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ねねとの出会い

 道の端に立ち並ぶ人々の口からこぼれる言葉たちの汚さにふさわしく、人々に整然さはなく、雑然としていると言うのに、彼らの視線だけは一点に向けられていた。

 その視線の先にいるのは、一頭の馬と一匹のサルを引き連れた汚らしい男。


「よく見ておけ」


 私の横でそう言ったのは、私が師と呼ぶこの国最強の忍び、西国無想流忍術の達人だ。なんでも、齢は100を越えると言っているが、私が師に拾われてからの10年近くの内に、それなりに老けて行っているところから言って、それは嘘っぽい。きっと、今は50近くではないかと、勝手に想像している。


 師の言葉に頷きながら、馬上の男に視線と意識を集中させる。

 近づいてくる一人と二匹の姿が、一瞬二人と一匹に見えた気がして、両目を腕で擦った。

 ぱちくりと、目を見開きしてから、もう一度見直す私の仕草に、何かを感じた師が言った。


「どうした?」

「いえ。サルが人に見えたような気がしたので」


 ぷっ!

 私の言葉に、師は今にも吹き出して、大笑いしそうな表情を向けた。


「な、な、何かおかしなことを言いましたですか?」

「あれはサルではなく、人じゃ」


 まことに??

 大きく目を見開いて、もう一度サルに目を向けた。

 小柄でしわくちゃな面相。サ、サ、サル?? じゃない??

 私の口が、ぽかんと開いた。

 師は私をからかっているのではなく、本当に人のようだった。


「あれは信長の小者 木下藤吉郎じゃ」


 師が小声でそう囁いた時、馬上の信長と、その馬の手綱を引くサル、ではなくて、木下藤吉郎が目の前を通り過ぎて行った。

 ぽくり、ぽくりとゆっくりとした歩調で、馬上の信長たちが通り過ぎて行く、その瞬間、信長と一瞬、目が合った。


「なにやつ!」


 そんな気迫を感じる信長の視線に、ちょっと押され気味になりそうだったけど、その視線はすぐに外れ、馬上の信長は後ろ姿になった。


「で、どうだった?」


 遠ざかっていく信長の背に視線を向けながら、師が言った。

 サルに気を取られ、うっかりしていたけど、信長の値踏みをするために、ここにいたんだった。


「えぇーっと」


 そう言って、間を伸ばしながら、後ろ姿の信長に神経を集中させる。でも、もう遅い。後ろ姿では、何も読み取れない。と、思った時、ピンときた。


「あの者は、真にうつけかと」

「ほぅ。なにゆえにそう思う?」

「あれを!」


 そう言って、後ろ姿の信長を指さした。

 馬上で揺られる信長が着ている服に描かれているのは、紛れもなく、男の人の股間でぶらぶらしているお○ん○ん。


「ふむ。あの奇天烈な風体にそう思ったか?」

「はい」


 そうなのだ。あれは師がよく裸で部屋をうろつき、ぶらぶらさせているので見慣れてはいるけれど、決して絵になるものなんかじゃない。あんなきもちの悪いものを背に背負うとは、どう言った思いなのか?

 それだけじゃない。


「しかも、天地逆に描いているところなんか、間抜けすぎますっ!」


 そうなのだ。あれはぶらぶらと地面に先っぽをむけているもののはずなのに、信長の背の図柄は、まるで天を突き刺さんばかりに反り返り、先っぽが上を向いているのだ。


「逆とな?」


 そう言うと、師は笑い始めた。

 何かおかしい事を言ったのだろうか?

 もしかして、あえて信長がそうしていて、そこに何か意味がある?

 上下逆転させているのはどう言う事なのか?

 そう考え始めて、すぐに答えが出た。

 そんな事もすぐに読み取れず、上辺だけに囚われてしまうとは、私は思慮が浅すぎるし、修業が足りなさすぎる。

 うつけは信長ではなく、私の方なのかも知れないと。肩を落としながら、師にたずねた。


「あえて、天地を逆にしている意味に気づかなかった私を未熟者と思っておられるんですよね?」

「ほぉ」


 師はそれだけしか言わず、言葉を続けない。つまり、私の答えを待っている。そう思った私は慌てて言葉を付け足した。


「天地が逆。つまり、今のこの乱世、下剋上の世の中、小さな力しか持たぬ自分がいつかは天に昇り詰めると言う決意を秘めた図柄かと」

「ぷっ!

 なるほどのう」


 真面目な顔で師はそう言ったが、最初に吹き出したのを私は見逃してなんかいない。

 どうやら、私の答えは合格ぎりぎりレベルだったのんかも知れない。


「本当の意味はなんなんですかっ!」


 師の答えを聞きたくて、両手で師の両腕を掴みながら、せがんでみた。


「それはな。自然の摂理だな。そして、信長の欲望でもあるのであろうな」


 信長の欲望とは、私が言った、いずれは自分が天下を治めると言う意味なんだろう。

 そして、もう一方の自然の摂理。私はここには考えが至らなかった。それがどう言う意味なのか、私には分からない。どうやら、あの図柄には深い、深い意味があったようで、その答えを見つけ出さなければならないだろう。

 そんな事を考えていた時だった。


「信長さまぁぁ」


 私の耳に女の子の声が届いた。その声音から発せられる悲し気な気配に、目を向けると、一人の童女が泣きべそ顔で、信長に駆け寄っていた。


「ねね殿、どうなされました?」


 藤吉郎と言う名のサルのような小者、面倒くさいのでサルにしておこう。サルがねねと言う名らしい童女の前で両手を広げていた。

 どうやら、ねねはあのサルと知り合いらしい。これから、何が始まるのか? そんな思いで見つめていると、ねねはサルの前で立ち止まった。


「なんじゃ。そちは浅野の家のねねと言うらしいの」

「はい。さようでございます。

 ところで、信長様。今日は道三様とのご対面の日ではないのですか?」


 この国の童女までが、その話を知っているほど、今日の道三との対面は注目されている。

 師も、この対面を信長がどう乗り切るのか? そこに興味を持っていた。


「よう知っておるのう。今から、向かうところよ」

「はい?

 今から、向かわれるのですか?

 違いますよね?」


 信長本人が、今から向かうと言っているのに、それを受け入れようとしないこの童女は何なんだろうか?

 ちょっと小首を傾げそうになったが、所詮童女だけに、会話が成立しないのかも知れない。


「何を申しておる。今から、向かうのじゃ」


 信長のその返事に、なぜだか応援するかのように頷いてしまっていた。


「お供は?」

「見えぬのか? サルがおるではないか」

「へい。殿」

「いや。あのう、相手は蝮ですよ?」

「ははは。何を申すかと思えば。

 相手は人間じゃ」


 またまた、信長の言葉に頷いてしまう。

 ねねはとぐろを巻き、細い舌をペロペロと出す蝮と信長が対面する情景を思い描いて、心配で、心配で仕方がなかったのだろう


「はい?」

「知らぬのか? 斎藤道三はわしの舅殿。人間じゃ」

「あのう。斎藤道三が蝮の道三と言われているのはご存じですよね?」

「なんじゃ、本当は蝮なのか?」


 なんだかかみ合わない話を続けている信長を見ていると、やはりこの男はただのうつけな気がしてならない。

 そんな思いで、横に視線を向けると、そこには真剣なまなざしで、三人のやり取りを見つめる師の顔があった。

 何かを感じ取っているに違いない。

 そう思い、もう一度三人に視線を戻した。

 小さな童女のねねが、何か威張った風に二人に向かって、何か言っている。

 それはこれからの道三との対面に関してのいわば提案らしい。

 鉄砲隊を引き連れて行けと言っている。

 私的には、童女であるねねの言っている事の方を支持したい。もしかすると、師はこのねねに注目しているのかも知れない。


「では、早速城に戻って、みなを集めて出直そうぞ」


 信長はそう言い馬首を反転させたかと思うと、さっきとは違い一気に駆け出し、私たちの前を疾風のごとく、駆け去って行った。その後を鬼気迫る形相で、サルが駆けて行った。


 一人残ったねねの顔はちょっと不安げ? お疲れ気味? ともかく、小さな女の子らしい笑顔は、そこには無かった。


「燐。で、どう思う?」


 再び、師の言葉はそこに戻った。


「信長の奇想天外な行いは、もしや何かしらの才ゆえかも知りません」


 私を射抜くように向けた視線も、もしやと言う事もあるやもしれない。そんな気もしてきた。


「ふむ。だがな。才だけで、天下はとれぬぞ」


 師の言葉は私に諭すような口調だった。


「それは運ですか?」


 そうなのだ。この国最強のはずの、そう師が言っているだけなのか、本当にそうなのかは、まだ私は知らないけど、無想流の忍びたちは今や師しか生き残っていない事を考えれば、力や才だけでこの乱世を生き残れるとは限らないようだ。ましてや天下をとるなら、なおさらのはず。

 師は、私の言葉に静かに、だけど力強く頷いた。


「信長に運があると?」

「いや。あの木下藤吉郎とあの童女に、大きなうねりのようなものを感じた。

 もう少し、尾張に残ってみるか」


 師は、今川義元に大きな期待を抱いていて、この尾張は軽く立ち寄った程度だった。と言うのに、今川の下に行かず、尾張で信長たちを観察する事になった。

ねねとサルは私の別作品「珍説 太閤記」シリーズの二人で、転生ものと重なったストーリーですけど、よろしくお願いします。


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