」

「この山の中で過ごす星降る夜が好きなのだとお断りしましたところ、あのお方は、それよりも町の中で過ごす腰振る夜の方が楽しいですぞと、申されました」


 そう言って、半兵衛は笑い始めた。

 何が面白いのか分からず、少し小首を傾げながら、夜の町の通りで、腰を振りながら歩くサルと半兵衛の姿を思い浮かべてみた。

 滑稽な姿が面白いのだろうか。全く、意味が分からないし、そんな人々の姿は見たことも無い。


「それは町中で行うのですか?」


 私の質問に、半兵衛は動揺したらしく、目を見開いて、表情を固めてしまった。


「いや、さすがにそれは」


 動揺からか、言葉は少し小さかった。


「では、どこで?」

「女の方には、申し上げにくいですので。

 あ、あなたは女の子でしたか」


 ねねだけでなく、半兵衛にも言われてしまった。

 女の子と女は何が違うのか?

 一月かかるらしい修業とは何なのか?

 未だ答えを得られない私は、力なく、そのねねにも言われたと言う事実を半兵衛に告げた。


「ねね殿にも、あなたは女の子ねと言われました」

「そうでしたか。

 私も木下殿の奥方であるねね殿にお会いした事が、ござってな。

 ずいぶん前の事で、まだねね殿が童女であった頃の事なのですが、信長公と道三様との面会の助言をされ、今川勢をも迎え撃って、勝利すると言っている童女とは、どのような方なのかと興味がわきましてな」


 そう言って、半兵衛はまだ幼かったねねとの出会いの話を始めた。

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