ディーネ
服のセンス。踊りを観た感想。話し方。性格。強さ。
私とディーネさんとの違いを挙げていけばキリがなかった。それだけ違うのもぜんぶ、記憶をなくしたせいだと私は思っていた。
だけどそれにしたって、違いすぎた。
それに、名前。記憶をなくしたからって名前を変える人はいない。それなのにロゼさんが、『アミカ』っていう名前を否定しなかったのは……
「私がディーネさんじゃなくて、アミカっていう別人だからじゃないんですか」
そう、つまりそれは。
人違い。
「…………」
その時の、ロゼさんの顔。
それを見て私は、自分の予想が正しかったことを確信した。
そして、ようやく思い知った。自分が昨日まで悩んでいたことが、なんてくだらない、どうでもいいことだったのかを。
そう。化け物だとか、人間じゃないとか。そんなことは全然どうでもいいことだったんだ。ロゼさんの言った通りだった。このことに比べたら、些末なことだったんだ。
人違い。
私は。『アミカ』は。
人違いで、この世界に生まれてきた。
「アミカは、俺の昔の友人だ。そう、昔――。もう十年近く前になる。性格は、今のお前と同じ……いや、もう少し落ち着いた感じだったか。外見はディーネと瓜二つで……それもあるんだろうな、お前がアミカになった理由は」
ロゼさんのそれは、まるで懺悔のようだった。
そうだとして、いったい誰に許しを乞うているのか。私か。ディーネさんか。……そもそもロゼさんは、許してほしいと思っているのか。
「あの時、怪我を負ったディーネはいつになく弱気で、そんなディーネに俺はアミカを重ねていた。……これは言い訳だが、もちろんわざとやった訳じゃない。お前がアミカだとわかった時は、俺も驚いた」
「ロゼさんは……」
だけど、そんなことは私にはどうでもよかった。
理由はどうでもいいし、言い訳も、謝罪の言葉も聞きたくない。
私が知りたいことは、たった一つだった。
「ディーネさんに、戻ってきて欲しいんですよね」
ロゼさんの気持ち。
ロゼさんは、私が私で満足してる? それとも――
「俺は……」
「ディーネを、取り戻したい」
その、言葉を聞いて。
私の心は、すとんと落ち着いた。
願いも、希望も、霧散した。
私が何のためにここにいるのか。
その答えが、今ようやくわかった気がした。
「わかりました」
私は、言う。
もう、迷いはなかった。
「私も、協力します」
* *
それは、ロキが宮廷専属の神使となった後。ディーネ・フェネキア王女がこの世に生を受けて間もない頃のことだった。
「この子、あなたの子供なんだけど。責任取ってくれる?」
ロキの幼馴染みがそう言って、生まれたばかりの赤ん坊を見せつけてきた。その赤ん坊が、ローズマリーだった。
ロキは、幼馴染みのその言葉を鵜呑みにした訳ではない。むしろ十中八九嘘だと思っていたし、事実、それは嘘だった。
その幼馴染みとそういう関係を持った期間がそう長くなかったこと。ほんの数ヶ月前に会った時には、そんな話はおくびにも出してこなかったこと。そしてその時が、ちょうどロキが神使として有名になり始めていた時期であったこと。
そういった嘘だと見抜ける要素はいくらでもあった。しかしそれを証明するには証拠と、ロキの気概が足りていなかった。
結果としてロキは、ローズマリーを引き取ることになった。
* *
「養育費を支払うのが癪だったらしい。そんなことなら子供を引き取ると啖呵を切ったら、そこで相手が妥協しちまって、こっちも引くに引けなくなったんだと」
「なんだか……複雑な親子関係ですね」
あっけらかんと話すローズマリーの顔を見ながら、少女は顔をしかめた。
いつものように、二人は城の中庭にいた。いつもなら少女が星を観て、ローズマリーはそんな少女を見ているのだが、今だけはそれが真逆だった。
「そうか? まあ、ロキの奴は現実主義だからな。出自云々で俺に嫌味を垂れるようなことはなかったよ。それよりも、毎日研究研究で俺を構ってくれないことのほうが辛かった」
「あなたは、お父様のことが好きなのですね」
「……よくわからない」
否定されると、少女は思っていた。
からかいを交えたその言葉に、予想外に素直な答えを返されたことに少女は驚き、そして気付いた。
少年が、いつになく寂しげな表情をしていることに。
「わからないのですか?」
「ああ。ロキは俺を構おうとしなかった。世話係はつけてくれたし、金もくれたから生活もそれなりにやっていけた。だけど、それだけだ。俺はロキがどんな奴なのか知らない。だから好きなのか、嫌いなのかすら、俺にはわからない」
その言葉自体が、少年が如何に父親のことを思っているのかを示していた。少女はそれを理解しながらも、指摘することはせず、ただ愛おしむような眼差しを少年へと向けていた。
「お前のほうは、どうなんだ?」
沈黙を打ち消すように少年は言った。
「私ですか?」
「ああ。女王様とは、仲良いのか?」
少女はしばらくの間考え込み、やがて答えた。
「お母様は、とても優しいお方です。あの方ほど国思いな王は歴史上にも珍しいでしょう。残忍とか、お飾り女王などと言われていますが、それはお母様のごく一部の言動が曲解されて広められたことによるものです」
その声は、少女には珍しく怒りの色がちらついていた。
「最近は国家転覆を目論む者も多いと聞きます。その方々は自らを正義と信じ、お母様を悪と断じているのでしょうが、とんでもないことです。殺人鬼を死刑にしないことが望みなのですか? どんなに努力をしても決められた報酬しか与えられない国が良いのですか? 何にしてもそれは、お母様一人の責任ではないはずです。報われないお方です、お母様は。だからこそ私は少しでも力になりたいと思っています。しかし私に求められていることは、私が『私』であることだけ。そのことが、私にはとても歯痒いのです」
「いや、そういうのじゃなくてさ」
「はい?」
そこでようやく、少年は口を挟むことができた。
少女のらしくない熱弁は、少年の考える『親子』の話とは違っていた。国の話とか、力になりたいとか。それは少年の思う『親子』の姿とはかけ離れていた。
しかし、ではどんな話が聞きたかったのかと問われれば、それは少年自身にも明確な答えが見出せない。
「……ま、いいや」
結局は、そんな風に終わらせてしまうのがこの少年の常であった。
少女は呆れと諦めの入り交じったため息を零すと、またいつものように夜空を見上げた。
* *
拝啓 ディーネ様
初めまして。私はアミカと申します。
私は今、貴女の身体をお借りしてこの手紙を書いています。これがどういうことなのか、なぜこのようなことになっているのかについては、どうかロゼさんにお聞きください。申し訳ありませんが、私にはそれを筆に認めることができません。
このお手紙を書かせていただいたのは、貴女に私の思いを伝える為です。
あと三日もすれば、この身体は貴女にお返しすることになります。今乗っている汽車にあと半日ほど揺られ、その後徒歩で二日も進めば、目的地のルミリア公国に着くそうです。
ルミリアへ着けば、かなり高い確率で私の人格はディーネさんに戻ると、ロゼさんは言っていました。
それはつまり、私が消えるということです。
そうなる前にせめて、私が何を思い、何の為に貴女に身体を返すのか。それを他ならぬ貴女に知っていただきたいとの思いから、今、手紙を書いています。
ディーネさん。私は、貴女が羨ましいです。
貴女とロゼさんの幼い頃の記憶を見ました。そして貴女のロゼさんへの想いも、知りました。
ロゼさんが時折見せる悲しげな表情。その意味がやっとわかった気がしました。
こんなに想い合う二人が離れ離れになるなんてことがあってはならないと、そう思ったからこそ、私は全てを譲る決意をしました。
未練はあります。私は消えたくありません。今からでもロゼさんにこの気持ちを伝えれば、もしかしたら、と、思います。
だから、祝福はできません。
祝福はできませんが、私と、私の決意を無駄にしない為に。
絶対に、幸せになってください。
* *
旅路は順調に進んだ。
ディーネの人格を蘇らせるには、ディーネにとって馴染み深い土地へ出向くのが一番だ。そしてそれは、俺とディーネが九年間を共に過ごした街、ルミリア以外には有り得ない。
そのことを伝えると、アミカはすぐさま「出発しましょう」と切り出してきた。俺としてはもう少し調べたいこともあったのだが、この際そんな悠長なことも言っていられない。その日のうちに俺たちは宿を出た。
アミカはディーネと違って旅慣れていない。だから、汽車はともかく歩きの旅は時間がかかるだろうと思っていたのだが、思いの外アミカはしっかりとついてきている。ディーネの身体を使っているせいなのか、それとも不死の魔法の力なのか。
「アミカ、足は大丈夫か? 痛めてたりしないか?」
「はい、大丈夫です」
木の幹に身体を預けたまま、アミカは平坦な声音でそう返してきた。
今は、野営の最中だった。旅人がよく使う森の中のわずかに開けた場所。多少地面が均され、石で作られた竈が置かれているだけだが、それでも何もない場所に比べれば幾分野営はし易い場所だった。
俺は、焚火の炭を崩していた。そんな俺から距離を取るように、アミカは木にもたれて、星を眺めていた。
「…………」
宿を出てからここまで、アミカは一言も文句を漏らしていない。それどころか、ろくな会話もしていない。事務的なやり取りばかりだ。宿にいた時にあれほどしつこく絡んできたアミカとは、まるで別人のようだった。
アミカのこの変化が、真実を知ったせいであることは疑いようもなかった。
だがしかし、内心で何を考えているのかまでは、わからなかった。
幾度となく話しかけはした。だがその度に俺の言葉は遮られ、会話にはならなかった。
――もういいんです。
――大丈夫です。ちゃんとわかってますから。
――ロゼさんは、ディーネさんのことだけを考えてあげてください。
そんな風に言われたら、引き下がるしかない。
「……そろそろ、寝るか」
俺が呟くようにそう言うと、アミカは立ち上がって、自分の寝袋を引っ張りだした。
広げて中に入ると、すぐに目を閉じた。まるで俺の存在を拒否するかのように。
最後まで、会話らしい会話はなかった。
「…………」
俺も寝袋を出して、横になった。
寝る前に一言「おやすみ」とだけ口にしたのは、俺の無意識の抵抗だったのかもしれない。
夜。不意に俺は目覚めた。
辺りはまだ暗い。なのに異様に目が冴えていた。
何か、不味いことが起きている。そんな予感が全身を駆け巡っていた。
俺は隣を確認した。
「…………アミカ?」
そこに寝ていたはずのアミカは、どこにもいなかった。
一瞬、非常事態かと総毛立ったが、よくよく見ると使われていた寝袋は綺麗に折り畳まれていた。俺はほっと息をつく。
だが、それでもやはりおかしい。あの日以来、アミカが無断で俺の前を離れたことなど一度としてなかった。それとも俺の知らないところで、こんな風に一人で出歩いていたのだろうか。それがどれほど危険なことかは、身に染みてわかっているだろうに。
何にしても、一人にしておく訳にはいかない。
俺は立ち上がると、枕元のナイフと拳銃を身につけて、歩き出した。
* *
「よお、ローズマリー。調子はどうだ?」
父親のロキからあんな風に声を掛けられたのは、使用人として働き出してから初めてのことだった。
王女の部屋に忍び込んで、処刑される寸前まで行って――あれ以来、父親とすれ違っても声一つかけられなかったのは、てっきり勘当されたからだと思っていた。
それが突然、城内の廊下を歩いているところを当たり前のように声をかけられた。
俺がしばし呆然としてしまったのも、無理はないと思う。
「ん? どうした? お前、ローズマリーだよな?」
「お……」
俺は気が動転していた。だからこそ、これまで口癖のように言ってきたあの言葉が、口をついて出た。
「俺を、その名前で呼ぶな……」
「は、元気そうだな、ローズマリー」
ローズマリー。それは俺の本名だ。
俺の性別を勘違いしたロキが適当に名付け、間違いに気づいた後も面倒だからという理由で放置された戸籍上の名前。そのことだけでも、如何に親父が俺のことに無関心なのかがわかる。
だから俺は、この名前が嫌いだった。いつか機会があれば改名しようと、そう思っていた。
「な、なんの用だ、よ……」
父親の顔を見ることができなかった。どう対応すればいいのかわからなかった。言葉遣いでさえも、これが正しい息子の話し方なのか自信がなかった。
しかしロキがそんな俺の困惑を気を留めた様子は、露ほども見受けられなかった。
「そうそう、用事だよ。ローズマリー。お前、反乱軍のことは知ってっか?」
「それは、ある程度は……」
ディーネとの話にも度々上がる、反乱軍の存在。
現フェネキア王政に不満を持ち、革命を企てているという集団。最近になってその存在はかなり信憑性の高いものとなってきたが、未だにその規模や本拠地などは掴めておらず……
「その反乱軍がな、三日後に城に攻め込んでくるらしいんだよ」
「…………は?」
誰にも掴めていないはずの情報をいとも簡単に。今日の晩飯はシチューだぜぐらいの軽い口調で開示された。
戯言を言っているようにしか、聞こえなかった。
「だからよ。三日後にまたフェネキア王政が滅びるんだよ。戦力的にまず追い返せねえ。良くて籠城だろうなあ」
「な、なんで、そんなことを……」
「あン? そんなの、俺も反乱軍に入ってるからに決まってんだろ」
堂々のスパイ宣言は、国を舐めていたのか、俺を舐めていたのか。恐らくは後者だろう。
ロキの話し振りはどこまでも軽かった。だが嘘や冗談でそんなことを口にする理由がないし、何よりロキがわざわざ俺に話しかけてきたという事実が、その話の信憑性を高めているようにも思えた。
「んでよ。お前も死にたくないだろ? 今から、抜け道を教えてやるからよ。明後日の夜に、そこから逃げろ」
「――――!」
その言葉は、俺にとって国が滅びることよりも衝撃的だった。
助かるという事実が、ではない。生まれてから今まで、父親らしいことを何一つしてくれなかったロキが、この窮地で自分の命を救おうとしてくれている。そのことに俺は心を打たれた。
「んでついでによお。ディーネ王女も連れていってくれねえか? 見張りとか適当に外させとくからよ。先にディーネ王女の部屋に行って叩き起こして、連れてってほしいんだよ」
「それは、いいけど……」
むしろ言われなくても、そうするつもりだった。
ロキの提案は、俺にとって願ったり叶ったりだった。何か裏があるのではないかと疑いたくなるほどだった。
そして実際、裏はあった。
長年かけた召喚魔法の成果を見す見す失いたくないという、捻れた願望が。
「だ、だけど王女がいなくなったら、さすがに反乱軍も気づくんじゃ……」
「バッカ。んなもん、影武者使えば何とでもなるだろ」
「!」
影武者。
それの意味するところは、つまり――
「変なことは、考えんなよ?」
俺の思考は、読まれていた。
「革命だ。下手すりゃ何十万、何百万って人間が死ぬ。一人二人のこと気にしてたら埒が開かねえ。まずはテメエの命と、王女の命を守ることに集中しろ」
ロキの言葉は、俺の心を深く抉った。
俺には何の力もない。何の力もない俺に、いくつもの命は守れない。王女の命ですら、守れるかどうかわからないのに……
「それじゃ、場所はまた明日にでも教えっからよ」
盗み聞きされるのを警戒したのか、ロキはそこで話を打ち切った。
そう言えばあの時、あの場所には誰もいなかったし、誰も通りかからなかった。俺の知らないところでロキが人払いを済ませていたんだろう。
ぶらぶらと頭の上で手を降りながら立ち去るロキに底知れなさを感じつつ、同時に俺は、自分自身の矮小さを痛感していた。
* *
やっと、見つけた。
俺が必死になって探していたというのに、アミカの奴は呑気に景色なんかを眺めていた。
丘の上、一本の木の横に立つ彼女の後ろ姿は美しく、シチュエーション次第では或いは見蕩れていたかもしれない情景だったが、生憎と俺の心にはそんな余裕はなかった。
さっきまで焦りだったものが怒りへと変わっていく。俺はその怒りをそっくりそのまま彼女にぶつけるつもりで、口を開いた。
「おい――」
その時、既視感を覚えた。
俺は、この情景を知っている。そうだ、なんで忘れていたんだ、あんな貴重な時間を……
彼女が振り返る――彼女、彼女って誰だ?
あれは、誰だ? 朝陽に照らされ、髪がきらめく。ああ、あれは……
風になびく、髪は漆黒。切れそうなほど尖った目元に、引き結ばれた唇。隙のない佇まいは、彼女が経験した歴戦の数々を思わせる。
会いたかった。ずっと会いたかった。そして、やっと会えた。
「ディーネ……」
彼女と目が合って、ようやく俺は彼女の名前を呼んだ。涙がとめどなく溢れ出る。
彼女をもっとはっきり見たい。なのに、俺はその涙を拭うことさえできず、上げた両腕は自然と彼女のほうへと伸ばされていた。
彼女を抱きしめたい。彼女をもっと感じたい。
その想いを叶える為に、俺は足を前へ踏み出した。
――そこへ、一陣の風が吹き抜けた。
「く……ぅ……」
あまりに強い突風に、俺は一瞬だけ目を閉じた。
風はすぐに止む。俺は目を開き、改めて彼女がいた場所に目を向けた。そこには……
「ロゼ、さん……?」
地面にへたりこむ、アミカがいた。
「アミカ……?」
「ロゼさん……わたし……」
アミカが地面を這うようにして、俺に近づいてくる。俺はそれを、駆け寄ることも逃げることもせずに、ただ呆然と見つめていた。
歩く時の十倍ほどの時間をかけて、アミカが俺の元へ辿り着いた。俺はそんな彼女の両頬に手を遣り、彼女の顔をじっと見つめた。
それはどう見ても、アミカだった。ディーネではない。アミカだ。
アミカが俺の服を掴み、むずかる幼子のように俺の胸に顔を埋めた。嗚咽を漏らしながら、泣き始める。
何が起こったのか、すぐには理解できなかった。
ただ俺は、煙のように掻き消えてしまったディーネに対して、強い渇望を覚えていた。
ディーネに、会いたい。
その想いが大きく膨れあがっていくのを、胸の内に感じていた。
* *
あれが、死。
何もなかった。痛くなかったし、寒くもなかった。
でも、怖かった。
あれは、嫌だ。あんな風にいなくなるのは。
何もない。何もないままいなくなるなんて、嫌だって思った。
怖かった。怖くて、怖くて、ロゼさんにしがみついても、それでも怖くて。
死ぬ。ルミリアについたら、もう一回『あれ』がくる。今度は、戻らない。
嫌だ。そんなの。怖い。死ぬ。死にたくない。嫌だ。お願い、ロゼさん……
私を、殺さないで――
* *
やはり、俺の採った方法は間違っていなかった。
ディーネと共に歩いてきた道を逆に辿ることで、俺のディーネに関する記憶をより鮮明にし、ディーネを復活させる。あそこで俺が目を閉じなければ、きっとディーネは復活していただろう。
今回はチャンスを逃してしまったが、俺の中には確信があった。ルミリアへ帰れば、確実にディーネは蘇る。一度通っただけの丘で蘇りかけたのだから、何年も共に過ごしてきたあの街で、蘇らないはずがない。
俺の足は、自然と早足になっていた。
「どうしてですか……?」
声が聞こえて振り返ると、問いかけた本人――アミカは、遥か後方にいた。
顔を伏せ、自分の足元を見つめ、その足は完全に止まっている。
「ああ、悪いな、早すぎたか。気をつけるよ」
軽く謝ったが、アミカは顔を上げない。そんなに疲れたのだろうか。確かに少し早足だったが、歩けなくなるほどではなかったはずだ。
俺は道を引き返して、アミカの前に立った。
「どうしたんだよ。何があったんだ?」
「聞いているのは私です」
彼女らしくない強気な口調に、俺は思わず眉根を寄せていた。
「教えてください。どうしてなんですか?」
「どうしてって……何がだよ」
何となくだが、早足の理由を聞かれている訳ではないということは察しがついた。
「何がって、そんなの決まってます。どうして、ロゼさんはそんなにルミリアに帰りたいんですか?」
「今更聞くのかよ。説明しただろう。ディーネを取り戻す為だ。その為には、街に帰るのが一番なんだよ」
アミカの荒い口調に釣られて、つい俺も口調が荒くなる。
内心、戸惑いもあった。ウルカドルを出発してからここまで従順だったアミカが、こんな風に反抗してくる理由は何だ? アミカは何を言おうとしている? 俺は何か、間違えたのか?
「ディーネなんて……そんな人……」
だが俺のそんな疑問も、アミカの次の一言で吹っ飛んだ。
「そんな死んだ人なんて、どうでもいいじゃないですか!」
それを聞いた瞬間、俺の視界は真っ赤に染まった。
拳が飛ぶ。無意識の内に振るわれたそれは、軽い彼女の身体を数メートルも吹き飛ばし、遠い草原の上へと叩きつけた。
視界が戻る。
知らず、俺の息は上がっていた。ここで追撃を食らわせるほど我を忘れてはいないが、激しい怒りを感じていることには違いなかった。地べたで涙を流すその姿を見て、それでも俺はアミカを睨みつけずにはいられなかった。
「……お前に、何がわかる」
違う。本当に何も知らない人間に言われたなら、こんなにも腹は立たなかった。
信頼していたから。アミカはディーネの次に俺のことを理解してくれていると思っていたから。だからこそ想いを否定されたことに、憤りを感じている。
「ロゼさん、だっ、て……、なにも、なんにも、わかってない、です……」
しゃくりあげながら、アミカは話す。
「ロゼさん。私じゃ……私じゃだめですか? ずっとお傍にいます。なんだってします。強くだってなります。今は無理でも、がんばったらディーネさんより強くなれるかもしれないでしょう? ロゼさんがしたいこと、ぜんぶできるように、私、がんばりますから。だから、だから……」
「俺がしたいことは、ディーネを生き返らせることだ」
「どうして……?」
「ディーネは俺の……俺にとっての、大切な存在なんだ」
この九年間、いつもディーネが傍にいた。どちらかが媚びるわけでもなく、従えるでもなく、ただお互いがお互いを必要とする形で、俺たちはずっと一緒だった。
どんなに強くたって、代わりにはなれない。俺にはあいつが必要なんだ。
「あいつがいない人生なんて、俺には考えられない」
「そんなの、嘘です! ロゼさんはロゼさんです! ディーネさんがいなくても、ロゼさんは大丈夫です!」
「それなら尚更、俺は前に進む」
ディーネがいなくても生きていける自分なんて、そんなのは悲しすぎる。そうなるぐらいなら死にたいとさえ、俺は思う。
俺の言葉を聞いて、一層顔を歪ませると、アミカは立ち上がった。
「ロゼさん……」
ゆっくりと歩き、俺に近づいてくる。
二歩の距離をおいて立ち止まる。彼女は、言った。
「私を、見てください」
アミカが、両腕を広げた。
冷たい風が髪を揺らす。
その顔は、悲しみと、切なさで満ちていた。
「ロゼさん……」
その濡れた瞳を、俺に向けて。
彼女は、言う。
「ロゼさんは、私のことをどう思っていますか?」




