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幼馴染みからのプロポーズ

― プロローグ ―


只今、私は混乱中だ。


私の前には跪いて一輪の薔薇の花を差し出す男がいる。

私の隣でも私の親友に、同じように跪いて一輪の薔薇の花を差し出す男がいる。


思わず彼女と顔を見合わせる。


どうして、こうなった?



― 1 ―


事の起こりは一年前。

私、夏目有香(なつめゆか)は、幼稚園からの幼馴染みであり親友の高村優美(たかむらゆみ)と、食事をするために待ち合わせの店に行った。少し仕事が長引いて遅れてしまったけど、今日は二人で愚痴の言い合いをするはずだった。

店に着いて案内された席に、もう二人の人物を見つけて、私は思わず声を上げた。


「なんで、あんたたちがここにいるのよ~!」

「まあ、いいじゃん」

「そうそう。幼馴染なんだしさ」


優美は私に両手を合わせてごめんと言うジェスチャーをしていた。それに軽く頷きながら席に座った。


「いいや、よくない。せっかく女二人で心おきなく誕生日を祝おうとしていたのに。邪魔だ。帰れ!」

「そう、それな。幼馴染の誕生日を祝わないのって、どうよ」

「どうよじゃないでしょ。(わたる)。今日は二人でゆっくりする予定なんだってば!男は邪魔!」

「まあまあ、有香。俺達も二人がデートとかっていうなら、遠慮したけどね。だけど二人とも今はフリーだっていうし、俺達も彼女がいないし。それなら幼馴染たちの誕生日を祝ってやりたいって、思ったっていいだろう」

「いーや、尚之(なおゆき)。あんたたちが居たんじゃ愚痴が言えない」

「それくらいいくらでも聞いてやるぜ~」

「それよりもお店の人が困っているから料理を注文しようよ、有香」


その言葉に、私は男共を睨みながらメニューに目を向けた。

料理を決めて注文してから改めて二人を睨んだ。だけど二人は私の様子はどこ吹く風で、ニコニコと笑っている。


「それじゃあ、優美、有香。誕生日おめでとう」

「おめでとう。それでこれな」

「俺達からのプレゼントだよ」

「わあ~、うれしい~。毎年ありがとね」


優美が笹本亘(ささもとわたる)からプレゼントを受け取り、私も浅田尚之(あさだなおゆき)から受け取った。


「ありがとう。っていうかさぁ~、いい加減やめようよ、こういうこと」

「なんで~、有香~。やっぱり二人だけよりお祝いしてくれる人がいる方がいいよね。亘も尚之も、二人の誕生日に彼女がいなかったらお祝いしてあげるね~」


優美のニコニコ笑顔に毒気を抜かれた私はそっぽを向いた。


「気に入ってくれるとうれしいけどね。開けないの、有香?」


尚之がやさしい声で言ってきた。それを横目に見ながら、私はプレゼントの包装を解いていった。


この二人も優美同様、幼稚園からの付き合いだ。何の因果か小中高と一緒の学校に通った仲でもある。小中は家の位置の関係で仕方がないとしても、高校はハイスペックなこいつらに勉強を教えてもらって、合格できたという弱みもあった。だけど、こいつらのイケメンぶりに今までどんだけ理不尽な目に遭ってきたことか~。


亘と尚之がイケメンなら、優美も美人系の女の子だ。初めて会った時にこんなに可愛い子がいるのかと思ったくらいだもの。優美と誕生日が同じ日だと知って運命を感じたのは内緒なんだけどね。


私達4人は小学校に上がる年に新興住宅地に家を買った親のおかげで知り合うことになった。というか、幼稚園が同じだったから私達も親同士も顔は知っていたんだけどね。

さすがに隣どうしの家ではなかったけど、同じ区画で同い年の子供がいる親同士仲良くなるのは早かった。おかげで三人とは兄弟同然で育っている。それに、うちには兄が二人いるのも悪かった。


三人の親はそれぞれが初めての子供で、何か困ったことがあるとうちの母を頼ってくることが多かったの。ついでに在宅ワークをしていた母は家にいる率が大変高かったから、気がつくと学校が終わってそのままうちにみんなで帰ってきて、宿題をやるのが常だった。兄達も弟が出来たと喜んで勉強の解らない所を教えてくれたりしたのも、三人が居つくことになった原因じゃないかと思う。


三人は子供の時から可愛かった。整った容姿をしていたから、三人と仲良くなりたがる子は多かったわね。それに比べて私は平平凡凡な容姿。ブスというほどの容姿じゃないけど、間違っても「わあ~可愛い」といわれることはなかった。

・・・いや、両親と兄達は言ってくれたけど、それは身内の贔屓目でしょ。さすがに超絶に可愛い三人と一緒にいれば、身の程を知るでしょう。ねえ~。


そんなことを想いだしながら包装を解いたら出てきたのはネックレスが入った箱。

中には小さな薔薇のモチーフのネックレスが入っていた。優美のほうを見たら同じものだった。優美も私の物を見てうれしそうな声を上げた。


「有香とお揃いだね~。いつもありがとう」


優美のうれしそうな声にそっと視線を逸らす。というか、どこでこれを選んだのよ。なんでこの前、優美とこれがいいねって言ったのを知ったのよ、。

いつからかこの二人は私達に同じものをプレゼントしてくるようになった。始まりは高校3年の誕生日の時だったと思う。あの頃流行りのブレスレットをカッコいいねと優美と言っていた。その一月後の誕生日にプレゼントされたのだ。高校生が買うにはちょっと高めのものだった。このために彼らがバイトをしたと聞いた時にはすごくうれしかったけど、その反面ただの幼馴染にそこまでする? と思ったことを思い出した。


プレゼントをバックに仕舞って私達は食事を楽しんだ。

だけどね、やっぱり視線が突き刺さるのよ。周りの視線が場違いな女と言っているみたいで私は落ち着かなかったの。

私は昔からこの二人が苦手だった。イケメンで押しが強くて何でも思った通りに動かす男達。もちろん一番の被害者は私だ。


食事が終わり、なんでか私の部屋で飲むことになった。色々買い込んで部屋に戻った。


「で、ほれ。何でも聞いてやるから、愚痴れよ」

「だから、あんたたちには言いたくないんだってば!」


そう、私が愚痴りたいのは男の事。この間別れた元カレのことを愚痴りたい訳だ。それをなんで男に聞かせなきゃならんのさ。


「まあ、まあ、有香。溜め込むのはよくないよ~」

「うるさい。優美もそんなこというなら追い出すわよ」


と、思っていたのにやはり気が置けない仲の幼馴染みたちだ。酔いが回った私は彼らに絡んでいた。


「だからさ~、失礼しちゃうと思わない。私だって女だよ。28歳になるし本気で結婚を考えていたのにさ~。それが、お前と居るとお袋といるみたい! よ~。ねえ~。酷いと思わない~」

「うんうん、わかるよ~。有香が一生懸命にやったことをお母さん扱いじゃあねぇ~」

「そのくせさ~、別れてすぐにもう、別の子と付き合っているのよ~。それも大卒でピッチピチの22歳よ。それもしばらくは二股かけられてたみたいだし~」

「やだ~、最低よね~、その男。何とか見返してやりたいわねぇ~。ねえ、亘、尚之。なんかいい案無いの?」

「あるぞ~、とびっきりのいい案が」

「え~、何なに?」

「その男が後悔するくらい有香が綺麗になればいいんだよ」

「そうだよ。そいつよりカッコいい男と付き合って見返せばいいじゃんよ」

「・・・どこにいるのよ。そんな男」

「目の前にいるだろよ。それも二人も。どうよ」

「あーーー! いいかもしんな~い。亘も尚之も無駄にイケメンだもの。この二人だったら見返すのに持ってこいじゃない!」


優美のテンションは最高潮に上がった。だけど、その様子に反比例するように私は冷静になっていった。


「イヤ、無理。それだけは」

「えー、なんで~。本当に付き合わなくてもいいから、フリだけでもいいのよ~。その男にざまぁしようよ~」

「イヤ、イヤ。本当に無理だから。それは無しで」

「おい、有香。俺達じゃ役不足だっていうのかよ」

「違うしー。ほんとに、マジ無理だから」

「有香? 愚痴るくらい傷ついたんだよね。なんで俺達じゃダメなのかな」


隣に座っていた尚之が私に近づいた。


「うわ~。近い! そばに来るな~、あっちに行け」

「有香が酷い」


そう言いながらも尚之は離れてくれた。私は両腕をさすりながら言った。


「だから、前から言ってるじゃん。あんたたちのそばにいるとサブイボが出るんだってば。これでどうやって恋人の振りができるのよ!」

「あーーー、そうだったね~。うん。しばらく見てなかったから忘れてたよ。ごめん」

「忘れてた。本当に見事なチキン肌だな」


そう、私には厄介な癖がある。小中高とこいつらと一緒にいたことで、いじめに遭ったりもした。この二人は悪くない。悪くないんだけど、彼らの顔を見ると条件反射で鳥肌が立つようになってしまったのだ。大学は違う所だったからなのか、それとも4年離れていたのが大きかったのか、高校の時みたいに姿を見ただけで鳥肌が立つことはなくなった。

でも、一定の距離まで近寄られると鳥肌が立ってしまうのだ。これは28歳になった今でも治っていない。

そんな彼らと恋愛だなんてあり得ない。


結局、このあと酔いつぶれた私達はみんなで雑魚寝をして朝を迎えたのだった。



― 2 -


私達の誕生日は金曜日だった。だから、翌日多少寝坊しても構わないわけだ。私は目が覚めて腕に赤い痕があるのに気がついた。どこからか蚊でも入り込んで食われたのかな? それにしてはかゆくないけど。なので、そのままにしておいた。


三人が起きて順番に洗面所を使い、ファミレスに行って朝食を食べてから、みんなと別れたのだけど・・・そのあとすぐ尚之からメールがきた。

内容を見て首を捻ったけど、「了解!」とメールを返しておく。


私が家に帰りつく前に尚之も追い付いてきた。でも、距離を置いてついてきてくれた。

部屋に入ると麦茶を出した。


「それで、相談てなに?」


尚之は珍しく言いにくそうにしていた。イケメンがモジモジしても可愛くもなんともないぞ。


「その、有香。は、優美にいま彼氏がいないのは知っているよな」

「うん。もちろん。もう、一年経つよね。前の彼と別れてから」

「それで・・・」


そう言って黙る尚之。いつもと違う様子に首を捻る。


「ねえ、まさかと思うけど、優美のことが好きだからうまく行くように協力してくれ! なあ~んて言わないわよね」


と、笑い飛ばそうとしたら、尚之は顔を赤らめた。


「えっ? マジ?」

「そう。マジ・・・です」

「うっそ~。えー。だっていつも誕生日プレゼント、私の方に渡してたよね?」

「優美に直接だなんて・・・」

「えーーー。本気だったの~」


私は驚きに体をのけぞらせた。しばらくして驚愕から醒めた私は尚之に訊いた。


「い、いつから?」

「一応、初恋だ」

「そんな前から~。・・・じゃあさあ、なんで今まで告らなかったのさ」

「いい関係を壊したくなかったんだ。それにちゃんと自覚した時には彼氏がいたし」


ああ。確かに尚之が彼女と別れた時に、優美は付き合いはじめたところだっけ。でも、優美が別れてから一年経つからさっさと告ればいいのに!


「でも、じゃあ、どうするの?」

「それを相談したいんだ。優美は二人で会ってくれないから」


そう云えば優美は亘や尚之と二人で会うのを嫌がっていたっけ?


「じゃあ、二人で会うことから始めるわけね」

「だけど、それが難しいだろう。だからさ、昔みたいに二対二で出掛けないか?」

「それって、亘と私も参加ってこと」

「そうだよ」


まあ、それしかないかな・・・。


「ところでいつに勝負をかけるつもりなの」

「出来ればクリスマスがいいけど、最悪来年の誕生日には決めたいと思っているかな」

「何で誕生日?」

「二十代最後だろ。そこでプロポーズして、三十前に結婚したいからだよ」


本気なのね、尚之。


「わかったわ。協力してあげる」

「ついでに俺も協力してあげるよ」

「何の協力?」

「鳥肌が立たなくなるように」

「いや、それは無理があるというか・・・」

「じゃあ、有香は優美の結婚式に出ないつもりなのかい」

「そりゃあ出たいわよ。・・・そうか、2人の結婚式に出るってことは・・・」

「だろ。だから、俺が近くに寄っても鳥肌が立たなくなれば有香も結婚式で服を選び放題だろう」


何を想像しているんだこの男は! でも、そうよね。優美の結婚式で、サブイボ状態は嫌だわ。季節によっては腕を出すことになるのだろうし。


「尚之にそんなことを指摘されたくなかったわね」

「まあ、そう言わないでさ」

「でもさあ~、尚之のライバルは亘なの?」

「亘? なんで」

「え~っ? 亘も優美のこと好きなんじゃないの?」

「・・・イヤ、亘が優美のことを好きなのは姉妹に対するようなものだって言ってたから」

「なんだ~、そうだったんだ。私はてっきり恋愛感情ありだと思っていたわよ」


そう言ったら尚之は私から視線をそらした。見たら麦茶を飲み終わっていた。


「麦茶もう一杯飲む?」

「そうだね。ください」


麦茶を出しながら、そういえばと聞いてみた。


「ねえ、尚之は虫に食われなかった?」

「虫?」

「そう。私さあ~、腕のここんところ虫に食われたみたいで赤くなっているのよ」


戻った私の顔をマジマジと見つめて尚之がいった。


「前にも同じことあっただろ。じんましんの一種かアレルギーなんじゃないのかな」

「え~、どっちも嫌だ~」


そう言って腕の痕を見つめた。そうしたら尚之が首のところを指さしていった。


「そこにも痕があるよ」

「えー、うそ~」


その言葉に洗面所に駆け込んで鏡で見てみた。確かに首筋と鎖骨に近い辺りにもあった。

他にはないかと腕を捻ったり、服の裾を巻くって見える範囲を見てみた。

確認して尚之のそばに戻った。


「他にもいくつかあったわ」

「やっぱりじんましんの一種かアレルギーなんだろう」


と言ってきた。でも、こうなるのって、四人で会った時ばっかなんだよね。

・・・はっ! もしかして鳥肌だけじゃなくてじんましんまで出るようになったのか?


でも、さっき私が洗面所にいた時に尚之の独り言が切れ切れに聞こえてきたんだけど。「鈍い」だの「なんで分からないんだろう」とか「これだから苦労が」とかいっていたけど、何のことなんだろう?


「それで、話しは戻るけど、実際どうするの?」

「今が9月だよな。距離を詰めるためにも、遊びに行くのが一番かな」

「そうよね」

「有香はどこか行きたいところはないのかい?」

「私がじゃなくて優美が行きたいところじゃないの?」

「優美はお前が誘えばそれだけで喜んで来るだろう」

「まあ、そうか。・・・じゃあ私、最近遊園地に行ってないから行きたいなあ~」

「泊まり? 日帰り?」

「遊園地だから日帰りで」

「OK~。じゃあ優美は任せた」

「亘によろしく。日にちはメールで」

「ああ。じゃあ帰るわ」

「うん。またね」



― 3 ―


誕生日から2週間後の土曜日。遊園地デートを決行した。

・・・なのに、ジェットコースターは私と優美。他の乗り物もほとんど私は優美と乗った。


・・・すまん、尚之。こんなつもりじゃなかったんだよ~。

まさか列に一緒に並んでいるだけで鳥肌が立つとは思わなかったんだよ~。

というより私がついてっちゃダメじゃない? ねえ~。


だけど、ハプニングが起こったのよねぇ~。怖いと有名なお化け屋敷。ここでなんでか私と尚之が一緒に入ることになってしまったの。

そして・・・あまりの怖さに、尚之にしがみつきましたともさ~。

お化け屋敷を出た時には腰が抜けかけて尚之に支えられてたけど、リタイアせずに最後までいきましたともさ~。


この時はさすがにサブイボは出てなかった。これで治ったのかと思って安心したのに、遊園地を出て車の後部座席に尚之と座ったら、途端に腕にブツブツと・・・。

結局優美と仲良く並んで座りましたとさ!


・・・ほんとごめん、尚之。


次の日、尚之と作戦会議をした。場所は私の部屋。


「では、第2回目の作戦会議をしたいと思います」

「何なのかな、そのノリは?」

「え~、なんとなく?」


今日はコーヒーと彼がお土産に買ってきたケーキを前に話を始めた。


「まずは、ごめんなさい」

「いや、有香のせいじゃないから。でも、有香も一歩前進したんじゃないかな?」

「そうかな。そうだといいんだけどね。でも、帰りは元通りだったでしょ」

「そうだけど、怖いのが勝ったとはいえ鳥肌が出なかったよな」

「そうね。・・・それで次はどうするの」


尚之がケーキを食べ始めたので、私も食べ始めた。有名パティシエのフルーツタルト。旬のブドウが美味しい。


「有香は水族館に行くのはどうかな」

「水族館? そういえば最近行ってないな~」

「じゃあ、次は水族館に行くか」

「えっ? 決定なの?」

「優美に連絡よろしく~」


そして10月。また4人で水族館に行った。

イルカショーを見終わって移動する時、濡れた床で滑ってこけそうになった。とっさに隣にいた尚之に掴まったけど、この時は鳥肌は立たなかった。

だけどそのあと、夕食を食べに入ったフレンチレストランで、乾杯をしようとグラスを触れ合わそうとしたら、ブワッと鳥肌が立った。・・・うん。長袖の服でよかったよ。


結局この日も優美と尚之は仲良くなることができなかった。


次の作戦会議は尚之の家に行った。そういえば、尚之が一人暮らししてから初だな~。と、思いながら彼の部屋をキョロキョロ見回した。

モスグリーンのカーテンを見て、そういえば尚之はグリーン系が好きだっけと思い出した。


今日は尚之にリクエストをされて、ベイクドチーズケーキを焼いてきた。これも彼が好きな物。入れてくれたコーヒーを飲みながら、作戦会議を始めた。


「それでは、第3回目の・・・って、こら。なんで食べだすのよ」

「えー。それは・・モグ・・目の前に・・美味しそうなもの・・パクッ・・があれば・・食べるよね。実際有香が作ってくれるものは美味しいし」

「だから、えっ? もう二切れ目いく?」

「本当においしいから」


私は尚之の幸せそうな顔を見たら何も言えずに食べるのをジッと見ていた。二切れ目を食べて満足したのか、尚之が話しを始めた。


「それで、11月と云えば紅葉だろ。温泉に泊りがけで行かないか」

「え~。泊まりなの。もちろん部屋は別よね」

「そりゃあ、そうだよ。・・・あれ、でも、この前も雑魚寝した事だし一緒の部屋でもよくないか」

「いいわけあるか! でも、温泉か~。いいなあ~」

「じゃあ、紅葉は抜きであそこ行かないか。いろいろなお風呂がある温泉ランド」

「あ~!!! そこ! 行ってみたかったのよ。水着でOKなところよね」

「そう、そう。じゃあ、決まりな」

「うん。楽しみ~」


11月の2週目。約束通り温泉ランドに行った。今回は車でなくて電車で行った。

・・・はい。少し後悔しました。車で行けばよかったと。なんで、あんなに混んでいるのよ~。

おかげで2人にかなり近づくはめになり、服の下でブツブツしてるのが分かりましたともさ~。


だけど、温泉最高! ここは色々なお風呂がある。普通の温泉はもちろん、ハーブを入れたハーブ湯やミルク風呂、岩塩風呂に日本酒風呂まであったし、大人気の洞窟風呂。滝もね、あったのよ。打たせ湯ってやつよ~。ハア~、満足~。


一日お風呂を満喫し、ついでに近くの高級旅館とまではいかないけど、そこそこ?の旅館にお泊りしたのよね~。部屋は結局男共とも同じ部屋だったけどさ~。

でも、離れ風?というのかな。個別に別れていたのよね、建物が。だから部屋も一つじゃなかったから、別々の部屋にお布団を敷いてもらいました。お風呂のハシゴに疲れたからなのか、それとも美味しい料理にお酒が進んだからか、夕食を食べてそれほど経たないうちに寝ちゃったのよね~、私。

翌朝・・・また赤い痕を見つけて・・・。確信しましたよ。やっぱりあいつらに対するアレルギー反応だと。それに、お酒が入るのも駄目みたい。この前、昼間遊びに行った時にはならなかったもの。


でも・・・尚之~。ごめんよ~。悪気はないのよ。ただ単に温泉を楽しんだだけなのよ~。協力する気はあるのよ。うん。

だけどさ~、子供じゃないんだから、私に走ると転ぶとか、勝手に行くと迷子になるぞ、は、ないんじゃない? 結局尚之は優美より私にかかりっきりで・・・って、あれ?

やっぱり私か~。私が、尚之の恋の障害になっているのか~。


帰りの電車の中で1人反省をしていたら、はしゃぎすぎて疲れたんだろう! は、ないでしょう~。


ついでに心配されて家まで送ってもらったけどさ~。なんか違わない? それなら優美を送って行けばいいじゃない?



― 4 ―


「では、第4回目の作戦会議にいきます」

「なんかテンション低くない?」


煩いよ、尚之。前回の反省中なんだってば!

本当に、障害にしかなってないよ~、私。


「ねえ、少しは優美と話しているの?」

「優美と? ああ、うん。大丈夫。前に比べたら話をしているよ」

「本当に~?」


私は膝を抱えてジト目で尚之をみた。尚之は穏やかに笑っている。

・・・うん。これなら上手くいかなくて、ってわけではなさそうだ。

そのことにホッとすると共に、なんとなくモヤッとするものがあった。


「えー、では、12月と云えば国民的イベントのクリスマスがあります。それに向けて・・・」

「ちょっと待った、有香。この前の温泉旅行。有香が鳥肌に悩んだのって行きの電車の中だけだよね」


ん~? そうだっけ? いや、その前に行きにサブイボ出来たのに気がついてたんかい! 服の下しか出てないから、バレてないかと思ったのに。


「洞窟風呂で探検気分でいた時に、俺や亘と接触したけど出なかったよね」

「言われてみれば。優美が一番前で狭い所を抜けるのにつっかえた時だよね。楽しくて、二人にくっついたことを意識しなかったからかな?」

「・・・つまり意識しなければ、鳥肌はでないと?」

「そうなのかな?」


・・・よくわからないや。

そうしたら尚之が横目で私を見てきた。


「ねえ、有香。意識しなければ平気なら、今度は映画を見にいかないかい?」

「映画?」

「そう。映画を見るには隣あった席に座るだろ。席に着くまでは意識するかもしれないけど、映画が始まれば隣に意識を向けてられないだろ」

「う~ん。どうなのかな」

「今度二人で行かないかい?」

「二人で? 優美は?」

「あのさ、忘れているようだけど見たい映画の趣味は、優美とも亘とも合わないだろ。どちらかというと有香と俺の見たい映画は昔から被っていたよね」


首を捻って思い出す。私がこうなる前の高校1年の夏休み。四人で映画を見に行った。でも、映画館の入り口で揉めたっけ。優美と亘はバトルアクション系を見たいと言って、私と尚之は感動すると話題のアニメを見たがったのだった。結局二対二に別れて見たのよね。


「えーと、ごめん。今は見たい映画はないから、またでいい?」

「そうだね。そこまではまだハードルが高いか」


私の言葉に尚之はあっさり引いてくれた。


なんかさ、この誘いって、実は優美に気があるんじゃなくて、私に気があるんじゃって期待しちゃうじゃない。私のトラウマ克服っていうのも口実なんじゃないかって、少し・・・ほんの少しだけ期待しちゃうじゃん。

だってさ、楽しいんだもん。尚之といるのが。でも、尚之にとっては幼馴染でしかないのよね。昔っから変わらない手のかかる妹分。


あー。やだな。なんか思い出してきた。


「有香? どうかしたの?」


尚之の言葉に我に返った私はヘラリと笑った。


「ううん。映画を見にいった時のことを思い出してただけだよ」

「そうかい。それじゃあ、クリスマスのことかな」

「やっぱりパーティーよねぇ~。集まるのはイブのほうが・・・って駄目じゃん。その日は会社の忘年会だわ」

「イブに忘年会?」

「そうなのよ。今年はイブが金曜でしょ。うちの課っていま、独り者が多いからこの日に決まっちゃったのよね」

「やめるわけには・・・いかないよなあ~」

「そうよ。いかないのよ。でも、1次会で帰ればいいか~。だからってそのあとからじゃ悪いじゃん」

「有香がそれでいいならそうするよ」

「いいよ~。クリスマスは土曜だから、また夜に飲んで騒ごうよ~」

「有香がそう言っていたって、亘に伝えるけど」

「うん。で、どこでやる?」

「ああ、そうだね。今回はうちを提供しようか?」

「でも私、亘の部屋に行ったことがないから行ってみたいかも」

「・・・他意がないのは分かっているけど・・・ハア~」

「なんで溜め息つくのさ?」

「ああ。こっちのことだから気にしないで。亘に訊いてみるから、どこにするかはまた連絡するから」

「わかった~」


そしてクリスマスイブの日。忘年会に向かう途中、私は尚之が道の反対側を歩いているのに気がついた。あれ~、偶然じゃんと、次の信号で渡るから声を掛けようと思ったの。

だけど・・・。私は会社の同僚に断って忘年会をパスして家に帰ったのだった。


次の日のクリスマスパーティーも風邪を引いたと言って、行くのをやめた。心配して優美が家に来ると言ったけどそれも断ったの。


だってさ、一晩中泣いてたから、瞼は腫れてて目は真っ赤だし、声はガラガラだもの。人に会えるわけないじゃない。


な・の・に、なんで来たの? なんでそこにいるの? 心配だから? 放っておけない?

何言ってるのよ、尚之。ただの幼馴染にそんなこと言わないでよ。私のことは放っておいてよ!


私はベッドに戻ると布団を被ってまた泣いたの。


昨日、私は尚之と優美が仲良く笑いながら歩いているのを見たの。その姿に思った以上にショックを受けたのよ。

なんで~。私は尚之と優美が上手くいくように協力してたじゃん。

これじゃあ、まるで私は・・・。


泣きつかれていつの間にか眠ったみたいだった。ふっと目が覚めた時あり得ないものをみた気がした。ううん。これは夢ね。

だって、優美と亘と尚之がいるなんて。それも心配そうに見つめてくれて・・・。

尚之が私のことを慈しむように見ていたなんて。都合のいい夢。


「本当に有香も、もう少し私達を頼ってくれればいいのに」


ほら、幻聴まで聞こえてきた。


「こんなになってるなんて、和儀かずよし兄に知られたら・・・」

「それをいうなら、宗司そうしさんもだろ。有香の事、溺愛してるし」


私の頭を撫ぜながら尚之がいった。

・・・あれ? 夢・・・じゃない。

瞬きをしてもう一度みんながいるか、確認してみた。・・・みんながいる。

えーと? なんで? 

視線を私の方に向けた優美と目があった。優美がふんわりと微笑んでくれた。


「目が覚めた、有香。駄目じゃない。泣くほど具合が悪いのならちゃんと言わなきゃ」

「えーど・・・なんで」


泣き過ぎたせいかガラガラな声だった。その声に三人はギョッとした顔をした。そして亘が怒鳴った。


「この馬鹿。なんでこんなひどい状態なのに連絡を寄こさないんだよ」


亘の声にビクリと体が震えた。布団の中で縮こまる。


「こら、亘。有香に怒鳴らないで。具合が悪すぎて連絡ができなかったんでしょ。あと、風邪をうつすのを心配したのよね。昔っからそうでしょ」

「そうだよ。有香は寝込むことが多くて、見舞いに行った俺達にうつすのを心配して、早く家に帰そうとしてただろう。忘れたのか、亘」


優美と尚之の言葉に思い出したのか亘はシュンとなった。

結局、私の様子がおかしかったのは体調を崩したからだと思われた。昔みたいに三人に甘やかされてこの日は過ごしたのだった。


「そう云えば、どうやってこの部屋に入ったの?」


少し気持ちが落ち着いたところで訊いてみた。


「やーね、忘れたの有香。私と合鍵交換していたじゃない」


優美の言葉に納得した私でした。



― 5 ―


結局クリスマスは散々だった。あのあと、何があったのか聞かれて・・・バレました。

そして笑われました。たまたま会った二人は25日のこと・・・つまり今日のパーティーのことを話していたそうです。

完全に勘違いでした。


それで大泣きしたなんて、恥ずかしくて言えないもの。だから、そこは頭痛のせいにしておきました。私は高校の時から偏頭痛持ちですから。


なので、忘年会をやめて帰ったことも、頭痛によるものだと思ってくれたようです。

・・・なんで私が忘年会に行かなかったのを三人が知っているかって? それはね、私が忘年会をどこの店でやるか話したからなの。二次会をパスする話をしていたから、もし私が本当に二次会にいかないのなら一緒に帰ろうとお店に行ったんだって。


はあ~。と、つい溜め息を吐いたら、母から叱咤が飛んできた。


「有香。溜め息なんか吐いてないの。着つけを手伝ってくれている皆さんに悪いでしょ」

「でも、母さん」

「でもは禁止。もう少しで終わるから、じっとしてなさい」


そうなの。今日は大晦日。実家に帰ってきました。そして振袖の着付けをされています。

確かにさあ~、まだ結婚してないけどさあ~、28歳に振袖ってきつくない?

でも、着れるだけ着なさいと着付けされてます。もちろん隣では優美も同じ目に遭ってます。


成人式以降の毎年の行事となっている、大晦日の着付け。もう、仕方がないなとは思っているのよ。だってね、夏目家、高村家、笹本家、浅田家で女の子は私と優美の二人だけなんだもの。私の下には兄弟はいないし、優美も亘も尚之も弟しかいないのだから。

おかげで笹本家、浅田家のおばさん達にも私達は可愛がられたんだよね。


「よし、出来た~」

「やっぱり女の子はいいわよねえ~」

「本当ね~。うちの子も早く結婚しないかしら。かわいいお嫁さんにいろいろしたいわ~」

「そうよ~。楽しいわよ~。でも今年はねえ~」

「すみません、お義母さん。さすがにこのお腹では~」

「私もすみません。つわりが収まってくれれば着れたんですけど」

「ああ、いいのよ。沙樹さん、佳織さん。それよりも体を労わって頂戴ね」

「「はい」」


兄嫁の二人、和儀兄さんの奥さんの沙樹さんは現在妊娠7ヶ月。3人目を妊娠中です。宗司兄さんの奥さんの佳織さんは妊娠4カ月。こちらも3人目です。佳織さんはつわりがひどいらしくて、ちょっと心配なの。二人とも下に女の兄妹がいないから、私のことを本当の妹のように可愛がってくれているの。ちなみに子供はどちらも男の子なんだよね~。だから今回の妊娠にかけていると言っていたの。


「まあ~。佳織さんもおめでたなの」

「いつ生まれるの? うちの亘なんて今は付き合っている人はいないなんて言うのよ。早く孫の顔を見せて欲しいのに」

「うちもそうよ。ほんといつになることやら。あら、そう云えば、有香ちゃん、優美ちゃん。いま付き合っている人はいないって言ってたわよね。どっちらかうちの息子のお嫁さんにならない?」

「あら~、それはいいわ。ねえ、うちの亘のところにお嫁さんに来る気ないかしら」

「いいかもしれないわ~。そうしたら優美は遠くにお嫁に行かなくて済むのよね」

「あなたたち、いい加減にしなさいよ。勝手に親の気持ちを押し付けないの。子供にも自分の感情があるでしょう」


うちの母に言われて、おばさんたちは首を竦めていた。着付けが終わりリビングにいくと男達が大集合していた。


「うわ~、やっぱり着物はいいねえ~」

「うん。これぞお正月ってかんじだよ~」

「それに着物が似合う美人が二人」

「有香ちゃん、優美ちゃん。とても綺麗だよ」

「僕の自慢のお姉ちゃんだもの。綺麗に決まってるでしょ」

「ゆかおねえちゃん、ゆみおねえちゃん。おひめさまみたい~」

「ねえ、有香ちゃん。僕と付き合わない?」


これも毎年恒例の弟ズのセリフ。本当に毎年同じことを言うんだから~。

・・・あれ? でも今回は違う言葉が聞けたような? 今のセリフを言ったのは誰だ?


「ほう。青二才が俺の前でよく言えたな」

「や、やだな~。和儀兄さん。美人を見たら口説けって教えてくれたのは兄さんでしょ」

「誰が有香を口説けと言った」

「そうだぞ。お前は、口説いていい相手かどうか」

「和儀、宗司。あんたたちもいつまでも馬鹿なことを言っていないのよ。妹が可愛いのは分かるけど、あんたたちが有香の邪魔をしてどうするのよ」

「だいじょうぶだよ、おばあちゃん。ゆかちゃんはぼくがおよめさんにもらうからね」


兄達の相変わらずのセリフに、軽い発言をした亘の弟の(とおる)が、焦った様子と、甥の大智(たいち)4歳の言葉に笑ってしまった。・・・母のセリフは?だけど。

弟ズをみてたら、尚之がそばにきた。


「椅子のほうがいいよな」


そういって腕を引かれてダイニングテーブルのほうに連れて行かれた。


「「「「「「あーーーー!」」」」」」


弟ズの声が重なった。椅子に座りながらなんなんだという風に弟ズのほうを見る。優美も亘にエスコートされて椅子に座った所だ。


「有香ちゃん。鳥肌は? 亘兄さんと尚之兄さんに近づかれると鳥肌が出るんじゃなかったの?」

「あー、それね。ご心配をおかけしましたが、克服できました」

「まあ~、本当なの有香ちゃん」

「よかったわね~」


この部屋にいるみんながホッとした顔をした。改めてみんなに心配をかけていたんだなと思った。


あのクリスマス騒動。1つだけいいことがあったの。尚之と亘のそばにいても鳥肌が立たなくなったのよ。あの日・・・結局うちに場所を変更してクリスマスパーティーをしたのよね。体調が悪いと信じている三人を騙す様で心苦しかったけど、本当に泣き過ぎたせいか頭は痛かったし、嘘のようで嘘じゃない状態だったのよ。


私は小学校までは身体が弱くてちょっとしたことで熱を出して寝込むことが多かったの。だから優美達三人は私のことを必要以上に構って庇ってくれていた。


三人が小学校の頃のように私のことを構ってくれて、ふと気がついた。亘から渡されたタオルを受け取っても、尚之から飲み物が入ったカップを受け取っても鳥肌が立たないことに気がついたの。三人ともその事実にとても喜んでくれた。


・・・で、喜んだはいいけど私を抱き上げてクルクル回るな~。おかげで目が回って下ろされてぐったりしたともさ~。


あっでも、まだアレルギーは続いていたんだよね。翌日また何カ所か赤い痕を見つけたの。でも、お酒は関係ないみたいね。昨日はお酒を飲まなかったもの。でも頭痛薬を飲んで寝たから、薬の成分のせいだったのかしら?


いつものようにみんなとワイワイ話しながら11時30分に近所の神社にお参りに行くために家を出たわ。近所の神社は有名スポットではないけど、甘酒とお汁粉を振るまわれるのよね。


お参りを終えて家に戻る時、優美と亘の雰囲気がいいことに気がついた。

・・・だけど私は気がつかない振りをして、尚之と話しながら家に戻ったのだった。



― 6 ―


2月のイベントといえばバレンタイン。私は優美と一緒にチョコレートを作った。今年のバレンタインは火曜日。だからその前の土曜日に作って日曜日に実家に行った。いつものように父、高村家、笹本家、浅田家のおじさん達と弟ズに渡し、兄と甥達の分は実家に預けて自分の部屋に戻った。


2月14日。亘と尚之と優美と待ち合わせて、夕食を四人でとった。そして優美と共に作ったチョコレートを二人に渡した。帰りは尚之が送ってくれた。部屋の前で別れるはずだったのに・・・。


「送ってくれてありがとう。じゃあ・・・」

「有香。俺に何か言いたいことがあるんじゃないのかい」


どうしよう。やっぱり気付かれた。でもこんな時のために言い訳は用意してあるもの。

なので、お道化たように見えるように首を傾げながら言った。


「やっぱりバレた?」

「俺に隠し事は10年早いよ」

「えーと、じゃあ、ちょっといいかな?」


そう言って尚之を部屋の中にいれる。

そして用意しておいた普通の四角いケーキの箱を尚之に渡す。


「普通のチョコレートだと甘いでしょ。これはあまり甘くしてないから尚之好みだと思うんだけど」


尚之はその箱を受け取ってジッと見つめていた。


「俺のために特別に作ってくれたのかい」

「いろいろお世話になったからお礼よ!」


つい強い調子で言ってしまい、ついでにプイっと顔を背けた。


「いま食べたいな。切ってよ」

「今から? 家に戻ってからにしたら」

「今がいい」

「というか、一切れずつになっているわよ。それ」


そう言って私は小皿とフォークを用意してもっていった。そのあとコーヒーを淹れた。

箱の中には8切れのチョコレートのパウンドケーキ。そのうちの一切れを食べた尚之がいった。


「洋酒がきいてる。ブランデーかな」

「あっ、わかった~。そうなの。焼き立てにたっぷりブランデーを染み込ませておいたのよ」


尚之は2切れ目も出して食べ始めた。嬉しそうに食べてフッと私の方を見た。


「ねえ、有香。もしかして期待してもいいのかな?」

「何の事?」


テーブルの上に置いていた私の左手を掴むと持ち上げて人差し指の指先にキスをした。そのまま唇を押し当てたまま私のことを見つめてきた。


「有香の特別は俺だって」

「な、何言っているのよ。尚之が好きなのは、優美なんでしょ」

「優美ねえ。可能性のない相手より、想ってくれる相手との方が幸せになれると思わないかい?」


尚之の言葉に答えられなくて私は彼から視線を外した。しばらくそのままでいたけど、尚之の声が聞こえてきた。


「なあ~んてね。そろそろ帰るよ。これ、ありがとうな、有香」


そう言って手を離された。箱を持って立ち上がる尚之を見送ろうと、つられて私も立ち上がった。玄関で靴を履いた尚之が私の方を向いた。箱を持っていない彼の左手が動いて、抱きしめられた。すぐに離れると彼は「おやすみ」と言って出て行った。


私はしばらく玄関から動けなかった。

・・・ああ、そうか。ハグね。・・・うん。挨拶のハグだったのね。

そうよ。恋人に対する抱擁じゃないもの。さっきの言葉だってそんな意味で言ったんじゃないもの。


玄関の鍵を閉めて小皿とカップを片付けて洗う。


ポタリ


気がついたら流しに水滴が落ちた。慌てて食器の泡を流して水切り籠にお皿やカップを入れる。


ポタッ ポタッ


服の袖で目もとを拭う。


「やだな。泣く事なんか何もないのに・・・クッ・・・ウッ・・・」


そのまま流しの下に頽れるように座りこむと、口元を抑えて私は泣き出した。


なんで、尚之は私にやさしくするの? 私のほうが期待しちゃうじゃない。尚之が私のことを想ってくれているんじゃないかって。

本当はもうやめたい。優美は亘と付き合うだろう。傷つく尚之を見たくない。

でも、そばにいたいの。好きなの。ずっと好きだったの。


でも、望みがないと思ったから別の人を好きになろうとして付き合って・・・。

罰が当たったのかな。自分の心を欺いたから。だから、振られることになったのかな。


それなのに今になって彼のそばにいられるようになったのに・・・。

なら、私から告白する? ・・・ううん、出来ない。もし断られたら・・・ 


もう、28歳なのに。いい大人のはずなのに。どうしていいかわからない。

このまま、ずっと続くわけないのは分かっているの。

もう、少しだけそばにいてもいいかな?


私の涙はしばらく止まらなかったの。


・・・今日は3月14日。ホワイトデーです。2月はみんな仕事が忙しくてバレンタイン以降会うことはなかったの。それを淋しいと思う反面、ホッとしている私もいたのね。


だけどね、分かっていたことだけど、目の前で嬉しそうに報告する二人を見ていると、胸が痛んでしょうがなかった。


今日も優美、亘、尚之と四人でフレンチレストランで食事をしていた。まずはバレンタインのお返しを貰って、楽しく話しながら食事をして・・・。でもね、二人の様子。雰囲気がね、恋人同士特有の甘い感じがわかったの。


デザートが来たところで、優美と亘から私達に話したいことがあると言われて・・・。

二人はバレンタインのあとから付き合い始めたんだって。


私は二人に「おめでとう」と言ったけど、ちゃんと笑えていたのかな?


帰りはまた尚之が送ってくれた。部屋の前で「話がある」と言われた。

なので、前回と同じに尚之を部屋に入れた。

テーブルを挟んで向かい合って座る。本当は何か飲み物をと思ったんだけど、尚之が飲み物はいらないと言ったから何も用意しなかった。


「有香。有香は俺のことが嫌いか」

「突然なに?」

「有香の気持ちを教えてくれ」


・・・ずるいよ。私から言わせるなんて。


「・・・嫌いじゃない」

「なら、俺達も付き合わないか」

「何を言ってるのよ」

「俺も有香のことは嫌いじゃない。・・・いや。好きだよ」


尚之の言葉に心臓が早鐘を打つようにドキドキしている。そのあと続けられた言葉に喜んだ気持ちはしぼんでしまったのだけど。


「優美と亘のことだからダブルデートを提案してくると思うんだ」


・・・そんな~。尚之は自分の気持ちを二人に気づかせないために、私と偽の恋人になりたいんだ。優美に悲しい顔をさせたくないから。そして尚之の心の傷が癒えて、また新しい恋を始められるまでの、それまでの偽の恋人。・・・でも、それで尚之のそばにいられるのなら・・・。


私は自分の考えに捕らわれて尚之が話していることをちゃんと聞いていなかったの。


「・・・ということなんだよ。有香?」

「えっ?」

「ちゃんと聞いてなかっただろう」

「そんなことないよ~」

「本当かい? じゃあ、有香。俺と付き合ってくれますか」

「・・・はい。私でよければ」


そう言ったら尚之がとても嬉しそうに笑って私を抱きしめてきたの。私はそっと目を閉じたわ。彼の胸に耳をつけるようにして、彼の心臓の音を聞いたの。少し心音が速い気がしたのは気のせいではないのよね?


「有香。大切にするからね」


尚之はそういうと私の顎に手を掛けて上に向けて、軽く触れるだけのキスをしたのだった。


そのあと尚之はなごり惜しそうに帰っていったわ。

私は自分の選択が間違いでない事を祈りながら眠ったのだった。



― 7 ―


4月。弟ズの末っ子。優美の下の弟である、篤志あつし君と私は喫茶店にいた。大学に合格し1人暮らしを始める彼の買い物にさっきまで付き合っていたのよ。本当なら優美も一緒にいるはずだったのに・・・。


優美は急な仕事で半日だけ仕事に行っているの。終わったら合流するはずだったのに、まだ終わらないとさっきメールがきたわ。なので篤志君とランチを食べることになったのよ。


「有香さん、今日はありがとう」

「かわいい弟のためだもの」

「・・・有香さん。俺は弟じゃないよ」

「あっ、ごめんね。つい、みんなのことは弟と思っていたから」


篤志君は憮然とした表情をしていた。一度私から視線を逸らした後、真直ぐに見つめて来た。


「有香さん、訊きたいことがあるんだ」

「な~に。私に答えられることならなんでも答えてあげるよ」

「ねえ、有香さん。有香さんはどんなものを貰うとうれしいかな」

「え~、突然何を言うのよ。それをきいて意味があるの」

「えーとさ、その、気になる人がいるんだけど、どうアプローチしていいか分からないんだ。だから何かヒントを貰えないかなと思ったんだ」


篤志君も優美に似た感じのキリッとしたイケメン君だ。さっきから彼のことをチラチラ見ている女の子達がいる。


「そうねえ。私は何を貰ってもうれしいけど。でも、最初は残らないものがいいんじゃないかな」

「残らないもの?」

「そう。お菓子なんかいいよね。それもプレゼントではなくて、みんなに分けるついでみたいに渡すの。次はその子にだけおまけ的に別に用意をするのもいいかな」

「そうか。それならさり気なく、次は君だけ特別って感じになるね。じゃあさ、有香さんはどんな風に告白されたい?」


私は飲みかけた紅茶を吹き出しかけた。何とか飲みこんで息をついた。


「えーと、やってほしくない告白ならあるわよ」

「どんなの?」

「公衆の面前で言われること」

「えー、嫌なの?」

「恥ずかしいじゃん」

「そうか~、有香ちゃんは二人っきりで言われたいんだ~。じゃあ、プロポーズもそうなの」

「プ、プロポーズ~!」


動揺して声が上ずってしまったわ。


「うん。ほら、最近はフラッシュモブとかあるじゃん。他にも100本のバラを花束にして渡すとかや、指輪を見せてとかね」

「あー、あるね。出来ればどれも嫌かな。・・・でも、バラの花1輪ならいいかな」

「えー、指輪を用意しては嫌なの?」

「指輪はね~。自分で選びたいかな。でも篤志君、言葉使いが戻ってるよ」

「えっ? あれ~、せっかく落ち着いたしゃべり方してたのに~」


その様子に笑っていたら、やっと優美が来たのだった。


気がついたらゴールデンウイークになっていた。尚之との交際は順調に続いていた。私達は仕事帰りに待ち合わせて食事に行ったりした。


5月、6月、7月、8月。月日は飛ぶように過ぎて行った。この間に尚之と二人で出かけたり、優美と亘と四人で出かけたりした。


だけど・・・尚之は私にキス以上のことをしてこなかった。

休みの日に私の部屋や彼の部屋でいい雰囲気になることが何度かあった。

でも、尚之はキスしかしてくれないの・・・。


やっぱり尚之は、まだ優美の事・・・。

それとも自分から言ってみる?

私から、さ、誘って・・・みるとか?


でも、今まで、そんなことしたことないもの。

どうすればいいか分からない。


今日は8月最後の日曜日。結局、尚之とは何もないまま8月が終わる。

来週の土曜日は私と優美の誕生日。

尚之には誕生日を楽しみにしていてね、と言われたけど・・・。


何を楽しみにすればいいの? 

私に何もしないのは私じゃ優美の変わりにもならないからなの?


不安でしょうがないの。

抱きしめて欲しいの。

そばにいて。

私だけを見て。

そう思うのは我儘ですか?


誕生日の前の日。優美と二人で食事をした。だけど、私の様子がおかしいと尚之に連絡をされてしまったの。もちろん亘も来たのよ。心配顔のみんなに何でもないよ、と笑ったけど、もっと心配そうな顔をされたの。


結局三人に部屋まで送られて・・・。


ねえ、私はいつまでみんなの妹分なの? そんなに頼りないの? 私は28歳よ。もう大人よ。みんなにお世話されなきゃならない子供じゃないわ!


・・・って言いたいけど、言えなかった。

結局みんなは私が眠るまでそばにいて帰ったみたいなの。

次の日の朝には誰もいなかったから・・・。



― 8 ―


朝起きて気分は最悪だった。今日は私の誕生日だけど29歳なんてめでたくもない。

30歳まで、一年を切ったんだもの。


私だって夢があったのよ。25歳で結婚して、翌年には子供を産んで、30歳までにもう一人産む予定だったの。

現実は彼氏はいるけど、結婚なんて話が出るような関係じゃないもの。


今日は優美と亘、尚之と私のダブルデートの日。大好きなみんなといられる日なのよ。

なのに、初めて行きたくないと思ってしまったの。

10時に迎えに来てくれたけど、私は支度が出来てなくて・・・。

優美に服を選ばれて、お化粧をされて、出かけました。


まずは美術館に行って、それからランチ。午後は友人が所属している楽団のコンサートに行ったの。演奏後、楽屋を訪ねて友人と話をして、それからホテルでディナー。個室を予約していてくれたから、四人でゆったりと食事をした。


デザートが運ばれてきた時に、尚之と亘が立ち上がった。いつものプレゼントを先にホテルに預けてあってそれを受け取るのだろうと思っていた。


だから・・・。


尚之が私の前に来て跪いたのに驚いて動きを止めた。そして一輪の薔薇の花を差し出してきた。


「有香、俺と一生を共にしてくれませんか?」


その様子を見守るようにしてから、亘が優美の前に行った。同じように跪くと一輪の薔薇の花を優美に差し出した。


「優美。待たせてごめん。一緒に幸せになろう」


私は優美の顔を見つめた。優美も私の顔を見ている。

ということは優美のほうもこのことは知らなかったのね。


どうして、こうなった?


・・・じゃなくて、返事をしないと。返事、へんじ・・・。


優美が私の様子を伺っているけど、言葉が出て来ない。


「有香。嫌かい?」


困惑したような尚之の声。やさしい尚之、大好きよ。

なのに、その一言が出て来ない・・・。

何とか顔を上げて口を開こうとしたら・・・。


ポトリ


涙が勝手に落ちてきた。


「有香?」

「どうしたの、有香?」


優美と亘がオロオロしだした。私は尚之の顔を見たまま何も言えずに涙を流したの。尚之が目を見開いたあと、顔をしかめて辛そうに横を向いたわ。


「ごめん、有香。今の言葉は忘れて」


そう言って席を立つと部屋から出てこうとしたの。


・・・まって、待って、待ってよ! 違うのよ!


「待ってよ。行かないで、尚之」


やっと出た声は涙声の小さな声。でも、その声は尚之に届いたようですぐに戻ってきてくれたわ。そしてギュッと抱きしめてくれたの。


「有香、愛してるよ。ずっと好きだったんだ」


耳元で囁くようにいう尚之。


「ウソ」

「嘘じゃないよ。有香のことが大切で、触れるのが怖いくらいに大好きなんだよ。有香に嫌われたら生きていけないくらいだよ」

「ウソだ~。だってずっと彼女がいたじゃない。綺麗な人ばっかと付き合っていたじゃない」

「あれは違うんだ。全員彼女なんかじゃない。有香の誤解だよ。有香意外と付き合いたいと思ったことないよ」

「でも~、優美の事~」

「優美? あれ、有香。説明したよね。交際を申し込んだ時に。最初に優美を好いているように言ったのは、有香と居るための口実だって。・・・もしかして聞いてなかったの?」

「・・・だって、優美と亘が付きあうことになったから、二人に気兼ねされない様にしたのかと思って・・・」

「・・・やっぱり聞いてなかったのか。ごめん、有香がそういう所があるって分かってたのに、不安にさせてしまって。愛しているよ、有香。君以外は目に入らないから安心して」

「でも・・・」

「でも? 有香、不安に思っていることがあるなら何でも言って」

「だって・・・尚之、キスしかしてくれないんだもの。私じゃあ、その気にならないのかと思ったの」


私がそう云ったら尚之の抱擁が緩んだの。顔を上げたら目を見開いて固まる尚之。


「本当に守ったのね、尚之」

「もう、いいんじゃねえ。抱かないことが不安を与えてたんじゃあ、本末転倒だろ」


溜め息と共に優美がいい、亘が尚之の肩を叩きながら言った。


「ああ、そうだな。有香、不安にさせてごめんね。今日はたっぷり話し合いをしようね」


そう言って尚之は私を抱き上げると、部屋を出てエレベーターに乗って上の階に行った。

そして部屋に入ると、朝までたっぷりと愛情について話し合いをしたのでした。


翌朝・・・泊まった部屋はスイートルームでした。かいがいしく尚之にお世話をやかれて身支度がすんだ頃に、部屋に優美と亘が来ました。二人もこのホテルに泊まったそうです。

ルームサービスで朝食を頼み、食べながら三人から今までのことを聞きました。


で、話しの内容は・・・。


・・・ていうかさあ~、あの赤い痕。キスマークじゃん。何してたのよ。今まで! えっ、手を出すことを禁止されてたの? 誰に? それで、とりあえず所有者の証としてキスマークを付けたと・・・。

それに寝ている時なら鳥肌は立たなくて、スベスベの肌を堪能しただと~!

で、尚之が暴走しない様に優美と亘は一晩中見張っていたのね・・・。


「・・・つまり、お兄ちゃん達の言葉に従ったから、私に手が出せなかったということなの?」

「そういうことよ。それにあの鳥肌が出るようになったのも、和儀さんと宗司さんのせいだから」

「なんで?」

「おい、優美」

「もういいじゃない、亘。有香だって真実を知るべきよ。あのね、有香は忘れちゃってるけど、有香ね、高3の時に攫われたことがあるのよ。あっ、もちろん何もなかったわよ。すぐに助けに行ったから。えーとね、原因はその頃粋がっていた亘と尚之に、一泡吹かせようとした奴らがいてね、それで二人の弱点の有香を攫ったの。でもすぐに駆け付けてそいつらはやっつけたんだけど、その時の尚之の姿が有香のトラウマになったのよね」


えーと、あんまりよく覚えてないけど、優美が言う事件はあったわね。

あの日は病院で検査を受けるから早退して、校門を出てそんなに行かないうちに他校の男子に声を掛けられて・・・気を失ったのよね。次に目が覚めた時には病院のベッドで・・・そうしたら目を真っ赤にした三人が顔を見せたのよ。で、私は悲鳴を上げて、そこから鳥肌が立つようになったのね。


「ねえ、優美。私目が覚めた時は病院だったのだけど、もしかしてその前に何か見てるの?」

「そうよ。有香を攫った奴らをボコボコにして返り血を浴びた亘と尚之の姿をね。一度目が覚めた有香は二人の姿を見て悲鳴を上げて泣き出したのよ。「私の知ってる二人じゃない。私の好きな尚之はそんなことをしないやさしい人だもん」って、そのあとまた意識を手放したのよ」


なんですとー。じゃあ、私はそこで告白していたの?


「でね、二人がそうなったのって、和儀さんと宗司さんが有香を守れる男になれって二人をしごいたからなのよ。でも尚之は大好きな有香にそう言われて、それから前のようにやさしい男になろうとしたのよ。そのおかげで尚之に女が群がってきてね。有香の前では怖がらせたくなくて紳士な対応してたから、有香には女の子をとっかえひっかえに見えたのよね」


・・・尚之は私が見ているところでは強く出れなかったから、くっつかれていたと・・・。


「つまり、元を質すとシスコンのバカ兄達が悪いと・・・」

「そうよ~。小学生に本気で威嚇してくれてたのよ~」


私はこぶしを握るとフルフルと体を震わせた。隣に座る尚之が心配そうに声を掛けてきた。


「有香、大丈夫?」

「・・・許せない」


私の口から低い声が出た。


「「「はっ?」」」


三人の声がハモった。


「もう、お兄ちゃん達のバカ~。私の青春を返せ~。私だって、私だって、高校の時に尚之と制服デートしたかったのに~。そのまま付き合って25歳で結婚したかったのに~。私の時間を返せ~」


地団太踏みながらそう言ったら尚之がギュッと抱きしめてきた。


「有香。結婚しよう。すぐしよう。今しよう」

「・・・その前に、バカ兄達をボコりに行こう」


私の言葉に三人は頷いて立ち上がったのでした。



― エピローグ ―


リーン ゴーン リーン ゴーン


チャペルの鐘の音が聞こえる。

私は今、花嫁の控室にいる。隣には親友の優美がいる。

優美と顔を見合わせてどちらからともなく笑い出した。


「とってもきれいよ、優美」

「有香も、とっても可愛いわよ」

「それにしてもここまで早かったよね」

「ええ、そうね。それにしても、まさか、有香が私達の中で最強だとは思わなかったわ」

「当たり前でしょ。兄達をシメルことが出来るのは私だけなんだから」


そう言って私は胸を張った。


あの日、ホテルを後にした私達は実家に直行した。実家に行くまでに兄達に電話して呼び出すのも忘れなかった。私達が実家に着いて、ほとんど差もなく兄達も実家にやってきた。

そして、呼んでもいないのに高村家、笹本家、浅田家まで次々と集まってきた。


その中での私による兄達への断罪。・・・いや、言い過ぎなんだけどね。でも、気分的にはそうよ。だって、ずっと両想いだったのよ。それを兄達のいらん入れ知恵のせいで、10年も周り道したのよ。こんぐらいしたって、いいじゃない。


まずは兄達の悲鳴から始まった。


「ゆ、有香~? その首筋の赤い痕はなんだ」

「まさか、キスマークか? そんな、俺の天使が穢された・・・」

「尚之~! 結婚するまで手を出すなと言っておいただろ~」


その言葉に尚之たちの前に出て私は兄達を睨んだ。


「なあ~に、勝手なこと言ってるのよ。自分たちはさっさと女を作っていたくせに」


私の低い声に兄達が怯んだ。


「なんのことかな、有香」

「そうだよ。なんか勘違いしてないかな」

「じゃあ、沙樹さん、佳織さん。二人は兄と結婚するまで、清い交際をしてましたか?」

「そんなことあるわけないじゃない」

「そうよ~。それに計算したら大智は新婚旅行で出来た子じゃなくて、その一月前くらいだったわよ」


義姉たちの言葉に私は軽く頷いた。


「自分たちは節制しなかったくせに、何を強要しているのよ」


私の言葉に兄達は蒼褪めた顔をした。


「大体私にだって夢があったのよ。好きな人との制服デートとか。そのまま付き合って25歳で結婚したかったとか。尚之と両想いだってわかっていたら、その夢は適っていたのよー。お兄ちゃん達が私を守るためとか言って、尚之と亘にいらん事を教え込んだから、あの時の恐怖がトラウマになっちゃったんだからー。どうしてくれんのよ。私の10年を返せ―」


この私の話を訊いた母が次に兄達に雷を落としました。私が25歳で結婚したかった、の言葉に、兄嫁たちが共感して参戦。ついで、高村家、笹本家、浅田家のおばさま方もいらん言葉のせいで、私達の結婚が遅れたと知り、またまた参戦。女性方の怒りの凄まじさにチイサクナル兄達でした。


そして、ひと段落したところで、私は尚之に言ったの。


「いままで馬鹿兄達がごめんなさい。こんなのを義兄と呼ぶことになるけど、それでいいなら私をお嫁さんにしてください」


尚之は一度口をあけてから閉じて、溜め息を吐き出すと言った。


「そう云えば昨日返事をもらってないんだけど」

「答えたら、尚之も返事をしてくれるの」

「もちろん」


私はニッコリと微笑むといった。


「はい。一生ついていきます」

「もちろんだよ。俺のお嫁さんになってください」


私は尚之に抱きついた。


「「あーーーー!」」


という声が聞こえたけど、知らないもん。そうしたら、今度は優美の声が聞こえた。


「昨日はうやむやになっちゃったわね、亘。私の返事はイエスよ。一緒に幸せになろう、って言葉が気に入ったわ」

「だろ。俺が幸せにするのも、優美が俺を幸せにするのも違うだろ。一緒に幸せになるってのが正解だろ」

「そうね」


そう言って、優美と亘も抱き合ったのだった。


それから、結婚の準備はトントン拍子に進んでいった。私達四人で話した合同結婚式。これは四家の親に受け入れてもらえた。それに友人達に招待状を出した時に驚かれたけど、喜ばれもした。ご祝儀のことも合同ということもあり、相場の金額でいいとしたからだ。

別々に式をした場合、二回分ご祝儀を用意しなければならなくなるのが、一回分で済むので嬉しかったようだ。


時間になりそれぞれの父親にエスコートされバージンロードを祭壇へと進む。祭壇の前には少し緊張した顔で愛する人が待っている。私は口元に微笑みを浮かべて、今あなたの元へと歩いて行くの。



本編にかいていない設定をいくつか。


・有香の兄達  和儀 7歳上  宗司 5歳上


・優美・亘・尚之 

幼稚園の入園式で有香のことを見かけて、天使が人間になったと思った。仲良くなりたかったけど、組が違って接点なし。それが引っ越しして近くにいられるようになって、メロメロになった。三人で有香を守ろうと誓い会った仲。


・赤い痕=キスマークのこと

尚之は有香のことが好きだけど、鳥肌のせいでそばにいられなかった。眠って意識がない時ならそばにいられて抱きしめるだけだったのが、有香に彼が出来たことによる嫉妬から、有香が気がつかない所につけ始めた。


・有香の元カレ

彼も兄ズに威嚇させてキス以上ができませんでした。そんな時に有香の首筋にキスマークを見つけました。有香に訊いても有香には何のことか分からなくて、知らないと言われてました。それが何回かあって、有香の浮気を疑って、自分が浮気しましたとさ。


・弟ズ

優美と亘に弟が二人、尚之には一人います。五人とも有香たちのことが大好きです。早くカップル成立することを願っていました。だから、尚之には同情もしていて、篤志のリサーチという協力がありました。


・四家の親たち

もちろん夏目母が最強です。子供たちの様子に気がついていて早く結婚しないかなと待っていました。

なので、兄ズのことを知り、怒り心頭でした。兄ズに罰として婚姻届けの見届け人(でしたっけ?)の 欄に名まえを書かせました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] コレって現実の話じゃないの? なんて思いながら読みました(≧◇≦) 鈍感なヒロインに惑わされつつもそれに負けない思いをぶつける男性はなんだか(笑) 実際にもありそうなストーリー造りは見事…
[良い点] 有香ちゃんにぶちんなのね。 尚之の気持ちだいぶ分かりやすかったのに気づけないまんまで嫉妬して、友情を壊したくないから嫉妬だと思いたくなくて逃げて。 男女幼なじみ四人組だと本当にこんな感じで…
[良い点] 拝読しました。 ― 2 ― の時点で尚之さんが好きなのは誰か? 気付いてましたけど、そこから有香さんの拗らせっ振りにジリジリと胸が締め付けられました。 そもそもキスマークは気付こうよ(笑)…
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