御用聞き
「ゲンボクちゃん、やかんが欲しいの」
あ、そうか。やかんが小町になっちゃったから、この家にはやかんがないんだよな。それは気がつかなかったぜ。ごめんよ小町。って、なんでアリスは両手を腰に当てているんだい?
「小町、ちょっとここにお座りなさい」
え、まさかの説教タイム? 突然のことに小町が泣きそうな顔になっているんですけれど。ちょっと怖いぞアリス……。
「小町、ここで自らの姿を念じてごらんなさい」
「はい、お姉さま……」
ぽんっ!
そしたら、小町の前にやかんが現われたんだ。あれ? 小町の本体よりやけにピカピカだな。
「ゲンボクちゃん、これは本体ではありませんわ。いうなれば、胞子力エネルギーにより構成された『分身』なのです」
つまり、君たち付喪は、本体を『仮世』に残したまま、分身を作れるってことか。って、もしかしたら洗濯機を付喪にしても、胞子力エネルギーで洗濯機を再生できるから、問題ないってことか。
しまった、小町には悪いことをしちまった。
「そんなのは常識だろうよ。ちなみにこの『亀の子たわし』は、胞子の力でしつこい汚れもバッチリ落ちるんだよ」
と、エミリアは右手の亀の子たわしを自慢げに見せびらかしている。
そっか、エミリアは知っていたんだ。
しっかし、お姉さんとたわしの組み合わせってのも、下半身に来るものがあるな。
まあいい、次から気をつけよう。って、小町は全くアリスの説明を聞いていないで、ニコニコとやかんを愛でているし。
『付喪』の間でも、色々性格の違いが出るんだな。
「ゲンボクちゃん、お湯を沸かしてくるの」
はいよ、行っといで。朝ご飯もよろしくね。
「もう、ゲンボクちゃんは小町に甘いんだから」
そんなに怒るなよアリス。
あれ?
そういえば、アリスも分身を作れるのか?
何だよ露骨に嫌な顔をして。
「ゲンボクちゃん、やかんと小町は同じことをしていますか?」
少なくともやかんは料理をしないよな。
「それでは、エミリアはたわしと同じことをしていますか?」
たわしに洗濯はできねえな。
「まだわかっていただけないのですか……」
?
??
あっ!
そっか、アリスの分身は、胞子力エネルギーで強化された、大人の夜のお人形だものね。
「そうです。私の場合は分身がライバルになってしまうんです。もしゲンボクちゃんが、生身の私ではなくて、胞子力で強化されたお人形の方を選ばれたら、私、私……」
……。
正直ごめんよ。気付かなかった。
な、泣かないでアリス。って、なんてそそるんだ、その表情は!
「ご主人様……」
よし、朝食ができるまで客間にこもるぞ!
「うれしい……」
どどーん。
「ゲンボクちゃん、アリスお姉さま、朝ご飯……」
今行きます……。
朝っぱらから何やってんだ俺。
まあいいか、アリスのご機嫌も直ったし。
ということで、丸い食卓を四人で囲む。これはちょっと狭いかな。皿や茶碗もばらばらだし、すぐにでも調達しなきゃならんか。
するとアリスがご機嫌な表情で俺に尋ねてきたんだ。
「ゲンボクちゃん、今日の『御用聞き』と、明日の『調達業務』というのは、どのようなお仕事なのですか?」
いい質問だアリス。
まず今日は、エミリアの住民登録と村役場職員採用の決裁をとる。ここまではいつもと同じ。
で、月に何回か、村の各戸を回って、買い物の御用聞きをするんだ。爺さん婆さん共も今日がその日だとわかっているから、大概は行けば名前と必要明細、目安の金額を記入した伝票を渡してくれる。
そしたら午後はそれを品目別に集計し、お買い物リストを作る。
で、翌日は役場の受付業務はお休み。その代わり俺、いや明日からは俺たちだな。は、ここから車で三時間の、ど田舎のショッピングモールでリストに沿って買い物をし、役場に戻ってから戸別に袋に入れてそれぞれに届けるんだ。
「清算はどうするんだい?」
さすがお姉さん、よい質問だエミリア。
実は各戸は村役場に小口現金を預託しているのだ。で、買い物のたびにそこから清算する仕組みとしているのだ。
「荷物が車に乗り切らなかったらどうするの?」
そうだな、それは心配だよな小町。しかしそれも心配無用。
実はこの村には月に一回『信金さんの日』というのがあってな、信用金庫の人々が村人の通帳と現金を持って、役場で銀行業務を行ってくれる日があるのだよ。
そこで村人たちは年金やら補償金やらの入金確認をした後、現金を引き出して、小口現金の清算をするんだ。
その日はお祭りみたいなものでな、カモネギ狙いで衣料品店や食料品店、電気店などが広場に店を出すから、村人たちはそこでまとめ買いをするのだよ。
だから御用聞きでの買い物は、急に入り用になったものや、保存のきかない食材とか、そんなもんだ。
ちなみに小町が来週から営業を始める売店の売上も、『信金さんの日』に清算をするからな。
それじゃ、役場に出勤しようかね。
さて、俺一人で回ってもせいぜい午前中で済む御用聞きだけど、ここで得られる『ご褒美』を最大限利用しない手はないよな。
よし、こうするか。
アリス、小町、ちょっとこっちに来い。
俺は二人にそれぞれ御用聞きに言ってもらうことにした。
で、二人がどのお宅を回ってくるのか、地図にそれぞれの印をつけてやったんだ。
これで行けるな?
「任せて下さいゲンボクちゃん!」
「小町、頑張るの」
よっしゃ。それじゃエミリアは俺と一緒に稟議決裁に回るぞ。
ということで、受付を『外出中』とし、全員で村に散ったんだ。
稟議は今日も無事決済。今日から晴れてエミリアも村役場の事務員だ。
よし、俺達も御用聞きに回るとするか。
「おやゲンボクさん、今日はきれいな女性をお連れでないかい」
おう、こいつの名前はエミリア、役場の新職員だ。よろしくなばあさん。
「それじゃこれ、いつもの伝票だよ」
おう、確かに預かったぜ。
と、いくつかの家を回ったところで、ある婆さんが庭先で難儀していたんだ。
よくよく見ると、半泣きになってお釜をこすっている。どうしたんだい婆さん。
「飯を炊いてる途中で居眠りをしてしまってな、焦がしてしまったんじゃ。ババアの力では焦げが取れなくて難儀しておるのじゃよ」
そうかい、そりゃ大変だな。
ん、エミリアどうした。何だそのやる気満々の表情は。
「お婆さん、ちょっと私にやらせてみてくれるかい? その間に伝票を用意してくれればいいからさ」
エミリアの手には胞子力エネルギーあふれる亀の子たわし。
お米の焦げなんぞ、一瞬で落ちてしまいました。
「おお、見事なもんじゃ、もしかしたらお嬢さんはプロかの?」
婆さんは大喜びだ。エミリアのまんざらでもない表情もそそるぜ。ちょっと二人で家に帰っちゃおうかな。
いかんいかん。勤務中にそんなことをしたら、他の部下に示しがつかねえな。部下と言ってもアリスと小町だけど。
ところで婆さん、役場が有料で『清掃サービス』を始めたら利用するかい?
「この村は年寄りばかりじゃからのう、あれば利用させてもらうぞ」
おお、新規業務開始の芽が出てきたぜ。
それじゃエミリア、役場に帰ろうか。
受付にて二人で待つこと数十分。アリスと小町は結構時間がかかっている。まあ、段取りを覚えれば短時間でできるようになるだろう。
お、まずは小町のご帰還だな。おお、予想通り野菜を色々と持たせられているな。ふらふらしているぜ。 ほら、お疲れさん。
「ゲンボクちゃん、伝票をもらった。でね」
どれどれ。
「ここなの」
はいはい。これも期待通り。
そこには『小町ちゃんにお菓子を千円分』と追記されていたんだ。
他の伝票にも小町宛の差し入れがもれなく書いてある。
「ただいま戻りました。あの、ゲンボクちゃん、これなのですけど」
はいよ、それじゃ伝票を見せてみな。
『アリスちゃんに素敵な服を一万円分』
はい、これも期待通り。いや、期待以上か。
実は小町には老夫婦、アリスには爺さん一人暮らしの家を回らせたんだ。で、俺は婆さん一人暮らしの家を担当。
これまでも婆さんは俺のために菓子やらビールやらを書いてくれたことがあったから、きっと小町とアリスにも書いてくれると踏んだのだよ。計画は大成功。
「このようなものもあるのですけれど」
どれどれ。
『アリスちゃんに可愛い下着を一万円分』
ちょっと熊爺のところに行ってくる。
さて、熊爺に下着を衣類と訂正させたし、弁当を食べたら集計してみよう。
「午後はもらったお野菜を煮てもいい?」
それは小町に任せた。楽しみにしているからな。