異世界行かずに楽しくやります!
耳元がやけに騒々しい。
「だから私は行きたくなかったのです!」
これはアリスの声かな。
「だったら留守番していればよかったの。アリスはいつもずるいの」
こいつは小町か。ん? アリスがずるいって?
「アリスがゲンボクちゃんの命令に逆らえるわけがないよ! 小町は言い過ぎだよ!」
これは千里か。
「しかしだらしがない御仁だな」
うるせえリザ。
「仕方がないねえ」
ん? 何だエミリア。
お、これはエミリアの唇だな。オレってお前らの唇は全て判別できるんだぜ。どうだすごいだろ。
「はいはい。それじゃあ醒ますからね」
『解毒接吻』
……。
……。
あれ? 俺はここで何をしてんだ?
次の瞬間、俺はアリスに横っ面を張り倒されたんだ。
いま確かにお前は呟いたよな。『ふざけんな』ってさ。
「寂しかったのなら最初からそう言ってくださればよかったのです!」
「ゲンボクちゃんは酔っぱらうとだらしがないの」
「酔いを醒ましてやるって言ったのに抵抗するしね」
「お腹すいた」
「ゲンボクちゃん、カラオケは楽しかったぞ」
あー。何となく思い出してきた。
ヤクザ事務所襲撃後に、俺たちはさんざん酒を飲み散らかして楽しい晩を過ごしていたんだ。
そしたら、宿の受付令嬢が部屋に来たんだったな。後ろには婆さんとおばはんもいたのだが。
で、俺たちは宿のおごりでカラオケに誘われたんだったな。
……。
あー。
なんであのとき、『お前らだけで行って来い』って言っちゃったのかな。
不安だったのかな。
試してみたかったのかな。
俺の眼尻にこびりついた涙の跡をアリスがそっと拭ってくれる。他の娘どもに見られないように。
……。
何事もなかったようにアリスはこの場を収め始めてくれる。
「ゲンボクちゃん、部屋に戻りますよ」
「寝るの」
「飲みなおすかい?」
「お腹すいたけど我慢しようかな」
「明日の予定を教えてくれ」
ああ、いつものこいつらだな。それじゃあ部屋に帰ろう。
暖かさに囲まれているのが実感できる。
これは現実だと実感できる。
違うな。これは現実と言ってはいけない。非現実な日常だ。
おやすみ、アリス、小町、エミリア、千里、リザ。
翌朝俺たちはある決意をした。
やりたいようにやろうという決意を。
だから俺たちは旅館の中庭にリザのブラックホークを出現させた。
当然宿のおかみさんたちは腰を抜かさんばかりに驚いただろう。
が、そんなの知ったこっちゃない。変に礼も言われたくないしな。
「大手を振ってヘリを操縦できるのは正直うれしいぞ」
「ボクの出番が減っちゃうかなあ」
「空からの景色を楽しみながらの一杯というのも風流だねえ」
「おつまみ作るの」
「よいのですかゲンボクちゃん?」
ああ、モノは考えようだよアリス。
このヘリコプターはリザが生み出したと知っているのは俺たちだけだ。そうだな?
ほかの連中はそんなことは思いつきもしない。
だからこいつがどこから来たのかを必死になって調べるだろう。でもそんなことは俺たちには関係ない。
リザはどこの国にも遠慮せずに大空を楽しめばいいんだ。
千里は好き勝手に改造した車でドライブを楽しめばいいんだ。
エミリアは洗濯しながらのビールを楽しめばいいんだ。
小町は爺さんや婆さん達にお菓子を喜んでもらうのを楽しめばいいんだ。
アリスは食べきれないメニューを頼んで満足するのを楽しめばいいんだ。
「いいのかゲンボクちゃん、このまま村まで帰っても」
問題ないさリザ。あの爺さん婆さん達がこの程度で驚く連中だと思うか?
「言われてみればそうだな。それでは行くぞ」
リザの合図ののち、俺たちは旅館の中庭から離陸したんだ。
さあ、村に帰ろう。
翌日の朝。
「ご飯ができたのさっさと起きるの!」
「ほらほら洗濯するからさっさと寝間着を脱ぎな」
「ちょっと走ってくるね!」
「無理やり起こすのであればいっそのこと殺してくれ!」
騒々しいなあ、馬鹿どもが……。愛らしい馬鹿どもが……。
ん?
「おはようございます。ゲンボクちゃん」
頬に柔らかな感触が伝わる。
起きるとするか。
いつものアスファルト。
いつもの通勤。
いつものぬくもり。
それじゃあ今日も役場の掃除から始めよう。いつものようにな、お前たち。
今日も村役場はいつものとおり平常運転。
今日も村にはいつものとおり平和な空気。
俺たちの日常はこれからも。
俺たちの戦いはこれからかも?
またね。